こんんちは。梅雨で星野村も大雨になりました。雨漏り対策を未だしてないので床が浸しになったりします。山小屋に来たら直ぐに冷房を効かせ除湿機でガンガン湿気を取り除きます。星野は豪雨なので裏庭も池の状態になってました。翌日、そこの水路の上まで上って塞いでいた岩や木々を取り除いていましたが、これが快適で直接流れてる水に触れると気持ちよく身体がアースされていくようです。温泉に入るよりむしろチャージできるかもしれないと、改めて豪雨の時の楽しみを見出しました。

 

 今日はタイトルも刺激的にしましたが、地味なタイトルだと誰も見に来ないからです(笑)。ですが、これは大げさでな

く本当に私が先日のコンサートで、体験したことで、これを話していきます。

 

 前回触れた通り、タリススカラーズは有名な聖歌隊で世界各地で教会音楽を中心に演奏、というか歌っています。50周年ということで、数年ぶりに日本各地でツアーを敢行してアクロス福岡も会場に選ばれました。

 

 男女5名ずつで構成されて、私もこの日までずっとこの歌声を動画で聴いて癒されていました。ま、これだけでも充分に効果があるのを実感していましたが、今回実演で直接体験すると、また違ったものになるかもしれないと思いました。その予想を上回る結果になりました。

 

 当日会場に入ると、やはり普段の雰囲気とは違い客層も何か教会的な人が多いようで高貴な感じがしました。私は後方の2階席で遠くから全体を見れる席を選んでいました。開演後、そのメンバーが入ってきて自然なリラックスしたムードであっさりと始まりました。

 

 とても美しい美声で、特に凄いのは女性人のソプラノ高音が会場全体に響き渡り厳かながら癒しの空間を感じ取りました。ずっと集中してステージを見ていましたが、あちこちで睡魔に襲われる方々が客席に見られ、私も眠気を感じながら目を凝らして聞いていました。ただ、特に生歌なので特に違うというほどもなくて、試しに目を閉じて聴いてみたら歌声が全身に感じられてこれがいいと思いました。

 

 そこから休憩に入りましたが、気持ちよくそこの人々も何かすっきりした表情で、効果がやはり現れてるようでした。CD販売も人だかりでした。

 

さあ、ここから後半戦に入るのですが、大体こんな感じでゆくんだろうと思っていたら、どえらいサプライズがありました。ステージ上には5人いて歌っているのですが、その後どこからか別のところから歌声が響いてくる。何と3階席に残りの5人がいて、そこからも会場に歌声が響きわたっていますが、その音圧のまあ凄いことこの上ない。私はその真下の2階席にいたので姿は見えなくても、その真上から降りてくる天上の歌声の凄いこと。もうそこからは瞑想状態で浸っていましたが、脳まで振動が、その強力な倍音が響いて意識が吹き飛びそうになりました。それからアジナチャクラというか脳の松果体あたりが振動して全身に気が走って、心臓がバクバクして、鬼滅ならぬ、覚醒して痣が発現しそうでした。

 

それからクンダリニーみたいな尾骨から背骨を伝ってエネルギーが頭まで流れるのを感じましたが、それを見て、ああなるほどなあ、と分かりました。こういう神聖なルネッサンス音楽というのはそういうことを意図して作られて奏上されている、ということです。

 

 何かこういう感覚は久しくなかったので、若い頃は、日常的にありましたが、こうした性エネルギーの昇華というのがあります。それはとても心地よく快感ですが、そういうことが身体的に起きるのが本来の宗教行事やミサだということですね。

 

で、なによりも凄いのが、とにかくこの女性の奇跡の歌声です。いままで体験した音楽歌声それからリン クリスタルボウルとかでどれをとってもこの衝撃には及びません。本場のヨーロッパに出向いてもどうでしょうか、そこまで覚醒できたらいいでしょうね。これは直接触れないと無理でしょうから、分かりやすくそれを解説してみました(笑)。何か自分の本来求めているものがここにあると実感して、やはり瞑想修行、意識進化だなと深く理解できました。

 

タリスス・カラーズありがとう、また来て下さい。

 

 

 

こんにちは。梅雨になりましたね。この時期は山小屋も湿度が高い上雨漏りしたりして大変です。ただ、アジサイが裏庭にも生い茂ったり、雨で涼しかったり、水が流れる音の水路を楽しんだり、幻想的な山並みの風景を味わったり出来ます。

 

 7月は演奏会にもいくつか行く予定です。ただ、仕事が最近疲れてその余裕がどれだけあるかが不安です。ただ、身体の疲労と同時に快適さもいっそう増してきてるので充実した日々で、瞑想や祝詞の奏上も身についてきました。

 

 来週月曜は、海外の聖歌隊によるコンサートに行ってきます。タリス・スカラーズという十名からなるコーラスによる天上の歌声を堪能してきます。動画がいくつかあるので、普段からそれを鑑賞していますが、これこそヒーリング音楽の極みというか、聴いてるだけで身体が浄化されるようです。実際に生の歌声を聞くとこれがどうなるのか、数ヶ月前からチケットを入手して構えて来ました。ここで日ごろの修行の成果を発揮してサマディー体験できればと思います。

 

 々の修行というか行も大事ですが、霊的になると、その目に見えない存在とのコンタクトも重要になっていきます。最近は、守護霊とか指導霊とか言う存在もトレンドになってきて、スピ界でも浸透してきてるようです。私も祝詞の後とかには祈りを踏まえて守護霊に意識を向けて感謝の念を伝えるように心がけています。

 

 ここで、今の時点で私が認識してる霊存在とか死後の世界とかの事について触れてみようと思います。私にとって守護霊というのは、自分をガイドしてる縁のある存在です。それは恐らくは肉体のご先祖の方か、グループソウルといって、霊界で一族となって暮らしている母星の仲間達です。私もどこかの星から地球に来てる存在でその一族が交互に守護し合っている、多くの地球人がそうであるように、そういうグループ分けがされています。

 

 それで、その一族から、ある段階になるとその中で夫婦になったりするようですが、その私の伴侶が守護霊を交代でやりあったりしれるようです。以前に、霊能者を通じて度々コンタクトを取ってきた女性の霊は、そういうことです。ギリシャ神話の女神になぞらえてウェスタと呼んでいましたが、元々私の一族の者のようです。

 

 何で分かるかというと、私もペンジュラムで調べてどうもそういうことらしい、というわけです。実際ウェスタその人かというとそうではない。ただ、そのシンボル的存在としてそういう名にしてるということで、そういう機会があったので私にコンタクトをとってきたようでいや最初から元々繋がっているのです。

 

 同様に、多くの人が、というか誰にでも縁のある守護霊は必ずいるので、それは次元の高い、この物質界より高次の存在で、常にその人を見守っています。なのでそれに意識を向けるのは成長に有意義なことになります。

 

 次に宗教や神話で言う、神様、天使、仏、妖精、といった存在はでは何なのかという話です。まず、前提として宗教や神話、その他伝承されたものは基本として人が想像したファンタジーの世界であってそのまま実在はしません。先ほど述べた通り、神様はシンボル的な民族の象徴的存在でアニメのキャラに相当します。ですが、人の念が意識を込めると実在するかのように働きかけます。これが現代ではアニメ漫画小説の世界でして、本当にそういうファンタジー劇場が霊界に築かれて、その中で遊園地みたいに霊が楽しんだりしています。

 

 これが宗教、神話のトリックでして、そういう仮想空間を共同で創作し民族の統合や政治治世、さらには霊性の進化を促してきたのが宗教の果たした役割になります。

 

 ですので、神話の神々は基本霊界にも存在はしません。

 

 ですが、神話がファンタジーでその神々がいないとはいえ、そのモデルとなった霊存在はいくつかいるようです。なので、一部の真理は含んでいるのも事実ですが、そのまま真に受けても仕方ありません。で、神の正体はというと、これは高度に進化した宇宙人達というこで良いと思います。

 

 次に天使とは何かですが、これが神様とごちゃ混ぜにされてるようですが、神と天使は全くの別存在です。天使というのはこの世界をプログラミングした、裏方の存在で、宇宙というかマトリックス世界のプログラマー達です。あの映画にもそうした世界をクリエイトできる鍵師とか預言者とかが出ますが、あれが天使の役割で、霊存在とは似て非なる謎の者たちです。と、ある本にも書かれていて(笑)凄く納得できました。

 

 

 あと妖精とか竜神とかいうのも人間としての霊存在とは別の、この世界を安全に調整してる存在で、これにアクセスできるといろいろ可能になるというのが天使で、仏教では○○天とか何とか観音とか、そういう存在になんとか援助を求めてるのでしょう。

 

で、最後に仏とは?

 これですが、実は人の意識レベルの象徴として定義された存在で、一応実在の人物ですが、それよりも、底に到る悟りの段階として捉えるのが重要です。仏を信じるというのはこへ到る意識レベルに向かう手段であって、地球を抜け出す、解脱するためのマップとして捉えるものです。

 

 こうしてみると、それぞれの民族で、いくつものファンタジーワールドが霊界に開かれているのが分かりますが、まさに現代のヴァーチャル世界がそのものです。カリスマのある人がネット上でそういうサイトグループを作り、それはあくまで仮想空間なのですが、そこに制限を設け、その中でルールを設けそこで楽しんだり、または修行したりもする。そこが合わなくなった人は、また別のとこに移ったりとしている。ここまで書くと、どこかの宗教やグル達が言う、異教徒は滅びるとか、それは悪だから裁かれて魂も無くなるとかいうカラクリもよく分かるのではないでしょうか。その集合意識内に住むための、そこ仮想空間のルールで、そこではその創始者が全てを決めてるので、その仮想空間の中でのみ通用する世界観でそう言ってるということです。

 

 

 

 こんにちは。このブログ更新も隔週になってきました。中々大変なご時勢になり、特に国内は物価高が生活に直接打撃をもたらしています。私ももうちょっと働く時間を増やさないといけないようなところです。幸い仕事はどれも苦痛でなく続いていますが、状況も以前とは変わってきて変化を求められてるところです。

 

 先週に行って来た仕事先のご主人は会社経営を引退されて高齢ですが、今でも会社には出ておられます。趣味もいろいろでゴルフを主に、あとダイビングとかボーリングと、最近は情報処理だとか資格試験を取って、今は電気工事2種の実技試験の練習をされています。家庭内の電気工事はこれで何でも出来るようになるというので、いろいろ聞くと、私も興味が沸いてきて、動画で試験の対策とか見てました。この前はその工具とかの扱いを教えてもらって、これは老後の趣味としてもいいと思いました。

 

 別の仕事先は、寿司屋の立派なお店で、そこの大将が、急な肺炎のため半年前に長男に継いでもらって療養に専念されてます。それまでは一切病院とは無縁で休日は九州各地の海まで釣りにでておられたそうです。そこでも仕事を終えるとお話されたりいといろ頂いて恐縮してますが、自分は何でこういうことをしてるのだろう、としみじみ思います。

 

それで、私自身は体力の衰えを感じるようになり、休みの日とかは一気に長時間昼寝してしまいます。昼寝というか爆睡眠で、身動きもできなくて、その後ムクッと起きてからは、

庭作業とか音楽聴きながら。疲れに懲りずに身体開発の研究を楽しんでいます。

 

 最近は足の骨、大腿骨の感覚が分かるようになって来ました。特に膝関節と大腿骨の一点で骨に乗せるというのが体感として分かり、ああ脛の骨に今乗ってるなあ、とくっきりして来ました。そうなると骨のラインも浮き出して、なるほど昔の人は誰も美脚だったのだというのが納得できました、膝部分の一点で骨で立つというのは老化対策として最も重要なことです。ここから全てが崩れていくのです。

 

 老化といえば、今の世代の芸能人って異様に若い人たちがいませんか。美魔女とかいうのも最近のことですが、そういう人造的な若さでもなく、普通に、この人若返ってるんじゃないかとか、時間がとまってるのではという、謎の世界線が以降したような現パラレルワールドが頻発しています。

 

 カズレーザーに学ぶでも、医療の進化による不老不死が現実になることが検証されていますが、そもそも老いというのが、冥界によるもので本来はないとか、吉濱ツトムも前から言ってます。ともかく人工知能革命が人類にかつてないことを引き起こしていて、それと地球自体の次元上昇とか要素が絡み合って、とにかく、今の時代、生きてるだけで丸もうけ、というさ中になってきました。

 

 特に何だかんだ言って、この日本国内にいる人は。実のところ霊的にも勝ち組なわけで、かなり幸運な立場にあるので、しっかり生きて責任を果たさないといけないと思います。

 

 そんなわけで、私も修行の道にこれからしっかり励もうと気持ちを新たにします。

 

 

 今日も天気がよかったので、車を走らせ小国まで行って来ました。星野からは2時間弱で着くのでお昼前に出ても余裕でしたが、着いたらどうするかはその時の気分任せです。黒川温泉にするか、飯田高原とか考えましたが、ここは気軽に押戸石の丘にしました。

 

 押戸石の丘人も少なく静かに雄大な景色にも浸れるのでリフレッシュにもいいです。上に上ってから、今回は特に空と雲を重点的に眺めて浸りきりました。意外と盲点というか、あそこで青空を見てると不思議な感覚になります。空の向こうに吸い込まれるような、何か手が届きそうな大きな感覚です。それで暫く1時間くらいいたようです。阿蘇エリアはどこに行っても素晴らしいのですが、とにかくこのスケール感を味わうのがいいです。何か別世界に帰ってきて充電したようです。

 

 星野では撮り貯めした音楽とか映画、歴史を見ていますが、今回は特に歌舞伎を見て楽しみました。話は吉原の花魁にまつわる悲劇といったものでしたが、普通の人情モノと思って見てたので、最後が火曜サスペンス劇場でかなり驚きました。こうやって見ると昔も今もドラマの作りというのは一緒なのだなあと実感しました。こうした話もモデルとなった事件とかがあるのでしょう。それと、江戸時代は間違いなく女性の方が主導権を握っていた筈です。それは身体開発の差が歴然として開いていた。つまりは、江戸時代の女性は超絶に優れた身体性をもっていたということです。

 

それか話は前後しますが、先週は九響のサンクスコンサートに行って来ました。これは九響の年間定期会員だけを特別に招待してのコンサートです。会場に行くと今年はいっそうひとが多くなって、それだけ今年のプログラムが好評だということです。ただ、いかんせん高齢者が多くを占めて私くらいの年代ですら少ないです。まあ演奏会二頻繁にこれるんのはそういった方々か私のような人間しかいないということですけど。今回面白かったのは、指揮者体験コーナー、ということで今日の会場に中から3人希望者をその場で募って、いきなり指揮をやってみる、というものです。たまにテレビでもこれやってますが、時差しに見るのは初めてでした。実際に挙手する人はほとんどなく、よく考えてみたらこんな夢みたいな体験、やりたくなるのがファン心理として当然のことです。と後から考え、自分だったらどうパフォーマンスするかあれこれ創造して楽しみました。次の機会があたら挙手だけしてみようかと思います。

 

 こんにちは。今週は仕事が少なくて4連休になってしまいました。その分来週が休めなくて体力的に不安があります。夕方から入ってるバイトが充実はしてるんですけど、年のせいか最近バテて翌日殆どダウンしてることもありました。今週は母から家の留守番を頼まれてたので、家で休んでいましたが、回復したところで菜園の手入れ等を済ませておき、あしたが、足が久しぶりに肉離れになりかけて激痛に悶絶してました。

 

 これが、何故か今星野にくるととたんにメンタルも整って、身体開発が進むので不思議です。そしてよせば良いのにそこでも鍛錬にはまって疲労をためてしまう有様ですが、そのお陰でより快適になっているところです。

 

 それより悩まされたのが先週の出来事でした。例の畜産の友人からまた頼まれて、残りの牛糞の方付けを頼まれて、行って来ました。作業は大変ながら無事にやり遂げてきましたが、そのとき、借金の相談をされて、自分も今手一杯なので無理と伝えたのですが、そういうことがこれまで一度もなかったのでショックでした。

 

 それで、別のやはり彼と幼馴染の友人にも電話で相談してあれこれ話しました。まあ、なんとか破綻することはないだろうということでした。で、それがきっかけでまたその相談相手の人から、近くに来て時間が空いてるのでので、お茶でものみながら話そうということになりました。

 

 私の家から15分くらいのところにある甘木の街中にあるまだ新しいお店でした。店内に入るととてもセンスのある綺麗な作りでコミュニティの会場としてもあれこれイベントをしている、交流の場にもなっています。2階も吹き抜けで、上がると個別のルームとかも仕切ってあり、活動主体の施設となっていました。

 

 そこで、カキ氷のイチゴ味を頼んだのですが、これがカキ氷というよりアイスクリームとの融合でとても美味しくて満足でした。その人から、ずっと仕事の話とか聞かされてましたが、私もここでイベントしたりどうかとか、出会いの場として勧めてくれました。

 

 まあ、今は人との交流もぐっと少なくなっていますが、そういう社交的な知人がいるのはありがたいことです。どっちかというと身体開発の研究を一度どこかで発表してみたいとは思います。

 

 今週からは再び九響定期演奏会でして、なんと3週連続でアクロス福岡まで、仕事を、バイトを休みにしていってきます。瞑想の会の方は体力の消耗がひどくて中々行けないのですが、これが本来の人生の目的に関することなのでなんとかしようと思います。

 こんにちは。春ですが暑かったり気温が下がったりで体調管理にも気をつける日々でございます。昨日は休みでしたが畜産の友人からヘルプの依頼を受けて牛糞の処理を手伝いに行ってきました。その数日前に整体しに行く予定だったのですが、それより困っってることが起きて助けてほしいということでした。

 

 聞くと牛舎に積み上がっていた大量の牛糞が大雨のせいで崩れてしまい、下の田んぼに崩れ落ちた状態になって散乱してしまったので、それを積み上げなおす作業が大事だということ。

 

 私は牛糞を畑に捲く作業は昔やった事があるので、その大変さは経験済みでした。牛糞がとてつもなく重くて、臭いもハンパないのです。その辺は覚悟して、晴れた日に東峰村に行きました。現場を見ると田んぼというか畑は土が肥えていて歩きにくく、既に袋に積み上げていた牛糞が数えて100袋近くありました。しかも、雨で全て液状化してしまい、こぼれ散らかっていました。さらに大量のハエが群がって、ウジもたっぷり含んだ凄まじい惨状。見ただけで逃げ出す人も多いでしょう。

 

 ただ、天気が良くてお日様も照らして、鳥の鳴き声も響く山並みの美しい気持ちの良い場所で、土の感触を味わえました。そんな中作業開始。最初は両手で掴んでブルトラまで運んだり引きずったりしてみましたが、それも無理だと分かり、もう抱きかかえる作戦に切り替えました。こうすると効率よく進みましたが、作業用の服が泥と牛糞まみれになりました。幸い袋の半分程度に詰め込んでいたので100メートル近い距離の持ち運びもすいすい進み夕方までには終わる目処がつきました。

 

 だんだん慣れると、いつもの身体の使い方でからだの軸の重心移動でだんだん快適のなってきました。よく外国で女性が頭に重いものを乗せて楽々運んでるのがありますが、コツはああいった感じです。友人の方は肘を痛めてるのもあってか、苦戦して息も絶え絶えで何度も休憩を求めて、私の全く疲れを見せない体力に驚いていました。彼のほうが全然腕力はあって太いんですけどね。それより牛糞まみれがキツかったです。後で思ったのが、雨カッパを用意してくればかなり楽だったろうと思います。

 

 3時間くらいで作業も終わり、清清しい気持ちで星野2もどり、夜はすぐ温泉に入り誰もいなくて、窓に映る自分のシルエット姿をみて、ああ、ここまで来たんだなと実感しました。足が骨盤まで切れ上がって来て、なんか日本人離れしてきていました。

 

 そんな感じで身体開発がまた深くなってきたところです。

 

 次に、今週は星野村で録画していた映画を見てみました。茶道の世界を描いた、「日々是好日(にちにちこれこうじつ)」という作品です。役者人が実力派揃いで、特に茶道の師匠演じる樹木希林さんが評判になった作品です。

 

 何度も見返してみました、最初ピンとこなかった部分も、ああ、そういうことかと理解が深まりました。見ると茶道というのがこういうものだと深く納得します。以前から、私は「禅の知恵に学ぶ」という番組を見ていましたが、この映画の茶道がその禅の山川宗弦様の言葉と重なるようで、本人が語っているようにすら感じ、学びになりました。

 

そもそも禅と茶道ほぼイコールといっていい世界で、道とつくものはどれも、その一瞬の瞬間瞬間に生きる教えで、中国の道(タオ)の精神、そして古来の日本の心にあります。

これを演じた樹木希林さんも、もはや高僧と言っても存在で、あと俳優でいうと柄本明とかと双璧かと思います。この前ピアニストのフジコ・ヘミングが亡くなりましたが、その追悼番組みていても、これらの方々、境地が通じるものがあります。

 

 日日是好日、ですがこれって、この前映画館で見た「パーフェクトデイズ」これを訳したら殆どそういうことになりませんか。テーマが同じだと言えそうです。私の伯母茶道をやっていて、本格的な茶室を自宅の庭に作り、そのための高価な着物をたくさん揃えていました。最近しりあった方も、茶道の師範にもうじきなる予定ですので、私も体験してみたいと思いました。

 

 

 

 こんにちは。新緑が美しく輝く季節になりました。今週は今年二度目の高千穂への巡礼のドライブに行ってきました。私の古い整体友人の女性の方から高千穂に行く時は一緒に連れて行って欲しいと前に言われていたので、ちょうどいい時期かなと思い決行しました。

 

 天気予報では雨模様でしたが、少々の雨なら大丈夫なのです。その日の予報は午後からは晴れていくというので、朝は駅まで友人を向かえに行きました。そこから浮羽を通り日田ビール園の横を過ぎて小国で休憩を取りました。

 

 行きがけには、途中で阿蘇神社に参拝しました。そこで本殿の向こうから人が出入りするのを見て、本殿をぐるりと一週回ってみましたが、これが大変な驚きで、その建築物がとても巨大かつ荘厳な作りでした。神社というより京都の寺院の文化遺産に匹敵するようなもので、これまで暫く修復作業で通行できなかったのが、新たな発見につながりました

 

 その後、高森の深い山道を楽しんで、高千穂に到着したのが既に午後1時過ぎとなりました。食事先を探してもいいとこが見つからなくて、ちょうど食堂の看板があったので、高千穂神社に車を止めて、そこで店の名物のチキン南蛮を食べたのですが、柔らかくて美味しくて充分にお腹が満たされました。

 

 その後に高千穂神社にお参りしましたが、そこでも新たな発見というか気付きが起こりました。これまで何度も、もう十回は訪れていますが、前回に続いて一段と境内が輝いているのを感じます。あれ、こんなだったけか、と思いながら、おみくじをひいてみたら、これが何と人生初というか2回目くらいの大吉で良いことばかり書いてあり、記念に持ち帰りました。神社では遊歩道で裏を回れるのですが、あいにく倒木のためこの日は封鎖、ですがすずめの戸締りの要石も拝んできました。

 

 次に向かったのが荒立神社で、ここも芸能人が多数お参りするパワースポットとしてしられています。あれこれ可愛い工夫がされていて、木のかなずちで板を叩いて響かせました。

 そこからいよいよメインの天岩戸神社に訪れました。30分おきに神主さんが御神体を案内してくれるので、ちょうど良い時間に着きました。本殿の裏にある出入り禁止の区域ですが、そこから巨大な天岩戸を拝む事ができます。正月のときと違って今回は新緑で覆われた山とそこにある岩に参拝できました。その後そこを出てからの神主さんの話がまあ話の長いこと、久しぶりに小学校の校長の話をずっと立ったまま聞かされる気分も味わいました。

 

 それで、その後はお向かいの東の宮の方も、こちらはなぜか殆ど人が来ないのですが、参拝しましたが、ここでも同様に自然の景色が輝いているのを異様なくらいくっきりと感じました。それは圧倒的な静寂感をともなっていて異界に入ったような、霊体となった自分が世界を見てるような感覚でした。

 

 最後に訪れたのが、八大龍王水神社でした。ここは初めての人は驚くのですが巨木が見事で圧倒されます。そしてその直ぐ横に井戸に龍が住んでいるという形です。これまで知らなかったのですが、この巨木の先は枝が太く分かれていてこれが八大の龍の形を成しているという奇跡現象だったんですね。

 

 そして、神社に行くと案の定先客がいらしてました。それは今回は外人の女性の方で、木の横に鎮座してたまに木を撫でたりしていました。たぶんこの女性も霊能者でそれを感じ取って分かっているのでしょう。この日は近くが工事中で騒音が激しかったのですが、それも気にせず浸っている様子でした。

 

全て予定を済ませてたのはもう3時過ぎだったので、高千穂峡には行く事ができず帰路となりました。自宅を過ぎて駅まで送った時にはもう8時を過ぎていたので、朝から12時間の旅となった事になります。駅では満月が出ていて友人も感動して喜んでいました。

 

さて、今回の中で度々語っていた私の覚醒らしき出来事ですが。それは今星野の自然の中にいても感じます。そう、私を探求の道に誘った機会がありあれから一年半が過ぎました。そのことにはまたじっくりと触れたいと思います。

 

 こんにちは。温かくなって新緑も美しく芽生えてきて気持ちの良い日になりました。星野村も晴れるととても快適で日差しがとても心地よいです。大祓祝詞を奏上するようになって一年以上になりますが、特に星野で午前に唱えるのは最高の気分で神社と繋がっている感覚がしっかりとあります。大祓祝詞にはセオリツヒメが唯一登場しますが、セオリツヒメがお祓い浄化御霊磨きを司るものです。今の時代にこれが最も必要とされるものです。志ある人はされるといいです。

 

 大祓祝詞を唱えるなら、祝詞のボーカロイドCDを流しながら唱和します。そうでないと邪気や悪霊にやられる可能性があるので、その点は心がけてないと危ないです。白川神道のネッテン社が販売してますが、これが唯一にして素晴らしいものです。私もこれまで数年いろんなCD等を探してきました。丸山修寛先生のカタカムナに始まりマントラ等いろいろありましたが、ここに行き着きました。これからも生涯族けるつもりです。

 

 それから身体開発も進んでいて健身球とか脚開発とかやっていて、足の大腿骨の重要性が分かってきました。大腿骨を制する、使いこなせることが骨盤腰部を立ち上がらせる要だということです。

 

 先週は九響の新年度の定期演奏会にいってきました。今年度から新規一変する九州交響楽団、その開幕戦です。新たに首席指揮者を設け、太田弦さん、アドバイザーにマロさんを迎えます。プログラムはショパンのピアノ協奏曲とショスタコービッチの5番「革命」です。ピアノには人気の亀井聖矢ということで客席もいつもより一杯になりました。

 

 今回から演奏前に指揮者のトークをすることになり、新指揮者の大田弦さんが登場されました。私は3回目なのでこの人が天才なのをよく知っていますが、相変わらず学生のような小柄なオーラのない容姿、指揮台に上がったときのギャップが結構衝撃です。

 

 始まりはショスタコの祝典序曲でファンファーレが鳴り響きエネルギッシュな演奏でした。続いてのショパンでは亀井聖矢の音が輝かしく、さすがのスターで女性層から熱い拍手が送られてました。アンコールのポロネーズ英雄も見事でした。

 

 休憩後は、ショスタコの革命ですが、この作品は初めて実演に接する事ができました。

15番と12番は既に実演で聴いてましたが、最も有名なこの5番だけはまだでした。

昔から聞いてきたので作品にはすっかりお馴染みですが、今回はやはり衝撃と感動に震えました。その細かい音のパートの意味とかしっかり感じ取れてそれこそ一本の映画を見てきたかのような、ちょうどこの前ゴジラマイナスワンを見てきましたが、それ以上のロシアというか、当時のソビエト体験をしてしまいました。

 

 いや本当にこんな体験がいまどきはできるのかと、凄い時代を感じます。そして今回はこの瞬間の音、今この瞬間を感じ取ることができ大きな喜びでした。これを伝えるのは難しいのですが、これに通じるのは、最近の動画で色盲の人にそれが直って見る事が出来るメガネを贈る映像です。そのメガネを掛けた瞬間に世界が色彩で彩られてるのを体験して感極まってしまうのですが、こういうことなんだろうと思います。

 こんにちは。新緑が芽生えてきました。それでも星野は昨日はストーブが必要なくらい寒くなっていました。晴れるととても気持ちの良い日和ですね。

 

 この前kindleの読み放題に入りました。スマホに取り入れて、車の中で本の読み上げ機能を活用したりしています。これでさらに充実した日々になると良いかと思います。月で980円になりますが、読みたい本がいろいろ出てきたので、これで元は取ろうと思います。読みたいのは、今特にノンデュアリテイティに関するものです。何それ美味しいの?と聞かれそうですが、飲み物ではありません。簡単に言うと悟り本です。これからの人生はこれを第一に生きることになります。私はこのために生まれたので。

 

 昨日は星野に夜来て録画した、古典芸能の世界を見ました。歌舞伎の人情ものでしたが素晴らしかったので2回見ました。主演が尾上菊之助だったので、これは見ておこうと思いました。とても美しい、江戸時代人そのものがそこにいて終始魅了されました。歌舞伎も良いものは見てみようかなと思います。寅さん見慣れているので、その江戸気質とかお馴染みでよく分かります。それと思ったのが、寅さんも凄いけど、志村けんって本当に凄かったんだと思いました。

 

 それから、今週は映画館まで行きました。作品はデューン砂の惑星2です。この作品は古典的な小説の映画化されたものです。風の谷のナウシカもこれのパクリとまでは言わないですけど、それに影響を受けて出来たものです。詳しくは書くのが面倒なのでやめますが、砂漠の惑星を舞台にした超大作シリーズになります。

 

 まず、見た感想ですけど、私敵には評価星4つというところでした。昨年見たアバター2と同じ感想です。アバター2が水の惑星で海の世界を体験するものだとすれば、砂の惑星は砂漠の中東世界を体験できる映画です。そこに未来世界でありながら中世の欧州、古代のイスラムの時代が再現されています。さらに、今回はイスラム圏の救世主待望、その思想が皮肉も込めて見事に描かれていました。現代の石油利権とか民族問題とかと重なり、考察するのにはとても深い作品です。

 

 特に始まりから中盤まではそのイスラム世界というか、それが芸術的に美しく描かれて素晴らしかったです。それが目当てで来たわけです。ただ終盤はバタバタした感じで舞台調になってその辺が惜しかったように思います。まだまだ先が続くようなので、また次回にも期待してます。とにかくこれまでの映画とは違うアートなものですので、まあ大ヒットしなかったのも仕方ないですね。映画館も直ぐに上映回数を減らされて、慌てていきましたが、数人しかいなくて、貸切状態でした。アイマックスシアターで見るつもりでしたが、それだと映像体験も違ったかも知れまっせん。

 

この映画を見て、再び感じたのが、宗教というのはやはり民族の描いたフィクションであって政治利権のために作られたのだということです。ホモ・サピエンスが確かにその通りなんだと思います。救世主待望とか神話に基つくものが、全て各民族の統治統合のために作られたものだとよく分かります。この話は徹底して周りから異民族の主人公が救世主に祭り上げられるのですが、なかなか本質を突いてると思います。

 

 映画で水の惑星、砂の惑星と異世界を体験できましたが。次に何が体験できるでしょうか。

 

 

 

 

 こんにちは。春になって桜も満開になりましたね。先日も仕事の帰りに夜の田舎道なのに人が多くいてなんだろうと思っていたら、ライトアップされた桜並木が見えて美しかったです。

 昨日は休みで久しぶりに佐賀までドライブがてら知人の方に会いに行ってきました。

そこものどかで桜が見事に花開いていて、川に水車小屋があり、のどかで暫く散歩したりして自然を楽しんでいました。

 

その後家に伺って午後はそこにいた小さな女の子がいてなつかれてますが、一緒に寛いだ時間を過ごしました。星野とは違って視界が開けた平地も良い感じです。そこでお話聞いたら秋にまた3人目の出産が控えているそうで、こうした素晴らしい環境下ですくすく育って欲しいものです。

 

 その日は夜に演奏会に行く事になっていました。夕方にそこを出てアサクラの家の近くに車を止めて電車でアクロス福岡の会場に向かいました。その足取りも軽くて、足の感覚が変わってきたのを感じます。

 

 ずっと健身球をやっているのですが、もう調子良いときはずっと何かしながら回して、それでも前ほど肩が痛くならなくなってきました。手の開発のつもりでやっていますが、足の方が変わってきて床に吸い付くような、そして腰までそこから繋がっている感じがあって快適です。最近は脛の骨である脛骨に膝関節がぴたっと乗っていくことも分かり出してきました。足の骨で立つ事がこういうことかとわかりだした所です。体感としても自分史上もっとも良い状態にきました。

 

 それで、夜は演奏会ですが、九響の特別演奏会で、チャイコフスキーの三大バレエです。

くるみ割り人形、白鳥の湖、眠れる森の美女、のハイライト集の演奏です。特に聞きたかったのは、白鳥の湖ですが、、これぞバレエ作品の最高峰にして音楽もチャイコの最高傑作といえる芸術作品です。指揮は山下一志、そして語りがあの女優の、黒木瞳、です。

 

 前半はくるみ割り人形に始まり、その後白鳥の湖、でした。ハイライト集ということもあって、良くなじんだ曲が連続で煌びやかなチャイコの世界、その音をたっぷりと浴びる事ができました。これだけでもう充分に満足でした。会場もいつもよりずっと若い女性も多くて、私の前の席も可愛い子でした。やっぱりこれからの九響は集客が最大の課題ですので、こうした女性に受ける企画をどんどんやっていくべきでしょう。実際今年もチャイコのプログラムが多く今では一番人気となってるのも、女性に受けるからでしょう。

 

それで、とにかく白鳥の湖は今回実演に接してその素晴らしさに開眼しました。凄まじい情熱とロシアの生命、音の粒がキラキラと輝くのを堪能しました。これぞ音楽、です。

 

 その後、休憩を挟んで、後半が始ると会場の照明が暗くなり、黒木瞳が純白のドレスで登場しました。私は2階席の左端でしたが、その姿が見れました。この席、全体が全て見えなくて、どうなるかと思いましたが、そこに配慮して、両サイドの扉から交互に登場されて、今回はよく見れました。

 

 それで、黒木瞳の語りで作品の物語と曲ごとにその物語を話すという流れです。なので後半は、一曲ごとにオケが一息入れて語りの後にその都度演奏する形式でした。もちろん演奏は素晴らしいものでした。

 

 ただ、思ったのが、語り着きの演奏って、やはり音楽に集中するのにはちょっとアレですよね。なかなかそのゾーンには入りにくいというのが難点です。それでも音楽に疎い人にはむしろこのサービスが良いとは言えます。よく解説書見ながら聞いてる人がいて、それは違うよと言いたいですが、そういうのも分からんではない。後になって、ああそういう趣旨の演奏会だったのかと分かりました。

 

 さて、核心の、黒木瞳のステージはどうだったかということを話します。やっぱりスターは、ステージに現れるだけで空気が一変します。やっぱり、進行役としてでなく、女優としてのモードで起用されたので本人の本気度はヒシヒシと伝わってきました。会場は明らかに魅了されてる空気でロシアの華にふさわしいものだと感じました。何ていうか、女神の威厳という役に徹してるような、実際は可憐なんですけど、私はそんな印象でした。

この人でないとこの企画成立できなかったろうな、という位です。

 

 家に帰って母に今日の黒木瞳の話をしたら、あの人性格最悪とかいって嫌がっていましたが、それも舞台の立派さとは別物だと思います。王族とかそういう中で良い人貫くのが土台無理な話で、芸能の世界にはそこのルールがありますから、庶民にはそういう司祭的な威厳なりを示さないといけません。なんかそういう修羅場を潜った者の凛とした姿を見せてもらって学びになったと思います。私はそこに敬意を払っています。