妻は、母乳が出ない…。



上の子どもを産んだときも、


母乳が出なかったから、

人工乳、いわゆる粉ミルクで


育てたらしい…。




上の子どもが俺と出会ったときは、


もう授乳期を過ぎていたから、

妻のシングルマザー時代の


母乳状況は知らなかった…。






赤ちゃんが髄膜炎で入院したときに、

母乳が出ないことを病院へ伝えたら、

搾乳機と母乳パックを買うように勧められた。





「少しでも構わないから、


 搾乳機で母乳を出して、


  それを母乳パックに入れて、


  冷凍保存しながら、


  お見舞いのときに持参して、


  赤ちゃんに飲ませてあげて下さい。」


と看護師さんに言われていた。





俺は、そのとき初めて、


人間にも搾乳機があることを知った。


もちろん、母乳パックも初めて買った。





赤ちゃんが入院してから、


俺は、妻の搾乳を手伝って、

一緒に母乳を出して、


母乳パックに入れていた。





妻は、本当に僅かな量しか


母乳が出ない…。



1回に1~3ccしか出ない…。



1日3回くらい搾乳していた。




あまりやり過ぎると、


痛くなるらしく、


それが限界だった…。





そうやって、俺と妻は、


入院している赤ちゃんのために、

一緒に母乳を絞って、


冷凍保存していた。





入院している赤ちゃんの面会のときには、

その僅かでも貴重な母乳を、


看護師さんへ渡して、

人工乳と一緒に哺乳瓶へ入れてもらって、

赤ちゃんに飲ませていた。





僅かな量でも、


その中には、


人工乳だけでは取れないものが


愛情と一緒に入っている。




俺と妻は、その僅かでも


貴重な母乳を赤ちゃんが飲むことで、

髄膜炎との戦いに


勝てるはずだと信じていた。





そうやって、俺と妻は、


赤ちゃんと一緒に髄膜炎と闘っていたんだ。






妻からの夜の夫婦生活の誘いには、


応じられる状況じゃないし、

田舎から出てきている俺の両親が


同じ屋根の下にいるし…。




妻は難産だったし、


妻は局部を少し切開したらしいし、

夜の夫婦生活でのスキンシップはしなかったけど、

一緒に母乳を搾乳することで、


スキンシップも図っていたんだ。







俺と妻は、


赤ちゃんの髄膜炎に


正面から向かい合うことで、

夫婦で一緒に


まっすぐに進んでいくものだと思っていた………。