今日も彩雲に遭遇しました✨✨✨✨✨
これからの日本に何が大切なの?
天空の城、玉置神社へ。
新月のパワーの中、2019年、最初の新月月食の日、何故か?熊野 玉置神社へ。
伊勢へは七度、熊野へは三度、愛宕さまへは月参り
此れは伊勢音頭の一節です。
日本書紀の中には国常立尊は日本に最初に現れた神とある。また伊弉諾尊と伊弉冉尊は今の日本を造ったとされ、天照大神様をこの世に誕生させた。
私は導かれるままに熊野、玉置神社へ、行く事になりました。
熊野には神日本磐余彦尊が上陸し、神邑に到り、天磐楯に登るとあります。
磐余彦尊は山中に分け入り、山中を八咫烏の先導を受けて進み、玉置神社の聖地となるこの地で祈願したとある。崇神天皇はこれを記念し、日本の最高神を集め、ここに祭祀したとされる。
行く途中、本当に険しい山道でした。
道は細くて、すぐ下は崖の山道、一歩間違えば、谷の底、本当に張り詰めた山道、道脇には残雪が残り、整備はされているのか?至る所に落石や倒木が多々ありました。トンネルも明かり一つない真っ暗なトンネル、永遠と山頂を目指してゆきました。対向車が来ないか?標識ミラーは古く汚れていて、はっきり見えない所ばかり、本当に注意が必要です。
行きは名古屋から、約5時間、帰りも5時間かかり、玉置山の標高は1076メートル、こんな冬に良くぞ、行けたものだと、びっくりしています。
私は4日前に富士山浅間大社で烏からすに遭遇。その烏は木に羽根が引っかかり、何かを訴えていました。私は助けてあげる事も出来ず、帰宅してからもずっと気にかかっていました。4日後、次は何故か八咫烏の熊野へ導かれ、早朝、烏が目の前を横切り、なるほど、烏のお導きだと気づいたのです。此れは偶然なのか?必然なのか?しかしながら、神に呼ばれて行ける、そんな玉置神社の謂れを読むうちに段々と導きだとわかったのです。
本当に霊山と言う名に相応しい、神を身近に肌で感じる事が出来た、生々しい体験をさせて頂きました。
私が行った感想は
「天空の城」
であります。
本当にこの世から離れた、異空間の別世界。
上がったものだけが感じることのできる、
魂の汚れの無い世界を感じる事ができました。
私達、人間が生きている間に見られる、最高の
天空の城のような、そんな感覚でした。
それぐらい、覚悟と真の強さが無ければ、
辿りつけないでしょう。
神様にに守って頂いてる実感があるからこそ、
その信念で行きました。
それぐらい、強いものが無ければ、多分挫折したでしょう。
私は只ひたすらに、頂上を目指しました。
本当に1000メートルを細い道を車で上がって行く事は本当にキツかった。
途中、雪もまだ道に残っていたし、
殆ど溶けていたから、本当に奇跡でした。
熊野へ入るまでは殆ど雲に覆われていましたが、
玉置神社近くへ行くなり、晴れ間が出ました。
雨も雪も霧も出ずに天気良好でした。
これも、本当に奇跡としか言えない。
駐車場に車を停めて、休憩所のおじさんに
聞いてみました。
すると、調べてないの?と
そしたら、山頂から、参るといいよ!と
雪道を山頂を目指し、歩いてゆきました。
やはり、1000メートルの真冬、風が冷たいし、
吹きさらし、1キロくらい歩いても中々、着かないし、本当に寒くて凍えそうでした。
山頂迄には雪が残っていて、凍えそうでした
私達以外には、1組だけ
山頂で携帯を出して、写真を撮ろうとしたら、
フル充電がいつのまにか、電源が入らなくなってしまいました。
エネルギーの高い所に行くとこの様な不思議な事がしばしばあります。
ようやく、山頂の頂に着き、安堵しました。
その後、真下に玉石社を前に下山するとき、下を見下ろしたら、急な山道、
何の手すりも無く、下を見れば、転げ落ちてしまう、
私は絶対無理だと、来た道を引き返そうとしました。
しかし同行の者は山道に慣れており、
説得され、もう一度、挑戦することにしました。
今思えば、一度引き返そうと決心し
説得され、下山出来たのも
神のお告げだったとしか思えません。
私は本当に帰ろうとしたのです。
其処で一切の欲を捨てました。
もう、いいと思ったのです。
ここまで来れたからと。
そのあとは無心で下山しました。
下を見ずに、足元だけを見る事を心掛け、心を無に下山しました。
そして、目的の玉石社へ。
此方が元の場所であり、大変重要とのこと。
御神体の玉石にお詣りし、祈りを捧げました。
お詣りして、着いた途端に安堵して、涙が溢れてきました。
この時の私の表情は涙を流した後。
何の欲も無く、只命拾いしたことへの感謝を
そして、導いてくださったことへの御礼と市民の皆様に喜んで、頂ける歌を歌う事を何故か、自然と口にしました。
心の底から、歌を届けたいと思った瞬間でした。
玉石社は社殿がなく、原始信仰形態を残している神社。頂上から、かなり急な山道を降った処に鎮座する、白い玉石を敷いた中に黒っぽい丸石がある。此方が御神体で玉置神社の名の言われでもあるそうです。
私は涙を拭い、神聖な気持ちで手を合わさせて頂きました。
廻りの木々の悠々さに圧巻されました。
玉置神社は創建以来悠久3千年、境内のなかには歴史の流れをそのまま感じる神代杉は奈良県の重要文化財にも指定され、境内には巨樹があふりれ壮大な歴史のロマンと力強さ、そして、ピンと張り詰めた、空気と静寂の中で、強く荒々しく存在感を現す風はよろづの神々や山神の存在を身近に感じ、深い森林に入ると身も心も浄化され、神聖な気を感じる場所であり、魂を呼び覚ましてくれる、霊気に満ち、神を感じる事のできる、天空の浄域であります。
岩盤を掘るとかなり硬いようで何故この様な巨木が生育続けるのか?学術上の研究でも解明されない?ような奇跡とも言うべき森林があるのです。
根は頑丈に張り出し、剥き出しにも力強く張っています。階段はかなり突起しており、危険です。
途中。一休みして、笑顔が戻ってきました。しかしながら、選ばれし者だけが着くことができるという噂も聞く程、並大抵の険しさではない。
天候や覚悟を持って行くべき場所です。
私は偶々、無謀にも下調べせずして、運良くも
導きによって、行けたが、
多分、下調べをして行ったら、きっと、怖気付いて行かなかったかもしれないし、行けなかったであろう。
然も寒い冬の真っ只中。
本当に良く行けたと振り返る。
【所在地】 奈良県吉野郡十津川村玉置川1
【社格等】 郷社
【創建】 伝・紀元前37年
【本殿の様式】 入母屋造
【御祭神】
●本社御祭神
国常立尊(くにとこたちのみこと)
伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
伊弉冊尊(いざなみのみこと)
天照大御神(あまてらすおおみかみ)
神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)
●摂社・三柱神社御祭神
倉稲魂神(うがのみたまのかみ)
天御柱神(あめのみはしらのかみ)
国御柱神 (くにのみはしらのかみ)
●末社・玉石社
大巳貴命 (おおなむぢのみこと)
天安2年(858)天台宗智証大師が、始め那智の滝に篭り後当山にて修法加持し本地仏を祀った。これより以後玉置神社は神仏混淆となった。
平安時代、大峯山がひらかれ修験道の本拠となった。大峯、釈迦、笠捨等と共に山伏姿の修験僧の往来が増えてきた。
この間皇室の尊崇は極めて厚く、花山院、白河院、後白河院、後鳥羽院、後嵯峨院が参拝を行っている。
「熊野なる玉置の宮の弓かぐらつる音すれば悪魔しりぞく」
とあり白河院、後陽成院を始め皇室の御祈願には弓神楽が奉納された記録がある。
慶応4年(1868年)明治新政府の神仏分離令にさきがけ十津川郷民の代表は参事官に対し神社復古の請願を出した。
日本が曾て神仏一体から神仏分離令により、神社と寺院が別々になった歴史、また日本における、
神の歴史がこの歴史深き玉置神社歴史より、伝わる。
元禄16年(1703年)の改築その後現在まで数回補修を行っている。旧記によれば社殿の創建は遠く崇神天皇の御宇、その後元禄年間まで10数回の造営又は改修はすべて国費を以て行われたそうだ。
この様な日本の歴史、重要文化財を後世に伝えるべく、劣化した社殿を守る必要があると思う。
それから、参拝者の安全を第一により良い環境で今の時代に合った、交通と年配者などが気軽に出向ける環境を自然そのままで考えなければならないと感じました。
便利になる一方、自然は破壊されてしまう。
歴史を残して、尚且つ安全で素晴らしい伝統を守る義務と認知が大変重要であると感じます。
日本の誇るべき、信念と真心。自然を大切に人間と共存するべく、より良い環境づくりが今後も保たれなければなりません。
私達1人ひとりがこの日本を守る為に考える時が来てると感じています。
やはり、自分の足で出向き、肌で感じる事です。
大切な歴史、日本人の御魂を若い子供達に伝えなければなりません。
便利になった今、日本の子供達は遊ぶ場所が制限され、自然に触れる機会が減っている。何故、卑猥なゲーム、戦争や戦隊などが浸透し、子供達を汚染してゆくのか?便利を追求した、私達大人がそれを作ってしまった。それは国の為、経済の発展、生活の為だったかもしれない。より高度で便利な世の中、世界のトップを走り続けて来なければならなかった、ものづくり精神。しかしながら、もっと大切な和の魂、大和魂を忘れてしまったのではないか?先ばかりを見て、大切な歴史や先任の残した偉大な功績、この日本がどの様に作られ、どれだけ、神仏を敬い唱えてきたか?天皇、政治、宗教、派閥を越えて、日本の為、自然を守る為、私達の未来の為にも国造りのために尽くしてきた仙人や偉人達の功績や自然を見せてこそ、実際、肌で感じさせ、自然と共に生きる知恵、感謝を心掛け、心と向き合って、内面に目を向けて、精神力を鍛え、足腰を据えて、神仏に目を向けて、若い頃から、国造りの為に教育に力を入れなければならないと強く感じます。私達が今こそ気付くべきです。
烏カラスは現代では余り、良いイメージが無いが、カラスは神に近い鳥として古代では、崇められていたそうです。
ギリシア神話のアポロンの使いとして、またはエジプトの太陽神、ラーの使いとしても、カラスは、神々と人とをつなぐ重要な役割を担っていたのです。古代の人々にとって、太陽の方角へ帰る烏は太陽の神の使者として神聖化したのかもしれません。
いずれにしても、烏の伝達能力は大変優れており、古来より
神使(しんし・かみのつかい)として崇められていました。
仏教には仏像があるが、神社は何か形があるわけではないので、神使はその動物としての特性を活かし、神獣として様々な役割を果たしている。那智の「那智瀧宝印」は月(鏡)を取り囲む十二羽のカラスは十二の月を表している。さらにカラスの全数である七十二は「七十二候」を示している。「季候」とは「四季七十二候」のことである。つまり那智の牛王宝印とは、太陽である天照大神の神使としての八咫烏は
神使ではなく「神」(仏)そのものなのかもしれない。
だから、私が富士山の麓でカラスから頂いたメッセージも真摯に受け止めてみようとおもう。
2019年最初の新月は、山羊座の新月です。
数日前から、エネルギーが明日に向かって、高まりつつあります。
特に女性はとても反応しやすいのです。
そして日食が起こるという、凄くパワーの高まる日でもあります。
新しい事を始めたり、何かを創造したり、
クリエイティブな世界に身を委ねてみましょう。
自分自身に目を向けて、ゆったりと瞑想するのも良いかもしれません。
それから、新月はデトックスにも最適だとか!
私は昨日から仕事初めで、歌と体操をミックスした【健康歌声】のレッスンでした。
最初は呼吸を整え、身体を緩めるところから、スタートしました。
何をするにも、身体を緩めることは大切ですね。
お正月に溜まった疲れや食べ過ぎ飲み過ぎ、
運動不足なども急激に動いてはなりませんよ。
呼吸がとても大切ですね。
私はこのお正月明けから、身体作りを始めました。毎日、歌の練習と筋トレやホットヨガなどをして、代謝アップを心掛けた、新年の始まりです。
それにはお水はとても重要で、気をつけて飲んでいます。
今年のテーマはデトックス、身を清めて行きたいとおもいます。
お風呂に塩や酢を入れて、発汗しデトックスするのも良いですし
深い呼吸で身体の中に溜まっている
ものを吐き出してしまいましょう。
きっと、新しいエネルギーに生まれ変わって
目覚める筈です。
日食は再生のエネルギーでもあります。
新たな目覚め、内なる本当の自分に気づき、
生まれ変わる時が来るかもしれません。
全ては自分の受け取り方にあるでしょう。
全ては自分の中にあるのです。
何を感じるかも、何をするのかも、
何処に行くのかも、誰と行くのかも、
全ては本当の自分にあるのです。
さあ、明日の新月の贈り物、受け取ってみてくだいね。
山羊座エリアには月、太陽、冥王星、土星、水星の五星が集まります。
さあ、とても楽しみですね🌈🌈🌈🌈







































































