一撃筆殺仕事人:佐高信先生追っかけブログ -125ページ目

寺島実郎氏との対談 月刊俳句界 07年9月号

佐高信さんが俳句愛好者であるということはご存知でしょうか?佐高さん自身がつくられた俳句は見たことがないのですが、著作の中にたびたび俳人、俳句を愛する経営者などが登場します。
代表的なのが、尾崎放哉、住宅顕信(すみたくけんしん)種田山頭火などでしょう。
事務所の壁には佐高さんのお父さんの筆による山口誓子の「海に出て木枯帰るところなし」と言う句がかけられているそうです。
そういう俳句との縁で佐高信さんは友人でアートネーチャー創業者の姜琪東氏が社長を務める株式会社文學の森が発行する、俳句月刊誌の「俳句界」に対談企画「佐高信の甘口でコンニチハ!」を連載されています。題名のとおり甘口の友好的対談が多くあまり関心がなかったのですが、この9月号の寺島実郎氏との対談はちょっと興味が引かれました。


俳句界 9月号
http://www.bungak.com/haiku/syousai/0709.html


「正義の経済学」ふたたび―日本再生の基軸
寺島実郎氏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%BA%E5%B3%B6%E5%AE%9F%E9%83%8E
寺島 実郎

寺島氏も現在は俳句をつくっていないらしいですが、そうとうな俳句愛好家であったと語ります。

 仙台で教員をしていた経験もある寺島氏は魯迅の読者であることも佐高さんと意気投合です。話は当然、「藤野先生」の藤野厳九郎からはじまります。

 魯迅の話で興味深いのは寺島氏が中国の魯迅記念館に行ったおりに葬儀の写真を見、そこで魯迅の棺を担いでいる人の中に内山書店主や宋慶齢とともに毛沢東がいた、と言っておられたことです。つまりは写真の真贋はともかくも現政権の国民文学として魯迅はそこまで尊重されている、と。
 そこで江沢民が日本訪問の折にセキュリティからの要望を抑えて仙台に行き旧仙台医専など魯迅関連の旧跡を訪れたことを引き、江沢民は個人である藤野厳九郎と魯迅の間に暖かい関係があったのだと言うことをある意味、皮肉めいてメッセージとしたんだと寺島氏は語りました。
 そこから、大戦後に中国の人々が自身も貧しいにも係わらず日本人の残留孤児を育ててくれたことも引いて、中国の東アジアの「長兄」としてのしたたかさを語り、日中関係論に話は広がっていきます。
 佐高さんもそれに、いまこそ藤野厳九郎や「第二の藤野先生」としての菅野俊作(自身は第二次世界大戦前は東亜同文学院に学び、戦後は中国からの留学生の支援に尽力し、江沢民来日時に「お許しください、お許しください」と言って「許しを乞い」翌日亡くなった人。)が注目されると言う風に応じ対談は盛り上がります。

寺島実郎氏の「魯迅と藤野先生」論 PDFファイル
http://www.chinoichiba.net/mituibussan_pdf/1%20rojinto.pdf


寺島氏が自身の「東アジア共同体論」を意識していることがわかりますが、氏が現体制としての中国共産党と「中国人一般」とを同一視して日中関係に話を広げるのは、ちょっと問題があるのではないかと思います。
あの頃は小さな子供でも労働力としての価値はありましたし、「日本人の子はよく働く」という話もあったそうです。
江沢民の仙台行きについても地元からかなり誘致活動があったと聞きます、そしてなんとか東北新幹線に江前主席を乗せたかったということもありました。
「中国は長兄としての態度をとる」ならば2、3年前のあの反日活動はいったいなんだったのだろうかと思えます。
それは話を会わせる佐高さんに対しても同様ですね。
(佐高さんは昔は、天安門事件時に「このような残虐事件にもかかわらず、中国への経済協力を止めない日本の経済界はけしからん」「今魯迅が生きていたなら中国の現体制を激しく批判しただろうに」と言ったこともあるのですが……)


多分佐高さんはこの対談を「政経外科」か「風速計」でネタにするのではと思います。(この予想はかなり自信があります。)



季刊 SIGHTに佐高信さんインタビュー

購読記録帳 さんからの情報ですが、ロッキングオン社が出している季刊誌、SIGHT10月号に佐高信氏のインタビューが掲載されました。

SIGHT (サイト) 2007年 10月号 [雑誌]

SIGHT公式サイト
http://www.rock-net.jp/sight/index.html
ロッキングオン社は以前はFMラジオのパーソナリティの草分けとして活躍し、現在日本のロック評論の大物、渋谷陽一氏の会社であります。
佐高信氏とのかかわりは結構以前からあり、確か初めて登場したのは田中秀征さんとの対談ではなかったかと思います。
うろ覚えですがその当時、田中さんは次の総理に小泉純一郎を、佐高さんは加藤紘
一を推薦していた記憶があります。(小渕内閣のとき?)
また、後になって中坊公平氏の「変節」について、社長の渋谷陽一氏がホスト役になって宮崎学氏と佐高さんで鼎談を行ったこともあったと記憶しています。
(そのとき、佐高さんが渋谷氏を"彼氏"、宮崎氏が佐高さんを"オッサン"と読んだことが印象に残っていますね。)


佐高 信, 宮崎 学
中坊公平的正義とは

今回は「有権者動く!この流れをとめるな!」と銘打っての先の参議院議員選挙結果特集でした。

登場した人たちとそのテーマは次のとおり、

田中秀征  「本当の変革期はこれからだ」  

加藤紘一 「わたしが自民党なんです」 

菅直人  「まだ民主党に任せるという明確な意志ではない」 

内田樹 小泉・安倍政治は何を失ったのか?

佐高信 あの一票の意味を問う

佐藤優  官僚・国家・日本 その重層構造を斬る

小野善康 自民・民主、その経済政策を検証する

藤原帰一 いまこそ日本外交を総点検する

小野さんという人だけは知らない人でした。
立ち読みだけなのであやふやですが、佐高さんは今回の選挙結果は滋賀県の嘉他由紀子知事誕生につづいての地方の小泉政治への反乱の流れだと主張して、社民党だけが支持したことを強調します。

またそこから、無党派でいる人々は政治に対して責任をもたないのではないかと言った疑問を呈し、川田龍平氏を支持する人々と小泉純一郎を支持する人々を同じような意識を持った人々ではないかと自身の違和感を週刊金曜日あとがき に続いて言われました。

また、加藤紘一に「いまこそまた加藤の乱」のときだと離党を促す電話をかけたとか、そのとき後藤田正純とか石破茂(!)を連れて行くべきだ、とか。
安倍の批判だけでなく、後継任命者の小泉純一郎をもっと批判するべきである、とか言った内容でした。

今回もとりあえず情報まで。







有鄰 第477号で佐高信さんら4人が城山三郎さんをしのんで座談会

美作(みまさか)さん ブログからの情報です。有鄰堂という神奈川中心に関東一円に出店している本屋さんがあるようなのですが、その書店が発行している雑誌に佐高信さんらが城山三郎さんをしのんでの座談会が掲載されました。


出席者は、佐高氏、文筆家の金田浩一呂氏、文芸評論家の藤田昌司氏、有鄰堂の松信裕社長です。


その対談は有鄰堂サイトで読むことができます。


城山三郎――気骨ある人生
http://www.yurindo.co.jp/yurin/yurin.html

その2

http://www.yurindo.co.jp/yurin/yurin2.html

その3
http://www.yurindo.co.jp/yurin/yurin3.html

また、週刊朝日でも佐高さんは「城山三郎回顧本、ひそかなブーム」という記事の中で第一人者としてコメント、執筆しているようです。
http://opendoors.asahi.com/data/detail/8337.shtml

現代文学解体新書―売れる作家と作品の秘密/藤田 昌司
¥1,223
Amazon.co.jp


金田 浩一呂
恐妻家日記

金田 浩一呂
文士とっておきの話

今日は情報まで。

ネットラジオで赤木智弘氏、武田徹氏が佐高信さんを語る。

深夜のシマネコ、東天王ヨブというHNを使っていた、(現在も使っているか)赤木智弘さん が論座4月号で「丸山真男をひっぱたきたい」という小論を書かれてかなり話題になったことがありました。

就職氷河期に学生であった人たちの中には派遣社員、フリーターとしての生活から抜け出すことが難しく、社会、企業の底辺としての扱いを受けている労働者がかなり存在する。その代表者として赤木氏は「希望は戦争」という副題をつけて、この社会状況を流動化させるためには「戦争でもおこるしかない」と結論づけて、「丸山真男」に代表されるような知識人層も社会と同じく若年フリーター、派遣社員層を何も省みてはくれなかったのであるということへの抗議を「ひっぱたきたい」と表現しました。

丸山真男をひっぱたきたい。
http://www7.vis.ne.jp/~t-job/base/maruyama.html


これに対して佐高信氏は論座の次の号で斎藤貴男氏、福島瑞穂氏、森達也氏ら6人とともに、このように応答したということです。

誰かをどうしても「ひっぱたきたい」なら、やはり、自分の横っ面を思いっきりひっぱたくことだ。あるいは、イラクに行って、戦争をその身で体験するしかない。/ この若者の「希望は、戦争」を読んでいて不思議でならないのは、戦争によって自分が死ぬということを考えているように見えることである。
http://asahina-kyouko.air-nifty.com/kabu/2007/04/post_617e.html

社会学者の萱野稔人(かやのとしひと)氏がこの応答に考察をされています。
http://blog.yomone.jp/kayano/2007/03/post_98c7.html

確かに佐高氏の以前からの姿勢として、社蓄という言葉を使った企業批判つまりは日本的経営批判につながってくる、企業の労働者に対する扱いや経営者の企業私物化の批判を行ってきました。
その佐高氏の「鋭い舌鋒」によって「溜飲を下げる」人たちの中には派遣労働者、フリーターは入っていませんでした。
つまりは「正社員は「社蓄」であるとしても生存することができる。派遣と社蓄のどちらかを選べといわれたら、よろこんで社蓄を選ぶ」、赤木氏の佐高さんをはじめとする知識人に対する違和感にはそんな心情も影響を与えていると思います。

赤木さんの再応答
けっきょく、「自己責任」ですか。
http://www7.vis.ne.jp/~t-job/base/maruyama2.html


佐高信さんも雨宮処凛さんと対談を行って赤木氏を論じています。
赤木氏がひっぱ叩かなければならないのは「丸山真男」でなく「小泉、竹中、安倍」でなければならないと。

死ぬのはやつらださんや、かくぼんの日々さんはそれでも違和感が残ると論じていらっしゃいます。
http://yaplog.jp/kakubon/archive/329

さて、このほどジャーナリストの武田徹氏と赤木氏、粥川準二氏の三人が登場するネットラジオJcast、第8回で3氏が約20分、佐高信氏を語っています。
http://www.journalism.jp/podcasts/2007/08/post_9.html

武田氏は佐高氏の「石原莞爾、その虚飾」に著書の「偽満洲国論」が引用されたり、「100人のバカ」を評価したりしている人で佐高氏と割と近い存在であるようです。
武田氏は「佐高さんは丸山真男を直接知る世代だから、知識人としての象徴として2時的資料で赤木論文で使われた丸山氏批判に反応が大きかったのかもしれない」として、(実際佐高氏は丸山氏の講義を盗聴している)「赤木君一緒にやろうと、言う意味じゃないかな。」と。
赤木氏は雨宮さんと佐高さんの対談を読んで、「なんで直接、俺と話しないかな」として佐高氏は「生きていること」の重要性をとくが、それは現在の労働者階層の固定化を結果として招いているのではないかと、論じています。

興味深い鼎談で、最後は武田氏は「佐高さんと相対するには日垣氏の佐高氏批判も参考になる」(笑)と結んでいるところがおもしろいです。
関心のある方はお聞きされることを勧めます。

07年8月28日 東京スポーツ「毒筆啓上」

東京スポーツ「毒筆啓上」今月のテーマは8月4日に行われた「過労死をなくそう!龍基金」の中島富雄賞授賞式 の話題でした。

すかいらーくでファミリーレストラン店長を務めていた中島富雄さんが48歳で過労死されたのが2004年8月15日、未亡人の晴香さんは過労死をなくすことが中嶋さんへの供養として会社から獲得した3000万円を拠出して中嶋さんがあこがれていた龍にちなんで「龍基金」を設立し、がんばっている。
3年経ったいまも晴香さんは中嶋さんの夢を見て目がさめなければいいと思うことがあるという。
そして今年第1回の中島富雄賞が過労死110番全国ネットワークに送られた。
佐高氏は「過労死を生む日本の会社」として記念講演を行ったが2004年9月13日に過労自殺した43歳の建設関連会社の営業所長の妻当ての遺書を最初に引用した。

岸宣仁の「職場砂漠」(朝日新書)に言及されている。
くしゃくしゃの紙に鉛筆で


「怒られるのも 言い訳するのも疲れました。

 自分の能力のなさにあきれました。
 申し訳ありません。
洋子へ
 決して労災などで訴えないでくれ
 ごめん」


(佐高氏注 同僚の名前を列記したあとで 力のない上司で申し訳ない。)


「決して労災など訴えないでくれ」とはなんという愛社心か、会社は決してその思いに課するような報い方はしていないのに自殺に追い込まれている。
片思いをしているわけである。こういう片思いが過労死をゼロにしないのである。妻の洋子は泣き寝入りしなかった。女性のほうが片寄った愛社心などから自由である。
愛社心のみならず愛国心もまた、悲しいほど片思いなのだ。


過労死問題、過労自殺問題の深刻さははたして日本人に特有の「責任感意識」にあるのでしょうか。ここは日本人論としての考察が必要となるでしょう。


さて、最後に唐突に愛国心の問題が出てきます。ここで思うのは過労死の問題それを解決するためには、行政の力や法律の力が必要になってきますね。それはすなわち権力、国家の存在が必要となってくるのではないかと。

ただ愛国心は怪しからん、といっていて良いのかと。

愛されるような国(統治機構を含めた)にしなければならない、といわなければいけないのではと。
たとえば石橋湛山も「権利ばかりでなく国家に対する義務が大切である。」と言うようなことを言っていたと聞きます。


愛社心から愛国心批判にすぐさま関連させるのはいかがなものかと思うのですが。

そして佐高さん、過労死110番全国ネットワークの幹事長が川人博弁護士である ということを避けていてはいけませんよ。

川人博氏が佐高氏を筆刀両断
http://ameblo.jp/sataka/entry-10037935114.html

こちらのブログ では先月高野山での研修会のことが触れられています。
佐高さんと川人弁護士のニアーミス はなかったようですが。

http://blogs.yahoo.co.jp/gosuzuki2000/50614459.html


岸 宣仁
職場砂漠 働きすぎの時代の悲劇(朝日新書 58) (朝日新書 58)