今日も散歩おじさん地域は冴えない天気で気温が上がらず、「低温注意報」が出ました(@。@)
我々は着る物に注意するぐらいで済みますけど、農家さんなどは作物の管理が大変なのでしょうね!?
さて記事の方は前回に続きまして越谷を「ぶらり」です(^.^)
前回の記事でご紹介しました「蒲生一里塚」および「藤助河岸跡」から北へ向かう道は「茶屋通り」と呼ばれています!
今はごく普通の住宅街ですが、かつては日光街道を道中する人向けの「茶屋」が並んでいたのだそうですよ(^^)
ところで前回の記事で「藤助河岸」の経営者が「高橋藤助」であることをご紹介しましたが、「高橋藤助」は代々受け継がれ、現在の「藤助河岸跡」は第十八代当主の方が復元して寄贈された物なのだそうです(@。@)
なるほど河岸を経営していたくらいだから地元の名士なのだろうし、それが受け継がれているのもスゴイなぁ・・・と感心しつつ歩いていたら、なんと「ホームショップ藤助」と「藤助薬局」という看板を見つけましたΣ(・ω・ノ)ノ!
どうやら当代の「藤助」さんは手広く商いをされているようですね(^_-)-☆
藤助薬局から60mほど進むとこんな設備がありましたよ!
どうやらプロパンガスなどを扱う燃料屋さんが敷地内に設置しているようですが、こういう取り組みがもっと広がると、いざと言う時に頼りになりますね!
「災害時LPガス」のすぐ先には二基の石塔がありました(^.^)
向かって右側が庚申塔、左側は道標を兼ねた石塔であることはすぐに分かったのですが、道標の文字は「是より大〇がミ・・・」と読めたのですが、どうしても5文字目が読めません(;'∀')
以前なら諦めるか家に帰ってから調べるってことになったのでしょうけど、今はスマホという便利なツールがありますので、その場で調べてみたところ見事にこの石塔を紹介しているサイトが見つかり、刻まれた文字は「是より大さがミ道」であることが判明しましたv(。・・。)イエッ♪
文字が判明したと同時に「大相模道」ってなんだ?・・・という疑問が新たに沸き起こったのですが、それもスマホの検索により、この場所から直線距離にして北東2kmほどの所に「大相模不動尊」というお寺があることが分かりましたので、そこに至る道を案内していたのであろうと判断できました!
こういう時、スマホって便利ですね(^_-)-☆
道標からさらに90mほど進んだ所には「きょうだいさま」と呼ばれる石塔があります!
今はお堂(?)に覆われて全容を見ることはできませんが、鷲のような姿をした石塔なのだそうですよ(?。?)
屋根の一部が開いていましたので背伸びしてみると、なるほど鷲の頭のようなものが見えますねぇ!?
それにしてもせっかく覆うのなら、あと10cmほど全体を高くして全部覆ってあげれば良かったのに?・・・って思ったのですが、屋根の一部を開けたのには何か理由があるのでしょうか???
「きょうだいさま」から僅か3分ほど歩くと「清蔵院」さんの存在感のある冠木門が見えてきます!
清蔵院さんの山門は、越谷市指定の文化財になっていますよ(^^)
山門の説明板によると、「山門の龍は巷間の伝説では左甚五郎の作といわれ・・・」とのことで、名人作の龍は夜な夜な山門を抜け出して畑を荒らしたので金網で囲われちゃったのだとか(^^;
・・・ということで龍を見るには金網が邪魔なのですが、龍が夜中に逃げ出さないための用心なのでしょうから仕方ないですね!
2013年の旧日光街道歩きの時は、清蔵院さんのすぐ先の交差点から画面奥に向かったのですが、この度は画面左手前に向かって旧道沿いの寺社などを訪ねました(^.^)