一撃筆殺仕事人:佐高信先生追っかけブログ -94ページ目

「三菱重工の正体と自衛隊の本質」週刊金曜日PRESENTS vol.3 in ASAGAYA

昨日のサンデーモーニング 、予想通り佐高信さんは「軍隊は国民を守らない!」の警句を栗栖弘臣元統合幕僚会議議長の著書の紹介とともに発せられたようです。
そのことはたくさんのブロガーの人たちの中にもうなずく人がかなりいました。

山の彼方の空遠く幸い住むと人の言うさん
http://blue.ap.teacup.com/97096856/1178.html
日暮れて途遠しさん
http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/8ee3aade9097aeb75fe032c89f5023cd

♪森へ行きましょう♪さん
http://blog.goo.ne.jp/olderthanthetrees/e/5a780a8a640295a4697a17b4dadb0b99
Washirohその日その日さん
http://plaza.rakuten.co.jp/Wienerschnitzel/diary/200803020000


幼い頃でしたが、栗栖統幕議長の「超法規的」発言の当時の雰囲気を知るものとしては、旧ソ連軍が侵攻して来た場合は「いちいち政治にお伺いを立てて反撃しなければならないことのほうがおかしい。」シビリアンコントロールの問題とは別だ、として統幕議長を擁護し、統幕議長を更迭した金丸信防衛庁長官を批判する声も多かったような気がします。
この発言があって今日の有事法制の制定につながっていった側面がありますね。
さて、今回のあたごと漁船の衝突事故を踏まえてというわけでもないでしょうが、またまた阿佐ヶ谷ロフトAで週刊金曜日の自衛隊の本質を考える、佐高信さんも参加されるイベントが行われるようです。ロフトAサイトから転載させてもらいます。


3月31日(月曜日)

創刊15周年『週刊金曜日』PRESENTS vol.3 in ASAGAYA/LOFT A
「三菱重工の正体と自衛隊の本質」
【出演】
佐高信(評論家、『週刊金曜日』発行人)、
北村肇(『週刊金曜日』編集長)
他、出演者随時発表

OPEN 18:30 / START 19:30
¥1,500(飲食代別)<当日のみ>

http://www.loft-prj.co.jp/lofta/schedule/lofta.cgi?year=2008&month=3
阿佐ヶ谷ロフトA サイト
http://www.loft-prj.co.jp/lofta/


鎌田 慧
日本の兵器工場
多賀谷 修牟, 小林 昇
太平洋戦争の三菱一式陸上攻撃機部隊と戦歴 (オスプレイ軍用機シリーズ)

毒言毒語 2006年6月より転載

『戦争で得たものは憲法だけだ』
 私も呼びかけ人として加わっている「憲法行脚の会」の歩みと講演、そしてシンポジウムをまとめた『戦争で得たものは憲法だけだ』(七つ森書館)が出た。落合恵子と私の編で、2人の他に、香山リカ、姜尚中、斎藤貴男、城山三郎、辛淑玉、高橋哲哉、高良鉄美、土井たか子、三木睦子、森永卓郎の計12人の呼びかけ人が登場している。
 表題の『戦争で得たものは憲法だけだ』は、少年兵の体験をもつ城山の発言から採った。
 『靖国問題』(ちくま新書)の著者でもある高橋哲哉は、かつての統合幕僚会議議長、栗栖弘臣の興味深い発言について語る。
 栗栖は、ソ連の脅威が言われていた1978年に、「有事法制がないと、侵略されたら自衛隊は超法規的に活動せざるを得ない」という趣旨の、いわゆる「超法規発言」をして、当時の防衛庁長官、金丸信に解任された。
 栗栖はすでに亡くなったが、2000年に出した『日本国防軍を創設せよ』(小学館文庫)で、「国を守ること」として大要こんなことを言っているという。
 「自衛隊は国を守ると言うけれども、それを国民の生命・財産を守ることだと誤解している人が多い。政治家やマスコミも、往々そういう言葉を使う」
 栗栖によれば、それは「誤解」なのである。
 「もし戦争になったら真っ先に死ななければいけないのは自衛隊員だ。自衛隊員も国民の一部なんだから、国民の生命・財産を守ることが自衛隊の役割だったら、自己矛盾も甚だしい」
 タカ派の政治家も聞いてろよ。
 では何を守るのか?「自衛隊法にも書いてあるが国の独立と平和を守る」のである。その「国」とは何か?栗栖は答える。
 「国とは、天皇制を中心としたわが国固有の国柄を持つ家族意識、国民意識である」
 ウーン。つまり「国」の一部にも「国民」は入っていないということか。

3月3日より夕刊フジで「福沢諭吉紀行」

3月3日より佐高さんのデビューの場であり、つい最近は「西郷隆盛伝説」を連載していた夕刊フジで「福沢諭吉紀行」がはじまることが発表されました。


ヤフーニュースより転載。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080229-00000078-san-soci


夕刊フジでは、3月3日から、評論家・佐高信氏による連載「福沢諭吉紀行」がスタートします。

 福沢諭吉は豊前藩士の家に生まれ、江戸時代から明治維新にいたる激動の時代を駆け抜けた、思想家にして教育者。慶応義塾大学の創立者、最近では一万円札の肖像でも有名です。

 今年はその慶応義塾が創立150年。またグローバル化が激しい現代、諭吉が唱えた「未来を見越した先導者の育成」が注目を集めています。しかし、西洋文明の導入者として尊皇攘夷(じょうい)を奉じたまたいとこに暗殺されそうになったり、第二次大戦中は評価が低かったり。新連載では、そうしたあまり知られていないエピソードを交えながら、諭吉が私たちに伝えようとしたものを徹底分析していきます。ご期待ください。


さて、どのような連載になるでしょうか。

今年はこの連載にあわせたのでしょうか、佐高信さんは慶應義塾大学文学部特別招聘講師として講義もされる予定と聞きます。

個人的には例の「安川寿之輔、平山洋論争」に佐高さんがどう判断するのかが興味深いところです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E5%B7%9D%E3%83%BB%E5%B9%B3%E5%B1%B1%E8%AB%96%E4%BA%89



小林多喜二ツアーの佐高信さん

以前に告知してありました、佐高信と行く冬の小樽、小林多喜二ツアーでの佐高信さんの活動が参加者の方々のブログにアップされ始めましたのでリンクしていきたいと思います。
「プロレタリア文学者」として知られる小林多喜二その周年祭を行くツアーとして週刊金曜日が企画したツァーに「特別添乗員」みたいな感じで佐高信さんは同行されました。

社民党山口たかさんの日記
http://yaplog.jp/taka-sapo/archive/122
蟹工船読書エッセー賞受賞式雑感(文を尚ぶさん)
http://blog.goo.ne.jp/shomon19851010/e/1a7e75ff8513d9808518a72bcf926846

このツアーの中心行事であるような小林多喜二墓前祭にもちろん佐高さんも参加されました。ところがその墓前祭は某政党の決起大会の様相を呈していたのですね。文を尚ぶさんは「蟹工船」エッセーコンテストの奨励賞を入賞された方ですが、ツアーの人たちや多喜二墓前祭参加者のかたとも合流されたようです。そこで、

到着するとすぐに多喜二墓前祭に向かうことになりました、案内されたバスの中にはご老人方がびっしりといらっしゃる、異様な雰囲気、「なんだなんだ??もしかしてやばいとこ来ちゃったか?」などと思いながら様子を伺っていました。
 雪を掻き分け、ご老人方と列を成し、傾斜の厳しい丘を登り切って小林家の墓に到着しました、とても見晴らしが良い場所です、墓前祭が始まります。そして謎は解けました。

「今年こそは、失われた北海道の議席を取り戻す!!」

「我が党を攻撃する全ての者と闘う!」

 ああーそっち系か!極めつけは取材ですと言われて名刺を渡された、そこには「赤○新聞」、おーきたー笑 と思いました。初めて彼らが醸し出す雰囲気に直接触れたんですが、あれはほんとに異常、圧迫感がすごい、でも言ってることはだいたい正しいんですがねえ…

そして「文を尚ぶ」さんによればその後に開かれた「多喜二を語る夕べ」において佐高信さんも挨拶をされたようなのですが、そこで某政党にはきつい一発をひとつ。

「私は墓前祭に参加して失望しました。おそらくあのように特定政党によって多喜二が利用されているようなら二度と出席することはないでしょう。文学は政治に取り込まれるべきではない」

そして、その後のシンポジウムでの佐高さんの講演からも引用され、

「特定の政党により多喜二が占有され、そのプロパガンダにされている。そのように文学が政治に囲い込まれていては多喜二は死んでも死にきれないだろう。政治は文学を包摂しえない。多喜二を広く市民全体のものにすべきだ。」

に賛意を上げられています。

しかしながらこの硬直した党派意識、他者を締め出して自己を閉鎖する姿勢、それを佐高さんに対しても感じたとこの「文を尚ぶ」の管理人氏は言われます。
つまりは佐高さんの被批判者たる共産党を批判する姿勢は佐高さん自身にも言われることであるとしています。

その嫌悪と拒否の姿勢においては佐高氏と彼の批判者は同じなのではないでしょうか?そしてそれが互いに同じ正義の方向を示す者同士を永遠に分裂と闘争の状態に留めるのです。

この管理人さんの意見には佐高さんウォッチャーとしてほぼ賛成します。佐高さんは自らを批判する勢力に対して見ていられないほど攻撃的になることが多々あります。
たとえば日垣隆さん、その論争については以前に書きました。 よく知られていることですが佐高さんと日垣さんは両人とも長野県の田中康夫元知事、現参議院議員への支持者だと知られています。

田中元知事への支持という方向でその考え方は一致していたはずなのです。
日垣さんからの批判を踏まえて佐高さんが変わったということは全くありません、私は「いかにも俺は元総会屋だ。それがどうした」と開き直ることを期待していたのですが自身の過去には目を閉じようとしています。

そして過労死労働者問題については過去には対談も何回か行った川人博弁護士に対しての態度にもそれは表れます。かつての盟友であるにもかかわらず、川人博弁護士からの北朝鮮に対する姿勢に関する批判に対しても、自身が川人さんを糞蝿扱いにしてほぼケンカを売った のにその後は沈黙を守っている。

これが佐高さんの「嫌悪と拒否」の姿勢です。

おそらくは佐高さんはこの「小林多喜二ツァー」での出来事を週刊金曜日か政経外科で記事にされるでありましょう。
そこに内省が混じっておられることを期待しますがどうでしょうか。新刊「毒現毒語」のあとがきでは部分否定、部分肯定が必要だと佐藤優さんに関する問題を引いて主張されていますがこれらの自身の以前の姿勢に関しては何も言われていません。

そして現在佐高さんは社民党サポーターとして宮城県社民連合では佐高塾塾頭として、参議院議員選挙には応援弁士として社民党を全面支持という立場に自身を置かれています。共産党への批判が社民党支持者の立場ではないことをもっと言われるべきでもあると思うのですが。先月に行われた京都市長選のときも社民党京都府連は中央の指示に反して共産党候補でなく自公民の推薦する候補を支持したと聞きます。

ただ、この管理人さんの「僕らの求めるのは正しさです」という言葉に疑問が湧くのも事実です。
その「正しさ」は誰が決めるのでしょうか。全ての人々が同じ「正しさ」の尺度を持っている世界。それもなんだか不気味な気がします。

多喜二墓前祭の模様はこちらでも佐高さんの写真とともに報告されています。

多喜二ライブラリーブログ
http://shirakaba-bungakukan.blog.ocn.ne.jp/takiji/2008/02/post_b78b.html

白樺文学館
http://www.shirakaba.ne.jp/index.htm

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小林 多喜二, 藤生 ゴオ, 白樺文学館多喜二ライブラリー
マンガ蟹工船―30分で読める…大学生のための

白樺文学館多喜二ライブラリー
いま中国によみがえる小林多喜二の文学―中国小林多喜二国際シンポジウム論文集

小林 多喜二
蟹工船 一九二八・三・一五 (岩波文庫)

3月2日TBSサンデーモーニングに佐高信さん

ということです。お知らせのみです。中国餃子事件、また三浦和義社長逮捕、イージス艦衝突事件、佐高さんの舌鋒がどう斬るか。


コメンテーター:浅井信雄、幸田真音、佐高信、辺真一、岸井成格の各氏


話題


三浦容疑者、ロスへの移送は?新証拠は?
イージス艦衝突事故で問われる防衛省の対応
NYフィル平壌公演
太陽系に新惑星?
スポーツ


コメントを予想しますと


三浦事件については「これは米国の一事不再理の原則に反した蛮行であります。一体日本の法務関係者は何をやっているのでしょうか」といわれるでしょう。

ところで三浦氏の弁護士が佐高さんの宿敵の弘中淳一郎弁護士であるところが興味深いですね。佐高さんは弘中さんが薬害エイズのとき帝京大の安部元学長などを弁護したことなどに批判的で「特権と人権を勘違いしていないですか」と問われたことがあります。

イージス艦衝突事故に関しては「私はいつも言いますが軍隊は国民を守らないのです!今回の事件でもそのことがはっきりしました!」

NYP平壌公演は「すばらしいことです。ニューヨークフィル公演はかつての米中関係においてのピンポン外交を思い出します。日本は北朝鮮に対話と圧力といっているが全く対話のほうをやらない、したたかにこの2次方程式を解こうとしているアメリカを見習ってほしいものです。」とコメントされ


そして辺真一氏が詳しく解説しているときは嫌そうな顔をして下を向く。

こんな感じではないでしょうか。


東京スポーツ「毒筆啓上」2月26日

久しぶりに東京スポーツ「毒筆啓上」について書きます。

佐高 信
国畜 棚の中の「いい人」が日本を蝕む
2月の記事は本日26日販売開始のKKベストセラーズからの単行本「国蓄 ナショナルペットピープル『柵の中』のいい人が日本を蝕む」のパブリシティも兼ねたものとなっていましたね。アマゾンのこの本のページは、見まちがえたのでしょうか。「柵の中」が「棚の中」になっています。

佐高信さんは「国蓄」を「国に従順であり、国という柵の中で生きることに疑いを持たず、国家に利用されつづける動物」と定義されています。
そういう国蓄、ナショナルペットが牙をむくときは国家に対してではなく、安心して批判できる個人に対してなのだそうです。
佐高さんは2004年のイラク人質事件の三人を「アメリカ追従の姿勢はおかしい」と主張してその行動が国蓄たちにたいする強烈な爆薬となった、としています。
その国蓄の長がいまの福田康夫首相というわけでこの本の前著である、「小泉よ日本を潰す気か」から佐高さんの当時の福田元官房長官評を転記されています。
「福田には政策がない、福田赳夫の息子というだけ、外務省にそれなりの影響力があるが外務省が一番陰険でそんな外務官僚に信頼される福田ってどんな存在だよ。」
そして二世三世の自分の力で政治家になったのではない安倍、福田に自己責任を問われる理由はない、と結論。
という感じです。

私はイラク人質事件のときに人質の三人が特に政府批判の為にイラクに行ったという記憶はなく、どちらかといえば家族が「自衛隊即時撤退」を主張されたことでバッシングを受けたという覚えがあります。高遠さんにしても平和団体などで講演をし始めたのはあの事件の後だと思います。

福田康夫評についてはおおむね賛成できます。しかし福田氏は国蓄というよりも自民党の党蓄なのではないでしょうか。自公政権堅持の為に安倍退陣の後にお鉢が回ってきた福田さんです。

社蓄の長が社長なら国家の長が国蓄というのは少し飛躍が過ぎていると思います。大好きな村山富市さんに対しては佐高さんは絶対にそうは言わないでしょう。国家が単なる柵であるとする佐高さんには少し違和感があります。
国家と国民は片方だけが合っても駄目で共同体意識が国家意識に通づるものでなくてはならない。それであってこそ公務員や政治家の「公僕」意識が生み育つのではないか。個人的にはそう思っています。

二世三世の跋扈、これは国民の民度と制度改革に期待するしかないですね。