『学び』
友人とテレビで紹介されていたラーメン屋に行ったとします。
そのラーメン屋さんは、超人気店で大行列ができていました。
あなたは、何を思いますか?
『最悪だな、大行列の最後尾に並んで、何時間待ちなんだろう、、、?』
『おぉ!やっぱり人気店なんだ。ますます食べたくなってきた。楽しみだ!』
あなたの考えは、どちらに近いでしょうか?
起きた出来事は1つであって、特に意味はありません。
事実としては、『ラーメン屋に行ったところ、50人が並んでいた』
といったところです。
出来事は1つであって意味はないのです。
どのようにあなたが解釈したのか。
ただそれだけです。
それは、心のクセとも言えます。
どのように出来事をとらえるのかということです。
1つの出来事を、マイナスにとらえるのか?
それとも、プラスにとらえるのか?
ただのとらえ方のクセですが、どんな傾向があるのか。
自分の傾向を観察してみるといいかもしれません。
いつもネガティブにとらえてしまうタイプの方は、どうしたらいいのでしょうか。
まず、事実を確認します。
出来事は1つであってそこに意味はありません。
プラスでも、マイナスでもありません。
自分がどのように解釈しやすいか、気づくことができれば、あとは、少しずつ矯正していけばいいのです。
マイナスにとらえている自分を見つけたら、
『お!またやってる!』
とまず客観的に見つめ、『本当にそうなのか?』
と少し疑ってみましょう。
本当にネガティブにとらえなければならないのか?
冷静に見つめ、そうでなければ、少し解釈を変えてみてもいいかもしれません。
起きた出来事は1つであってそこに何も意味はないのです。
まずは、事実だけを観る練習からしてみてもいいかもしれません。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
あなたの人生は辛くて、しんどいものですか?
それとも、楽しみに満ちていますか?
『生老病死』
とお釈迦様が説いています。
これは、
・生まれること
・老いること
・病気をすること
・死ぬこと
人間のまぬがれることができない4つの苦しみのことを指します。
若く見える人はいますが、歳をとらない
という人はいません。
絶対に病気をしない
という人もなかなかいないと思います。
そして、死なないという人もいません。
これらの苦しみをさけていても、いつ自分に訪れるかどうか分かりません。
やっぱり人生は、辛くてしんどいものなのでしょうか。
そのような前提条件を持っていると、楽しめることも、辛くて苦しいものになってしまいます。
例えば、マラソン
楽しく走れる人もいます。
でも、苦しい、しんどい、と思いながら走るランナーもいます。
もしかしたら、前提条件の違いかもしれません。
『人生は、楽しめるものだ』
と思っているのと、
『人生は苦しいものだ、苦しいことを乗り越えることが美学だ』
みたいな感じで思っているのでは、
同じ経験をしていても、感じ方の違いが発生しているのかもしれません。
では、どうしたら、楽しめる人生になるのでしょうか。
前提条件に気づいて、健全に疑ってみる
ということがいいかもしれません。
目の前に起きている現実を、良い悪いなく、まっすぐに観察してみると、
何か自分の人生の前提条件に気づくことができるかもしれません。
その前提条件は、子供の頃の周りの人の影響で刷り込まれただけかもしれません。
『仕事は、辛くしんどいものだ』
『楽して稼いではならない』
なんてことを親が言っていたら、子供は素直なので、そのまま信じてしまうものです。
世の中には、楽しく仕事をして稼いでいる人もいます。
自分の前提条件に気づいたら、
『ほんとに??』
と健全に疑ってみます。
そうしたら、何か子供の頃、前提条件が刷り込まれた場面を思いだすことができるかもしれません。
大人になった今、冷静にその場面を見つめると、
『そうでもないな、、、』
『そうとも限らないな、、、』
『ただの思い込みだったかも、、、』
なんて思えるかもしれません。
そんな感じで、いわゆるブロックというものを外していくと、楽しめる人生がやってくるかもしれません。
本当に生きたかった人生がやってくるかもしれません。
あなたの本当に行きたかった人生は、どんな人生でしょうか?
前提条件を健全に疑ってみるのもいいかと思います。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
知人から聞いた話があります。
その知人は、ある日、スマホを見ながら、駅のホームをゆっくり歩いていたそうです。
そうすると、後ろから足をコンコンと棒で軽く叩かれたそうです。
少し気になったようですが
「まぁいっか、、、」
ということで、そのまま前進を続けていると、また後ろから棒で足をコンコンされたそうです。
『またか!』と思い『イラっ』として後ろを思わず、にらんでしまったそうです。
そこで気づいたそうです。
後ろにいたのは、盲目の女性で、足に当たったのは、視覚障害者が持つ白い杖だったのです。
そして、知人は黄色の点字ブロックの上を歩いていたことに気づいたのでした。
その後、『イラっ』としてしまった自分を恥ずかしく思ったそうです。
駅を歩いていて、後ろから突然棒でコンコン叩かれたら、イラっとしてしまうと思います。
でも、相手の状況が変わったら、立場が逆転してしまうのです。
“相手の状況を知る”ことで、相手に対する接し方も変わります。
人間関係において、何か『イラっ』としてしまう場面があるかもしれません。
人間なので、感情があります。
そういうこともあるかと思います。
そんな時は、少し大人になり、相手の状況を理解するために歩み寄ってみます。
例えば、
挨拶して、相手に無視されてしまった場合について考えてみましょう。
相手は、とても深刻な問題を抱えていて、そのことで頭がいっぱいで、聞こえていなかったのかもしれません。
実は片方の耳が難聴だったのかもしれません。
騒音で聞こえなかったのかもしれません。
色々想定されます。
『無視された』
というのは、解釈です。
人は過去の経験から、色々な思い込みができます。
人は解釈をしてしまうものです。
ということで、自分の解釈がないか、落ち着いて相手の状況を理解するために歩み寄る
これで、相手の状況を理解するかもしれません。
人は分かって欲しい生き物です。
理解してもらえると、うれしいものです。
完璧に理解し合うことは難しいかもしれませんが、自分から相手に歩み寄って、人間関係を円滑にしていけるといいですね。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
あなたは、自分で自分を認めていますか?
自分で自分を承認していると、外側に求めなくなるものです。
自分で自分を認めていない状態は、外側の評価が100%になっている状態です。
外側の評価によって自己評価が決まるのです。
人から褒められたらOKで
人から責められたり、否定されたりしたらNG
という状態です。
評価が自分軸ではなく、完全に他人軸になっているのです。
そんな状態だと、いつも人の目を気にして、無意識にどうにかして認めてもらおうと頑張ってしまっているかもしれません。
ちょっと息苦しくなってしまいますね。
そして、自分が他人を見る目も厳しくなってしまって、他人を否定してしまう…
なんてこともあるかもしれません。
では、やっぱり自分で自分を認めた方がいいのですが、どうすればいいのでしょうか。
今のそのままの自分でOKとするのです。
『よくミスすることがあるし、よく忘れるけど、結構いいやつだし、努力家なんだ』
という感じで、どんな自分もOKとするのです。
そして頑張ったら自分で自分を褒めてあげるのです。
どんなことがあっても、誰から何を言われたとしても、自分だけはいつも自分の味方でいるのです。
全て自分軸でいいのです。
いつも人の目を気にしてばかりの人は、難しいかもしれませんが、それくらいの気持ちでやってもいいと思います。
最初は、『今朝もちゃんと歯磨きした自分はエライ!』
というレベルからでいいので、自分を認めることを始めてみるのです。
幼子に対して接するような感じで、自分を育てなおすのです。
『そんなことアホらしい』
と思うかもしれませんが、いつも他人軸で、他人の目を気にしてばかりの状態から抜け出すには、大切なことではないかと考えます。
『誰から何を言われようと、嫌われようと、自分だけは、自分の味方でいる』
そんなスタンスで、自分を大切にしながら、自分を受け入れ、認め、愛し育てていきたいですね。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
あなたは、自己主張は得意な方ですか?
何も気にせず、いつも言いたいことを言える
という方はいいのですが、言いたいことをいつも我慢していると、モヤモヤしてしまいますね。
そして、言いたいことを言えない自分を、いつの間にか責めてしまったり、否定してしまったりして更にモヤモヤがふくらんでしまうこともあるかもしれません。
なぜ、言いたいことを言えないのでしょうか。
言いたいことを言ってしまったら、どうなるのでしょうか。
言いたいことを言うと、人に嫌われる?
空気が読めない人と思われる?
言いたいことを言ったら、口論になってしまい、言い負かされてしまい悔しい思いをすることになる?
言いたいことを言って自分勝手な人と思われる?
色々あるかと思います。
原因は子供の頃に自己主張したら、他の人から何かを言われ、とても嫌な感情を味わった
なんてパターンがよくあります。
だから、同じような嫌な思いをしたくないから、自己主張しない方がいい
ということがあるかもしれません。
では、大人になった今、自己主張したら、本当に嫌な気分を味わうことになるのでしょうか。
それは、やってみないと分からないと思います。
でも、嫌な気分を味わうかもしれない・・・
という不安がある場合はどうしたらいいのでしょうか。
それは、相手をまず認め、、尊重した上で、
「私は(僕は)、○○と思う」
という感じで、自分の考えを主張することからやってみるといいと思います。
相手を尊重しないまま、自分の意見を主張すると、自分勝手な発言として相手に聞こえてしまうかもしれません。
ですが、相手を認め、尊重した上で自分の意見を言うのであれば、それはちゃんとしたコミュニケーションになっていますし、それをすることで意思疎通が図れるのではないかと思います。
普段自己主張をしない人にとっては、とても怖いことだと思います。
でも、やってみないと分かりません。
実験する感覚で、一度トライしてみると、そんなに怖がる必要がないことに気づけるかもしれません。
子供の頃の感覚にしばられることなく、本来の自分で自己主張し、生き生きと生きていきたいですね。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
未来のことを不安に思って、心配して、いろいろなことを想像して、さらに不安を増大させてしまう…
そして、そんな不安を感じていることが、現実化して、大変な思いをしてしまうなんてことがあると、ほんとに辛いですね。
ただ、その未来に起こるかもしれない出来事は、起こるかもしれないし、起こらない可能性もあります。
ただ、心配事が起こる確率というのは、冷静に考えてみると、かなり低いものです。
“心の奥底で思っていることが現実化する
では、不安になって心配事に飲み込まれないようにするには、どうしたらいいのでしょうか?
『大丈夫』
と、思うことです。
困った事は起こらない、ただそこには経験があるだけなのです。
嬉しいことも、楽しいことも、辛いことも、しんどいことも、困ったことも、いろいろ起きると思いますが、
それを体験するために生まれてきているのが人間と言えます。
なのです。
それが人間です。
ちょっとネガティブな話になってしまいましたが、人間の致死率は100%です。
いつなのかは分かりませんが、必ず皆この世を去る日が来るのです。
経験することで、成長や学びがあると思います。
大丈夫なのです。
『大丈夫なんて思えない』
そんな風に思う時こそ、そう思えない自分がいるんだと受け入れた上で、
『でも大丈夫』
『大丈夫大丈夫』
そう心の中でつぶやいてみる
それでうまくいくかもしれません。
明日はどんな経験ができるでしょう。
そのような感じで、大丈夫ということを前提に日々を味わっていきたいですね。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。
あなたは、目の前のことに集中したい時はどうされていますか?
例えば、目の前の仕事に集中したい時があると思います。
そんな時は、集中できる環境を準備することが大事だと思います。
例えば、パソコンで仕事をする時、メールソフトを立ち上げたまま仕事をしていると、集中したい時でも、メールが届きます。
メールが届くと、気になってしまい、思わずメールを開封してしまう…
なんてことがあるかもしれません。
パソコンだけでなく、スマホも同様です。
通知音が鳴ると、気になってしまうと思います。
マナーモードにしていても、振動で通知があると、やっぱり気になってしまうものです。
どうしても、集中したい時は、メールソフトは立ち上げず、閉じておく、そしてスマホは機内モードにするなどして、通知音によって、集中状態に邪魔が入らないようにします。
ある会社では、
”がんばるタイム”
というものがあるという話を聞いたことがあります。
午後の昼食後から3時までは、集中タイムとして、”がんばるタイム”を設定しているのです。
その時間は、電話禁止、人と話すことも禁止、トイレも原則禁止、立ち歩くことも禁止、とにかく目の前の仕事に集中するための時間としています。
取引先さんから電話があったら、出なければならないのですが、そのルールを取引先さんまで浸透させるのは、苦労されたそうです。
でも、浸透さえすれば、取引先さんも電話をかけないようになったそうです。
これにより生産性がかなり上がったようです。
その気になれば、目の前の仕事に集中するための環境をつくることはできる
ということです。
携帯電話、スマホの普及により、現代は連絡が取りやすくなった反面、それが雑音になってしまう場面もあるかもしれません。
時には、目の前のことに集中するために、環境をつくるということも大切だと思います。
その気になれば、集中できる環境もできてしまうものです。
本日もお読みいただき、ありがとうございました。






