ピアニストはこの時点であの美しく妖艶な響きを感じているはず…




音と香りは夕暮れの大気にただよう。

なんて素敵な曲名だろう。そしてこれこそフランス音楽のある一面を的確に表現した言葉ではないだろうか…


音は耳で聴く、しかし明らかに香り、灯りたゆたうのである…

ショパンはとかく弱い印象で捉えられがちだが、内面の炎は凄まじい。

ベートーヴェンのようなほとばしる情熱、エネルギーとはまた違う、他を寄せ付けない圧倒的な気高さを感じる。

 

そういう意味でも、私はショパンならばルービンシュタインの演奏が最も好きだ。フランソワをいずれ好きになる時が来るのかもしれないが、今はまだ…

 

 

 

孤独だから気高くなるのか、気高いから孤独になるのか…

今日は華やかな音楽を。


音楽と一体化している演奏、指揮に心が浮き立つ。団員への眼差しや信頼。どういうリハーサルをしたらこのような演奏がうまれるのか…

クライバーはリハーサルの動画も探せば見つかるので必見。






寒暖差が激しい日々が続いていますが、皆様お元気でしょうか。

 

昔はもうちょっと気候の変化、気配が感じられた気がするのですが、最近は全く流れのようなものがなく、天気予報におっかなびっくり。

時は常に動いているので、全ての人は「昔とは変わった」と思い続けるのでしょうけれど、こう気候が変わるとそりゃあ生態系も変わるよなあと。人間は道具を駆使して世界中に存在しますが、気候によって特性はそれぞれだろうなあ。

 

 

冬の曲ではないですが、今日心に流れている曲を。

 

チャイコフスキー「四季」より10月

 

 

 

オボーリンは私のドイツの師匠の師匠でもあります。

室内楽でも良い演奏がたくさん残っていますが、ソロもまことに素晴らしい…

 

今日からこのように少しずつ曲と演奏の紹介をしていこうと思っています。

 

…思いつきで終わりませんように笑

ウクライナ・ロシア、イスラエル・ガザ、中国の不動産…理解するのが難しい問題だらけで途方に暮れる。

 

大まかなニュースが大量に届けられ、少し踏み込もうと思えば正誤不明のもっともらしい情報がいくらでも出てくる。

自分の専門分野以外、何が正しい情報なのか、時間をかけねば私にはさっぱりわからない。わかったと感じたとて、何かに踊らされているのではないか、という不安は拭えない。情報は出し手の思惑によりいくらでも操作できるし、言い回しによって目眩しすることもあまりにも簡単である。

情報に信用がないからこそ、コメンテーターなり評論家、広く捉えれば他人のニュースに対するコメントが気になるのだと思う。

知った当初はYahooニュースのコメント欄なんて何の意味が…と思ったが、今では無意識にそこに目が向く自分がいる。そんなところ最も信用おけないに決まっているのに。

 

私は現在の情報過多な社会に不安、違和感を感じるが、これも人類が利便性を求め続ける限り致し方ないとも思う。しかし…どうも人間社会の行末がこれでいいとは思えない。

これは果たして「人」が望んでいるものなのだろうか。何か得体の知れない圧に押されてやむにやまれずこうなってしまっているのではないか。そして人間はその存在を感じ出しているように思う。(それが深いところでマグマとなり、昨今の民族主義的、排他的な思想の強化に繋がっているのではないか。行きすぎていなければその方が自然なのかもしれないが、私にはわからない。)

 

そんな現代、人間の凄さ、美しさに直感的に感動できるものを私は求めている。スポーツが一番気おわず楽しめるかもしれない。個人の限界に挑む姿、または勝利を求める心は誰しも共感しやすく、精神的にも情緒的感動がある。

ただ、今やどのスポーツも分析が進みすぎてしまって、人間を見るというより、人間がいかにデザイン、効率化されているかを見ているような気もするが…

 

芸術もまた、人間の素晴らしさの粋だと思う。いや、素晴らしくないものも全て映し出す芸術は人間の魂そのものであると思う。そうあってほしい。

芸術に触れた時の感情は本来純粋で、何も不安を感じる必要がないものだ。誰かが「これはいい芸術だ」と言ったものがよいものではない。わかるわからないを超えた、何か途方もない偉大なものなのだろう… 

何が本当なのかわからない現代だからこそ、芸術は人類に必要不可欠なのだと私は信じている。

 

長期間堂々巡りをしながら書いていたが、結局いつまでも下書きで終わりそうなので、一旦この辺りで投稿しておこう。