映画『ルーム』 | 普通人の映画体験―虚心な出会い

普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2016年6月23日(木)キネカ大森(東京都品川区南大井6-27-25 西友大森店5F、JR京浜東北線・大森駅東口徒歩3分)の「キネカ1(本ブログ〈June 24, 2016 〉記事)で、18:30~ 鑑賞。

作品データ
原題 ROOM
製作年 2015年
製作国 アイルランド カナダ
配給 ギャガ
上映時間 118分
(米国公開:2015年10月16日、日本公開:2016年4月8日)


アイルランド出身の作家エマ・ドナヒュー(Emma Donoghue、1969~)のベストセラー小説『部屋(Room)』(2010年) を映画化。拉致監禁された女性と、そこで生まれ育った息子が、長らく断絶されていた外界へと脱出し、社会へ適応していく過程で生じる葛藤や苦悩を描いた人間ドラマ。第88回アカデミー賞で作品賞ほか4部門にノミネートされ、息子とともに生きようとする母を熱演した『ショート・ターム』のブリー・ラーソンが、主演女優賞を初ノミネートで受賞。監督は『FRANK フランク』のレニー・アブラハムソン。

ストーリー
ママ(ブリー・ラーソン)と5歳の誕生日を迎えたジャック(ジェイコブ・トレンブレイ)は、天窓しかない狭い部屋で暮らしている。夜、二人がオールド・ニック(ショーン・ブリジャース)と呼ぶ男がやってきて、服や食料を置いていく。ジャックはママの言いつけで洋服ダンスの中にいる。ママは「息子にもっと栄養を」と抗議するが、半年前から失業して金がないとオールド・ニックは逆ギレする。さらに真夜中にジャックがタンスから出てきたことで、ママとオールド・ニックは争う。翌朝、部屋の電気が切られ寒さに震えるなか、生まれてから一歩も外へ出たことがないジャックに、ママは真実を語る。ママの名前はジョイで、この納屋に7年も閉じ込められていた。さらに外には広い世界があると聞いたジャックは混乱する。電気が回復した部屋で考えを巡らせたジャックは、オールド・ニックをやっつけようとママに持ちかける。しかし、ドアのカギの暗証番号はオールド・ニックしか知らない。ママは『モンテ・クリスト伯』からヒントを得て、死んだふりをしたジャックを運び出させることを思いつく。ママはジャックをカーペットにくるんで何度も段取りを練習させるが、恐怖から癇癪を起こすジャック。ママは、“ハンモックのある家と、ばあばじいじがいる世界”をきっと気に入ると励ます。しかし、「ママは?」と尋ねられると、2度と息子に会えないかもしれないと知り、言葉に詰まる。そして、オールド・ニックがやってくる…。
脱出劇は失敗しかけるが、ジャックの記憶力と出会った人たちの機転で、思わぬ展開を迎える。翌朝、ママとジャックは病院で目覚める。ママの父親・じいじウィリアム・H・メイシー)と母親・ばあばジョアン・アレン)が駆けつけるが、二人が離婚したことを知ってママはショックを受ける。数日の入院後、二人はばあばと新しいパートナーのレオ(トム・マッカムス)が暮らす家へ行く。しかし、意外な出来事が次々とママに襲いかかる。一方、新しい世界を楽しみ始めたジャックは、傷つき疲れ果てたママのために、あることを決意し…。

▼予告編




ラストシーン
狭い世界(10平方メートルぐらいの≪部屋≫)から出た二人(母・ジョイと息子・ジャック)を待っていた「広い自由な」世界…。それは、二人にとって幸福な世界だったのか?

ジャックが何度も、「≪部屋≫に帰ろう」と母にせがむ…。
謎だらけで不安な世界より、母と暮らした、何も知らなかった頃が一番幸せだった…。
母も自殺を図ったりと何も良いことがない…。

しかし、やがてジャックの成長が母を救うことになる。
母以外に懐かなかったジャックが、祖母を「ばあば大好き」と言ったり、力が宿っていると信じ大事にして伸ばしていた髪を切ったり、近所の子と遊んだりと…次第に世界に馴染み成長していく。

そんな中、二人はもう一度≪部屋≫を見に行く。
そこで観たものは、文字どおり狭い空間の世界…。
≪部屋≫に入り、「ドアが閉まってないと≪部屋≫じゃない」とジャックが言う。
「ドアを閉める?」と聞く母に、首を振るジャック…。

全てを受け止め、広い自由な世界でまっとうに生きていくと二人が前を向いた瞬間だ!
感動のラストシーンである。

私感
スポットライト 世紀のスクープと『ルーム』の2作を、同じ6月23日にキネカ大森で観て~前者を鑑賞後、約1時間40分経って後者を鑑賞~、はっきりと実感したこと―。

『スポットライト』と『ルーム』、どちらも客観的に述べれば、見応えのある近年の秀作~観る者の共感を誘う感動的な作品~だ。

ただし、個人的な好みを絶対視しつつ2作を比較対照すれば、『ルーム』よりも『スポットライト』の方にこそ、私は満足感を味わうことができた。『スポットライト』を鑑賞中、私の興味と関心の集中力は、一度として途切れることなく、じわじわと高まり続けた。

この点に関して分析的に言えば、
(1)もともと私の場合、(映画のジャンル上)【しっかりした社会的な文脈を持つ】社会派ドラマが何にも増して好きである。『スポットライト』こそ、良質な社会派ドラマの典型にほかならない。

(2) 『ルーム』における“監禁され施錠された≪部屋≫からの、母子のサスペンスフルな脱出劇”が過程の全側面を通して、今いちリアリティーに欠けている。

ママはジャックに読み聞かせていた『モンテ・クリスト伯』(アレクサンドル・デュマ・ペールの小説)からヒントを得て、決死の覚悟で、≪部屋≫からの脱出計画を立てた。
ママは男(オールド・ニック)に、ジャックが熱を出して…死亡したと嘘をつき→カーペットにくるんだジャックを外まで運ばせることに何とか成功する…。
男の運転する車の荷台(運転席から丸見え!)に置かれた(カーペットの中の)ジャックは、信号待ちしていた車から何とか逃げ出す…。瞬間、男はジャックが生きていて…逃げたことに気づき、ジャックを連れ戻そうとする…。
間一髪のところで、ジャックは偶然通りかかった通行人に助けられ→男は車ごと逃走→ジャックは警察に保護される…。
ジャックの証言(ポツリポツリ言う曖昧な言葉!)からパトロール警察によって≪部屋≫~ママの居場所(普通の住宅地にある納屋!)~が特定され、ママも救出される…。


(3)「スポットライト」チームの紅一点、サーシャ・ファイファーを演じたレイチェル・マクアダムス(Rachel McAdams、1978~)(本ブログ〈June 14, 2016〉記事)【第88回アカデミー賞(2015年の映画を対象)助演女優賞ノミネート】は、もともと私が好感を持つ女優だ。

私は彼女の出演作を、これまでに10作観た。
きみに読む物語』(2004年)
『シャーロック・ホームズ』(2009年)
『恋とニュースのつくり方』(2010年)
『ミッドナイト・イン・パリ』(2011年)
『シャーロック・ホームズ シャドウ ゲーム』(2011年)
『君への誓い』(2012年)
『トゥ・ザ・ワンダー』(2012年)
アバウト・タイム~愛おしい時間について~』(2013年)
『誰よりも狙われた男』(2014年)
『サウスポー』(2015年)
レイチェルはどの作品でも癒しの力を持つ自然な演技を見せてくれる。その麗しい面差し、すらりと引き締まった肉体、晴れやかな笑顔に、私は心奪われる…。

片や、『ルーム』でママのジョイを演じたブリー・ラーソン(Brie Larson、1989~)【第88回アカデミー賞主演女優賞受賞】。
私はこれまで、彼女の出演作を一本も観たことがなかった。
彼女は『ショート・ターム』(2013年)で、第23回ゴッサム・インディペンデント映画賞女優賞を受賞し、注目を集めたとのこと―。
今作を通して初めて、私は彼女が味のある演技を見せる女優であることを知った。
しかし問題なのは、彼女が私の脳裏に刻印するほどの印象深い風貌を備えてはいないことだ。
彼女はふっくらとした顔立ちで、ちょっと太めの人(ジョイを演じるために、食事制限とトレーニングで体脂肪を12%まで落としたとのこと!)。
私によれば、『ルーム』全体を通して、主演女優としての彼女の存在感はどこか希薄だったように思う。だからだろう、私は同作を鑑賞中、彼女の存在⇒演技そのものに、時おり何かしら感情移入できない自分を意識しつづけた。

ラーソンの存在感の欠落(不十分さ)を補ったものがある。
それはほかでもない、息子のジャックを演じたジェイコブ・トレンブレイ(Jacob Tremblay、2006年10月5日生~)の見事な演技力だ。
喜怒哀楽が手に取るように伝わってくる、その自然な演技は、驚嘆に値する!
いかにも可愛らしい容姿に、表情から仕草から何から何まで、水際立った演技!
9歳(撮影開始時は8歳)の天才子役トレンブレイの素晴らしい役者ぶりが、まさしくラーソンの存在⇒持ち味を前向きに生かしめた。そして、トレンブレイとラーソンが両々相俟って、相互促進的に、『ルーム』の存在価値を形成⇒確立するにいたった…。

Jacob Tremblay Wins Best Young Actor/Actress | the 21st Critics' Choice Awards
『ルーム』で第21回放送映画批評家協会賞(Critics' Choice Awards)「若手男優・女優賞」に輝いたジェイコブ・トレンブレイの、授賞式(2016年1月17日開催)での大人顔負けの絶妙なスピーチ!


「(手にしたトロフィーを見て)ワオ!これはすごいクールだよ。今日は僕の人生で最高の日です。まずは僕に投票してくれた批評家のみなさんに感謝します。他にも素晴らしい候補者のそろったこの部門で選ぶのは、とても難しかったでしょう。それにチーム『ルーム』のみなさんにも感謝しています。レニー、エマ、ブリー、エド、あとあっちにいるプロデューサーのみなさんにも。その他のキャスティングチームにも。全員で作り上げた映画です。この賞は僕だけのものではなく、チームのみんなのものです。大好きな両親にも感謝したいです。このトロフィーは、僕の棚のミレニアム・ファルコン号の隣に飾ります〔※トレンブレイはアメリカのSF映画『スター・ウォーズ』が大好き!〕」