おみょうにち劇場 -5ページ目

芝居どころではない皆さんへ

シェイクスピア・カンパニーは今年3月6日、検討中だった今年の公演予定を諸事情により一旦白紙にする決定をしていました。そのため地震の後、どこに迷惑をかけることもなくメンバーは一斉に目の前の生活の立て直しに散ることができました。
皆今は「芝居どころではない」と言っています。最初の1ヶ月は特に、余震を警戒しながら毎日の水、食料、燃料の確保が最優先。そして職場では様々な地震の後処理、困っている取引先の支援などで大わらわだったはずです。芝居が仕事ならそれをするのでしょうが、余暇を工面して活動している私たちにその余裕はなくなりました。

「芝居どころではない」もうひとつの理由は、あまりに現実の刺激が強すぎて、フィクションが空々しく感じられることだと思います。「劇的」と「現実的」の意味がひっくり返ってしまった。これが元の感覚に戻って来るまでは、芝居をやる気にも見る気にもなれないかもしれません。どのくらいの時間がかかるのか、予測も難しい。

そんなことをアメリカの演劇家の知り合いにつぶやいたところ、こんなふうに助言を頂戴しました。「芝居は内側から湧き出るもの。気持ちが向かないなら、今と思える時まで待つのがよいでしょう。と言いつつ、演劇の持つ偉大な癒しの効果について考えています。公演を準備すること、劇場に行くこと、皆と一緒に笑ったり泣いたりして、人間の強さと弱さと、自分は一人じゃないことを再確認することの素晴らしさを。」

そして今の私たちに合いそうな作品は、「テンペスト」か「ペリクリーズ」などのロマンス劇なのだそうです。海の破壊力と再生力が描かれた作品。なぜだか少し希望がわいてきました。Leslie Dunton=Downerさんへ、ありがとうございます。

再会、震災の話をしよう

おみょうにち劇場-再会の笑顔
    下館主宰と大平アドバイザーの呼びかけで、4月
   30日の午後からシェイクスピア•カンパニーのメンバ
   ー有志が仙台で集まりました。皆自分の生活と仕事に
   必死な日々が続いていたため、帰省者も参加できるGW
   に一度「震災の話をしよう」という趣旨でした。

    ひとしきり再会を喜んだ後、会の中盤からはひとり
   ずつ近況報告が始まりました。地震当時海のそばにい
   て津波からすれすれの状態で逃げてきた者、奥さんの
   家族の行方がわからず避難所を探し歩いた話し、家業
   を継続できるか先の見えない状況、などを神妙に聞き
   入りました。
 
    一方で、普段からキャンプ生活に慣れているから
   ライフラインがダメになっても平気だったという家族、
   経営する店舗のシャワー設備をいち早く一般開放して
市民貢献した人、ガソリンがない中自転車で行けるだけの団員の家を回って安否確認してくれた
メンバーなど、たくましい話題もありました。

 仙台でも身近な人が家や家族を失っており、誰とどんな話をしていいかとても気を遣いながら
生活をしているそうです。劇団では幸い全員無事だったため、この日の集まりで本当に久しぶりにリ
ラックスして話ができたという感想は印象的でした。そして、今回東北の外からの参加者が多かった
のは、離れるほどに上昇する心配指数の現れだと思います。せっかくなので、遠方組(元役者たち)
のメッセージを紹介します。

■どんなに心配したか!すぐにでも飛んで来たかったけど、仙台行ってもガソリン買えないっていう
し、食料も売ってないから来るなって言われてさ。やっと来れたよ!!
(山梨県、TCさん、エンジニア)

■県庁で土木の仕事をしています。ここまで大規模ではないにしろ、年に何回か自然災害が発生しま
す。道路や建物の再建は役所からできるのですが、人の気持ちを元気づけるのは、人と人とのつなが
りだと思う。(群馬県、NKさん、公務員)

■新潟で過去2回の大きな震災を経験しました。被災した人は強くて、自分たちで立ち上がる力があ
る。県外から支援ができるのは、地元の意欲があってこそ。元気な人は元気だと声を上げてほしい!
(新潟県、YKさん、教員)

泣いたり笑ったりの5時間の後、最後は写真の笑顔でした。地震トラウマの専門家である大平先生
からは、「これからの活動は今回の経験を織り込んで考えて。この震災を避けて通ることはもうで
きない。」という言葉がありました。皆で話し合うきっかけを作っていただけたことに感謝です。

レポート6)Slava's SNOWSHOWと、旅のまとめ

おみょうにち劇場-厳戒態勢
 08/12/31 20:00 @ HELEN HEYES THEATRE

 最後に課題を突き付けられて・・・、
 満足して終わるよりもさらに深く
 NYの虜(とりこ)になってしまいました。


  観劇レポート6連発!宣言した割に結構時間がか
 かっていますが、やっと最後のレポートです。この
 「ブロードウェイ旅行記」のシリーズはできるだけ
 1)から読んでいただけると嬉しいです。感動した
 順に書いたからです。といっても、1)~5)はい
 ずれも大満足の内容でした。

  だがしかし、芝居の神様は私たちを甘やかしはしませんでした。NY最後の晩、
 大晦日のカウントダウン直前、見納めとして選んだ演目は「Slava's SNOWSHOW」。
 ロシア出身のSlavaが率いるクラウンのグループで、かなりの伝統と規模を誇るチー
 ムらしいということと、「劇場内に吹雪が吹きすさぶ」というキャッチコピーにひか
 れてチケットを取りました。

  氷点下10度ほどの凍り付く外気の中、タイムズスクエアのカウントダウンに集
 まる群衆を待ち受ける警察の厳戒態勢(写真右上)をくぐり抜け、やっとの思いで
 劇場までたどり着きました。扉を開けて中に入ると・・・、外と同じくらい寒い。
 そして待てど暮らせど始まらない。これも何かの演出かという期待もだんだん薄れて
 テンション最低になった頃、30分遅れで開演しました。そして、内容もがっかり。

 Slavaよ、持ちネタのつなぎ合わせで、お茶を濁さないでください。
 Slavaよ、観客の反応を得たいなら、芸で勝負してください。悪戯の手口が安易すぎる。
 Slavaよ、どんなに旅が多くても、一期一会の精神を忘れないでください。
 
 ・・・日本のことわざ、通じないか。一見の客を相手にした適当な構成であることが
 透けて見えたのが、悔しかったのです。少なくも、$120払った私は今日この時の
 満足にこだわって見ているんだゾ、と言いたいわけです。

  同行者二人のうち、マギーさんは一足先にパリへ戻ってしまっていたので、私と
 ホヤ子さんは帰り道、「最後に大きな課題を突きつけられた」ことを話し合いました。
 ブロードウェイやウェストエンドが世界のエンターテイメントの中軸である所以は、
 「人気が出ればロングラン、なければ打ち切り」というシビアな評価に日々迫られてい
 ることだと思います。今回いたく感動した「Billy Elliott」はオープニング直後の気合い
 に満ちていたし、残念ながら1月のクローズが決まっていた「Spring Awakening」や
 「Spamalot」は、何年ものロングランを続けてきた自負と、有終の美を意識したきら
 めきがありました。リピーターや口コミを増やすCRM戦略も徹底していて、各公演の
 WEBサイトやファンクラブから、チケットを買った客にはEメールで評価アンケートの
 依頼、キャストの近況、グッズの販売、チケット販売などのアプローチがどんどん届き
 ます。

  対してSlavaは「1ケ月限定公演」、これは実際売り文句でした。評判が良くても悪く
 ても1ケ月こなせば良いという買われ方では、他の劇場のテンションとは釣り合わない
 のでしょう。もちろん、裏ではもっと複雑な事情があってたまたまあの日だけ良くなか
 ったのかもしれない。ですから、Slavaのことだけ言っているわけではなくて、このマー
 ケットの構造上のスリルを実感したことをお伝えしたいのです。

  東京も、エンターテイメントでは世界でも有数の規模を誇るマーケットだと思います。
 そして制作者たちは、作品の真価を計るにはロングラン公演のできる構造が必要、とあち
 こちで話しています。私ももちろんその見解には賛同してきましたが、今回Slavaの問題
 に直面して初めて、その主張が腹に落ちたという感じがしています。この晩のこと、私は
 生涯忘れないでしょう。(・・・ちょっと大げさ。)

  大晦日にNYにいたというのに、あまりに寒く、カウントダウンはホテルのTVで見まし
 た。かくして08年末の充実の観劇旅行は幕を閉じます。元旦の早朝、空港へ向かう車
 から朝日を眺めて「きっとまた来よう」と胸に誓う我々でありました。
 (kate)

 ブロードウェイ旅行記、おわり。

おみょうにち劇場-SLAVA
  ←ブロードウェイの夢の最後に、
    私たちを現実に引き戻してくれた
      SLAVAのクラウンたち・・・。

レポート5)THE 39 STEPS

おみょうにち劇場-39STEPS
08/12/28 14:00 @CORT THEATRE

ヒッチコック映画「十三夜」が、
スリル満点の笑劇に!?


 他の演目と比べて、地味に見える企画です。しかも
連日半額に近い割引券が出回っているので、売れて
ないのかしら・・・などとなめてはいけません。
なかなかの秀作!ヒッチコック監督のサスペンス映画
「THE 39 STEPS」が、「4人の役者で150の役を
演じる、ジェットコースターのような喜劇」に生まれ
変わっています。

 映画と比べて芝居では<場面転換>が容易でないため、普通はひとつのセットを
出来るだけ長い時間使う構成が多くなります。ところがこの作品は、映画のカット
のひとつひとつを舞台上で再現していくので、その無駄な格闘ぶりがチャーミング
で仕方がない。いずれも役者の体と、ちょっとした道具を使うだけの原始的な方法
でありながら、随所で大胆なシーン展開も見せてくれます。

 主人公のリチャード・ハネイ役(Sam Robards氏)以外の3人の俳優さんは次々
に衣装を変えて登場し、たくさんの「訛り」も使い分けます。筋書きは、殺人事件
に遭遇したリチャードのロンドンからスコットランドへの逃避行ですが、イギリス
の田舎、スコットランドの言葉はもちろんのこと、途中で出くわす人々のドイツ、
アイルランド、ユダヤ系などのいろんな英語・・・本当に器用です。

 この芝居の感想を一言でいえば、「これ、私もやってみたい!!」です。はい。

 ところで、この公演でお隣に座った老夫婦の奥様の方が、前の人の背が高すぎ
て舞台が見えないということで、私たちは席を交換してあげました。老夫婦の間
に私とホヤ子さん二人が座った格好になります。終演後に帰ろうとしてご挨拶し
たらおじいちゃん(舞台の台詞が聞こえているのか不安になるくらいご高齢)が、
「こりゃこまったな。女房と来たのに別の女性を連れ帰ることになるなんて!
かっかっかっ。」と自分の冗談に高笑いしていたのが、ヒッチコック・コメディ(?)
の幕引きとしては妙にしっくりくるようでした。

THE 39 STEPS は09年1月からは会場をHelen Hayes Theatre に移してロング
ラン公演が続いています。機会があればぜひ行ってみてください。
kate

レポート4)ALL MY SONS

おみょうにち劇場-SONS看板
(12/30 19:00 @GERALD SCHOENFELD THEATRE)

恐慌と”CHANGE!”の狭間にある
2008年12月のアメリカに、
ミラー作品のメッセージが刺さる。


 今回の6本中、唯一のストレートプレイだった
「ALL MY SONS」。アーサー・ミラー作、演出は
日本でも仕事をしているコンプリシテの芸術監督
サイモン・マクバーニーで、この組み合わせは興味をそそられます。そして、主演の
ジョン・リスゴーをぜひ見たいというホヤ子さんの希望もあって選択しました。

 ミュージカルと違って内容を楽しめるのかという不安に負けじと、役者出身の3名
は日本語訳の読み合わせを前夜2時までがんばりました。これがまた読みごたえのあ
る秀作であります。

 会場でPLAY BILL(パンフ)を受け取ると、その日の主演がジョン・リスゴーから
アンダースタディーに変更になっていることを知り、一同ショック!いやいや先入観
で見るのはやめよう、代役のSherman Howard氏も相当なベテランと書いてあるので、
良いかもしれないじゃないか、と気持ちを立て直しました。

 物語は1947年ごろのアメリカ、ある家庭の裏庭での約1日の出来事。ケラー家の母は
次男の戦死から2年たつ今もその事実を受け入れることはできないが、長男は弟の恋人と
結婚しようとしている。父は軍事産業に携わっていて、息子の死の原因に関わる重大な
過ちを過去に犯している。一見円満に見える家族生活や近隣との関係は、次男の恋人の
来訪をきっかけに狂い始めて・・・。繊細で、緊張感のある展開です。

 マクバーニの演出は、氷一枚の下に漂う不安を音響で表現していて、そう、いやな頭痛が
する時に眉間のあたりでブーンと鳴るような音を、重要なシーンで執拗に流したり、嵐や
電車の音で心理描写をしていました。
 ところが、私たちにとってその音響よりも効果が高かったのは、前と後ろの列のご夫人た
ちのため息でした(笑)。ケラー家の秘密のベールが一枚めくられるごとに、「Ahh.....」
とか「Uuu.....」とか切ないリアクションをしてくださるので、やりきれない感じが波のように、
私たちに伝わってくるのでした。

 代役とはいえ、Sherman Howard氏の芝居には大満足でした。ひとつだけ残念だったのは、
次男の恋人アン役のケイティ・ホームズ(トム・クルーズの奥さんとして話題にはなっている)
の技量不足です。一緒に芝居を見たマギーは「アンには悪意があった」と確信したと言い、私
は「アンは単に一生懸命だったがあさはかだった」という印象を持ち、芝居の最も重要なポイ
ントの解釈がこれだけ分かれてしまうということ自体、やや課題が残ります。

 アーサー・ミラーは、この「みんな我が子」の2年後には「セールスマンの死」という名作を
書きます。強い父親、甘やかされ/反発する息子、夫に従順で神経質な母親、という家族構成
は共通しており、戦争や経済成長の裏で押し殺された個人の生活、その感情のゆがみが痛切に
描かれています。「父親」には、強さを演じ続けなければいけない男の哀愁がつきまとい、
それはアメリカの国そのもののようにも見えます。

 大国の威厳が急激に失墜する現代アメリカにとっては改めて時節にマッチしたテーマでしょうし、
これだけの経済不況にあっても尚、09年1月のオバマ新大統領就任への期待がある今というのは、
アメリカの観客がこの芝居を素直に見ることのできる貴重な時期かもしれません。
 そういう意味で、上演時期と作品選びの妙が光るプロダクションでした。

(kate)


おみょうにち劇場-SONS舞台