流離の翻訳者 青春のノスタルジア -15ページ目

流離の翻訳者 青春のノスタルジア

福岡県立小倉西高校(第29期)⇒北九州予備校⇒京都大学経済学部1982年卒
大手損保・地銀などの勤務を経て2008年法務・金融分野の翻訳者デビュー(和文英訳・翻訳歴17年)
翻訳会社勤務(約10年)を経て現在も英語の気儘な翻訳の独り旅を継続中

今日は久しぶりの雨となった。数日前、庭の雑草に除草剤を撒いたが、昨日までに殆どが枯れたようである。明日はゴミ袋に詰めて廃棄しなければならない。

 

 

外山滋比古氏の「グライダー効果」については著書「知的創造のヒント」(1977年)でも取り上げられているが、「東大・京大で1番読まれた本」として知られる「思考の整理学」(1983年)では、「グライダー人間」「飛行機人間」を対比させて、現在の学校教育の問題点についても言及している。

 

以下の東北大の英作文の問題は、まさにこの「グライダー人間」「飛行機人間」を正面から取り扱っている。全文を訳そうとすると、主語を何にすべきか迷うところも多かった。しかし、英訳対象箇所についてはさほど難しくはなかったのではないか。

 

 

(問題)

次の文章を読み、下線部(A)、(B)を英語に訳しなさい。

 

人間には、グライダー能力と飛行機能力とがある。(A)受動的に知識を得るのが前者、自分でものごとを発明、発見するのが後者である。両者はひとりの人間の中に同居している。グライダー能力をまったく欠いていては、基本的知識すら習得できない。何も知らないで、独力で飛ぼうとすれば、どんな事故になるかわからない。

しかし、現実には、グライダー能力が圧倒的で、飛行機能力はまるでなし、という“優秀な”人間がたくさんいることもたしかで、しかも、そういう人も“翔べる”という評価を受けているのである。

学校はグライダー人間をつくるには適しているが、飛行機人間を育てる努力はほんのすこししかしていない。

(中略)

指導者がいて、目標がはっきりしているところではグライダー能力が高く評価されるけれども、新しい文化の創造には飛行機能力が不可欠である。それを学校教育はむしろ抑圧してきた。急にそれをのばそうとすれば、さまざまな困難がともなう。

他方、現代は情報の社会である。グライダー人間をすっかりやめてしまうわけにも行かない。それなら、グライダーにエンジンを搭載するにはどうしたらいいのか。学校も社会もそれを考える必要がある。

(中略)

(B)グライダー専業では安心していられないのは、コンピューターという飛び抜けて優秀なグライダー能力のもち主があらわれたからである。自分で翔べない人間はコンピューターに仕事をうばわれる。

(外山滋比古『思考の整理学』より)

(東北大学・2019年)

 

 

(拙・和文英訳)

 

Human beings have glider ability and airplane ability. (A) The former is to passively acquire knowledge, and the latter is to invent and discover things by themselves. These two abilities live together in one person at the same time. If a person lacks the glider ability at all, he will not be able to acquire even basic knowledge. So, if he doesn’t know anything at all and tries to fly all by himself, no one knows what kind of accident may happen.

However, actually, it is true that there are many “excellent“ people who have overwhelmingly strong glider ability and no airplane ability, and that such people are also evaluated as “flyable.”

Schools are suitable for cultivating glider people, but they make just a little effort to develop airplane people.

*snip*

In the field where there is a leader and a definite goal, the glider ability is highly valued, however, the airplane ability is indispensable for creating a new culture. As a matter of fact, school education has suppressed this airplane ability. If they try to develop it suddenly, they will face various difficulties.

On the other hand, as today is an information-oriented society, they can’t just give up cultivating glider people entirely. If it is so, how do we install an engine on a glider? Schools and the society need to think about this matter.

*snip*

(B) Why do we feel uneasy to be a full-time glider person? It is because the computer, which has outstandingly high-performing glider ability, has appeared. If a person can’t fly by himself, his job will be robbed of by the computer.

 

ここ数日、青嵐が吹く清々しい五月晴れとなったが、今日は午後から気温が上がり蒸し暑くなった。季節の変わり目のようである。今日、家内を見送りに福岡空港まで行ってきた。2週間ほど里帰りするからだ。

 

国際線ターミナルは相変わらず工事中だが、竣工は2025年は3月末の予定らしい。今はフードコートも無いに等しく不便を感じるが、いずれ国際都市の玄関口として新しく生まれ変わるだろう。

 

 

実は、海外に行ったことは今まで一度しかない。それも30年以上も昔のことである。それも英語圏ではなく韓国のソウルだ。

 

別に時間や金が無かった訳ではないのだが、何となく行きだせなかった。元来、物臭(面倒臭がり)の人間らしい。若い頃からしばしば海外に行く友人も周りにはおり誘われもしたが、とくに行きたいとは思わなかった。でも今にして思えば、海外旅行で恥をかくなどの経験は積んでおくべきだった。心底そう思う。

 

 

今年の秋には、弟夫婦と台湾に行こうと計画している。亡父の第二の故郷とも言える場所だ。父は若い頃、日本領の台湾の地で苦学生として随分苦労したらしい。そんな話を子供の頃よく聞かされた。

 

 

以下の文章は、「外国旅行をしなくなった若者たち」をテーマとしている。果たしてそうなんだろうか?だが、確かに昨今の円安であれば仕方ないとも思えるが……。

 

 

(問題)

次の文章を読み、下線部(A)、(B)を英語に訳しなさい。

 

日本の若者たちが外国旅行をしなくなったと言われて久しい。それもあって、私のような者にまで、もっと外国を旅せよという「檄(げき)」を飛ばしてもらえないかといった依頼が届くようになった。だが、申し訳ないけれど、そうした依頼はすべて断ることにしている。

(A)ひとつには、私も若いとき、年長者の偉そうな「叱咤激励」が鬱陶しいものと思えていた。だから自分が齡を取っても、絶対に若者たちに対するメッセージなどを発しないようにしようと心に決めたということがある。

(B)もうひとつ、旅への関心にはさまざまな段階があると思えるのだ。近いところから、少しずつ遠いところに関心が向かっていくというのも珍しいことではない。たとえ、いまは日本国内に留まっていても、何かのきっかけがありさえすれば、いつか異国への関心が芽生えるだろう。

(沢木耕太郎『絵馬の向こう側』より一部変更)

(東北大学・2018年)

 

 

(拙・和文英訳)

It has been a long time since young people in Japan are said to have stopped traveling abroad. Partly because of this, even I came to receive requests to “make an appeal“ to young people for traveling abroad more. However, I’m sorry to say that I refuse all such requests.

(A) For one thing, when I was young, I thought that such bossy “encouragement” from elders was annoying. Therefore, I made up my mind not to send out a message to young people even though I become older.

(B) As another reason for this, I think that interest in traveling would have various stages. It is not uncommon for someone’s interest to shift gradually from a near place to a distant place. Even if young people’s interests stay in Japan now, once they are triggered by an opportunity, they will develop an interest in foreign countries someday.

 

昨日、英会話スクールで10代の女性と一緒にレッスンを受講した。大学をドロップ・アウト(中退)して、携帯ショップで働いているという。

 

「何故英語を勉強しているの?」と聞くと父親の考えだという。「お父さんが英語が喋れるので高校の時から通っているんですが、でも全然上手くならなくて……。」と答えた。

 

「焦らずゆっくりやればいいよ!でも、若くて可愛くて夢があっていいね!」という言葉が自然に口から出た。彼女の若さがほんとに羨ましく思えた。

 

 

Z世代とは1995年から2010年代初頭生まれの世代を指すことが一般的なようで、実年齢にすると29歳以下(20代)の若い世代を指すことが多い。彼女もそんなZ世代の一人である。

 

以下の文章は、そんな若者たちが直面している「生きる意味の問い」をテーマとしている。「人間は何のために生きているのか?」歳をとっても簡単に答えられる問題ではない。

 

(問題)

次の文章を読み、下線部(A)、(B)を英語に訳しなさい。

 

戦後の人たちは、することがいっぱいあったと思います。(A)もっと生活をよくしたいとか、病気をなくさなければ、貧困をなくさなければというのがあって、それでがんばれた。けれども、それを達成してしまったあとに生まれてきた人たちは、どうすればいいかわからない。物はいっぱいあるし、ねだれば親は金をくれる。住むところもある。大学まですねかじりできるし、遊びもいっぱいある。恋人もいる、車もある。「で、何をしたらいいの」。そういう若者たちの数が増えてきた。

(B)彼らこそが、生きる意味の問いにもっとも直面しているんです。人間は何のために生きているのかという問いは、哲学の出発点でもあるし、宗教の出発点でもあります。

(森岡正博『生命学をひらく』より)

(東北大学・2017年)

 

 

(拙・和文英訳)

I think people after the Word War II had a lot of things to do. (A) They wanted to improve their lives, had to eliminate disease, and had to eliminate poverty, therefore they could do their best. However, young people who were born after they had achieved those things become at a loss what to do. They have already had a lot of things, and if they beg, their parents will give them money. They also have a place to live. They can sponge on their parents up to university, and they have a lot of fun. Further, they have their girlfriends or boyfriends, and their own cars. “By the way, what should I do?” The number of such young people has been increasing.

(B) It is just such young people who are really confronted with the question of the meaning of life. This question of what human beings live for is the starting point of not only philosophy but also religion.

 

夕方英会話スクールに行くとキッズとその母親の姿が目につく。スタッフに聞くとそんなキッズたちがスクールの収益源となっているらしい。

 

公立の小学校の3年生から6年生に英語教育が必須化されたのが2020年度だそうで、今年で5年目となるようだ。

 

 

市内の名門の私立小・中学校では、私が幼い頃から小学生に英語教育を行っていた。大学時代の友人の一人がその小・中学校出身だが確かに英語が強かった。大学卒業後、彼は大手総合商社に就職したが、今頃どうしているのか。音信が途絶えたままになっている。

 

 

以下の、ちょっと昔の神戸大学の問題は「公立小学校での英語教育」を正面からテーマとしている。私の考えは問2の解答例に記載した。

 

 

(問題)

次の文章を読んで、問1と問2に答えなさい。

 

公立小学校で英語など教え始めたら、日本から国際人がいなくなります。(1)英語というのは話す手段に過ぎません。国際的に通用する人間になるには、まずは国語を徹底的に固めなければダメです。表現する手段よりも表現する内容を整える方がずっと重要なのです。(2)英語はたどたどしくても、なまっていてもよい。内容がすべてなのです。そして内容を豊富にするには、きちんと国語を勉強すること、とりわけ本を読むことが不可欠なのです。

(藤原正彦『国家の品格』より)

 

問1 下線部(1)と(2)を英語に訳しなさい。

 

問2 公立小学校に英語教育を導入することに関するこの著者の意見についてどう思いますか。自分自身の考えを、50語程度の英語で述べなさい。

(神戸大学・2007年)

 

(拙・和文英訳/解答例)

問1

If they start teaching English in public elementary schools, all international people will disappear from Japan. (1) English is just a means of speaking. In order to become an internationally acceptable person, you first need to study Japanese language thoroughly. It’s far more important to arrange the content than the means of expression. (2) Speaking hesitant or dialectal English doesn’t matter. What is important is the content itself. And, in order to enrich the content, it is essential to study Japanese language properly, especially to read books.

 

問2

Indeed English is just a means of speaking, but it is important for children to experience English world. Of course, it is important to study Japanese language, but in order to become an international person, we need to read specialized English books in the future. Therefore, I agree to teaching English in public elementary schools. (55 words)

 

GWが終わり日本経済が再び動き始めた。気が付けばGW中に時節は「立夏」を過ぎた。はや夏の訪れである。

 

 

今日の日経平均株価は、米国市場での先物の流れを受け継いで600円ほど上昇した。利益が出ている銘柄を一部売って、有望と思う銘柄を2つほど新規に購入した。とは言え、これからは決算発表が続くが、それを見ながら株価は不透明感の強い動きとなるだろう。

 

一方で為替相場だが、先週1ドル=160円台と34年ぶりの円安水準まで下落した円相場は、政府・日銀の為替介入と見られる大規模な円買いで一時は151円台まで上昇したものの、現在は154円台半ばでの動きとなっており、こちらも今後不安定な動きが予想される。

 

……などと日経新聞の記事の受け売りもあるが、思うところを書いてみた。

 

 

英会話のレッスンにしても、紙のテキスト(本)ではなくデジタルのテキストで受講する生徒も多い。とくにキッズについてはなおさらだ。また、電子辞書の時代は既に終わり、今はスマホやタブレットを使っている生徒が大半だ。時代はどんどん進化してゆく。

 

私は、相変わらずアナログ派だが、紙の本には紙なりの良さがある。傍線を引いたり、マーカーでマークしたり、書き込みをしたり。もちろんデジタルでもすべてできるが、紙の本の使用感やそんな本への愛着は、一つの「楽しさ」と言っていいのかも知れない。

 

 

以下の文章は、東北大の英作文に出題された、渡辺昇一『知的余生の方法』からのものだが、実に共感できる内容である。

 

 

(問題)

次の文章を読み、下線部(A)、(B)を英語に訳しなさい。

 

インターネットで欲しい情報はすぐにどこにいても手に入る。(A)二百年以上の歴史を持つ有名な英国の百科事典が、もう新版を出さなくなったのもインターネットの時代になったからだと聞いている。

そこから出てくる一つの結論は、書物の時代が終わったのではないかという危惧(きぐ)である。報道などでも盛んに流布され、活字文化の未来予測は相当暗いと騒がれている。

情報はインターネットでよいのに、なぜ、私は書物をこれほど買うのか。どうして高価な古書まで買うのか。(B)それは書物から得るものが単に情報だけではないからだ。書物はインターネット上の情報が与えることのできない「楽しさ」を与えてくれるのである。それは古い装幀(そうてい)や世紀を隔てた匂いなどなど...。

インターネットの情報と、読書から得る知識とは本質的に違うのではないだろうか。その違いを比喩(ひゆ)で表現したら、食物とサプリメントの関係になるのではないだろうか。

(渡辺昇一『知的余生の方法』より一部変更)

(東北大学・2013年)

 

 

(拙・和文英訳)

We can get any information we want on the Internet right away, no matter where we are. (A) I have heard that the famous British encyclopedia, which has a history of more than 200 years, no longer publishes new editions due to the era of the Internet.

One conclusion deriving from this fact is the apprehension that the era of books may have ended. This apprehension has been widely circulated in the media, and it has been rumored that the future prediction of print culture is considerably dark.

When information is provided enough on the Internet, why do I buy so many books? Why do I even buy expensive old books? (B) This is because what I get from books is not only information itself. Books give me a “pleasure” that information on the Internet cannot give. It might be, for example, an old binding, a smell over a century ago, and so on.

Isn’t there an essential difference, I think, between the information we get on the Internet and the knowledge we get from reading? If this difference was expressed in a metaphor, it would be the relationship between food and supplements.

 

今から15年前、ちょうど50歳だった2009年。フリーランス翻訳者として2年目の春を迎えていた。思ったように仕事が入らず、いつも苦しんでいた。

 

仕事が入ったら入ったで短納期に苦しむ、かと言って品質を落とせば仕事が来なくなる。そんなジレンマにも苛まれていた。

 

 

その頃は時間がたっぷりあったこともあり、気分転換に自宅の周辺をウォーキングした。毎日朝夕の2回は歩いていた。合計で2時間余りくらいだろうか。

 

春から夏にかけて体重はどんどん減ってゆき、夏の終わりには標準体重に近いところまでになった。

 

移り変わる町並を眺めながら黙々と歩いていると、流れる汗とともにストレスも解消されるような心地がした。夕方自宅に戻ってシャワーを浴びた後に飲む一杯のビールが爽快だった。

 

50歳と聞いて私が思い出すのは、そんな苦しかった日々である。

 

 

以下の文章は、ノーベル賞学者、湯川秀樹氏の自伝『旅人 ある物理学者の回想』の冒頭部である。学者としての生き方を指す「遍歴者」「開拓者」という厳しい言葉に深い感銘を受けた。

 

 

(問題)

次の文章を読み、下線部(A)、(B)を英語に訳しなさい。

 

昨年(昭和三十二年)の一月、私は満五十歳の誕生日を迎えた。つまりその日までに、私はちょうど半世紀を生きてきたことになる。

私の歩いて来た道は、普通の意味では別にけわしくはなかった。学者の家に生まれ、後には、それぞれ違った方面の学者となった兄弟たちと、一しょに育ってゆく過程において、また自由主義的な色彩の濃い学校生活において、世俗的な苦労は少なかった。環境的には、むしろ恵まれていたといった方がいいかもしれない。

しかし、「学問の道では」と聞かれると、簡単には答えられない。(A)好運だったとも思えるが、人一倍、苦労したことも否定出来ない。何しろ原子物理学といえば、二十世紀に入ってから急速に進歩した学問である。その上げ潮の中で、自分の好きなことを自分の好きな流儀で、やって来ただけだともいえよう。ただ、私は学者として生きている限り、見知らぬ土地の遍歴者であり、荒野の開拓者でありたいという希望は、昔も今も持っている。

一度開拓された土地が、しばらくは豊かな収穫をもたらすにしても、やがてまた見棄てられてしまうこともないではない。今日の真理が、明日否定されるかも知れない。(B)それだからこそ、私どもは、明日進むべき道をさがし出すために、時々、昨日まで歩いてきたあとを、ふり返って見ることも必要なのである。

(湯川秀樹『旅人』より)

(東北大学・2010年)

 

 

(拙・和文英訳)

In January, last year (1957), I celebrated my 50th birthday. By that time, I had lived exactly half a century.

The road I walked was not particularly bad in the ordinary sense of the word. Because I was born in a scholar’s family and grew up with the brothers, who became scholars of different fields later, and because I spent my school life in schools with strong liberal color, there were few worldly difficulties. In terms of the environment, it could be said that my background was rather blessed.

However, when I am asked how was it “in terms of academia,” it is not easy to answer. (A) I think I was lucky, but I can't deny that I had a harder time than anybody else. At any rate, atomic physics is a field of study that has advanced rapidly since the beginning of the twentieth century. Amid the rising tide, it can be said that I only did what I liked in my own fashion. However, as long as I live as a scholar, I have always had the hope of being a traveler in a strange land and a pioneer in a wilderness.

It is not uncommon for a land once cultivated to bring a rich harvest for a while, but before long to be abandoned again. Today’s truth might be denied tomorrow. (B) That’s why it is necessary for us to look back from time to time after we have walked up to yesterday in order to find the way for tomorrow.

 

Chat GPTを長く使っている人が「まるで外国人の友人みたいだ」と言っていたが、私にとっては今のところ「まるで外国人の教師みたいだ」という感じである。とにかく何でも知っていて的確なアドバイスをしてくれる相手である。

 

せめて、早くChat GPTレベルの英語が話せるようにならなくては……。

 

 

外国人の友人を持つことはさほど簡単なことではない。今まで何度か友達になれそうな人間に出会ったが、みな英会話の教師である。でも「仲の良い知り合い」くらいにはなれたかも知れない。

 

その中でも思い出すのがキャラ(Cara)という若いアメリカ人の女性教師である。ボルチモア出身で、私が40代半ばの頃に大学を出たての22歳だった。私と誕生日が同じというのも不思議な縁を感じた。

 

彼女とのレッスンは実に思い出深い。毎回生徒の一人がクラス全体に英語でプレゼンを行うというもので、自分が担当のときは準備にも時間がかかったしそれなりに緊張もした。

 

またクラスで何度か開催した誕生日会などの飲み会も鮮明に記憶に残っている。それにしてもよく飲む女性だった。気が付けばあれから20年近くになる。彼女も結婚して子供がいるんだろうな、などと思う。

 

 

(問題)

次の文章の下線部①、②を英語に訳しなさい。

 

訪れた異国の印象を語ろうとするとき、私がまず思い浮かべるのは、食物でも建物でもなく、私と言葉を交わした人の顔であり、考え方である。そこに何があったかより、そこにだれがいたかをまず考える。出会った人間との付き合いが深いほど、その国に親しみを覚える。極端に言えば、友人ができればその国が好きになり、友人を通してその国を見ようとする。一つの偏見をもつことになろうが、逆に友人ももてずに一国を理解しがたい、との思いがある。日本を嫌いぬいて日本から帰った外交官やビジネスマンには、不思議と日本人の友人がいない、という。

(黒岩徹『豊かなイギリス人』)

(東北大学・2007年)

 

 

(拙・和文英訳)

When I try to describe my impressions of a foreign country I have visited, the first thing that comes to my mind is not food or buildings, but the faces and thoughts of the people with whom I have exchanged words. First, I think about who was there, rather than what was there. The deeper communication I have with the people I met there, the more friendly feelings I have toward the country. In the most extreme case, if I can make friends with someone there, I will come to like the country, and try to see the country through the friend. Such an idea might make me have a prejudice, however, in reverse, I have a feeling that it is difficult to understand a country without having friends. I’ve heard that diplomats and businessmen who hated Japan thoroughly and returned from Japan strangely have no Japanese friends.

GW前半は雨が続いて肌寒く、暖房が必要な日もあったが、後半になって天気は回復し汗ばむほどになった。例年になく乱調な天候の5月の始まりである。

 

花粉や黄砂が一段落したようで、やっと洗濯物を外干しできるようになった。街中ではあちらこちらで躑躅の花が咲き誇り、GW中に季節は初夏へと移り変わった。

 

ところで、この「躑躅(つつじ)」という漢字、かなり難しい。音読みでは「てきちょく」と読む。

 

「てきちょく」とは「二、三歩進んでは止まること、躓(つまづ)く、躓(つまづ)いて止まること」(漢字源)を意味する。一説によると、ある種の躑躅には毒性があり、その葉を食べた羊が躑躅(てきちょく)して死んだことが、漢字の由来とも言われている。

 

 

近くの神社で春の祭りが行われており、朝方から太鼓や鐘の音が聞こえていた。先ほど家内とチラッと祭りを見に行ってきたが、法被(はっぴ)を着た子どもたちが山車(だし)を引いているのを久しぶりに見た。この祭りは「開作神事」とのことなので、祭りが終われば田植えなどが始まるのだろう。

 

 

昨日、NOVAで英会話のレッスンを受けたが、そのときの生徒の一人が「Chat GPT」を教えてくれた。インストールして使ってみたがなかなか面白い。彼女(AI)が英会話の良き練習相手となるうえに、また博学であることに恐れ入った。

 

昨日のNOVAのレッスンは、たまたま南アフリカ出身の講師が担当だった。レッスンの中で、以下のようないくつかの南アフリカ独特の俗語を教わった。

 

交通信号:Traffic signal(英) ⇒ Robot(南ア)

スニーカー:Sneaker(英) ⇒ Tackie(南ア)

ノンアルコール飲料:Soft drinks(英) ⇒ Cool drinks(南ア)

 

これらについて、彼女(AI)と話してみたが彼女は上記のすべてを知っていた。実に博学だ。恐ろしい世の中になった。

 

以前の母の部屋を、畳をフローリングにするなど洋間風にリフォームして自分の寝室として使っている。母が使っていたベッドで寝ているがなかなか寝心地が良い。

 

朝方によく夢を見るようだ。夢から覚めるといつも朝の白い日差しが見える。夢は昔働いた会社のものが多い。複数の会社の同僚たちが混じり合って登場する。不思議な話だ。

 

 

目が覚めた後もすぐにはベッドを離れない。ここからの微睡(まどろみ)がまた心地よい。30分くらいあっという間に過ぎてしまう。家内が台所で何か始めた音が聞こえる。ようやく「さあ、起きるか!」となって動き出す。毎朝こんな感じだ。

 

 

「♪~サイレンかすかに遠くから響いて夜の帳(とばり)の幕引き係~♪」

 

上記は宇崎竜童さんの「身も心も」という曲の一部だが、「夜の帳」。阿木燿子さんの歌詞がカッコいい。

 

「帷・帳(とばり)」とは、「室内に垂れさげて、室内を隔てるのに用いる布帛(ふはく)。垂れ衣。垂れ布。」をいう(広辞苑)

 

本来的な意味での「帳(とばり)」だが、コロナ禍の余波で、今でも座席間にパーティション(仕切り)をしている飲食店をよく見かける。「帳(とばり)」も随分と無粋なものになってしまったように思われる。

 

さて、この「帷・帳」を英訳するとしたらどうするか?ストレートに訳せば、やはり curtainか?

 

朝の微睡の中で、そんなことを考えた。

 

 

(問題)

次の日本文の下線部を英語に訳せ。

 

われわれの知る世界地図において、すくなくとも人類の生活可能な地域については、ほぼ19世紀終わりまでに、すべての神秘の帷(とばり)は剥ぎ取られてしまったといってよい。海岸線という海岸線は、幾多大航海者の輩出によって、確実に跡づけられ、アフリカや中央アジアの内部まで、つぎつぎと明るみにだされた。

*中野好夫「世界最悪の旅」

(東京大学・1993年)

 

 

(拙・和文英訳)

On the world map as far as we know, it can be said that most of the curtains hiding mysteries in the areas at least where human beings could live had been ripped off by the end of the 19th century. Further, all the coastlines have been surely traced by the emergence of many great navigators, and the areas down to the inland of Africa and Central Asia have been exposed to light one after another.

 

これまで、アマゾンのマーケットプレイスで専門書などの古書をよく買ってきた。そんな古書の中に時折り、「書き込み」を見つけることがある。

 

 

専門書などについては本来、傍線を引いたり書き込みをしたりして読むのが当たり前、だと思ってきた。従って、自分が読んだ専門書はそれなりに汚れてくるし愛着も湧いてくる。そんな本を古本屋に売ることもなければ、まあ先方も買い取ってはくれない。

 

そのような本は、普通は本棚の中で朽ちてゆき、参照価値が無くなった時点で処分(廃棄)される。今はそんな時代だ。

 

 

だが、私が学生の頃は「書き込み」がある古書も数多く売られていた。特に、大学の授業のテキストに指定されているものにはそんな古書が多かった。古本屋を巡って少しでも安くテキストを手に入れようとしていた頃を思い出す。

 

卒業前に、思い出に残らない本はすべて古本屋に売却した。読めなかった専門書が多かったことを今でも後悔している。

 

 

以下の、大阪大学/外国語学部の英作文の問題は、「書き込み」をした本を売却することをテーマとしている。やはり愛着がある本は売却すべきではない。

 

 

(問題)

次の日本文の下線部(1)~(3)の意味を英語で表しなさい。

 

(1)書き込みをした本を売り払ったときは、しばらくすると気になる。私の場合、決まってそうだ。(2)今となってその書き込みが貴重に思われるとか、その本を手放したことで、取り返しのつかないことをしてしまったとか、という後悔とは違う。(3)過去をなつかしむ気持ちもいくらかはある。が、それよりも、見知らぬ人のもとに自分の一部を置き忘れたような落ち着かなさを感じるのだ。まさに「恥じらいと親近感の混じり合った複雑な気持ち」である。

(中村明『現代名文案内』)

(大阪大学/外国語学部・2010年)

 

 

(拙・和文英訳)

(1) If you sell off a book that you took notes in, you may feel uneasy after a while. In my case, I always feel as such. (2) This feeling is different from the regret that those notes seem precious now, or that I have done something irreparable by selling off the book. (3) I still have some feeling of nostalgia for the past. However, instead, I feel a feeling of restlessness, as if I have left a part of myself somewhere in the presence of a stranger. It is just like “a mixed feeling of shame and familiarity.”