芝居どころではない皆さんへ
シェイクスピア・カンパニーは今年3月6日、検討中だった今年の公演予定を諸事情により一旦白紙にする決定をしていました。そのため地震の後、どこに迷惑をかけることもなくメンバーは一斉に目の前の生活の立て直しに散ることができました。
皆今は「芝居どころではない」と言っています。最初の1ヶ月は特に、余震を警戒しながら毎日の水、食料、燃料の確保が最優先。そして職場では様々な地震の後処理、困っている取引先の支援などで大わらわだったはずです。芝居が仕事ならそれをするのでしょうが、余暇を工面して活動している私たちにその余裕はなくなりました。
「芝居どころではない」もうひとつの理由は、あまりに現実の刺激が強すぎて、フィクションが空々しく感じられることだと思います。「劇的」と「現実的」の意味がひっくり返ってしまった。これが元の感覚に戻って来るまでは、芝居をやる気にも見る気にもなれないかもしれません。どのくらいの時間がかかるのか、予測も難しい。
そんなことをアメリカの演劇家の知り合いにつぶやいたところ、こんなふうに助言を頂戴しました。「芝居は内側から湧き出るもの。気持ちが向かないなら、今と思える時まで待つのがよいでしょう。と言いつつ、演劇の持つ偉大な癒しの効果について考えています。公演を準備すること、劇場に行くこと、皆と一緒に笑ったり泣いたりして、人間の強さと弱さと、自分は一人じゃないことを再確認することの素晴らしさを。」
そして今の私たちに合いそうな作品は、「テンペスト」か「ペリクリーズ」などのロマンス劇なのだそうです。海の破壊力と再生力が描かれた作品。なぜだか少し希望がわいてきました。Leslie Dunton=Downerさんへ、ありがとうございます。
皆今は「芝居どころではない」と言っています。最初の1ヶ月は特に、余震を警戒しながら毎日の水、食料、燃料の確保が最優先。そして職場では様々な地震の後処理、困っている取引先の支援などで大わらわだったはずです。芝居が仕事ならそれをするのでしょうが、余暇を工面して活動している私たちにその余裕はなくなりました。
「芝居どころではない」もうひとつの理由は、あまりに現実の刺激が強すぎて、フィクションが空々しく感じられることだと思います。「劇的」と「現実的」の意味がひっくり返ってしまった。これが元の感覚に戻って来るまでは、芝居をやる気にも見る気にもなれないかもしれません。どのくらいの時間がかかるのか、予測も難しい。
そんなことをアメリカの演劇家の知り合いにつぶやいたところ、こんなふうに助言を頂戴しました。「芝居は内側から湧き出るもの。気持ちが向かないなら、今と思える時まで待つのがよいでしょう。と言いつつ、演劇の持つ偉大な癒しの効果について考えています。公演を準備すること、劇場に行くこと、皆と一緒に笑ったり泣いたりして、人間の強さと弱さと、自分は一人じゃないことを再確認することの素晴らしさを。」
そして今の私たちに合いそうな作品は、「テンペスト」か「ペリクリーズ」などのロマンス劇なのだそうです。海の破壊力と再生力が描かれた作品。なぜだか少し希望がわいてきました。Leslie Dunton=Downerさんへ、ありがとうございます。