妻の両親が、


赤ちゃんのお見舞いの帰りに、

我が家へ寄って挨拶を済ませてから、


妻の両親が帰る直前のことだった。




妻の母親は、


妻と隣の部屋に入っていって、

何の話か聞こえなかったし、


何か分からないけど、

とにかく何かを話していた…。





そして、妻の両親が帰るときに、


妻の母親が妻に向って、

何やら意味深な仕草というか、


阿吽の呼吸の如く、

俺には意味が分からないような、

秘密のメッセージを送るようなことをしていた。







俺としては、妻の両親に、


話すべきことを伝えられたし、

産後の妻の協力を得られたので、


一安心していた。






俺は、赤ちゃんが入院していることや、


妻が難産だったこともあったから、

妻からの夜の誘いも断っていたんだけど、


それで思い出したことがあった。




妻の局部は、


出産のときに少し切開していたから、

せめてトイレットペーパーだけでも、


一番柔らかいものに変えようと思った。






俺の両親も、


「まだ、マンション購入のお祝いができていなかった」


ということで…。



俺と俺の両親は、


一緒に買い物へ行くことになった。






買い物から帰ったら、


妻と一緒に赤ちゃんのお見舞いへ


行くことになっている。





だから、妻には、


それまでは身体を休めておくように言って、

買い物には連れて行かないで、


自宅で休ませておくことにした。






俺は、俺の両親を連れて、


近くのホームセンターへ行った。






俺は、マンションに引っ越してから、


買い忘れていた物も思い出したので、

妻に電話して、


その色の確認をしたり、



柔らかいトイレットペーパーと言っても、

良く分からなかったから、


どれが良いのか?


も妻に聞いて選んでいた。






俺の両親も、


ちょっとした引越し祝いの品を


あれこれと選んでくれていた。








俺と俺の両親は、


それぞれの買い物を済ませ、


我が家へ帰ってきた。








ところが、家には誰もいない…。






つい10分前に話したばかりの妻が


どこにもいなかった…。




買い物の間、


身体を休めていた妻がいなかった……。









そして、俺の目にある物が飛び込んできた………。












「申し訳ありませんが、実家へ帰らせて頂きます。」



妻は、母乳が出ない…。



上の子どもを産んだときも、


母乳が出なかったから、

人工乳、いわゆる粉ミルクで


育てたらしい…。




上の子どもが俺と出会ったときは、


もう授乳期を過ぎていたから、

妻のシングルマザー時代の


母乳状況は知らなかった…。






赤ちゃんが髄膜炎で入院したときに、

母乳が出ないことを病院へ伝えたら、

搾乳機と母乳パックを買うように勧められた。





「少しでも構わないから、


 搾乳機で母乳を出して、


  それを母乳パックに入れて、


  冷凍保存しながら、


  お見舞いのときに持参して、


  赤ちゃんに飲ませてあげて下さい。」


と看護師さんに言われていた。





俺は、そのとき初めて、


人間にも搾乳機があることを知った。


もちろん、母乳パックも初めて買った。





赤ちゃんが入院してから、


俺は、妻の搾乳を手伝って、

一緒に母乳を出して、


母乳パックに入れていた。





妻は、本当に僅かな量しか


母乳が出ない…。



1回に1~3ccしか出ない…。



1日3回くらい搾乳していた。




あまりやり過ぎると、


痛くなるらしく、


それが限界だった…。





そうやって、俺と妻は、


入院している赤ちゃんのために、

一緒に母乳を絞って、


冷凍保存していた。





入院している赤ちゃんの面会のときには、

その僅かでも貴重な母乳を、


看護師さんへ渡して、

人工乳と一緒に哺乳瓶へ入れてもらって、

赤ちゃんに飲ませていた。





僅かな量でも、


その中には、


人工乳だけでは取れないものが


愛情と一緒に入っている。




俺と妻は、その僅かでも


貴重な母乳を赤ちゃんが飲むことで、

髄膜炎との戦いに


勝てるはずだと信じていた。





そうやって、俺と妻は、


赤ちゃんと一緒に髄膜炎と闘っていたんだ。






妻からの夜の夫婦生活の誘いには、


応じられる状況じゃないし、

田舎から出てきている俺の両親が


同じ屋根の下にいるし…。




妻は難産だったし、


妻は局部を少し切開したらしいし、

夜の夫婦生活でのスキンシップはしなかったけど、

一緒に母乳を搾乳することで、


スキンシップも図っていたんだ。







俺と妻は、


赤ちゃんの髄膜炎に


正面から向かい合うことで、

夫婦で一緒に


まっすぐに進んでいくものだと思っていた………。



またもや少し話を戻す。



まだ、妻が赤ちゃんを産む前のことだった。






初めての結婚記念日やってきた。





その直前の日には、


披露宴を挙げたホテルから、

お祝いの鉢植えが送られてきた。





俺たちは、


披露宴を挙げたそのホテルに、


宿泊の予約を入れた。




挙式から1年以内であれば、


1回だけ無料で宿泊できる。



素晴らしいサービスだ!



あれほどの高級ホテルだし、

初めての結婚記念日の


お祝いを兼ねてだったから、

かなりワクワクしていた。





ホテルに着く前に、


一度、俺の実家へ挨拶に寄った。




披露宴を挙げた本人だけじゃなく、

両家の両親までも、

それぞれ一回ずつ


泊まれることになっていたんだけど、

ずいぶん前に宿泊していた。





やはり、かなり良かったようで、

食事も温泉もサービスも


最高だったと喜んでいた。






皇族が宿泊する部屋か、


離れの部屋か選べたんだけど、

俺たちは、せっかくだから、

皇族の宿泊する


スイートルームにしておいた。





見た目の雰囲気では、


スイートルームよりも、

離れの部屋の方が、


少し良さそうだったけど、

その部屋には、


いつか改めて泊まってみようってことになった。





さすが、出迎えから素晴らしい接客だった。





スイートルームは、

いかにも高級そうなダブルベッドがあって、

ジャグジーバスがあって、

さも高級であろうテーブルがあって、

部屋の装飾も、素晴らしかった。





食事は、部屋に運んでくれて、

フランス料理のコースだった。



俺は、どちらかというと、


和食が好きなんだけど、

そのフランス料理は、


とても美味しかった。



お酒も進んで、


とても心地よい気分だった。






温泉は、いくつかの露天風呂もあって、

夜空を見ながら楽しんだ。




妻は、出産を控えていたのと、

そこの泉質は、かなり強いらしく、

妊婦ということで、


温泉は控えることになり、

部屋のジャグジーバスに入っていた。






その部屋は、


皇族が使うと角部屋いうことで、

なんと!


防弾ガラスということだった。



俺は、生まれて初めて、


防弾ガラスの部屋に泊まったんだ!





あっという間に時間は過ぎて、


翌日、チェックアウトをした。






お土産を買って、


妻のために観光地を見て回り、

十分に満喫した結婚記念日だった。





そうして、俺と妻は、

とても素晴らしい初めての


結婚記念日を過ごせた。








まさか、もう二度と、


このホテルに宿泊することがないとは、

このときの俺は、


予想すらしていなかった………。






妻が赤ちゃんを産む前に、


こんな話をしたことがあった……。







俺は、それまでの人生で、

一度も借金をしたことがなかった。




車もキャッシュで買っていた。



クレジットカードも一括払いしかしたことがなかった。



そもそも、クレジットカード自体、

転職してから、会社の経費清算処理の都合で

会社から持たされた程度だ。





それでも、さすがにマンションだけは、

ローンで買うしかなかった。





俺は、マンションを買って、ローンを抱えたことで、

妻に聞いてみたいことがあった。






妻は、シングルマザーとして、長い間、

仕事と子育てと家事を頑張ってきたわけだ。



だから、俺との結婚で、専業主婦として、

子育てと家事の生活にしてあげたかった。






ただ、当初の予定と違って、

マンションのローンを抱えたわけだから、

少しでも働く気があるのか?



妻に聞きたくなったんだ。




パートで構わない。


稼ぐ金額の問題じゃない。


マンションのローンを返すために、

少しでも働く気があるのか?




それを確認したかっただけだ。




極端な話、

週に1日、

1日1時間、


たった、それだけでも構わない。



一緒に住宅ローンを返す姿勢を期待していた。






「いやだよ。なに言っての?
 
 私は、絶対に働かないから。」






俺は、唖然とした……。





別にお金に困っているわけじゃない。



むしろ、ゆとりがある方だ。




ただ、全く協力する気がないとは思わなかった…。






それじゃ、専業主婦として、

家事と育児ができているのか?



それもできていない…。






妻は、俺と結婚することで、

完全に人が変ってしまったようだった…。






結婚って、同じ屋根の下で、

同じ時間を一緒に過ごすことで、

本当の夫婦になっていくものじゃないだろうか…?



同じ目標

同じ夢


それに向って、一緒に努力して、

互いに支え合うもんじゃないだろうか…?





どちらか一方が、圧倒的に楽をするとか、

圧倒的に優位にいるとか、

そんな夫婦関係を、俺は望んでいなかった。





しかし、妻には、それが通じないようだ…。








俺は、幸せになっていく条件が整いつつあったけど、


精神的には、徐々に不安になっていったんだ……。



高裁に、抗告理由書を提出した。




何とか期日までに提出できた。






子どもの母親に養育費を請求する。




たったこれだけのことなのに、


なかなか厄介なことになっている…。






そもそも、俺の地元の家裁で、


ちゃんとした審判をしてくれていれば、


即時抗告なんてしなくて済んだんだ…。






相手方の主張していた内容について、


全て反論を書いた。




家裁の審判では、


全面的に相手方の言い分が通っていたから、


なかなか難しい戦いになりそうだ…。






高裁の抗告審が始まれば、


わざわざ高裁まで行かなきゃならなくなる…。




遠方からだから、


なかなかツライ…。




それは、相手方も同じだから、


お互い様だろうけど…。







それにしても、印象的な言葉があった。




「私(子どもの母親)が養育費を


 払いたくなかったということではなく、


 自分(俺)で育てたいんであれば、


 養育費に関しても、


 自分で負担して下さいと思った。」




つまり、負担したくないってことじゃないの?






子どもの母親として、



子どもの会うこともない。


プレゼントを贈ることもない。


養育費も払わない。






子どもの母親として、



何もしていない。


何もしたことがない。


これから先も何もする気がない。






やはり、この裁判は、


子どものために勝たなきゃならない。



せめて、養育費だけでも、


払わせなくちゃならない。






そんな思いで抗告理由書を作成した。



論文じゃなく、裁判書類だから、


それなりに仕上げたつもりだ。






安易に却下ではなく、


抗告審で審理してもらいたい。




期日通知書が届くのを待ちたい。