俺は、その日の2回目の面会のため、
子どものいる病院へ一人で向かった。
1日2回しか面会できない…。
昼間の面会のときは、
妻と妻の両親のの登場で、
面会に集中できなかった……。
普通なら、また妻も来るだろう。
いや、妻のことだから、
きっと来ないだろう…。
妻は、子どものことよりも、
自分のことが大事らしい…。
昼間、そんなことを言ったからな…。
俺は、子どもいるの病院までの道中、
一人、歩きながら、
そんなことを考えていた。
病院についたけど、
妻は、やはり来ていなかった。
まだ面会時間じゃなかったから、
ナースセンターの横のロビーで、
時間をつぶしていた。
もしかしたら、妻が来るかもしれない。
そのロビーを通らないと、
面会できない。
妻が来れば、
顔を合わすことになるけど、
俺は、何も後ろめたいこともない。
しかし、やはり妻は来なかった。
俺は、髄膜炎と闘っている子どもに、
昼間、ちゃんと接してあげられなかった分、
愛情をこめて、面会していた。
いくら病状が悪化していなくても、
回復基調だとしても、
やはり検査結果が出ていないことで、
かなり不安ではあった…。
面会時間が過ぎようとしていたけど、
やはり妻は来なかった…。
俺は、子どもの面会を終えた後、
もしかしたら、妻が来るかもしれないと、
病院の面会時間いっぱいは、
ナースセンターのロビーで待ってみた。
結局、妻は面会に来なかった…。
面会するときは、
必ず面会記録を残さなくちゃならない。
そこに、妻の記録は残らないままだ。
きっと、昼間一度だけ来れば、
それで良しと考えてるんだろう…。
まだ病気と闘っている赤ちゃんだ。
自分の産んだ子どもなのに、
面会に来ないとは…。
俺は、子どもが不憫でならなかった。
やりきれない思いを抱えながら、
俺は、一人で自宅まで歩いて帰った…。
妻は、俺に内緒で、
80万円を引き出していた。
・この80万円ってなんだ?
「住民税と出産費用とか。」
と、少しうろたえながら、
妻は、返答してきた。
(住民税と出産費用で80万?
多すぎるだろ?)
・いくらなんでも
こんな大金を無断でおろすか?
「……。」
ん?
なんで何も言わないんだ?
・そういえば…。
お前の通帳って見たことないな。
俺の通帳は、全部預けてるよな?
お前のはどこだ?
見せてみろ。
「……。
私の通帳はない。」
(通帳が無い?
確かに家で見たことないな…。
家に無いってことは、
実家に置いてあるってことか?
なぜ実家に…?)
・通帳がないはず無いだろ。
今度、見せろよ。
「…。探しておく…。」
そう、これは、前の日のことだった。
もしかして…。
妻は、貯金を勝手に引き出して、
それが俺にばれたから、
家を出て行ったんじゃないのか?
前から、コツコツと自分の通帳に、
貯金を移していたんじゃないのか?
その通帳を見せられないから、
逃げ出したんじゃないのか?
その金があるから、
長距離タクシーにも、
平気で乗れるんじゃないのか?
俺の頭の中では、
一瞬のうちに目まぐるしく、
いろんな考えが浮かんできた。
そこへ親父と妻の父親も来た。
親父から妻の父親へ会釈をして、
「それでは連絡を待っています。」
と、伝えて、それぞれ家路についた。
そのときの妻の母親は、
おもいっきり無愛想だった。
返事もしなかった。
やはり妻の母親は、
かなり変な人間だ……。
俺は、おふくろと妻の母親へ、
さっきまでの話を伝えた。
・親父と妻の父親は、
荒れることなく、冷静に話していた。
・子どもの病状は、
検査結果が出てないけど、
回復基調にある。
・俺が、親父と妻の父親に、
今、俺が思っていることを、
全て伝えてきた。
こんな感じで、簡潔に伝えておいた。
ところで、妻はどうしたんだ?
妻の母親は、
「娘の体調が心配だから、
タクシーで先に一人で帰らせた。」
とのことだった…。
やはり帰ったんだな…。
・タクシーのお金、どうしたの?
「知らない。」
(お前、なめてんのか?)
・1万くらい、かかるんじゃないの?
お金、持ってるの?
「持ってるでしょ。」
(あの金か?)
あの金とは………。
病院のロビーへ着くと、
おふくろと妻の母親がいて、
並んで椅子に座っていた。
当然、かなり険悪な雰囲気だった。
おふくろは、
「はい、これ。」
と、俺に印鑑を手渡してきた。
そう!
この印鑑こそ、
子どもの出生届で使ったものだった。
役所の訂正印に必要なものだった。
やっぱり、あったんじゃねえか!
結局、妻のバッグに入っていたらしく、
妻が妻の母親に渡し、
妻の母親から、おふくろが預かったらしい。
どうせ待っていたんだから、
妻の母親が、
直接、詫びを入れて返すべきだろう。
しかも、今、妻の母親の目の前で、
印鑑を手渡されてるんだから、
一言くらい言えねえのか!
そもそも、探しもしないで、
「無い!」
って言ってた矢先に、
自分で持ってたんだから、
妻が詫びを入れて返すべきだ!
妻は、どこにいるんだ?
まさか、帰ったんじゃないだろうな?
妻がいないんじゃ、
妻の母親が妻に代わって、
詫びを入れよ!
でも、そんな話が通じるような、
常識のある相手じゃないから、
何を言っても無駄だな…。
俺は、おふくろと妻の母親の間に座り、
親父たちと話してきたことを、
おふくろと妻の母親に話し始めた。
・全ては、子どもたちの為にどうするべきか?
・4人で生活することが、
子どもたちにとって良いことなんだ。
・俺は、完璧の人間じゃない。
悪いところもある。
だから、自分の悪いところは、
必死になって直してきた。
それは、妻も認めてくれていた。
・妻にも悪いところはある。
お互いが自分の悪いところを、
直す努力をすれば良いだけだ。
妻には、その努力が見えない。
でも、これから直していけば良い。
・家族を最優先に考えて転職もした。
治安を考えてマンションも買った。
・全ては、妻と子どもたちとの
幸せな生活のためにしてきたことだ。
家族が幸せでいてくれることが、
俺の幸せなんだ。
そろそろ、話を締めなければならない。
・子どもが病気で入院した以上、
今は、子どもの身体のことを考えるべきだ。
・次に、難産だった妻の身体だ。
・今は、お義父さんの家にいるから、
安心しているけど、
その次に、上の子どものことだ。
・普段は、全て同じで順番なんかつけられない。
でも、今の状況だと、この順番になる。
・とにかく、4人の生活を考えて、
4人で生活することが1番良いことなんだ。
俺は、そのとき話せる全てを話した。
きっと、妻の父親の心にも届いていると思った。
俺は、親父と妻の父親と握手をして、
俺が先に店を出て、
妻やおふくろの元へ戻っていった。