年末佐高信氏NHK教育ゲスト出演、「あの人からのメッセージ2007」
佐高信氏、12月31日にNHK教育の番組にゲスト出演されます。
あの人からのメッセージ 2007
教育/デジタル教育1
放送日 :2007年12月31日(月)
放送時間 :午後2:00~午後5:00(180分)
ジャンル :ドキュメンタリー/教養>ドキュメンタリー全般
▽個人の尊厳・平和・創造・人と絆…今年逝った巨人たちが残した至言。
ゲスト 佐高信 吉岡忍 織作峰子 大林宣彦
番組HP: http://cgi4.nhk.or.jp/feature/index.cgi?p=IsKmpRDV&c=2
金光 翔氏の佐高信批判
これは驚きました。インパクション160号で論壇においてのいわゆる「佐藤優現象を批判している金光翔さんがなんと当ブログに言及です。
当ブログに対してのビッグなクリスマスプレゼントになりました。日本のインテレクチュアルたちを愛読する雑誌の編集を行ってきた人が難しい本を読んだこともない人間が書く、低脳ネタまがいブログを引用していいのかとも危惧いたしますが、まぁ好意的に取り上げてもらっているので、ここはもちろん感謝いたします。
実は以前にも金さんは佐高信氏を批判されていたので、「まぁ責めないでください。」といったコメントをしたのですがアラシ扱いされたのか瞬殺されてしまったことがありました。そのときは「私にも話させて~」とも思いましたが、編集権はもちろん金さんにあるので不満はありましたが、そのままにしました。
金さんはインパクション160号での論文への批判に対して答えて、「佐藤優現象」の何が問題なのか?持論を再び展開されています。
すなわち、
1.右翼、国家主義的主張を他誌でやっている佐藤優を世界、週刊金曜日で使えば佐藤が危険な排外主義思想を持っている人間であるということが薄められて危険だ。
2.そもそも佐藤優は「解釈改憲」論者であり、断じて「リベラル保守」などではない
3.現在のリベラル・左派は暗黙のうちに集団的自衛権や武力行使を認めている。そういう彼らが「リベラル保守」を探し出したいという欲求はより幅広い「護憲勢力」をつくろうとする「人民戦線」的な動きである。
注、しかしこの「人民戦線」が曲者でそれはイスラエルあるいはフランスかに代表されるような国家主義に結びつく傾向がある。
4.金光翔氏への批判者はエリート主義が鼻につく。(うちのブログとは関係ないので詳細は略、笑い)
この4点が論点でしょうか。金さんは第3論点の例証の1つとしてうちのブログでの佐高信氏の宮澤喜一評価の豹変を揚げていただいています。
http://ameblo.jp/sataka/entry-10039640032.html
かなり鋭い指摘で、この他にも佐高さんは土井たか子さんとの対談で橋本龍太郎を持ち上げ、小渕恵三元首相もましだったと回想し、小沢一郎と小泉批判対談で意気投合し、挙句の果てはナベ恒さんとも同じような対談を行っています。
(ナベ恒さんに関しては最近の大連立問題では批判)
いちばんおかしいのは田中真紀子さんへの持ち上げようでしょう。これはかなり旧来の佐高ファンを困惑させています。
そして、もう1つの私のブログへの言及、それは私の片山さんへの佐高批判の応答が(単に事業家の政策としての保守論者活用論)、が「佐藤優擁護」に映ったらしく、
私が聞きたいのは、佐藤を「護憲派」として擁護する人々は、集団的自衛権の行使の容認等も含めた解釈改憲論者まで「護憲派」と見なすのか、ということである。非常に簡単な話なのだから、その点をはっきりさせてくださいよ。
と、問うています。
はっきり申し上げますと佐高さんのは「解釈改憲論OK」の護憲論でしょう。それは佐高信さんがNHKBSの週刊ブックレビューで昨年、太田光の「憲法9条を世界遺産に」を推薦したことでもわかりますし、土井たか子さんとの対談で「自民党議員は憲法9条をお題目にさえしない」という嘆きでもわかります。改憲への流れをとめるにはカッコつけてられないということですかね。
また、佐藤優氏に関しての佐高氏の見方ですが、外務省無用論の佐高さんは当初は「機密費を問題にしていない。」と「国家の罠」に対しては批判的でした。
しかしながらロシアについての対談や、佐藤氏が盟友ミッキー安川氏に「佐高さんは偉い人だ」といわせたことが転機になったのか、批判姿勢はなりを潜めています。
実際私はこれはちょっと変だとも思っているわけではあるのですね。なぜなら佐高さんは創価学会批判者であるのに、最近、潮で佐藤氏が池田SGI会長賞賛とも取れる発表をされているですから。
今日はここまでとします。
中村哲著「医者、用水路を拓く」
佐高信さん、共同系新聞の書評でアフガニスタンにおいてのNGO活動で有名な中村哲医師の新著を紹介です。
「外国人によってアフガニスタンが荒らされた」という思いは、官民を問わず、党はを超えてアフガニスタンに広がっているという。
中村医師の試みは例外だ。現在問題になっているテロ対策特措法の6年前の審議のとき、著者は国会参考人として「現地の対日感情はよいのに、自衛隊が派遣されると、これまでの信頼関係が崩れる。」として自衛隊派遣は有害無益で飢餓の解消こそが最大の課題であるとした。
議場は騒然となり、自民党衆院議員は取り消しを要求した。
実にこの本はタイムリーだ。
自衛隊活動は著者のようなNGO活動を危険に陥れるだけで海自の給油活動も同じである。
著者の「どんな山奥に行っても日本人であることが1つの安全保障」という言葉は平和憲法下でこそ成り立つ。
喜ばれないものを派遣して喜ばれるものを危うくすることが「国際協力」であるはずがない。医師である著者の奮闘する姿がこれこそ国境を越えた協力の姿だということを示す。
しかし、著者が病気で二男を失う場面には上はどうしてそんな試練を著者に与えるのかと叫ばずにはいられなかった。
「佐高信はいったい何様のつもりなのか。」by片山貴夫氏
佐高信さんに対する批判がめずらしく左派陣営よりされています。岡山の片山貴夫さんがその方です。
片山さんは佐高さんが社長を勤めている週刊金曜日や岩波書店の月刊誌「世界」に休職中外務省職員で作家の佐藤優(まさる)氏が連載をされていることを批判されています。
たしかに佐藤氏は正論、諸君!、SAPIOといった右派系の雑誌にも登場して、元外務省職員としての「国家主義者」いわゆるザインとしての国家を認める立場で執筆活動もされています。
そして産経のサイトやSAPIOなどで日本が国家としての外交政策はどうあるべきかということを論じております。
しかしながら、9条改憲、そして日本国憲法のすべては改めるべきではないという独自の主張もおこなっています。
片山氏はそんな佐藤氏が週刊金曜日や世界に連載者として登場するのがたえられないという立場であり、佐藤氏と週刊金曜日、世界編集部を批判されてきました。
そして同じ立場の岩波社員といわれる金光翔氏が雑誌インパクションに「佐藤優現象批判」の論文を出した結果、岩波書店で批判を受けていることに対しても怒り心頭になられています。
その批判の刃は佐高信週刊金曜日社長にも向けられました。
週刊金曜日代表取締役社長にして、編集委員の1人である佐高信は、いったい何様のつもりなのでしょうか。
「頑迷になりがちな本誌の読者」と、自分の雑誌を読んでくれている読者に対し、あまりにも無礼な言辞を公然と書いています。
編集委員の権限を濫用して、読者[層]を一方的に侮辱するような、思い上がった編集後記を書く佐高信は、一体何様のつもりなのでしょうか。
「頑迷になりがちな本誌の読者」というのは、<護憲派である『金曜日』読者層>のことを、おそらく念頭においているのだと思います。加藤紘一のみならず鈴木宗男、さらには佐藤優までもが“まともな保守派”であるとして、彼らと積極的に連帯する一方で、(本来の)護憲派に対しては「頑迷な」人間として、腹の底から侮蔑している佐高信の本心がポロッと漏れたのです。
「護憲派」を偽装表示する赤福ジャーナリズム『週刊金曜日』のボイコット(不買運動)を再度呼びかけます。
それにしても、自分の雑誌の読者に対してまでも失礼なことばを吐く権利があると思い込むとは・・・・佐高信・・・人間エラくなったらお終いです。
http://katayamatakao.blog100.fc2.com/blog-entry-20.html
「佐高信はいったい何様」、一言で言えば社長様です(笑い)
社長としてはやはり、部数を伸ばし社員に給料や賞与を払い会社を存続していかねばならないのです。いくら理想が高くても会社が存続しなければ社員は路頭に迷い、それまで支持してくれた消費者(お客さん)も落胆してしまうでしょう。
そのためにも購買者層を多様にすることは経営戦略として間違っているものとは思えません。
確か以前に「諸君!や正論読者に週刊金曜日を読ませるようにしなければ面白くない」そういう風に佐高さんは語っていたことがあります。
単に平和勢力、「真の護憲勢力」だけに読まれるだけの本ならばセクトのアジビラと同じだと思うのですがいかがでしょうか。
それでは
参考
小連立もできないのか(佐高 信)
11月3日、水戸へ行った。「9条を守る茨城講演・学習会」主催で「城山三郎氏の遺言」という講演をするためである。改札口で新社会党の元参議院議員、矢田部理とバッタリ会う。彼は同時刻に別の会場で開かれる講演会の講師を迎えに来ていたのだった。
私を招んだ文芸誌『葦牙』の編集長、武藤功によれば、やはり同じ時刻にもう一つ同じような護憲の集会があるという。私はずいぶん前に武藤から、この日の講演を頼まれたが、他の二つはそれを知らなかったのか。何も、私が講演した会を主にせよと言うのではない。しかし、どうして同じ日の同じ時刻に分散して同じような趣旨の講演会を三つもやらなければならないのか。そうは思いたくないが、これでは、後で計画された集会は前から準備している集会を盛り上がらせないために挙行されたと疑われても反論できないだろう。
自民党と民主党の突如浮上した大連立構想に非難が集中している。私もそれを大野合と批判したが、改憲の側はそこまで無節操にやろうとしているのに、護憲の側は小連立もできないではないか。大体、それをやろうとすらしていない。水戸には今年の2月16日にも行って「JR20年を問う県民集会」で講演した。何年か前には矢田部から依頼を受けて護憲の集会で講演したこともある。こちらはそれぞれにつながりを持っているのに、水戸ではそれぞれがバラバラに動き、横の関係が断たれている。
かつて、官房長官だった野中広務は当時の自由党党首、小沢一郎に「悪魔にひれ伏してでも」と言って協力を求め、自自連立を成功させた。もちろん、それを良しとするのではない。しかし、護憲のためなら“悪魔”と手を組んでもとは思わないのか。それとも、同じ護憲派でも他の集会の主催者は悪魔以上に顔を合わせたくない存在なのか。「自分だけは正しい」とする、こんな状況で、果たして憲法が護れるのか。
「九条の会」が全国にいくつできたと『赤旗』は喧伝するが、「九条の会」の呼びかけ人が「憲法行脚の会」主催で講演しても一行も報じない。たとえば『社会新報』は「九条の会」の講演を大々的に報ずるのにである。
大連立を批判する前に護憲派は保守のそのしぶとさ、たくましさを学ぶべきだろう。
http://www.kinyobi.co.jp/pages/vol679/fusokukei
- インパクト出版会
- インパクション 159(2007) (159)
- インパクト出版会
- インパクション 160(2007) (160)
12月16日岩国シンポ
先に告知してありました12月16日の岩国シンポジウム、朝日新聞マイタウン山口に報道されていましたので転載します。
在日米軍再編に伴う岩国基地への空母艦載機部隊移転に揺れる岩国市で16日、同問題をテーマにした「岩国シンポジウム 国の横暴をはね返そう!」が開かれた。会場の市中央図書館で、井原勝介市長は「(反対の意思を)あきらめない」と強調、評論家の佐高信さんらも「『来るものは来る』では進めない」などと約300人の来場者を前に語った。
佐高さんが発行人を務める雑誌「週刊金曜日」と地元の市民団体などでつくる実行委が共催。井原市長は移転計画に、「納得できない限り『来るものは来る』と簡単にあきらめられない」と思いを述べた。
市の反対を押し切って国が移転を強行するかについては、「『来るものは来る』と思うと一歩も進めない」と佐高さんが指摘。「(岩国の将来は)我々がどうするかで変わる」と市民に主体的な行動をとるよう呼びかけた。
外交評論家の天木直人元レバノン大使は、政府による再編の進め方は一方の政治勢力だけを支持する米国のパレスチナ政策に似て、「弱い者同士を戦わせる分断統治」と批判。「気をつけないといけないのは住民が分断されること。結束しないと」と主張した。
また、国が岩国市の反対姿勢を理由に新庁舎建設補助金を見送ったことに関し、市長時代に国策の住基ネットから離脱した経験を持つ上原公子前国立市長が発言。財政面で国からの圧迫を受けたと報告し、「(移転を)認めてしまえば、あらゆる国策に従わないと『金をあげない』が始まる」と警鐘を鳴らした。
さらに、反戦地主として知られる沖縄県読谷村の知花昌一村議は井原市長の姿勢を支持し、「おかしいと言える人を支えないと市民のレベルが疑われる」と訴えた。
http://mytown.asahi.com/yamaguchi/news.php?k_id=36000000712170002
佐高さんと最近はコンフリクトが少々あった、天木直人さんと同席していたのが印象的です。
うさぎさんのブログによれば、広島で佐高さん打ち上げだったみたいです。
http://blog.goo.ne.jp/hkamei_1951/e/5f7f75cb5405af1285eb3ae960001dfa
- 知花 昌一
- 焼きすてられた日の丸―基地の島・沖縄読谷から
- 知花 昌一
- 燃える沖縄 揺らぐ安保―譲れるものと譲れないもの

