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『老けないカラダ・若返る身体』を、古武道の知恵で伝えるブログ

戦前の日本人の身体感覚を復興させたい
古武道エネルギー療法家が教える

① アトピー、慢性病を自分で治そうとしている人
② 古武道の考え方を活かしたい人
③ 気を活用して、もっと身体を若々しくしたい人
を、中心にお伝えしております。

自分を見つめる。

 

自分の中には、理性とか言われる思考、マインドがある

 

そして、感情とか本音とか言われるハートがある。

 

どちらも必要なものである。

 

どちらかを尊重しすぎて偏るとよくないと思う。

 

 

理性のマインドだけを尊重しすぎて、ハートを無視したことをすると

正しい、間違いだけで生きてしまいます。

自分は正しい、相手は間違っている。

自分自身はいいかもしれないが、けっこう周りとは

ギスギスしてしまいそうです・・・

 

 

反対に、感情ハートを大切にすると

相手と共感したり、自分の気分はいいかもしれないが、

物事がうまく進まなくなったりします。

 

 

やはり、ハートとマインドが調和していくことが大切なんだなぁと

改めておもいました。

 

当たり前のことですよね。

 

いちいち言うことではないとおもいますが、改めておもいました。

 

 

本当の自分を主人公にして、その主人公を中心にすると

家来である感情ハート 思考、マインドはみんな

仲良く調和してくれます。

 

本当の自分、

 

真我 

 

ですよね。

精神世界の本を読んだり、意識が無意識の世界に深くいったときにあらわれる

お坊さん。

 

タイとか、ビルマあたりにいるオレンジの布をまとったお坊さんが、にこにこした顔がイメージに

浮かぶ。

 

 

妄想だろうか?

 

気のせいだろうか?

 

自分のイメージで作り上げたキャラクターだろうか?

 

 

 

でも、もう分かっている。

自分の無意識が一番生き生きしていることをしたときに、現れる。

 

コーチング、カウンセリングをしているとき。

身体の指導をしているとき。

 

そう、こころと身体の解放のワークをしているときの自分が一番好きだ。

 

自分の魂が喜んでいる。

 

その喜びが、お坊さんのニコニコした笑顔として浮かんでくるのだろう。

 

不思議だなぁ・・・

無意識レベルの変化は、自分では認識できない。

 

それなのに、だんだんと現象は変わってくるから不思議だ。

 

そのカラクリに気付かないと、いつまでの理性の変化だけを意識していると、この無意識のでの変化にまでむけたことができない。

 

 

例えば、私のアトピー

 

健康法をいろいろとやって、よくなるのだが最後の10%ぐらいがどうしても残ってしまう。

 

なぜだろう??と考えた時に、無意識レベルのことを考えてみた。

 

肘のうらが、幼少期の頃からずっとアトピーで酷かったので、

自分の無意識ではその肘の裏はアトピーだと

思い込んでいるのだ。

 

それを無意識レベルで、アトピーにまつわる無意識レベルの

感情を癒してあげるのだ。

そうすると、なぜかアトピーが治ってしまった。

 

不思議な話だ、もちろん、偶然かもしれない。

 

 

他にも、こんな例がある。

 

許せない人がいたとする、

無意識レベルで許せない。

意識レベルでは許しているつもりでも

無意識レベルでは許してない場合はがある。

 

その時に、許すという言葉が言えない。

 

それでも、許すといってみる。

 

何も起きない。

 

 

だが、無意識レベルでは大きく変わっている。

そのちょっとのひずみが、すこしづつ意識レベルでも変わってくる。

 

逆に言うと、

無意識レベルのひずみを取らない限りは、

意識レベルで変わったようにみえても

変わらないのだ。

 

この仕組みに気付くことが大切だ。

 

現在は、意識をとても大切にしてる。

 

昔のひとは、無意識という言葉は使わないが、

この無意識を利用したものが多々ある。

 

おもしろないぁ・・・

学生時代に、好きなことを勉強しなさいと周りの大人が私に言った。

 

それまでは、とりあえず大学に行きなさいと言われて、受験の為の勉強にあけくれていた。

 

 

大学生になって、自分のやりたいことを勉強していいそうだ。

何をしたのだろうか?

 

 

とりあえず、心理学の学科に行った。

 

 

授業は予想以上に面白くなかった。

自分で興味のある本を読みまくった。古本屋さんに行っては、自分の好きな本をあつめて回っていた。

 

 

ある程度本がたまり、整理する必要が出てきた。

 

 

自分が興味を持っている本を分類していて、3つの分野に分かれていることに気付いた。

 

1:真理、魂などを扱う宗教関係の本

 

2:合気道をはじめて伝統武道の本

 

3:自然療法などの健康関連の本

 

 

自分では意識していなかったが、どうも私はこの3つの分野をもとめているということが分かった。

 

それから20年、ひらすらその3つの分野を探求してきた。

 

わかってきたのだが、

その3つを三角形として、その中心にくるキーワードは

真我と言われるもの

そう、それは本当の自分と言われるものだった。

 

 

そっかぁ、自分は真我を求めてきたのかと分かった。

 

 

そして、

柳生新陰流の伝統、合気道

 

脳幹活性のBSセラピー

 

コーチング、カウンセリング、パラめく

 

に、出会い真我というものに

出会えるようになってきた。

 

 

それがわかると自分の生活がどんどん

生きやすくなった。

 

自分に関わってくれる人も、

すこしづつ変わってきた。

 

 

間違いない、

 

これだ、私が求めてきたのはこれだ!!

 

本当の自分を解放させることなんだ。

 

常識や、幼少期の刷り込みから

本当の自分を解放させるということをするのが

私の役割なんだ!!

 

 

具体的には、

肉体を使ってやるのが合気道、柳生のやり方

 

脳幹を活性化させて、目覚めていくのが BSセラピー

 

対話と気付きで変わっていくのが、コーチング、カウンセリング

 

 

よし、どんどん発信していくぞ!!

 

ストレスは無いほうがいいとおもう。

 

ストレスがかかりすぎると、病気になることが証明されたのだ。

つまり、ストレスは病気の原因だと考えられている。

 

確かに、そうだろう。

 

 

でも、本当にそれだけだろうか??

 

それはストレスの半分の面しかみていないことになるのではないだろうか?

 

 

ストレスとは、自分を知るには一番必要なものです。

同じ状況、同じ事情でも

ある人はそれをストレスと感じるし、

別の人は、ただ、普通のことだとおもうかもしれない。

 

ストレスは、環境の問題だけではなく、

個人の内面の問題でもあるということだ。

 

ストレスを感じるときとは、何かを変えなさいという

魂からの合図だと考えるとわかりやすいかもしれない。

 

 

ストレスを感じるときに、

なぜ、自分はこの状況で、この事情を

ストレスと感じるのだろうか?

 

そう問うたときに、

自分の内面から答えのようなものがでてくることがある。

 

それは過去の経験だったり、

その時の感情だったりする。

 

もし、その時の意味付けが大きく変われば、

変えることができれば、

 

ストレスであるとおもった状況、事情が

ストレスでなくなるかもしれない。

 

それだけ、自分の内面がクリアになったことになるのだ。

 

 

なぜ、この状況をストレスと感じるか、そこを考えていくと

自分が見えてくるのだ。

 

 

ストレスというのは、自分をしるといういみではとても重要な

機能だと思う。

 

 

 

自分の思い込みを外す。

自分の幼少期からのアトピーを治すために、この20年はかけてきたと思う。

 健康法として自然療法、身体の使い方として武道、心、魂の世界として宗教の本を読んだり、体験してきました。

身体としてのアトピーはほぼほぼ治って、自分でも気にならなくてなっていました。

それなのに、それなのだ

魂の中に、その影がまだうごめていることに気付いた。

ステロイドに対する憎しみの心。

ステロイドに「愛してます」が言えない。

ステロイドに愛してますと言えた時に、何かがすーっとなり、胸がブルブルとなる。

何かが解放された。

それと同様に、幼少期の私は、皮膚がジクジクしていて、汁がでていたり、カサカサしていて、皮膚くずがいつもでていました。

言葉にこそならないが、感じる
「うわ、汚い!」「可哀そう・・」の思いを幼少期から感じていた私。

その影が私の魂には残っていた。

まるで、ステロイドにたいして過剰に反応するかのように
自分が綺麗な恰好をすることに反発していた自分を気付いた。

今回、シャランさんをはじめ、パラめくのみなさんのおかげで
その影を振り払っていただきました。

自分は、綺麗になっていいんだ、お洒落していいんだ。

あーー!そんな思い込みが自分にはあったんだ。

自分の中には、予想以上に幼少期からの思い込みがあることに気付いた。

そっかぁ、そうなんだ。みんなが気付いていなくて、苦しんでいるのは。これだ、これなんだ。

わかった、わかったぞ。

私たちは、本来何も束縛されていない。自分の中に、影があるんだ。

その影を祓うのは、楽しんで行動すればいいんだ。

魂が本来の自分にもどす禊ぎ

それは、この幼少期にできた影を祓うことなんだ。

素直に楽しむと決めればいいんだ。

私が神道で求めていたこととは、魂が楽しむことだったんだ。

それが、踊りであり、祭りであり、

そっかぁ、そっかぁ、なんかわかったぞ!!

私がやっている合気道教室。

 

技はほとんどやっていません。

身体の使い方を学んでもらっています。

 

ただ、歩く

相手と調和して歩く。

 

ただ、抱きしめる。

 

ただ、回転する。

 

などなど・・・・。

 

合気道では、相手に手首をつかまれた状態から、技をかけます。

 

そんな時に、自分がリラックスしていれば、動けるのですが、

自分が緊張してして、力をいれてしまうと見事に相手にその緊張を抑え込まれるのです。

 

逆に、自分がリラックスした状態で、自然に動くと力もいらずにスムーズに動けるのです。

 

合気道の開祖、植芝盛平翁は、合気道は禊ぎであるといわれています。

 

その真意は、わかりかねますが、

 

相手に手首を持たれたときに、恐れ、緊張、欲があると

見事に相手に囚われてしまいます。

 

囚われた自分がいるのに、気付いたら

その心をよく観察するのです。

 

 

そうすることによって、その囚われから解放された時に、

自分は自由に動けるようになるのです。

 

 

つまり、合気道では自分の無意識の囚われが解放された

時に、自由な動きができるようになるのです。

 

普段の生活では気付けない自分の囚われが

合気道の稽古をすることで、

浮かび上がってきます。

 

そして、その囚われを解放していく作業が

合気道なのです。

 

わかりますか?

 

相手と和合するとは、

相手に対する緊張、恐れ、欲ではなく

自分の無意識にある緊張、恐れ、欲に

対する引っ掛かり、こだわりを解放していく作業なのです。

 

伝わるだろうか?

 

この身体を通して行われる合気道の禊ぎが。

 

 

 陰陽!

 

そう、それは東洋思想の根源となる考え方である。

 

相手がいてこそ、自分があるのである。

 

大相撲では、勝利したときにスポーツみたいに

ガッツポーズをしてはいけないといわれている。

 

勝利を全身全霊で喜ぶそれのどこがわるいのだろうか?

 

しかし、勝負ができたのは相手がいてこそである。

自分ひとりで勝負ができるわけではない。

 

だから、勝負の相手をしてくれた人の前では、

礼儀を尽くすのが大相撲の考えである。

 

柔道で外国人として初めて無差別級で

金メダルを取ったヘーシンクは

喜ぶコーチ達を制したのは有名な話である。

 

 

相手がいてこその自分なのである。

 

 

 

そう、船は海があってこそなのである。

 

 

どれだけすごい豪華客船であろうと、

海がなければ使いようがない。

 

 

それはいろんな人間関係でも同じことがいえるのではないだろうか?

 

子供がいてこそ、親になれる。

部下がいてこそ上司になれる

生徒がいてこそ、先生になれる。

 

 

そう、すべては陰陽の関係なのである。

 

そう考えると、自分自身というのは

関係性のなかでなりたっているということに気づく。

 

だれと、どんな関係性を築くかは、もちろん

私自身が決めているのだが・・・。

 

 

船は海があってこそ、

 

そこに気づけてるといろいろと見えてくるものがあるなぁ・・・。

大学時代から始めた合気道。

大学生になったら何か武道したいなぁと
思っていたときに、

合気道に出会って、惚れ込んでしまいました。

合気道を創られた開祖、
植芝盛平翁のように、
力をいれずに相手を倒してみたい。

そんな願望を、いや野望をもって稽古に明け暮れていました。


しかし、現実は厳しく、大学時代にあれだけ稽古して、社会人になっても続けても、段は上がれど、いっこうに力をぬいて相手を倒せるようになる気配がない。


これはおかしいと思っていた矢先に。

BSセラピーというものに出会ってしまいました。

口を開けたり閉めたりするだけで、脳幹が活性するというものなのだ。

はじめてBSセラピーを受けたときの感動は忘れられない。
これが脳幹が活性した状況なのか!!!

それからBSセラピーを学びはじめたが、
こちらも合気道同様、
ちっとも先生のようにならないのだ。

それから4年弱が経とうとしている、
BSセラピーのことがわかってくると同時に、

なぜか合気道もうまくなるのである。


答えは、中心軸。

普通に姿勢がいいとかいわれる中心軸ではなく、
もっと精密な感じのものというか、

この軸が整うことで、
合気道がリラックスした状態で
相手を崩すことができるようになるのだ。


出来るんだから不思議だ。

反対に、出来るようになると、なぜ出来るのかわからない。

感覚的に、相手が崩れるなぁと思えるのだ。

不思議だ。

技をかけている本人が不思議におもっているのだから、受けてくれている人はもっと不思議がっている。

力をいれて踏ん張っても、だめなのだ。
崩れてしまう。

もちろん、プロレスラーとか相撲取りみたいな人につかまれたら無理かもしれないが、
普通のひとがしっかりつかむくらいなら、
簡単にひとがこけてします。

本当に不思議だなぁ。