ずーっと停滞期にいる人について書きますね。
こちらを読んで書いた記事だと思います。
わかったつもりはわかってないってこと、というのは何度も何度も書いてきましたね。
読みなおしてください
なんでわかっていないんだと認められないのか?
から、考える必要があるということです。
なんで当たり前にわかってると思っているの?
まずそこです。
これ、自分への願望と繋がるんですよ。
なんで他の人ができることを自分も当たり前にできると思っているの?
ってね。
自他の境界線が無い。
自分は自分、他人は他人という境界線が無いの。
幼少期に、ここを形成することができないと、こういう困ったことが起こります。
この文章なら、読めば誰でもこの人がわかってないことがわかると思うんですよ。
「自分責めなんて意味が無いとわかったつもり」ではなくて、自分責めに意味が無いということをこれっぽっちも理解していないです
だから延々やれちゃう
意味が無いと理解できた瞬間から自分責めはしなくなるので、自責している状態では理解出ていないと理解することが必要です。
言っておきますが、意味が無いと理解できるってそんなに簡単なことではないですよ?
怒っても意味が無いとわかっても怒るでしょう?
それは意味が無いとわかってないからだよ・・
本当に頭のおかしい相手に怒る人いますか?
本当に意味が無いとわかるからだよ。
人は、意味が無いと本気で理解した瞬間にそれをしなくなるんです。
だから、ここでの必要な反応としては「あ、私理解できてないな・・」ですね。
そこから「なんで理解できないんだろう?」が大事なんですよ。
理解できていると思い込んでたら、「なんで理解できないんだろう?」なんて疑問出ないでしょう?
だから、認知の歪みを矯正することはマストなの
だから自分を観るには他人が必要なんです。
これが数学だったら明白なのですが、読める文章だからこそ、読めると理解するがごちゃごちゃな状態であるために自分で理解できていると勘違いしてしまうんです。
”冷静に考えればそれをする事に何の意味があるのか?
それをすることは無駄なことであって、それをしたところで何にもならない。”
完全なる言い聞かせですね。
冷静になんてなれてません。
この方はまだまだ劇場のど真ん中です。
劇場の中は自作自演が100%なので、冷静という状態がありません。
24時間悩むことで忙しいのです。
まさにこの方がそうです。
冷静に考えるというのは、自分を俯瞰するということです。
自作自演を俯瞰するということです。
それが出来たときって、恥ずかしくて冷や汗出るんですよ。
うわ・・私何やってんだろう・・・
恥ずかしい・・・・
ってね。
だから変わっていくの。
自作自演上映中では自分を俯瞰することができません。
自作自演だから主人公は自分しかいない。
その時、世界には自分しかいないのです。
まさにこの状態です
”「誰もがあなたを快く受け入れないといけなんかい!!」という一文を読んでグサッと来ましたが、その通りで。
その通りと感じたけどどこか納得いっていない自分がいて。
まだ他人をコントロールできるのではと期待している。”
納得できないのは、ただの言い聞かせばかりでWHY?を持って考えてないからです。
全部手放しで「私は努力しませんが私を助けてくださーい」って言ってる状態のような感じですね・・・
自分では自覚していないのが厄介なのです。
自分を責めることが努力のひとつだと勘違いしているので、自分で自分を責めておきながら、どんどん辛くなって、私はこんなに大変な思いをしているとなるんです・・・
これがトンデモないメンヘラ厨二状態だってわかりますかね?
劇場中がピンとこない方はこれをご覧くださいね
この二人はまさに劇場中です。
周りは全く見えていませんね。
この二人は、そこから出る気も無いようですが(笑)
世界を思い通りにしたいというのは、まさにメンヘラ中二病状態です。
なるわけないですよね?
でも求める。
なるわけないというのが理解できず腹に落ちてないんです。
この状態で、「他人とコミュニケーションを取りたい」「私を好きになってほしい」と望めること自体が不思議です。
等身大の現実と願望がズレすぎている。
幼少期、周囲の友達が全員ゲームを持っていて、自分の家には買えるお金が無い。
「お金が無くて買えないんだよ」と言われたとします。
「お金が無いと買えないんだ、、お金が無いから買えないんだ。。僕の家はお金が無いから僕はゲームが持てない・・」
そう言って言い聞かせてみるものの、経済が理解できず本質が理解できていないために、心の中では「どうして僕はゲームを持てないんだ!」と駄々をこねている子供と同じです。
経済が理解できなければ、親の話を理解できないです。
金が無くて買えないと理解できたところで、他人との比較がある限りは所有欲を諦められないんです。
我欲が強ければ強いほど、諦めきれず、諦めきれなければきれないほど辛い日々が続くのは当然ですね。
他人との境界線が無いばかりか、自分の等身大のレベルというものが理解できず、自分というものはこういう人生なのだと理解できないんです。
これは、辛いことです。
物事を細かく考えてこなかった人と言うのは、とにかく考えることが苦手です。
まず、そこで躓きます。
自分を責めると、益々考えたくなくなるのです。
でも、自責を無くすためには、自分の矛盾を考えるしかないんです。
自分が考えるための道具として私を利用するのです。
私に魔法をかけてもらうために私を利用するのは、私の使い方を間違えています。
それは魔法が解けたらまた私の力が必要になるということです。
私は、自力で這い上がるための、本質を鍛えるためのセッションをしています。
人生には波あがるのです。
逃げずに向き合えば、その時にも必ず糧になるはずです。
自分と向き合うことは辛いでしょうが、一生ものです。
ではまた
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