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普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2019年7月9日(火)目黒シネマ(東京都品川区上大崎2-24-15 目黒西口ビルB1、JR山手線目黒駅西口から徒歩3分)で、15:30~鑑賞。『ファースト・マン』本ブログ〈March 23, 2019〉12:55~と2本立て上映。

「天才作家の妻」

作品データ
原題 THE WIFE
製作年 2017年
製作国 スウェーデン/アメリカ/イギリス
配給 松竹
上映時間 101分


『ガープの世界』『アルバート氏の人生』のグレン・クローズが、長年尽くしてきた夫のノーベル文学賞受賞に複雑な感情を抱く妻を巧演して高い評価を受けたサスペンスフルな人間ドラマ。世界的な作家の妻が夫の晴れ舞台を目の前にして激しく揺れ動くさまと、次第に明らかになる妻の夫に対する激しい葛藤の軌跡をミステリアスかつ繊細な筆致で描き出す。共演に『エビータ』のジョナサン・プライス、『トゥルー・ロマンス』のクリスチャン・スレイター。またグレン・クローズ扮する主人公の若き日を実の娘でもあるアニー・スタークが演じる。監督はスウェーデン出身のビョルン・ルンゲ。

ストーリー
アメリカ・コネチカット州。現代文学の巨匠ジョゼフ・キャッスルマン(ジョナサン・プライス)と妻ジョーン(グレン・クローズ)のもとに、スウェーデンから国際電話がかかってきた。「今年のノーベル文学賞はあなたに決まりました」。その待ちに待った吉報を受け、ジョゼフは喜びを隠せない。友人や教え子らを自宅に招いた彼は、スピーチで40年間連れ添った最愛の妻に感謝の言葉を告げる。「ジョーンは人生の宝だ。彼女なくして、私はいない」。満面の笑みを浮かべて寄り添う二人は、誰の目にも理想的なおしどり夫婦に見えた。
授賞式に出席するため、夫妻はスウェーデンのストックホルムを訪れる。旅に同行した息子デビッド(マックス・アイアンズ)は、駆け出しの作家で、偉大な父親に対し劣等感を抱いている。ジョーンも夫の有頂天ぶりに辟易するが、それでも一家は慌ただしいスケジュールをこなしていく。
無遠慮な言動を繰り返す夫の世話に疲れ、ひとりホテルのロビーに出たジョーンは、記者のナサニエル・ボーン(クリスチャン・スレーター)から声をかけられる。ジョゼフの伝記本を書こうとしている彼は、夫妻の過去を事細かに調べ上げていた。二人が大学で教授と学生という関係で出会い、情熱的な恋に落ちたこと。既に妻子がいたジョゼフを、ジョーンが奪い取る形で結ばれたこと。作家として二流だったジョゼフが、ジョーンとの結婚を機に傑作を次々と生み出してきたこと…。ナサニエルは自信ありげに核心に迫る質問を投げかけてくる。「あなたはジョゼフにうんざりしているのでは?“影”として彼の伝説作りをすることに」。
「すごい想像力ね。小説でも書いたら?」と切り返して立ち去るジョーンだったが、心中は穏やかではない。実は若い頃から豊かな文才に恵まれていたジョーンには、出版業界に根づいた女性蔑視の風潮に失望し作家になる夢を諦めた過去があった。そして、ジョゼフとの結婚後、ジョーンは彼の“影”として、自らの才能を捧げ、世界的な作家の成功を支え続けてきたのだ。
さらに追い打ちをかけるように、デビッドが二人に詰め寄る。彼はナサニエルから、両親の秘密について吹き込まれていた。「父さんは母さんを、ずっと奴隷のように使ってきたのか!?」と激昂する息子をなだめながらも、ジョーンはずっと心の奥底に押しとどめてきた耐えがたい怒りがわき起こってくるのを抑えようがなかった。
複雑な感情をひた隠し、華やかに正装した夫妻は、人生最高の晴れ舞台が待ち受けるノーベル賞授賞式の会場へと向かう。果たしてジョーンは夫がスポットライトを浴びる陰で、いつものように慎ましく完璧な“天才作家の妻”を装うのか。それとも本当の人生を取り戻すために、衝撃的な“真実”を世に知らしめるのか…。

▼予告編



私感
世界的作家の夫を慎ましく支えてきた妻に扮したグレン・クローズ(Glenn Close、1947~)。齢(よわい)71、円熟してなお輝く彼女が本作の最大の見どころだ。
クローズは映画女優としてデビューして36年目、本作で第76回ゴールデン・グローブ賞主演女優賞(ドラマ部門)を受賞、また第91回アカデミー賞主演女優賞にノミネートされ、7度目のアカデミー賞候補となった(受賞は『女王陛下のお気に入り』のオリヴィア・コールマン)。この演技派女優が助演と主演でノミネートされた過去6回のオスカーは、次の通りである。
①映画デビュー作『ガープの世界』(ジョージ・ロイ・ヒル監督、1982年)→第55回アカ
デミー賞助演女優賞候補(受賞は『トッツィー』のジェシカ・ラング)
②『再会の時』(ローレンス・カスダン監督、1983年)→第56回助演女優賞候補(受賞は『危険な年』のリンダ・ハント)
③『ナチュラル』(バリー・レヴィンソン監督、1984年)→第57回助演女優賞候補(受賞は『インドへの道』のペギー・アシュクロフト)
④『危険な情事』(エイドリアン・ライン監督、1987年)→第60回主演女優賞候補(受賞は『月の輝く夜に』のシェール)
⑤『危険な関係』(スティーヴン・フリアーズ監督、1988年)→第61回主演女優賞候補(受賞は『告発の行方』のジョディ・フォスター)
⑥『アルバート氏の人生』(ロドリゴ・ガルシア、2011年)→第84回主演女優賞候補(受賞は『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』のメリル・ストリープ)

クローズは(すべて惜しくも受賞を逃しているが)アカデミー賞に7度ノミネートの実績を誇るだけのことはある、ハイレベルな演技力を持つ大女優にほかならない。本作でも“天才作家の妻”の内なる激しい葛藤~常に控え目に寄り添いながら夫のキャリアを後押ししてきた妻は、皮肉にも夫のノーベル文学賞受賞をきっかけに抑えがたい怒りに駆られていく~を、このうえなく繊細に、時に凄みをみなぎらせて表現している。

私はグレン・クローズの出演作品を、これまでに何作観ただろうか。記憶が切れ切れになってはいるが、前掲作中の①を除く5作と、ほか数作で、10作以上は鑑賞したと思う。
私の場合、クローズという女優の存在を否応なく記憶にとどめるに至ったのは、何と言っても前掲④の『危険な情事』(原題:Fatal Attraction)において。
同作で雑誌編集者のアレックス(グレン・クローズ)は、弁護士のダン(マイケル・ダグラス)の“浮気”相手だが~ダンにとっては一夜の遊びにすぎなかったが、アレックスはそれを運命の出会いと思い込む~、彼が手を切ろうとするとストーカーと化し、彼の家族を脅かし、ついには彼の妻エレン(アン・アーチャー)を殺そうとする。クローズはアレックスの狂気だけではなく、その孤独や悲しみを、共感を込めて絶妙に表現!
同作に出演のマイケル・ダグラス(Michael Douglas、1944~)、そしてアン・アーチャー(Anne Archer、1947~)、二人とも知名度のある俳優だが、この強烈なキャラクターであるアレックスに扮したクローズの鬼気迫る演技の前では、すっかり影が薄くなったことは否めない―。

映画 cf. 『危険な情事』 予告編→Ending Scene



2019年7月5日(金)新宿ピカデリー(東京都新宿区新宿3-15-15、JR新宿駅東口より徒歩5分)で、18:50~鑑賞。

「Diner ダイナー」

作品データ
製作年 2019年
製作国 日本
配給 ワーナー・ブラザース映画
上映時間 117分


平山夢明の小説『ダイナー』(ポプラ社、2009年)を『ヘルタースケルター』の蜷川実花監督が映画化したサスペンス・アクション。元殺し屋の天才シェフが仕切る殺し屋専用のダイナー(食堂)を舞台に、殺し合いが日常の恐るべき世界でウェイトレスとして働くハメになったヒロインのサバイバルの行方を、華麗な極彩色のビジュアルで描き出す。主演は藤原竜也と玉城ティナ。窪田正孝、本郷奏多、斎藤工、小栗旬、土屋アンナ、真矢ミキ、奥田瑛二らがダイナーに集う個性的な殺し屋役で出演。

ストーリー
幼い頃に母に捨てられ、祖母に育てられた孤独な少女オオバカナコ(玉城ティナ)。「即金・30万円」の怪しいアルバイトに手を出したばかりに闇の組織に身売りされてしまい、とあるダイナーでウェイトレスとして働くことに。そこは、要塞のような分厚い鉄扉の奥に広がる、カラフルで強烈な色彩美を放つ店内。店主と名乗る男は、元殺し屋で天才シェフのボンベロ(藤原竜也)。そして、ダイナーでのルール:①シェフに従うか、死ぬか。②殺し屋以外、入店不可。③どんな殺し屋でも、平等に扱う。
ボンベロが「王」として君臨するダイナーには、全身傷だらけの孤高の殺し屋スキン(窪田正孝)や、子どものような姿をしたサイコキラーのキッド(本郷奏多)、不気味なスペイン語を操る筋肉自慢の荒くれ者のブロ(武田真治)ら、ひと癖もふた癖もあるイカれた殺し屋たちが次々とやって来る…。毎日が極限状態の最高にブッとんでいる世界に放り込まれたカナコ。殺し合いさえ日常茶飯事の、命がクズ同然のこの狂気の世界で、果たして彼女は生き延びることができるのか…?

▼予告編



私感
ストーリーも表現も、いわゆるベタな凡作だ。奇を衒(てら)った色使いはあるが…。
せめてもの救いは、ヒロインを演じた玉城ティナが(演技は下手だが)初々しい整った顔立ち(大きな瞳!)で可愛かったこと、またボンベロ役の藤原竜也が(外見上、線が細いのがひっかかるが)滑舌がよく耳朶(じだ)に心地よいこと。
そして、本作で何とか唯一見せたのが、ラストシーン:
時は経ち、メキシコ。町は「死者の日」のお祝いで活気づいている。その町に小さなダイナーを開いたカナコは、今日も“彼”のための席を綺麗に整えていた。…聞こえてくる荒い息遣いと、見慣れた足元。そこには、相棒のブルドッグ犬・菊千代を連れたボンベロが立っていた。抱きついてきたカナコの背中に、彼はそっと手を回した―。

何やらゴチャゴチャした画面の数々で食傷気味の私は、最後にいたって一瞬ホッと一息つき、解放感を味わった。
美少女カナコは、ついに狭苦しい日本の地から、長年の夢だった遠近感のあるメキシコの町に渡ることができた。そして、全員が殺し屋というトンデモない息苦しいダイナーとオサラバし、小さいながらも自分の店である安堵を誘うダイナーを開くにいたり、“愛する”ボンベロが生きているかは分からないけれど、彼の来店をいつまでも待ちつづけた―。
やがてメキシコの「死者の日」。それは、日本のお盆(「盂蘭盆会〈うらぼんえ〉」)のようなもので、1年に1度だけ亡くなった人が帰ってくると言われている日だ。ボンベロと菊千代が“愛する”カナコの元に来られたのは、「死者の日」なればこその出来事だったのかもしれない…。
しかし、それにしても、この場面で悠揚と現われた菊千代の姿はボンベロ以上に、私をグッと掴んで離さなかった。私が自他共に認める(犬が大好きな)愛犬家だったからだろう―。
2019年7月3日(水)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、20:35~鑑賞。

「スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム」

作品データ
原題 SPIDER-MAN:FAR FROM HOME
製作年 2019年
製作国 アメリカ
配給 ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
上映時間 135分


若手俳優のトム・ホランドが新たにスパイダーマン/ピーター・パーカーを演じ、「アベンジャーズ」を中心とした「マーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)」の世界に参戦した『スパイダーマン:ホームカミング』本ブログ〈August 24, 2017〉 の続編(「マーベル・コミック」原作の『スパイダーマン』の実写映画化作品としては7作目、またMCUシリーズとしては23作目)。『アベンジャーズ/エンドゲーム』 本ブログ〈June 08, 2019〉 後の世界を舞台に、アイアンマンを師と仰ぎ、真のヒーローを目指して奮闘する高校生ピーター・パーカーが、ニック・フューリーの下で新たな脅威に立ち向かうさまを描く。共演はサミュエル・L・ジャクソン、ゼンデイヤ、コビー・スマルダーズ、ジョン・ファヴロー、マリサ・トメイ。また異次元から現われ、ピーターと共闘する謎多き男ミステリオ役で、『ナイトクローラー』のジェイク・ギレンホールがMCU作品初参戦。監督は、前作に続いてジョン・ワッツが務めた。

ストーリー
スパイダーマンこと高校生のピーター(トム・ホランド)は、夏休みに学校の研修旅行で、親友のネッド(ジェイコブ・バタロン)やミシェル・ジョーンズ(ゼンデイヤ)たちとヨーロッパ各地に向かう。そこに元「S.H.I.E.L.D.」長官でアベンジャーズを影から支えてきたニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)が突如現われ、ピーターにミッションを与える。炎や水を操るクリーチャーたちによって、べネチア、プラハ、ベルリン、ロンドンといったヨーロッパの都市をはじめ、世界中に危機が迫っていた。ニックはピーターに、ミステリオことベック(ジェイク・ギレンホール)と呼ばれる人物を引き合わせる。ベックは自分の世界(「アース833」というマルチバース〈異世界〉)を滅ぼした「エレメンタルズ」と呼ばれる自然の力を操る複数の敵が、ピーターたちの世界(「アース616」)を侵略したことを告げる。“別の世界”から来たという彼も、ピーターと共に敵に立ち向かっていく。謎のニューヒーロー、ベックは果たして味方なのか、それとも…?ニックによって「E.D.I.T.H.(イーディス)」と呼ばれる人工知能を宿した眼鏡を手渡され、トニー・スターク/アイアンマンの後継者に指名されたピーター。このアベンジャーズ最年少ヒーローは、師たるアイアンマンへの想いを大切に抱きしめながら、今ここに決意も新たに、重責を担うにいたるのだった…。

▼予告編



▼ cf. スパイダーマンのすべて/全能力まとめ
[『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(2016年)→『スパイダーマン:ホームカミング』(2017年)→『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(2018年)から集約]


▼ cf. Who Is The Greatest Spider-Man? Who Is The Best Peter Parker? トビー・マグワイア(Tobey Maguire、1975~)、アンドリュー・ガーフィルド(Andrew Garfield、1983~)、or トム・ホランド(Tom Holland、1996~)? :

宝石緑 Tobey Maguire :『スパイダーマン』(Spider-Man、2002年)→『スパイダーマン2』(Spider-Man 2、2004年)→『スパイダーマン3』(Spider-Man 3、2007年)
宝石紫 Andrew Garfield :『アメイジング・スパイダーマン』(The Amazing Spider-Man、2012年)→『アメイジング・スパイダーマン2』(The Amazing Spider-Man 2、2014年)
宝石ブルー Tom Holland :『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(Captain America:Civil War、2016年)→『スパイダーマン:ホームカミング』(Spider-Man:Homecoming、2017年)→『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(Avengers:Infinity War、2018年)
2019年7月3日(水)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、18:25~鑑賞。

「ニューヨーク 最高の訳あり物件」

作品データ
原題 FORGET ABOUT NICK
製作年 2017年
製作国 ドイツ
配給 ギャガ
上映時間 110分


『鉛の時代』で第38回べネチア国際映画祭金獅子賞を受賞するなど、ドイツを代表する社会派映像作家として知られるマルガレーテ・フォン・トロッタ監督が、70歳を超えて初めて挑んだコメディー(洗練されたヒューマンドラマ)。同じ夫に捨てられた対照的な元妻2人が、ひょんなことから奇妙な同居生活を送るさまを、爽快なユーモアを交え、軽快な音楽に乗せて描き出す。主演は『ヘラクレス』のイングリッド・ボルゾ・ベルダルと『帰ってきたヒトラー』のカッチャ・リーマン。2017年・第30回東京国際映画祭コンペティション部門上映作品(映画祭上映時タイトル「さようなら、ニック」)。フォン・トロッタ監督の初めての英語作品。

ストーリー
結婚10年目のある日、夫のニック(ハルク・ビルギナー)から突然、離婚を突き付けられたジェイド(イングリッド・ボルゾ・ベルタル)。ニューヨークはマンハッタンのイースト・ヴィレッジ最高級アパートメントに暮らすジェイドは、モデルとして活躍していたが、ファッションデザイナーとしてのキャリアもスタートさせようと、初のコレクションの準備に追われていた。ニックはそのスポンサーなのに、若いモデルと恋に落ち、既に新居で一緒に暮らし始めているのだ。
ある夜、帰宅したジェイドは飲みかけのワイングラスを見て、ニックが戻ってきたのかと喜ぶが、夫の部屋から出てきたのは、ニックの前妻のマリア(カッチャ・リーマン)だった。あろうことかニックは前回の離婚の慰謝料として、マリアにアパートメントの権利を半分与えるという契約を交わしていたのだ。
二人の子供たちも独立し、現在求職中で特にすることもないマリアは、ジェイドのいない昼間に、家の模様替えをする。離婚するまでは、ここが“我が家”だったマリアは、少しでも元の居心地のよい部屋に戻そうと、まずは冷蔵庫に整然と並ぶ冷凍食品やダイエット食品を捨てて、色とりどりの野菜やフルーツを詰め込む。さらに業者を呼んで、美術館のように殺風景なリビングの大きなモダンアートの絵画をジェイドの部屋へと移動させるのだった。
故郷のドイツで、20世紀文学の博士号を取得していたマリアはニューヨークで教師の職を得ようと、ある学校の面接を受けるが、子育ての長いブランクを理由に門前払いされてしまう。一方、ジェイドは彼女のイメージする“働く女性のための着心地のいい服”が、スタッフとイメージが合わず、ストレスフルな日々を送っていた。
ある時、ニックがマリアにこっそりと連絡を取り、ジェイドのいない間に私物を取りに来ようとする。マリアから教えられたジェイドはニックを待ち伏せし、彼の心を取り戻そうとするが、愛が終わったことを確信することになる。
ニックとの復縁もコレクションへの資金援助も諦めたジェイドは、家を売りに出すことにする。マリアが買い取ってくれるならそれでもいい。ところが、マリアは買い取りを断わるだけでなく、売ることも断固拒否を貫き、二人の戦いはますますヒートアップしていく。
そんな中、マリアの娘アントニア(ティンカ・フュルスト)と、まだ幼い孫のパウル(ヴィコ・マーニョ)がしばらくこの最高級アパートメントに滞在することになる。“義理の娘”から好かれたいジェイドは、植物学者だというアントニアに、自分の新ブランドの香水作りを依頼する。“娘”の取り合いにまで発展し、積年の想いをぶつけ合う二人だが、やがて自分たちの特殊だけれど特別な絆に気づき始めるのだった。
果たして、ニューヨーク〈最高の訳あり物件〉の行方は? そして、最後に訳ありな二人が辿り着いた幸せになるための〈秘策〉とは…?

▼予告編



私感
本作の監督マルガレーテ・フォン・トロッタ(Margarethe von Trotta、1942~)は、ドイツ・ニュージャーマン・シネマの騎手として知られ、長らく第一線で活躍してきた。これまでに鑑賞した彼女の監督作数本のうち、私が今なお忘れがたい作品は、『ローザ・ルクセンブルク』(1986年)と『ハンナ・アーレント』(2012年)の2作である。前者はポーランド出身の女性革命家ローザ・ルクセンブルク(Rosa Luxemburg、1871~1919)のドラマティックな生涯を描いた伝記映画であり、ナチス戦犯の裁判に関するレポートを発表し大きな波紋を呼んだドイツ系ユダヤ人哲学者ハンナ・アーレント(Hannah Arendt、1906~75)の姿を掘り下げて描いた伝記映画(本ブログ〈February 09, 2017〉)。

本作は、シリアスな作品が大半を占めるフォン・トロッタのフィルモグラフィーの中で例外的にコメディー色が濃厚な映画であり、年齢70代半ばを超えるベテラン映画作家が今も維持する旺盛なチャレンジ精神、しかもその新たに挑戦した領域でいきなり“完成度”の高い映画を撮り得る才能の豊かさを改めて立証する映画である。

ニック(ハルク・ビルギナー)という大富豪の男性に捨てられたジェイド(イングリッド・ボルゾ・ベルタル)とマリア(カッチャ・リーマン)という二人の女性が、なぜかニューヨーク・マンハッタンの超高級アパートメントで可笑(おか)しな共同生活を送ることになる―。

宝石紫 ファッションモデルとして絶頂期だった10年前に、マリアからニックを略奪して結婚、40歳を迎えた今、デザイナーとしてもう一花(ひとはな)咲かせたいジェイド
・【性格】 いつも眉間に皺を寄せ、クールで不機嫌そうだが、本当は繊細で脆く傷付きやすい。潔癖症で、ホコリが一つでも落ちていたら、ハンドクリーナーで即、掃除しないではいられない。インテリアもすべてが整然と並んでいなければ気が済まない。仕事にもストイックで完璧主義。
・【ファッション】 すべて黒と白のモノトーン。仕事着は白のブラウスシャツに黒のハイカットのパンツか、黒のシャツに白のパンツ。寒い季節は黒のレザーコートを羽織る。勝負服は露出度が高く体のラインが際立つ黒のワンピースだが、マリアの料理を食べ過ぎて着られなくなる。
・【食事】 基本的に料理はしない。温めるだけで食べられるダイエット食品や、シリアル、プロテイン、ヨーグルトなどが冷蔵庫と棚に並んでいる。外食はセレブ御用達のリッチな店へ。家でもレストランでも、ワインは欠かせない。普段は我慢しているが、実は甘い物も大好きで、マリアのお手製のスイーツを夜中にこっそり盗み食いする。
・【人間関係】 ニックとの関係で、本当は子供がほしかったが、恵まれなかった。長年支えている男性マネージャーのウィット(フレドリック・ワーグナー)は、ジェイドの長所と短所、プライベートなことまですべて把握し、上手におだててワガママを聞きながらも、辛口のツッコミも忘れない。彼以外のスタッフには、理解してもらえないことが多く、すぐキレてしまう。
・【ニックへの想い】 まだ愛していて全く吹っ切れていないが、戻らないだろうと諦めかけてもいる。マリアの知るニックと、自分の知るニックの違いに戸惑う。

宝石緑 40歳の時にニックに捨てられ、故郷のドイツ・ベルリンで教鞭を10年間とり、大学院で博士号を取得、二人の子供も成人した今は、ニューヨークで第2の人生を模索中のマリア
・【性格】 物腰は柔らかく、いつも微笑みをたたえているが、口を開けば、結構な毒舌。自らの怒りや嫉妬、復讐心などのネガティブな感情にも、誤魔化さずに向き合う人間味溢れる女性。掃除や整理整頓には大雑把で、美しさよりも居心地のよさを求める。
・【ファッション】 赤、青、黄と色とりどりのカラーに柄物が好き。肌に優しい自然な素材、身体を締め付けない緩やかなシルエットのナチュラル派で、なおかつフェミニンなスタイル。
・【食事】 料理をすることも食べることも大好きで、その腕前はプロ級。前菜、メインからデザートまで、完璧なフルコースを作ることができる。元妻と妻の前に現われたニックが、「私はマリアの料理に抗えない」と、二人から責められている最中にもアップルケーキにかぶりつくほど。
・【人間関係】 成人した息子と娘のアントニア(ティンカ・フュルスト)がいる。二人ともベルリンに住んでいるが、シングルマザーのアントニアがまだ幼い息子のパウル(ヴィコ・マーニョ)を連れて、かつて自分の家だった懐かしいアパートメントを見にやって来る。娘がジェイドと仲良くなっていくのを見て複雑な想いに駆られる。
・【ニックへの想い】 ある日突然、去っていったニックを今も許していないし、捨てられて傷付いたことも、まだ乗り越えてはいない。そんなニックのことを、「ペテン師でゲス野郎でバカだ」と、本人に面と向かって宣言する。

ジェイドとマリアは、同じ男ニックと結婚したこと以外は、ファッションもライフスタイルも性格も、すべてが正反対。二人の女性の、プライドとこの先の人生を賭けた戦いの行方は如何に!?
・二人が暮らすことになったアパートメントは二人の所有物だが、それぞれが自分の物だと主張する。この所有権を巡る争いが本作における表向きの物語である。
・二人は共にニックに捨てられたとはいえ、まだニックを愛しているのだろうか?どれほど彼を憎んでいるのか?彼からどこまで自由になることができるか?二人は彼から離れ、彼を忘れることができるのか?本作は実質上、原題が「Forget About Nick」であるように、「ニックのことを忘れる」物語である。

宝石白 マリアを捨て、ジェイドの夫兼スポンサーとなったが、次にジェイドも捨て、今は21歳の売れっ子モデルのキャロライン(パウラ・ロミー)に夢中のニック
彼はマリアとジェイドを、まるで40歳を過ぎたら女ではないとでもいうかのように、どちらも40歳で捨てて、それよりずっと若い女に走っている。この女グセの悪い男が本作の“隠れた主役”である。彼は画面上にほとんど姿を現わさないが、それでも常に存在し続ける。

フォン・トロッタ監督は軽快な音楽に乗せて五感に心地よい映像を次々と送り出す。
エレガントな最新ファッション、モード界のスキャンダラスな裏話、ロフト付きのペントハウス、モダンアートに囲まれたクールなインテリア、芸術品のようなワイングラス、美しい皿に盛りつけられたシズル感あふれる料理にスイーツ、を。
そして、軽やかな毒とあふれるユーモアをこめて、見事に料理する。
“美の追求・年齢の重ね方・子育てとキャリア・パートナーの存在・資産”など、女性の永遠のテーマ、を。

注目すべきことだが、本作のエンディングはマリアとジェイドという、当初は敵対を繰り返す正反対な性格の二人の女性が世代や価値観の違い~端的に言えば、母親であることと働く女性や性的な女性であること~を乗り越え、ある種の共同態(相補的連帯性)~決して一筋縄ではいかない大人同士の緩やかな連帯~を築くだろうことを予感させる―。

本作のキャスト陣で、私が一番好感を覚えたのが、ノルウェー人女優のイングリッド・ボルゾ・ベルダル(Ingrid Bolsø Berdal、1980~)。強くて、同時に無垢なジェイド役をスタイリッシュかつお茶目に演じて、私を大いに惹きつけた。
どうにも、しっくりこなかったのが、“元凶”のスケコマシ旦那ニックに扮したトルコ出身のハルク・ビルギナー(Haluk Bilginer、1974~)。映画の終盤に登場するニック⇒ビルギナーを観ながら思ったものだ。こんな風采の上がらない男がなんで、そんなに女にもてるのかね!?そこには知性と美貌を兼ね備えた女性二人を振り回すほどの全身的オーラがなかったのだ。もちろん映画を通して、ニックには人間的にどこか憎めない魅力があり、マリアもジェイドも「こんな男、こっちから願い下げだ!」と切り捨てられずにいる側面があることも、丁寧に綴られてはいるのだが…。
2019年7月3日(水)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、14:55~鑑賞。

「アラジン」

作品データ
原題 ALADDIN
製作年 2019年
製作国 アメリカ
配給 ディズニー
上映時間 128分


1992年の名作ディズニー・アニメ『アラジン(日本公開:1993年8月7日)を実写化したファンタジー・アドベンチャー大作。砂漠の王国を舞台に、貧しいながらも「ダイヤの原石」のように清らかな心を持つ青年と自由に憧れる美しき王女の身分違いの恋の行方を、アニメ版で第65回アカデミー賞歌曲賞に輝いた「ホール・ニュー・ワールド」をはじめとする名曲の数々とともに描き出す。出演は主人公アラジン役にメナ・マスード(Mena Massoud、1991~)、王女ジャスミン役にナオミ・スコット(Naomi Scott、1993~)、そして“ランプの魔人”ジーニー役にウィル・スミス(Will Smith、1968~)。監督は『シャーロック・ホームズ』『コードネーム U.N.C.L.E.』のガイ・リッチー。

ストーリー
砂漠の王国アグラバーの路上で育ったアラジン(メナ・マスード)は、貧しくも真っ直ぐでピュアな心が息づく青年。相棒の猿アブーと一緒にコソ泥を働きながらも、お腹を空かせた子どもに食べ物を分け与えるような、優しい心の持ち主である。そんな彼が運命的に巡り合ったのは、自立した心と強い好奇心を抱き、広い世界へ飛び出す自由を願う王女ジャスミン(ナオミ・スコット)、そして“3つの願い”を叶えることができる、魔法のランプから登場する“ランプの魔人”ジーニー(ウィル・スミス)。果たして3人は、この運命の出会いによって、それぞれの“本当の願い”に気づき、それを叶えることができるのだろうか…?

▼予告編



アラジンとジャスミンの出会い



音譜A Whole New World” by Mena Massoud, Naomi Scott(アラン・メンケン作曲、ティム・ライス作詞) :



映画 cf. アニメ版『アラジン(原題:Aladdin、監督:ジョン・マスカー、ロン・クレメンツ、上映時間:90分)Trailer → (♪)“A Whole New World(歌唱:ブラッド・ケイン〈Brad Kane、1973~〉&レア・サロンガ〈Lea Salonga、1971~〉)ベスト・シーン




ALADDIN(2019 vs 1992)Official Trailer Comparison SHOT BY SHOT



音譜 ALADDIN(1992 vs 2019) Song Comparison



私感
私は1993年にアニメ版『アラジン』を堪能した。実に楽しいの一語に尽きる作品だった。
それから26年―。私は本作実写版『アラジン』も積極的に享受!
アラジンを演じたメナ・マスード、ジャスミンを演じたナオミ・スコット、このフレッシュな若手二人がいい! 「魔法の絨毯」に乗った二人が手を取り合って、主題歌「ホール・ニュー・ワールド」を歌い、美しい歌声を存分に響かせ合いながら、夜の空を滑空している。この音楽と映像が渾然一体となったそのスケール感、陶酔感は格別!
そして、メナ・マスード、ナオミ・スコットの二人以上に私を惹きつけたのが、ウィル・スミス。演じるのは、3つの願いを叶えてくれる“ランプの魔人”ことジーニー。全身が青い状態のジーニーはすべてCGながら、人間の姿に変身したジーニーにスミス本人が扮し、アラジンとの胸が高鳴るアドベンチャー、思わず体が動き出すミュージカルシーンを披露。歌に演技に大活躍の彼のパフォーマンスは、全てが絶妙にキマる。陽気なマシンガントークを炸裂させる一方で、囚われの身で自由は無いという悲しみも秘めるジーニーは、世界中の誰にも愛されている人気キャラクター。“ハリウッド最強のエンターテイナー”ウィル・スミスによって、最高に献身的でご主人様のためならエネルギーのすべてを注ぐ、そんな“愛”の存在が遺憾なく生き生きと躍動するにいたった。

ウィル・スミスの出演作で、私が初めて接したのは、『インデペンデンス・デイ』(ローランド・エメリッヒ監督、日本公開:1996年12月7日)。以来、『メン・イン・ブラック』(1997年)、『ALI アリ』(2001年)、『幸せのちから』(2006年)など、これまでに十数作は観たと思う。それらに限れば、ほとんどが面白く楽しい、何かを考えさせる、鑑賞に値するものだった。スミスは近年ではジャンルを問わず出演作がメガヒットを放つ、アメリカを代表する「ドル箱俳優」の1人といわれる。なるほど、この評価も納得、というのが今の私の偽らざる心境だ。
2019年6月25日(火)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、19:35~鑑賞。

Padmaavat_poster

作品データ
原題 Padmaavat
製作年 2018年
製作国 インド
配給 SPACEBOX
上映時間 164分


「パドマーワト」

『ミモラ 心のままに』のサンジャイ・リーラ・バンサーリー監督が16世紀に生み出されたインド古来の叙事詩「パドマーワト」を、インド映画史上最大級の製作費で映画化した歴史スペクタクル。13世紀末、西インドの小国、メーワール王国の妃となった絶世の美女、パドマーワティを巡る、男たちの戦いが描かれる。主演は『トリプルX:再起動』でハリウッド進出も果たしたディーピカー・パードゥコーン、共演にランヴィール・シン、シャーヒド・カプールとボリウッドを代表するスターが顔を揃える。
アップ
※≪本作は、イスラム教神秘主義者の詩人マリク・ムハンマド・ジャーヤシーが1540年に著した叙事詩「パドマーワト」に基づいている。彼自身がこの書の末尾に「創作である」と書いていることから、歴史的事実ではなく、イスラム教国のアラーウッディーン・ハルジーによるメーワール国への進軍の史実を、美と愛を巡る義の戦いの物語にしたものといわれている。パドマーワティは実在した王妃であるが、歴史的資料は乏しく、その実像はほとんど不明である。しかし、「パドマーワト」の中では絶世の美女とされ、女性の尊厳を守るため悲劇的な最期も遂げたことから、インド歴史上の女傑のひとりとして、ラージャスターン地方(ラージプーターナー=「ラージプート族の地」はおおむね現在のラージャスターン州〈Rajasthan〉に相当する地域―引用者)では女神のように信仰されている。≫
≪本作の舞台となるメーワール国は、インドの西部ラージャスターンの南部に位置する。その歴史は6世紀にまで遡るが、8世紀のバッパー・ラーワルが建国の王とされる。首都チットールの都城である荘厳なチットール城は、平地の中に聳える標高150mほどの切り立った断崖に囲まれ、敵軍の侵入を許さない難攻不落の城とされ、バッパー・ラーワルとその後の王たちは、西から侵入してきたイスラム軍の攻撃を500年以上にわたって阻止してきたが、1303年、デリー・スルタン朝のアラーウッディーン・ハルジーによる攻撃を受け、チットールは一時的に陥落する。1326年に再興されたものの、1535年には、グジャラート・スルタン朝のバハードゥル・シャーによって包囲されてしまう。この時は、ムガール帝国フマーユーンの力により陥落を免れたが、1567年、アクバルの攻撃を受け、遂にチットールは陥落する。その後、ウダイプルに首都を移しメーワール国は存続したが、1818年にはイギリスに属するウダイプル藩王国となり、1947年のインドとパキスタンの分離独立の際にインドの州となった。≫
≪本作に登場するアラーウッディーン・ハルジーは、デリー・スルタン朝のひとつハルジー朝を興したジャラールッディーン・ハルジーの甥で、娘婿でもあった。アラーウッディーンは、1294年に軍隊を率いて南部デカン高原のヤーダヴァ朝に進軍し、1296年には首都を占領した。そしてデリーから駆けつけたジャラールッディーンを暗殺し、王妃と王子を幽閉し、1296年にスルタン(皇帝)の座に就いた。彼は5度にわたり北方からのモンゴル帝国侵入を退けながら領土拡張政策をとり、自らを「第2のアレキサンダー」と称した。1303年にはメーワール国に進軍し、チットールは陥落する。歴史家の解釈によれば、この進軍は彼の領土拡張政策のひとつに過ぎなかった。メーワール国はアラビア海に面するグジャラートの港に通じる地域にあったため、商取引のために支配しておく必要があり、西方からの敵軍侵入に備え、メーワール国は要衝の意味も持っていたとされる。≫(映画パンフ『Padmaavat』「Production Note」〈発行日:2019年6月7日、発行:SPACEBOX、定価:600円〉)

ストーリー
13世紀末、シンガル王国の王女パドマーワティ(ディーピカー・パードゥコーン)は、西インドの小国メーワール王国の王ラタン・シン(シャーヒド・カプール)と恋に落ち、妃となる。同じ頃、北インドでは、叔父のジャラールッディーン(ラザ・ムラッド)を暗殺した若き武将アラーウッディーン・ハルジー(ランヴィール・シン)が、イスラム教国の皇帝(スルタン)の座を手に入れる。獰猛で野心に満ちた彼は、「第二のアレキサンダー大王」との異名をとるほどに、その権勢を広げていく中、絶世の美女パドマーワティの噂を聞きつけ、メーワール王国に兵を差し向ける。しかし、堅牢な城壁と、誇り高いラージプート族の王であるラタン・シンの抵抗により、パドマーワティの姿を見ることも許されなかった。一計を案じたアラーウッディーンは、ラタン・シンを拉致してパドマーワティを自分の城におびき寄せるが、彼女の勇気ある救出策によりラタン・シンは奪い返されてしまう。遂に怒髪天を衝き、全軍を率いてメーワール王国に侵攻するアラーウッディーン。城を取り囲むその大軍勢と睨みあうメーワール王国の兵士たち。やがて始まる王と王の誇りと野望を懸けた最後の戦い。そして、圧倒的に不利なその戦いに、パドマーワティはある決意をもって臨んでいた…。

▼予告編



音譜 ダンスシーンと楽曲 ― パドマーワティ(Padmavati)はラタン・シン(Ratan Singh)の前で、「グーマル(Ghoomar)」の曲に合わせ、「チットール城」宮殿の中庭で伝統的なラージャスターン・フォークダンスを披露 :



Alauddin Khilji vs Ratan Singh Last Battle Scene



Full Movie

2019年6月25日(火)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、18:00~鑑賞。

「メモリーズ・オブ・サマー」

作品データ
原題 WSPOMNIENIE LATA
英題 Memories of Summer
製作年 2016年
製作国 ポーランド
配給 マグネタイズ
上映時間 83分


1970年代末のポーランドを舞台に、父親が出稼ぎで不在の中、夏休みを大好きな母と2人きりで過ごすことになった12歳の少年の忘れられないひと夏の思い出をノスタルジックに描いたドラマ。70年生まれの、ポーランド映画界期待の新星アダム・グジンスキ監督が自身の体験をもとに、思春期の痛々しさを切実に映し出す。少年ピョトレックを演じるのは、本作が俳優デビュー作となるマックス・ヤスチシェンプスキ。母親ヴィシャにポーランドの有名女優ウルシュラ・グラボフスカ、父親イェジに『ソハの地下水道』『ワレサ 連帯の男』のロベルト・ヴィェンツキェヴィチが扮する。

ストーリー
1970年代末、ポーランドの小さな田舎町。12歳の少年ピョトレック(マックス・ヤスチシェンプスキ)は、母ヴィシャ(ウルシュラ・グラボフスカ)と2人で、夏休みを迎える。父イェジ(ロベルト・ヴィェンツキェヴィチ)は外国で出稼ぎ中だったが、母と息子は石切り場の池で泳ぎまわり、家ではチェスをしたり、時にはダンスをしたり、仲良く日々を過ごしていた。だが、やがてヴィシャが毎晩のように家を空けるようになり…。おしゃれをし、うきうきとした母の様子に不安な何かを感じるピョトレック。その頃、都会からマイカ(パウリナ・アンギェルチク)という少女がやって来る。母に連れられ、おばあちゃんの家に遊びに来たマイカは、田舎町が気に入らないようだ。仏頂面のマイカに、ピョトレックは一目で惹かれる。やがて2人は徐々に仲良くなり、郊外へ一緒に出かけるようになる。一方、ヴィシャは相変わらず外出を繰り返していた。月に一度、ヴィシャとピョトレックのもとに、外国で働くイェジから電話がかかってくる。喜んで話をする2人だが、「ママに何か変わったことはないか?」という父の質問に、ピョトレックは思わず沈黙する。その様子を見ていたヴィシャは、「なぜあんな真似を」と、怒りを露わにする。その日から、2人の間には緊迫した空気が漂い始める。そんな中、“大好きな父”が出稼ぎから帰って来るが…。

▼予告編

2019年6月18日(火)吉祥寺オデヲン(東京都武蔵野市吉祥寺南町2-3-16、JR吉祥寺駅東口徒歩1分)で、20:40~鑑賞。

「パージ:エクスペリメント」

作品データ
原題 THE FIRST PURGE
製作年 2018年
製作国 アメリカ
配給 シンカ/パルコ
上映時間 98分


1年に一晩(12時間)だけ殺人を含む全ての犯罪が合法になる“パージ法”が施行されたアメリカを舞台に描くバイオレンス・ホラー・シリーズの第4弾。前3作、『パージ』『パージ:アナーキー』『パージ:大統領令』はパージ法施行後の世界を描いていたが、本作ではパージ法がなぜ施行されることになったのか、その始まりを描く。主演は新人のイラン・ノエル、共演にレックス・スコット・デイヴィス、ジョイバン・ウェイド、スティーヴ・ハリス、マリサ・トメイら。監督は本作が長編2作目のジェラード・マクマリー。シリーズ前3作の監督を務めたジェームズ・デモナコが脚本を担当する。

ストーリー
21世紀、経済が崩壊し、社会に混乱が広がるアメリカでは、共和党、民主党に代わる新たな政党NFFA(the New Founding Fathers of America/新しいアメリカ建国の父たち)が政権を握っていた。彼らは犯罪率を1%以下に抑制するために、ある施策を採用する。メイ・アップデール博士(マリサ・トメイ)が考案した、一年に一晩12時間限定で殺人を含む全ての犯罪が合法となる法律“パージ(Purge)法”だ。反対デモが起こる中、全国での適用の前に同法を一部地区のみに採用した実験的な施策として導入を決定。対象となるのはニューヨーク州のスタテン島。被験者は島の住人たち。参加者には5000ドルの報酬が用意された。「パージ」開始後、この島は最悪の密室状態となり、住人は犯罪者にも、被害者にもなる12時間を迎えることとなった。ドラッグディーラーのボス、ディミトリ(イラン・ノエル)や、その元彼女で反パージ法の活動家ナヤ(レックス・スコット・デイヴィス)、あるいはその弟で駆け出しのギャング、イザヤ(ジョイバン・ウェイド)は、それぞれの思いを胸に秘め、島にとどまる決意をする。果たして、この人類史上最悪の実験で、人々は生き残ることができるのか…!?

▼予告編

2019年6月18日(火)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、15:40~鑑賞。

「ガラスの城の約束」

作品データ
原題 THE GLASS CASTLE
製作年 2017年
製作国 アメリカ
配給 ファントム・フィルム
上映時間 127分


『ショート・ターム』(2013年)のデスティン・ダニエル・クレットン監督とブリー・ラーソンが再びタッグを組み、米国ニューヨークの人気コラムニスト、ジャネット・ウォールズ(Jeannette Walls、1960~)の同名ベストセラー回顧録を映画化。自由を愛し、夢ばかりを追い求め、ほとんどホームレス状態だった破天荒な両親に振り回され続けた壮絶な子ども時代と、そんな両親に愛憎入り交じる複雑な感情を抱えるヒロインの心の軌跡を綴る。主人公の両親を、『スリー・ビルボード』などのウディ・ハレルソンと『インポッシブル』などのナオミ・ワッツが演じる。

ストーリー
1989年、ニューヨーク。ジャネット・ウォールズ(ブリー・ラーソン)は『ニューヨーク・マガジン』で活躍する人気コラムニスト。富裕層が集まるマンハッタン、パークアベニューの瀟洒なアパートメントにファイナンシャル・アドバイザーである恋人・デヴィッド(マックス・グリーンフィールド)と暮らしている。
ある夜、彼の顧客と高級レストランで会話を交わす中、ジャネットの両親について質問が及ぶ。「母はアーティストで、父は起業家です。質の悪い漂青炭を効率よく燃やす技術を開発しています」―これは使い慣れた彼女の嘘。レストランからの帰り道、車道に飛び出してきたホームレスの男性を見かける。それは、ストリートで自由気ままに暮らす彼女の父・レックス(ウディ・ハレルソン)だったが、ジャネットは知らないふりを装う。何もかもが規格外だった父と母との記憶をたどり出しながら…。
父親のレックスはいつか家族のために素晴らしい「ガラスの城」を建てるという夢を持つエンジニア、母親のローズマリー(ナオミ・ワッツ)はいつまでも夢見る少女のような天真爛漫さを漂わせる、売れない画家。生活力のない二人は、子どもを4人~ローリ+ジャネット+ブライアン+モーリーン~に増やしながら、定職につかず、子どもたちを学校にも通わせず、借金が膨らむと夜逃げを繰り返す流浪の生活を送り続ける…。
それでも両親は両親なりに、子どもたちに本気で愛情を注いでいた。物理学や天文学などを教えてくれるレックスは、幼い頃のジャネットたちにとってカリスマ的な存在だった。彼は特に聡明なジャネットのことを「チビヤギ」と愛しく呼びつつ、様々な“真理”を教える。夜空に満天の星が煌めく原っぱで、酒浸りの父は娘に言う。「どれか好きな星をお前にプレゼントするよ」と。そして、母の不注意で火傷(やけど)を負ってしまった娘に、「いつかこの傷はお前が強いという証(あか)しになる」と勇気づける。
しかし、いつしか仕事が上手くいかないレックスは、酒の量が増え、家で暴れるようになっていく。誕生日のお祝いに「お酒をやめて」と懇願するジャネットに父は意を決し、断酒を決意。アルコールが抜ける過程で譫妄(せんもう)が始まり、悪魔のような顔が飛び出てくる。酒をと繰り返し、苦しむ父の様子を見て涙を流すジャネット。ついに数日間の酒断ちを実現させ、穏やかなレックスが戻ってきた。だが、それも束の間のこと、再び家族の食費で酒を飲むようになっていく。ジャネットは今度は母に訴える。「パパと別れて」。「それは出来ない」ときっぱりと言うローズマリー。親の愛に恵まれずに育った二人には子どもたちの理解を超えた強固な結びつきが存在した。ジャネットは姉弟に宣言する。「自立して、ここから出て行こう」と。
やがて、地元の新聞社で働くように説得するレックスを振り切り、ジャネットは大学進学をきっかけに、ニューヨークへと旅立っていく…。

※ Cast
Jeannette Walls(ジャネット・ウォールズ):Brie Larson(ブリー・ラーソン)
  Young Jeannette:Ella Anderson(エラ・アンダーソン)
  Youngest Jeannette:Chandler Head(チャンドラー・ヘッド)
Lori Walls(ローリ・ウォールズ):Sarah Snook(セーラ・スヌーク) - ジャネットの姉。
  Young Lori:Sadie Sink(セイディー・シンク)
  Youngest Lori:Olivia Kate Rice(オリヴィア・ケイト・ライス)
Brian Walls(ブライアン・ウォールズ): Josh Caras(ジョシュ・カラス) - ジャネットの弟。
  Young Brian:Charlie Shotwell(チャーリー・ショットウェル)
  Youngest Brian:Iain Armitage(イアン・アーミテージ)
Maureen Walls(モーリーン・ウォールズ):Brigette Lundy-  Paine(ブリジェット・ランディ=ペイン) - ジャネットの妹。
  Young Maureen:Shree Grace Crooks(シュリー・グレイス・クルックス)
  Youngest Maureen:Eden Grace Redfield(イーデン・グレイス・レッドフィールド)


▼予告編



私感
ウディ・ハレルソン(Woody Harrelson、1961~)が破天荒な父親レックスを奔放に演じて、実にいい!社会一般のルールや法律をものともしない、ラジカルな生き方を選ぶウォールズ一家の主。日によっては知的な科学者、時に良き父であり愛すべきヒーローから、ふとした瞬間に飲んだくれでどうしようもないダメ男へと顔を変える複雑怪奇なキャラクターは、私の心をとらえて印象深い。【cf. 本ブログ〈July 01, 2018〉 映画『スリー・ビルボード』再見】

ブリー・ラーソン(Brie Larson、1989~)は最近『キャプテン・マーベル』『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)ヘ、貴重な個性を総動員して繁栄を続けるスーパーヒーロー&ヒロインムービーに果敢に参画。しかし一方で、『ショート・ターム』(2013年)→『ルーム』(2015年、第88回アカデミー賞主演女優賞受賞)→本作に見られるように、子供と家族、さらに個人と社会というテーマを着実に掘り下げることも忘れていない。芸域を広げ、個性的な演技に磨きをかける彼女の今後の動向が注目される。【cf. 本ブログ〈June 26, 2016〉 映画『ルーム』】

本作は親の“子育て”に関する“人生の深い真実”を教えてくれる感動作である。
≪『完璧な親』になんか、ならなくていい、ということ。親であるあなたが親である前に、一人の人間として自分に正直に生きる、ということ。親が一人の人間として自分に正直に、自由に生きることを通して、子どもも真に自分らしく、自由に生きることの大切さを学んでいくのだ。≫(映画パンフ『ガラスの城の約束』〈発行日:2019年6月14日、編集・発行:ファントム・フィルム、定価:648円+税〉)
2019年6月11日(火)「アップリンク吉祥寺」(東京都武蔵野市吉祥寺本町1丁目5−1 吉祥寺パルコ地下2階、吉祥寺駅北口から徒歩約2分)で、20:30~鑑賞。

「主戦場」(1)

作品データ
原題 SHUSENJO:THE MAIN BATTLEGROUND OF THE COMFORT WOMEN ISSUE
製作年 2018年
製作国 アメリカ
配給 東風
上映時間 122分


「主戦場」⑵

日系アメリカ人映像作家ミキ・デザキ(Miki Dezaki、1983~)が、日本軍「慰安婦」問題の真相に迫るドキュメンタリー。アメリカ各地で慰安婦像設置の動きが活発化し、「慰安婦問題」論争がアメリカをも巻き込み加熱していく中、デザキ監督~脚本・撮影・編集・ナレーション担当~はこの終わりなき論争に終止符を打つべく、日・米・韓における論争の中心人物たちを訪ね、互いに対立するそれぞれの主張を丁寧に聞くとともに、一つひとつの論点について多角的な検証を重ねていく。第23回釜山国際映画祭(2018)ドキュメンタリー・コンペティション部門正式招待作品。

「主戦場」⑶
(On Monday, October 29, 2018 a packed Peterson-Kermani Auditorium viewed Miki Dezaki's new documentary film titled "Shusenjo: The Main Battleground of the Comfort Women Issue." The film has been screened at the prestigious 2018 Busan International Film Festival and St. Lawrence University became one of the first US venues to screen the film, thanks to the initiative of Professor Makiko Deguchi, Visiting Fulbright Research Fellow and former Assistant Professor of Psychology at St. Lawrence.
After the screening, the Director discussed various aspects of his film with the audience. He also visited several Asian Studies courses offered through the departments of Art & Art History, Government, and Religious Studies.)

ストーリー
「主戦場」(バトルグラウンド)となる論戦では、「従軍慰安婦」というテーマを巡って、“右軍”と“左軍”双方の「論者」が登場、それぞれ自説を展開する。第二次世界大戦の時、朝鮮から多くの女性がアジア各地の戦場に送り出された。あるいは自ら渡った。日本兵たちを相手に性行為をするのが彼女たちの職務だった。これが“強制”であったか否か、実態はいかなるものだったかが議論の軸だ。論者が直接対決する形のディベートではない。インタビュアーが一人一人を訪れて話を聞き、それを争点ごとに並置して編集、一つの流れを作る。ドキュメンタリーの手法として、アメリカでは珍しくないが、日本では新しいものだ。
争点は―強制連行はあったか?軍や国家の関与はあったか?20万人という数字の根拠は?売春婦か性奴隷か?歴史教育の場で教えるべきか?慰安婦の像は撤去すべきか?なぜ元慰安婦たちの証言はブレるのか?日本政府の謝罪と法的責任とは…?などなど。

“右”軍~「慰安婦」被害を否定する側⇒日本軍の非人道的行為・違法行為は「なかった」とする派~の「論者」:
杉田水脈(すぎた・みお、1967~/「自民党」衆議院議員)|藤岡信勝(ふじおか・のぶかつ、1943~/「新しい歴史教科書をつくる会」副会長)|加瀬英明(かせ・ひであき、1936~/「日本会議」監事、「新しい歴史教科書をつくる会」顧問)|櫻井よしこ(さくらい・よしこ、1945~/「国家基本問題研究所」理事長、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」共同代表)|トニー・マラーノ(Tony Marano、a.k.a. テキサス親父、1949~/YouTubeにて「プロパガンダ・バスター〈Propaganda Buster〉」と名乗るイタリア系アメリカ人)|ケント・ギルバート(Kent Gilbert、1952~/アメリカ・アイダホ州生まれ、ユタ州育ちの「親日」TVタレント)ほか

“左”軍~「慰安婦」被害を認める側⇒日本軍の非人道的行為・違法行為は「あった」とする派~の「論者」:
吉見義明(よしみ・よしあき、1946~/歴史学者)|林博史(はやし・ひろふみ、1955~/歴史学者)|中野晃一(なかの・こういち、1970~/政治学者)|渡辺美奈(わたなべ・みな/「女たちの戦争と平和資料館」事務局長)|ユン・ミヒャン(1964~/「韓国挺身隊問題対策協議会」代表)|イン・ミョンオク(元慰安婦の娘で「ナヌムの家」看護師)ほか

YouTuberとして、いわゆる「ネトウヨ」たちの主張に好奇心を掻き立てられたデザキ監督は、慰安婦問題に次々と浮上する疑問を胸に、“右軍”と“左軍”双方の“日韓米”主要論者27人を直撃インタビューした。さらに、膨大な量のニュース映像と記事の客観的な検証と分析を綯(な)い交ぜ、イデオロギー的に対立する主張の数々を鋭く反証させ合いながら、スタイリッシュに、問題の核心に切り込み、火中の栗を拾った1本のドキュメンタリーに凝縮。映画はこれまで信じられてきた言説のジャングルを果敢に掻き分け、いまだ燻ぶり続ける論争の裏に隠された“あるカラクリ”~「今そこにある危機」~をスリリングに見極めていく…。

▼予告編



私感
なかなか見応えのあるドキュメンタリー(真実とは何かを可能な限り追求していくタイプのドキュメンタリー)だ!
慰安婦問題の論点がきちんと整理され、“右派”と“左派”双方の主張の対立点が明確になることで、観客としては非常に分かりやすく、ハイテンポなカット割りも相まって終始飽きさせない。

本作では、右派⇔左派の論戦が展開される。論争だから、武器はあくまで言葉である。論理的な説得力のある言葉の数々が決め手である。しかし面白いことに、映画は発される言葉と同時に話者の口調と表情も伝える。声を聴いて目の動きを確認し、一瞬の笑みや吐息に気づくこともできる。それは言葉以上に雄弁で、まさしく人柄があからさまになる。

私の見るところ、右派と左派について大雑把に比較すれば、右派には派手な人が多い。彼らはキャラの立った、目立ちたがり屋のように見える。余裕があるのかないのか、人を食ったような薄ら笑い(ニタニタ笑い)が目に留まる。これに対して、左派の面々は総じて見た目が地味だ。彼らは低声で諄々(じゅんじゅん)と理路を立てて語る。着実で几帳面な粘り強い性格の持ち主なのだろう。

私は画面を注視した際、ただちに右派が派手、左派が地味という好対照に気づいた。
そして次第に、その派手な右派の人たちの顔つきに目を奪われていった。妙に老けたオジサン、オバサンたち…。前出の論者連に限れば、老け顔が際立つのが加瀬英明と藤岡信勝であり、櫻井よしことトニー・マラーノとケント・ギルバートも寄る年波には勝てないか、時折ショボクレタ爺さん婆さんの表情を覗かせる。杉田水脈にしても、先走った思い付きを稚気丸出しでパッパと口にしたところで、顔に老いが染み出しているのは一目瞭然。
左派の場合は、もともと地味で、見た目が目立たないからだろう、忍び寄る老いと顔全体の表情との隔たりを見せつける場面は一切なし、マアこんなもんでしょう…と、私としては落ち着いて彼らの主張・言論をすべて聞き取り嚙み分けることができた。

本作を鑑賞直後、一人の観客~見ず知らずの人~と帰途一緒になり、「アップリンク吉祥寺」近くのJR吉祥寺駅前で、午後10時半過ぎから40分ばかり、立ち話を交わした。彼と私は共に、1970年代以降に表面化した「慰安婦問題」に一定の知見を持ち合わせていただけに、話はひとしきり弾んだ。二人の思いが期せずして合致した点:「論争は大枠で、やはり“左派”が正しい」、「それにしても、なぜ、これほどまでに日本の歴史が歪(ゆが)められ、歪(いびつ)な解釈が平然とまかり通ってきたのか…」、「戦後日本国家/社会の今日的な状況下、日本人一人ひとりの目に余る“劣化”を、どうすれば食い止めることができるのか…」

深夜、帰宅後、私は好奇心の赴くままに、前掲の右派・左派各人が当年とって何歳なのか調べてみた。
なるほどネ~、右派陣営の場合、杉田は50代だが、藤岡、桜井、マラーノは70代、ギルバートは60代、加瀬にいたっては80代…。左派陣営の場合、吉見は70代、林は60代、ユン・ミヒャンは50代、中野は40代、渡辺美奈とイン・ミョンオクは?(渡辺は40代前半か?)
私としては、もちろん年嵩(としかさ)の人をいたずらに揶揄(やゆ)するつもりは毛頭ない。老いの一徹にも、事と次第によっては実に味わい深いものがあることは言うまでもない。
しかし、慰安婦問題に関わる右派論者については、話は別だ。

加瀬英明なる御老体は、「慰安婦問題に関して正しい歴史を伝えている歴史家」の一人と自称しつつも、「慰安婦」の研究者たちが書いたものを一切読まない~「私は人の書いたものを読まないんです。ナマケモノなもんで」~と、つゆ悪びれずに宣(のたま)うではないか!私は一瞬、開いた口が塞がらず、程経て呵々大笑と相成った!
さらに、彼の発言:「中華人民共和国がいずれ行き詰まって崩壊する時が来る。かつてソ連が崩壊したように。そうなると韓国は日本を頼らなければならなくなるから、世界で一番紳士的な国になる。育ちの悪い子供が騒いでいるようでカワイイ。可愛らしい国と思って僕は好き」 を耳にしたとき、私は急に彼が“育ちのいい可愛らしい、加齢臭がプンプンする皺くちゃ爺ちゃん”に思われて、彼の体を情熱的に力一杯抱き締めたくなったのだった―。

私が何心なく画面に見入っていたとき、やにわに一人の老爺が目に入った。貫禄に欠ける風貌を備えた、どこか“存在の耐えられない軽さ”を感じさせる「とっちゃん坊や」!それが藤岡信勝なる人物だった。
彼は重々しく、否、軽々しく、説教を垂れている。「国家は謝罪しちゃいけないんですよ。国家は謝罪しないって、基本命題ですから。ぜひ覚えておいてください。国家はね、仮にそれが事実であったとしても、謝罪したら、その時点で終わりなんです」と。よく言うよ!その“国家”なるものは、戦前日本における実体的な「家族国家」を指すのか。彼はホッブズやルソーに見られる社会契約説の対極に位置する国家観の持ち主なのか。北海道大学「教育」学部卒の彼の場合、果たして、どの程度、本格的に「人間‐社会‐国家論」研究に勤しんだのだろうか。
私の知人の一人に、彼を悪しざまに難じる者がいる。彼は何でも若い頃、三十数年にわたって日本共産党員だったらしい。左翼から右翼への思想的な「転向」者であり、変節漢の一典型であるとのこと―。
そもそも個々人の思想的「転向」問題を外野がとやかく言い立てるのは、いらぬお世話の蒲焼だろう。人間の一生いろいろあって然るべしで、左から右へor右から左へ、いろいろ行ったり来たり、人生行脚の旅に出ること自体に何の問題があろうかと、私は思う。儚い一場の夢に終わろうが、自らの道を凛として進むべし!
ただし、「転向者」に対して一言、釘を刺したい。どこまでも自らに謙虚な心構えを養うべし!謙虚を傲慢にすり替えること莫(なか)れ!
私はこれまでの自分史上、十指に余る「転向者」を身近に見てきた。彼らの日常の生活態度を観察して、つくづく思ったことがある。端的に言って、彼らは皆、一様に“おっちょこちょい”なのだ。「おっちょこちょい」というヤワな言葉を避けるとすれば、“個”の中核が定まらない、自立性・自律性に乏しい人間だ、ということ。さらに言い直せば、“人は人、我は我”の境地とは無縁な、同調圧力に屈しやすい 、妙に上昇志向の強い“日本的田舎っぺ”である、ということ。
藤岡信勝は(何が彼をそうさせたか!?)1997年に「新しい歴史教科書をつくる会」を設立し、以来「日本に誇りがもてる教科書を子供達に」を合い言葉に、『新しい歴史教科書』『新しい公民教科書』(共に中学生用)作りにせっせと励み、今日にいたっている。彼が作成・普及に努める「学校教科書」とは、要するに(古代ギリシア以来の欧米流の「パイデイア(paideia)」観を弁えぬ明治以来の日本流の「学校教育」観のもとでは結局のところ) 子供(→大衆/民衆/国民)の“蒙”を啓いて“日本精神”~日本民族固有の伝統文化や価値観~を植え付けるための啓蒙書にほかならない。
左へ→右へふらつき、足元がおぼつかない男が、自分一個の在り方を超えて国民大衆を教導するなどは傲岸不遜もいいところ。彼は所詮、一知半解の徒でしかないのだろう、浮ついた貧乏揺すりの拡大再生産に明け暮れるばかり。彼が真っ当な“学問的”~学んで問う~態度を持する者なら、自らの内的世界に沈潜し、明暗織り成された思想的変遷(変質)過程を逃れがたく背負い続けるべき課題として、どこまでも誠実に~妙な背伸びをしないで!~享受・確認・検証しつづけるだろうに―。

映画の後半で右派と左派の言葉の応酬が続く中、絶妙なタイミングで登場した在米日系人主婦のヒサエ(日砂恵)・ケネディ。伝聞によると、彼女は数年前までは櫻井よしこの後継者として右派陣営から一目置かれていた人物とのこと。彼女の何かしら懺悔めいた告白が注目される。

通称「IWG報告書」と呼ばれる、2007年4月に米国政府がまとめたレポートがある。
正式名称:「ナチス戦争犯罪と日本帝国政府の記録の各省庁作業班 米国議会あて最終報告書(Nazi War Crimes & Japanese Imperial Government Records Interagency Working Group, Final Report to the United States Congress)」。これは、ナチス・ドイツ(と旧日本軍の)戦争犯罪に関連する機密文書を機密解除し、再調査したレポートである。
注意すべきは、このIWG報告書における資料の大半が第二次大戦後の“冷戦”の終了とともに公開されたナチス関連のもので[終戦後のアメリカの諜報活動や軍事作戦に有益ということで、ナチス・ドイツに関わる多くの資料が機密(非公開)の扱いを受けていた]、日本の戦争犯罪に関するものがほとんど存在しなかったことだ。ここでは、問題の慰安婦関連の資料については頭から欠けていたこと、要するに慰安婦問題自体が終戦直後のアメリカによる調査の対象外であったということ―。
ところが、2014年11月27日付の産経新聞に、IWG報告書に関する古森義久・ワシントン駐在客員特派員による署名記事が掲載された[cf. 産経ニュース - 米政府の慰安婦問題調査で「奴隷化」の証拠発見されず…日本側の主張の強力な後押しに(2014/11/27)]。
《米政府がクリントン、ブッシュ両政権下で8年かけて実施したドイツと日本の戦争犯罪の大規模な再調査で、日本の慰安婦にかかわる戦争犯罪や「女性の組織的な奴隷化」の主張を裏づける米側の政府・軍の文書は一点も発見されなかったことが明らかとなった。》
《…慰安婦問題の分析を進める米国人ジャーナリスト、マイケル・ヨン氏とその調査班と産経新聞の取材により、慰安婦問題に関する調査結果部分の全容が確認された。》《日本に関する文書の点検基準の一つとして「いわゆる慰安婦プログラム=日本軍統治地域女性の性的目的のための組織的奴隷化」にかかわる文書の発見と報告が指示されていた。だが、報告では日本の官憲による捕虜虐待や民間人殺傷の代表例が数十件列記されたが、慰安婦関連は皆無だった。》
突如、「慰安婦問題」の舞台に登場したフリージャーナリストのマイケル・ヨン(Michael Yon、1964~)。何でもイラク戦争に従軍記者として参加した、全米で注目を集める軍事ジャーナリストであるとか。彼は「IWG報告書をスクープ」と持て囃され、『正論』(産経新聞社)や『週刊文春』(文藝春秋)や『Voice』(PHP研究所)でも「IWG報告書は『日本軍が20万人の女性を強制連行して性奴隷にした』という事実が一切ないことを証明している」などと触れ回った。

しかし、そこには込み入った事情があった。右派陣営から“慰安婦問題の犯罪性を否定する切り札”として扱われてきたIWG報告書なるものを最初に「発見」した人物は誰あろう、日砂恵ケネディであった。彼女はマイケル・ヨンとは別のアメリカ人(?)と一緒に行動し、ワシントンDCにある国立文書館でコンピューター内の当該資料(情報)を入手した張本人だった[cf. H Kennedyの見た世界/IWGレポートについて、(2016/02/25) ]。

日砂恵ケネディは月刊誌『Will』(ワック・マガジンズ)2014年10、11月号、2015年1月号で、IWG報告書を慰安婦問題の“不存在”の主要根拠として広く知らせる。
彼女によれば、「それは当時一緒に働いていたアメリカ人に、慰安婦に対する犯罪が無い事を示す決定的資料であるかのように説明をされていたからで、当初は彼の解釈を信じていました。」「国立文書館と言っても、図書館のように、資料を手に取って見られるものではなく、全てコンピューター内の情報です。そこで、『探そう』と言われても、何をどこから手をつけて良いかわかりませんから、コンピューターの画面を前に手間取っている間に、先のアメリカ人が『大変な資料を発見した』と言ったのが、このIWGレポートです。」 彼に対して、「これには、仰るような価値はないのでは?」と質問をしたことがあるとはいえ、彼女は結局のところ、自ら“注意深く”読まずに内容を誤解して、IWGレポートのことを雑誌などに書いてしまう(同上「H Kennedyの見た世界/IWGレポートについて、」)。
だが、彼女は「IWG報告書をめぐる右派の宣伝がいかに虚構か」を知るにつけ、後悔に責められることになる―。
彼女は言う。「IWGレポートに慰安婦についての言及が無いのは、当時は日本人として考えられていた朝鮮半島出身者、また台湾人などに対する暴力や犯罪を日本軍が犯していたとしても、(日本の)国内問題として考えられ、『戦争犯罪』とは考えられていなかった為です。/当時のアメリカ人の『戦争犯罪』の定義には、軍が軍専用の慰安所を管理する事は含まれていませんでした。ですからアメリカ政府とすれば、日本軍の日本人・朝鮮人慰安婦に対する扱いは、(比較して)詳しく調べる対象とはならなかったのでしょう。/因みにIWGレポートは、連合国軍が既に調査をしていた、日本軍による連合国側の女性に対する犯罪についても言及していません。オランダ人女性が強制的に慰安婦とされた事件や、中国が既に裁いていた戦争犯罪についての言及もありません。実際に起こったオランダ人女性に対する犯罪が記載されていない事から考えても、『慰安婦に対する戦争犯罪がなかった事の証拠』とは呼べないように思われます」(同上)。

日砂恵ケネディは潔く謝罪する。「…いずれにせよ、(IWGレポートを―引用者)自分で注意深く読み、吟味する事をせずに記事にしたのですから、記事への責任は私自身にあります。」「私を通してこのレポートを価値あるものと考えられた方々には、心からのお詫びを申し上げます。」(同上)

さらに本作のハイライトシーンの一つ:
マイケル・ヨンが慰安婦問題をめぐって、相当高額の「調査費」を受け取っていたことが判明。実際、ヨン本人は自身のブログに《櫻井よしこ氏は、私に調査をするようにお金を支払った》と記しているのだ―。あまりに生臭い臭気を放つ話だが[そこには少なくともマイケル・ヨン、櫻井よしこ、日砂恵ケネディ、そして日砂恵ケネディと行動を共にした一米国人(前出)の4人が互いに複雑に絡み合うように思われるが…]、映画ではデザキ監督がこの「高額調査費」問題について櫻井よしこに直撃取材。だが、本人は「とても複雑なので…」と歯切れ悪く言葉を濁した。彼女独特のガードの固さを示すものか、その表情は引き攣(つ)っていたようにも見えた。

櫻井よしこと言えば現在、「日本を代表する才色兼備の女性ジャーナリスト」 https://orionfdn.org/sakuraiyoshiko/とか、「様々な民間右派組織の顔をつとめる“極右のマドンナ”」 https://lite-ra.com/2017/05/post-3135.htmlとか評される御仁。
私はこれまでに一度だけ、彼女の講演を聴く機会があった。2000年代~2004年だったか?~に、ある大学で開かれた講演会でのこと。彼女の第一印象は悪くない。優雅な口調で静かに淀みなく語るその講演ぶりに何かしら惹きつけるものがあることは確か。ただし、講演内容に関する質疑応答の段で、やにわにチラリと私の脳裏を掠(かす)める妙な思いがあった。〈彼女は結構シタタカな女狐、それとも女豹…!?〉
本作でのマイケル・ヨンに対する「調査費」支払いの件が物語って余りあること。桜井よしこという一介のニュースキャスターはいつか、ウサン臭い危ない橋を渡り続け、そして結果として、今や押しも押されもせぬ大きい存在~脂ぎった保守オヤジやネット右翼たちから絶大な人気を博する極右のマドンナ(否、日本のマタ・ハリ!?)となった―。
1945年10月にフランス領インドシナ連邦(現:ベトナム社会主義共和国)ハノイで生まれ、ハワイ大学マノア校歴史学部を卒業した櫻井よしこ。彼女は今後、ひた走りに行くところまで行き着くのだろうか…。
私は彼女の人生行路の何たるかに思い及ぶとき、なぜか決まって日本歴史上の二人の女性を思い浮かべる。旧満州で戦乱の歴史に翻弄された「二人のヨシコ」、すなわち川島芳子(1907~48)と山口淑子(1920~2014)である。
川島芳子、山口淑子、櫻井よしこ―この同じ「ヨシコ」という名前を持つ3人は、偶然とはいえ歴史の暗合だろうか、私の頭の中でひっそりと横一線に並ぶ…。

家あれども帰り得ず 涙あれども語り得ず 法あれども正しさを得ず 冤あれども誰にか訴えん」 ― 川島芳子の“辞世”の詩である。

【 cf. 本ブログ〈February 10, 2018〉 映画『否定と肯定』】

[※追記(2019/08/22):2019年8月21日(水)、本作をアップリンク吉祥寺で、16:50~再見]