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Self-XP 公式ブログ

心の平安を大切に 〜不安・つまらない⇒安心・楽しい人生に〜

あなたは、誰かの悪口を言ってしまったり、悪口を言いたくなったりすることはありますか?

 

 

自分では、悪口を言わないように我慢していても、周りから、悪口が聞こえてくる

 

なんてこともあるかもしれません。

 

「あなたもそう思うよね?」

 

なんて言われて、悪口に同意をしないといけないような空気になったり、

 

自分はそれを否定して、悪口を言わなかったら、嫌な感じの空気になってしまったり…

 

なんてこともあるかもしれません。

 

では、人はなぜ悪口を言いたくなったり、悪口を言ってしまったりするのでしょうか?

 

『人の悪口は絶対言わない』

 

という人はどんな人でしょうか?

 

『悪口は絶対言わない』

 

という人は、我慢強い人

 

ではなく、

 

”自尊心が高い人”

 

ではないかと思います。

 

自尊心が低く、自分に自信がない人は、他人の悪口を言うことで、他人の価値を下げ、自分の価値を上げようとしてしまうものです。

 

でも、本当は他人の価値を下げなくても、みんな価値があります。

 

『自分にも他人にも価値がある』

 

そう思えることができれば、他人の悪口なんか言わなくてもよくなります。

 

 

悪口を言いたくなったら、自尊心を高めることを考えてみるといいかもしれません。

 

自分にも価値があるし、他人にも価値があるのです。

 

『自分に価値がある』そう思っていると、価値ある目標が見えてきて、前進できるようになるかもしれません。

 

悪口は言わなくてもいいのです。

 

自分自身を信じて、信頼して、前進したいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

「最悪だ、なんで自分だけ、こんな大変な目に合わないといけないんだろう、、、」

 

というような感じで、自分にだけ、いつも大変なことが起きて、嫌な感じの思いをされている方は、いらっしゃいますか?

 

 

いつもそんなことが起きている

 

という方は、大変ですね。

 

 

『自分は被害者だから、悪くない』

 

それも、そうだと思います。

 

でも、

 

自分は被害者で、自分はかわいそうな存在だ、、、

 

ということを、心の奥底で思っていると、

 

そのような悲劇のような現実を引き寄せてしまうかもしれません。

 

どうしたら、そのような現実を回避することができるのでしょうか。

 

そのためには、

 

『被害者意識を持たない』

 

ということがいいと思います。

 

被害者でいると、楽なのです。

 

自分は哀れな存在で、受け身でいればいいからです。

 

でも、それでは、自分の人生を生きていると言えないかもしれません。

 

 

起きている現実を受け入れ、自分で自分の人生に責任を持ち、主体的に生きる

 

ということが大切だと思います。

 

 

被害者でいれば、誰かを悪者にできます。

 

しかし、誰も悪くないのです。

 

ただ、その現実が起きているだけなのです。

 

そして、その起きている現実から、自分は何に気づいて、何を学べばいいんだろう、、、?

 

ということを冷静に見つめることができるようになるといいですね。

 

 

被害者意識の受け身の人生ではなく、あなた自身の自分の人生を主体的に生きたいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

あなたは、他人の目は気になりますか?

 

どこかに出かけた時、

人の目が気になって楽しめなかったり、

 

自分らしく生きることが

できなかったりすると、

 

つらいですね。

 

人によく思われたいし、

 

嫌われたくない

 

そんな思いもあるかと思います。

 

でも、

 

その人の目を気にしすぎると、

生きづらくなってしまうものです。

 

人気者を目指さなくてもいいのです。

 

人気者になれたとしても、

それが本当に幸せかどうかは、

分かりません。

 

多くの人に認められたとしても、

それが本当に幸せが実感できるか

どうかは、分かりません。

 

幸せに生きるには、

他人軸ではなく、自分軸で、

自分を正当に評価し、

 

自分の人生を自分らしく

生きていきたいですね。

 

本日もお読みいただき、

ありがとうございました。

 

 

あなたには、  

 

得意なことは、ありますか?

 

苦手な事はありますか?

 

「ある」という方は、

 

誰と比較されているのでしょうか。

 

『知人と比較して』

 

『世間一般レベルと比較して』

 

『同じ職場の人たちと比較して』

 

『親と比較して』

 

『兄弟と比較して』

 

『同世代の人と比較して』

 

などなど、、、

 

 

他人と比較して、

 

〇〇は得意とか

 

〇〇は苦手

 

という感覚がわくのではないかと思います。

 

比較には、キリがありません。

 

上には上がいますし、下には下がいるのです。

 

では、なぜ比較する癖がついたのでしょうか?

 

それは、子供の頃の親の一言や学校での生活において、比較が当たり前だったことが原因ではないかと思います。

 

 

「あなたは、ほんとにできない子ね」

 

「ほんとに少食だね」

 

「どうしてこんな簡単なことできないのかな」

 

「平均点より低いね」

 

というようなかたちで、いつの間にか、比較が当たり前のものとして、

すりこまれてしまうものです。

 

しかし、

 

”比較の世界にいる限り、しんどくなってしまう”

 

ということは、想像がつくと思います。

 

では、気楽に、自分らしく生きるには、どうしたらいいのでしょうか。

 

まずは、他人といつも比較してしまうことから、抜け出したほうがいいと思います。

 

いつも他人と比較してしまう

 

という状態からは離れて、比較したくなったら、過去の自分と比較する

 

ということがいいかもしれません。

 

過去の自分と比べたら、きっと成長しているはずです。

 

自分の成長が実感できるはずです。

 

歳を重ねていくにつれて、若い頃にはできていたことが、できなくなる

 

そんなこともあるかもしれませんが、過去と比べたら、今が1番多く色々なことを経験している

 

ということになります。

 

経験値としては、今が1番高いということになります。

 

自分史上 1番レベルが高いのは、今なのです。

 

ですので、他人との比較を手放し、一番経験値が高い今の自分で、ベストを尽くせば良いと思います。

 

今までの癖で、他人と比較しそうになったら、今日の話を思い出していただければと思います。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

あなたは、自分を愛していますか?

 

『愛している』

 

『自分のことがあまり好きじゃない』

 

『愛するの意味があまりわからない』

 

『そんなこと考えたことがない』

 

いろいろだと思います。

 

では、誰かを愛していますか?

 

これもまた、その感覚がわからない

 

という方も、いらっしゃるかと思います。

 

“人に恋をして好きになる”

 

と、

 

“愛する”

 

ということは、少しちょっとニュアンスが違います。

 

“愛する”

 

ということが、一番分かりやすい例として1つあります。

 

それは、母親が、我が子に対する愛です。

 

母親は、お腹の中に子供をみごもった後、数ヶ月は一心同体です。

 

そして母親からは、自分自身よりもお腹の中にいる子供に優先的に栄養が届くようになっています。

 

そして、10ヶ月程度して子供が生まれた後は、赤ちゃんに、3時間おきに24時間体制で、おっぱいをあげるのです。

 

赤ちゃんが泣いたら、抱っこして、

 

そして、オムツを替えて…

 

自分の睡眠時間も削って、我が子のためにいろいろしてあげるのです。

 

本能とも言えるかもしれませんが、母親本人はすごく大変です。

 

これは経験した人しか、わからないと思います。

 

このように母親が子供に対して、いろいろなことを無償で行うことこそ「愛」と言えると思います。

 

自分自身を愛するということは、24時間自分のことを見守り、自分のことを最優先にすることではないかと思います。

 

でも、自分のことを愛していないと、他人に厳しくなったり、批判的になったり、優しくできなかったり、ということをしてしまうものです。

 

“他人を批判したくなったり、優しくできない”

 

と思った時は、

 

『本当に自分のことを愛しているか』

 

確認するといいかもしれません。

 

自分を愛することができていたら、他人にも優しくなれるはずです。

 

そして、他人からも優しくされるはずです。

 

本当に自分のことを愛して、大切に生きていきたいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

あなたには、価値がありますか?

 

自分には価値があると思っていますか?

 

それをパーセントで表すと、何パーセントでしょうか。

 

『100%自分に価値がある』

 

と思えるのなら、いいのですが、

 

100%でない場合は、何が欠けているからでしょうか。

 

人は、欠けている部分に目が行きやすいものです。

 

そして、自分が欠けている部分を一生懸命努力して、うめることで、

少しでも安心しようとします。

 

自分には価値があると思えない自己評価に関してですが

 

その評価基準は、いつ頃自分の中に、できたのでしょうか。

 

それは、子供の頃だと思います。

 

 

“お金持ちの人”

 

とか

 

“勉強ができる人”

 

であったり

 

“運動ができる人”

 

に価値がある

 

なんてことを、子供の頃、すりこまれているのではないかと思います。

 

そして、いつの間にか、経済面や、スキルを他人と比較して、

 

“自分には価値がない”

 

という思いが、わいてきてしまうのです。

 

でもって、何か欠けている部分を探しては、それをうめようとして、努力する

 

ということをやり続けているのではないかと、思います。

 

しかし、本当に上記の評価基準は正しいのでしょうか。

 

それが正しいと思い込んでいるだけかもしれません。

 

あなたを含めて、みんな何かしら、社会に貢献しています。

 

『赤ちゃんは、何もできないから、貢献なんかしていない』

 

なんて考えが浮かんだ方も、いらっしゃるかもしれません。

 

でも、赤ちゃんは、いるだけで、周りの人を自然と笑顔にすることができるものです。

 

存在しているだけで、価値があり、貢献しているのです。

 

存在には100%価値があるのです。

 

スキルは高い方が、いいかもしれません。

 

でも、スキルなどを人と比較していたら、きりがありません。

 

あなたも、存在しているだけで価値があるのです。

 

存在には100%価値があるのです。

 

 

『価値があるかどうかの評価基準は、正しいのだろうか?』

 

そこは健全に疑ってみた方がいいかもしれません。

 

そして、自分の存在には価値がある

 

そう思って、小さなことでもいいので、社会に貢献しながら、生きていきたいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

 

 

あなたは、人に認められたいですか?

 

普通の人であれば、“認められたい”

 

と思うものです。

 

そして、“認められたい”と思っていなくても、無意識に求めてしまうことがあります。

 

自分に自信がない人は、自分で自分を信じることができない為、外側に承認を求めるあまり、人に認められたいという欲求が出てくることがあります。

 

人に認められることで、自信がない自分の満たされない部分を、うめようとしてしまうものです。

 

自分はこんなに頑張っているのに、ということをアピールしたくなったり

 

他人をなんとなく、見下したくなるのも、“認めてほしい”という欲求のあらわれかもしれません。

 

人と比較して、『ここは自分の方が優れている』と思うことも、認めてほしいからだと思います。

 

しかし、外側にそれをずっと求め続けていて、満たされるのでしょうか。

 

外側に承認を求めてしまうのは、自分で自分を認めていないからだと思います。

 

自分で自分をしっかりと認めることができれば、無意識に求めなくなるものです。

 

しっかりと認める

 

ということは、ささいなことでも、しっかりと自分を認めることです。

 

ささいなことというのは、

 

『今日もちゃんとご飯を作ったし、食器もちゃんと洗った

 

これを無償で、やっている自分はエライ!』

 

としっかりと認めるのです。

 

他には、

 

『今日も車を運転するとき、安全運転をした、そんな自分はエライ!』

 

というような感じで、

 

表面上の意識では

 

『そんなの、当たり前だ、、、』

 

と思うようなことも、しっかりと認めていくのです。

 

これを地道に積み重ねていくことで、自分が満たされていくと、外側に求めなくなります。

 

そして、更には他人も自然と認めることができるようになるものです。

 

まずは、自分で自分をしっかりと認める

 

そうるすと外側に求めなくなります。

 

そして、さらに自分で自分を認め続けると、他人を自然と認めることもできるようになるものです。

 

ということで、自分の認めてほしい欲求を素直に認め、ゆるし、愛して、自分で自分を大切にしていきたいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました

 

 

 

あなたは、他人がミスをしたときに、どのように感じますか?

 

「許す」

 

「いらっとする」

 

「指摘したいけど、我慢する…」

 

いろいろだと思います。

 

「許す」

 

という方も、すっきりとした気持ちで、寛容になることができれば良いのですが、

 

もやっとした気持ちで許している

 

という方も多くいらっしゃるかもしれません。

 

なぜそのような気持ちになるのでしょうか、?

 

それは、もしかしたら、自分を許すことができていないからかもしれません。

 

人のミスが気になってしまう、ということは、自分のミスも気になってしまっているかもしれません。

 

『ミスをする自分はダメなんだ、、、』

 

という認識を持っているのです。

 

だから、ミスをした人も気になってしまうし、本当は許せない

 

なんていう気持ちになっている可能性があります。

 

そんなことに気づけたら、考えてみましょう。

 

完全で完璧な人など、いるのでしょうか。

 

『生きていて、1回もミスがない』

 

なんて人はいないはずです。

 

まだ歩き始めたばかりの小さな子供の頃から、一度も転んだことがない

 

なんて人はいないはずです。

 

人間は不完全なのです。

 

『不完全でもいい』

 

それが人間なのです。

 

ですので、不完全な自分を許して、認め、受け入れて、

 

最善をつくす。

 

これでいいのです。

 

『これで、いいのだ~』

 

そんな風に思えたら、ベストだと思います。

 

不完全な自分を楽しみながら、今日も最善を尽くしたいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

あなたは、人から批判されたり、否定されたりすることはありますか?

 

「ある」

 

という方は、批判されたり否定されたりしたら、どんな気持ちですか?

 

とても嫌な気持ちになり、

 

『自分はダメなんだ』

 

と自分で自分を否定してしまう

 

いわゆる自己否定をしてしまう状態になってしまうこともあるかもしれません。

 

そのような方は、とても優しい方なのではないかと思います。

 

ですが、落ち着いて考えてみましょう。

 

他人から批判や否定を受けただけで、自己否定までする必要はあるのでしょうか。

 

そんな必要はないかもしれません。

 

他人からのアドバイスであれば、一旦受け止めても良いかと思います。

 

でも批判や否定まで、ガッツリと受け入れてしまっては、自分がいなくなってしまいます。

 

いったん受け止めるのは良いかと思いますが、完全に受け入れてしまう必要は、ないのではないかと思います。

 

そして、他人からの批判・否定がきっかけで、自己否定してしまう必要はない

 

ということです。

 

他人からの批判・否定がきっかけで、自己否定してしまうと、自分軸がなくなってしまい、完全に他人軸になってしまっています。

 

いったん受け止めるのは、良いかと思いますが、完全に受け入れてしまう必要は、ないかもしれません。

 

そして、他人からの批判否定がきっかけで自己否定してしまう必要はない

 

ということです。

 

「受け止める」

 

と、

 

「受け入れる」

 

とでは、微妙な違いですが、大きく異なると思います。

 

批判や否定を受けたとしても、

 

「あの人はそう思っているんだ」

 

と受け止めて、

 

受け入れてしまう前に、

 

『でも、自分はそうは思わない』

『自分は自分を全肯定する』

 

という感じで、自分で自分を否定することはせず、

 

肯定するのです。

 

これでいいかと思います。

 

他人軸に振り回されることなく、自分を肯定し、自分軸を大切に、生きていきたいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

あなたは、成功したいですか?

 

幸せになりたいですか?

 

『不幸になりたい!』

 

という方は、いないはずです。

 

となると、みんな成功したいし、幸せになりたいのではないかと思います。

 

でも、現状がそのような状態でないのであれば、何か心の奥底に信念があるかもしれません。

 

その信念というのは、

 

『成功してはならない』

 

とか

 

『幸せになってはならない』

 

というものです。

 

成功したいし、幸せになりたいのに、信じがたいのですが、そうなってはならない

 

という信念があることがあります。

 

 

例えば、

 

『成功し、経済的に豊かになったら、嫌われるかもしれない、、、』

 

『豊かになって、マイホームを手に入れたら、泥棒に入られるかもしれない、、、』

 

なんていう思い込みがあるかもしれません。

 

思い込みは言い変えると、信念です。

 

心の底で、そう信じているのです。

 

他には、

 

“不幸で、かわいそうでいる方が得をする”

 

という思い込みです。

 

かわいそうな人生の方が、他人から同情してもらえる、注目してもらえる、かまってもらえる

 

というメリットがあり、得をすると思っているパターンです。

 

 

このような信念は、子供の頃の出来事や親、兄弟、周りの人の影響によって刷り込まれます。

 

大人になり、信念が刷り込まれた場面は、忘れてしまうかもしれません。

 

でも、心の底では、その信念が残っているのです。

 

そして、その信念というフィルターを通して、物事を見るクセがあると、

 

『ほら、やっぱりね』

 

という場面に遭遇するのです。

 

そのような体験を繰り返して、信念は強化されていくものです。

 

では、どうしたらいいのでしょうか。

 

信念は当たり前と思っているので、なかなか気づけないものです。

 

でも、現実を丁寧に見ていると、こんな信念があるかも、、、

 

と気づけるはずです。

 

そして、自分に許可を出していくのです。

 

成功してもいいし、幸せになってもいいのです。

 

『幸せになりたい』

 

とずっと思っている状態だと、

 

今は、不幸だから、幸せになりたいと、不幸を肯定してしまっています。

 

今は不幸だから、幸せになりたい

 

という前提を肯定してしまっているのです。

 

そんな時は、

 

『今、幸せだ』

 

と思ってみることです。

 

否定したくなる思いがわいてきても、

 

『今、幸せだ』

 

と思ってみるのです。

 

そうすると、今、食事にもありつけているし、蛇口をひねれば水が出るし、電気もある

 

衣服もある、生きている

 

という感じで ”ある” に目がいくようになり、幸せを感じられるようになるかもしれません。

 

ということで、不必要な信念に気づけたら、それを手放し、現実の”ある”に目を向け、現実を肯定し、生きていきたいですね。

 

本日もお読みいただき、ありがとうございました。