昨日、高裁から通知が届いた。






抗告理由書の提出期日通知かと思ったら、


その催促の事務連絡だった……。






地元の地裁に、即時抗告を申し立てた際、


俺は、担当書記官に、


抗告理由書の提出期日について、


わざわざ確認したんだけど、


その担当書記官は、



「高裁から、連絡が来ますよ。」



と言っていた。




だから、俺は、言われたとおりに、


理由書の提出期日の連絡を待っていた…。






そこに、催促の事務連絡が届いた…。





何となく、感じが悪い……。






4/1までに高裁必着とのことだ。






あの書記官を信じた俺がバカだったのか、


あの書記官が悪いのか…。




とにかく、何とか期日までに理由書を作成して、


必ず4/1までに高裁へ届けなければならない。






幸いなことに、ある程度、進めていたから、


急いで続きを書いて、完成させるだけだ。






裁判書類の作成。




何回書いてきただろう…。







地裁の担当書記官からの話を、


内容に盛り込んでやりたいところだけど、


高裁の裁判官の心証を


これ以上、害しても不利なだけだから、


悔しいけど、書くわけにはいかない…。






何となく、抗告審が始まる前から、


出鼻をくじかれた感があるけど、


俺にできる精一杯のことを、


書面に盛り込むことにする。







さあ、しばらく大変だけど、頑張るぞ!



俺は、妻の両親に対して、


本題の話を切り出した。



「赤ちゃんが退院後、


妻の実家へ預けずに、自宅で育てる。

 なぜなら、妻の実家は、


 猫がいたままだったし、

 妻の姉の子どもが、カブトムシとかの昆虫を

 赤ちゃんの布団の上で遊ばせたりしていたし、

 病み上がりの赤ちゃんを


安心して預けられないから。」






「絶対に妻の実家の不衛生な状況が、

 赤ちゃんの髄膜炎の原因だ。」


とまでは、言えるか分からなかったけど、

どうしても、あの環境には、

赤ちゃんを預けられない…。






妻からも、


「今後の通院の件もあるし、


 自宅で育てたい。」

と切り出していた。





妻の両親からしたら、


気に入らなかっただろうけど、

赤ちゃんが入院した直後の、


妻の母親の言葉を考えれば、

何も反論できないはずだ。




案の定、妻の両親は、


何も文句を言わなかった。







それから、もう一つだけ言ったことがある。




俺は、妻を極力、休ませると決めていたから、

家事をやらせないようにしていた。




難産だったし、


赤ちゃんの入院で参っているんだから、

俺としては、当然の気遣いだった。





そこで、俺のおふくろと、妻の母親に

家事の手伝いをお願いしたかった。




田舎から出てきているおふくろに、

妻からは、なかなか頼みづらいこともあるはずだ。



例えば、妻の下着の洗濯。


この程度ならば、


自分で洗えるのかもしれないけど、

妻の母親にお願いしたかった。




だから、俺は、両家の父親に対して、


「両家の母親の力を、しばらく借りたい。」


とお願いした。





両家の両親は、


快く俺の頼みを聞き入れてくれた。






これで、妻は、赤ちゃんの面会に、

心をすべて捧げることができるはずだ。



これで俺たちは、


赤ちゃんの髄膜炎が快復することだけを、

考えられるようになったんだ。




俺は、両家の両親に、心から感謝した。









しかし、戦いは始まろうとしていた………。



そして、とうとう、その日がやってきた……。








俺は、仕事とお見舞いの疲れからか、

身体の節々が痛くなってきた…。



特に、古傷の首は、


完全に固まってしまい、

全く動かなくなり、


耐えられないほどの激痛だった…。




妻は、俺の首筋や背中の痛みの元を、

指先で探しながら、


エレキバンを貼ってくれた。






俺の両親は、田舎から出てきていた。



妻の両親も、赤ちゃんの見舞の後に、

我が家へ寄って、俺の両親にも挨拶をした。





その日、以前からの妻の言動に、

俺の親父は、違和感を抱いていたらしく、

また、妻の母親も、

妻に対して、言いたいことがあったらしく、

それぞれから、話があった。





俺の親父は、


「夫婦喧嘩のたびに、実家へ帰るのはおかしい。

 夫婦で話し合って、解決するように。

 嫁として、家を出た意味を理解しなさい。」


というようなことを言っていた。





妻の母親は、


「あなた(妻)は、病気じゃないんだから、
 
 なるべく動いていなさい。」


と言いながら、俺に対して、


「甘やかせないで、もっと娘を動かして良いから。」


というようなことを言っていた。






親父の言うこと、


妻の母親の言うこと、



それぞれ、良く分かるし、俺も感じていたことだった。






でも、俺は、俺と妻の両親に対して、こう言った。




  
「妻は、難産だった。

 俺は、立ち会っていたから分かる。

 だから、可能な限り、休ませるつもりだ。

 今は、赤ちゃんの入院で参っている。

 俺に任せてもらいたい。」






それと、妻と話し合って、


決めていたことがあったから、

それを妻の両親へ話した。



「上の子どもについて、小学校の夏休みの間、
 
 妻の実家で預かってもらいたい。

 赤ちゃんの検査結果が出ていないし、

 不安にさせたくないし、

 せっかくの夏休みを楽しませてあげたい。」





これについては、妻の両親は、

むしろ大歓迎といった感じだった。





本当は、引っ越して、


転校して初めての夏休みだったから、

俺としては、友だちと遊ばせてあげたかったし、

俺自身も、一緒に海へ行ったりして、遊びたかった…。



でも、今は、赤ちゃんのお見舞いに


専念しなくちゃならないから、

そうするしかなかった…。







そして、本題は、ここからだ……。






髄膜炎で入院している赤ちゃんに面会するとき、

俺は、初めて赤ちゃんにミルクをあげた。





赤ちゃんは、保育器に入っていて、

身体には、たくさんの管が通っていて、

本当に痛々しかった…。



それでもミルクをあげて、

ゲップをさせるときには、

背中を、トントンしなくちゃならない……。




大丈夫なんだろうか………?




初めてミルクをあげるには、

なかなかハードな状況だと思った…。






ゲップをすると、少しミルクを吐く…。



「えー、吐いてますけど、


 大丈夫なんですか…?」




そういうものだと言われても、


こっちは初めてだし、

しかも、赤ちゃんは、病気なんだから、

そりゃあ、不安になるでしょ……。






オムツも取り換えることになった。




オムツは、妻と結婚する前に、


妻がシングルマザーだったころに、

妻の子ども(上の子ども=妻の連れ子)の


オムツを交換したことがあった。





でも、そのころは、


もう大きいオムツだったから、


割と簡単だった。





赤ちゃんのオムツは、


赤ちゃんを寝かせたまま換えるから、

初めてだと、なかなか大変だった。



しかも、身体には、


何本もの管が通っているんだから…。






ウンチが、すごかった……。




緑色のウンチ…。


緑色の水っぽいウンチ…。



鼻にツンとくるにおい…。


くさいとは思わなかったけど、


ツンときた…。




こんな色で、こんなにおいで、


大丈夫なんだろうか…?



やっぱり不安になってしまう…。






でも、不思議なもので、


我が子のものだから、

何の抵抗もなく、処理できた。



むしろ、ちゃんとウンチの様子を見て、

自分なりに赤ちゃんの様子を、


把握しようと考えてもいた。






俺一人では、なかなか大変だろうけど、

妻と一緒にやれば、何とかなるだろうし、

俺たちが、ちゃんとやれば、


きっと赤ちゃんの病気も治るはずだ。






そうやって、赤ちゃんの髄膜炎が治るまで、

1日2回、お見舞いをしていくことになるんだ。



赤ちゃんが髄膜炎で入院した次の日、

田舎から俺の両親が、


赤ちゃんの見舞に来た。






赤ちゃんは、未熟児室にいるから、

赤ちゃんの両親である俺と妻しか、

未熟児室には入れない…。




未熟児室の外からなら、

保育器に入っている赤ちゃんの様子を

見ることができるけど、

誰でも見られるってわけじゃなくて、

親族以外は見ることができないように、

病院側で見舞客の管理をしている。




見舞いに来た際は、

ナースセンターで記帳しないと、

そこから先へは、


入れないようになっている。





この記帳は、氏名・日付・時間まで

こと細かく書くことになっていた。





さすが、総合病院だ。


しっかり管理しているようだ。






俺と妻が未熟児室に入って、

赤ちゃんに話しかけている様子を、

俺の両親は、

未熟児室の窓の外から眺めていた。





さすがに、初めての孫が、


生まれてすぐに、

髄膜炎に罹ってしまったのだから、

赤ちゃんの祖父母としては、

とても心配しているのだろう…。






1回あたり30分しか面会できないというのは、

親としては、物足りない気持ちもあったけど…。


でも、感染を防ぐためは、

そのくらい徹底されていた方が、


むしろ安心ともいえる。






そういえば、赤ちゃんの入院の際して、

色々と買わなきゃならないものがあった。



面会の際に、


赤ちゃんに呼びかける言葉とかを書く連絡ノート。



このノートには、赤ちゃんが飲んだミルクの量とか、

熱とか、いろいろと書いてくれる。


ちょうど、保育園の連絡帳みたいな感じだ。




それから、ボールペン。



ノートとボールペンは、


未開封の物と言われたので、

パッケージされたものを探すのは、


なかなか苦労した…。




洗浄綿なんて、初めて買った。


おしり拭き。


ベビー石鹸。



全て、未開封の物ということなので、


新品を買ってきた。





オムツだけは、


病院で用意してくれていた。





カメラの持ち込みは、

撮り切りタイプならOKと言われたけど、

何でそんなものを持ち込む必要があるのか


さっぱり分からないし、

妻と話して、


余計なものは持ち込まないことにした。





そうして、俺と妻は、


赤ちゃんの入院に関して、


いろいろと準備を整えたので、

赤ちゃんのお見舞い生活が、


本格的に始まろうとしていた。





髄膜炎と闘う我が子…。



俺たち親は、


お見舞いに行くことしかできない…。


祈ることしかできない…。



とにかく、検査結果が陰性であることを祈って、

1日2回のお見舞いすることになった…。






そうそう、上の子どものことだけど、

妻と話し合って、


妻の実家に預けたままにした。



そして、検査結果が出るまでは、

赤ちゃんの病気のことは伏せておいて、

妻の実家でたっぷり甘えさせることにした。