さて前回ポストしたイスラエル人ボス医者ですが、その後盛大に喧嘩しました
まぁ私も彼も大人げがなかったなと今になって思う訳ですが、直属の上司にも今後に繋がる良いアドバイスが貰え、少しの冷戦期間を置いて今では信頼関係がそこそこ取り戻せた気がしています。イスラエル人医者の方も各方面から苦情を貰い(と自分で言っていた笑)、段々オーストラリアの文化的価値に合った?フラットなアプローチになってきて(最初はすっごく権威主義的だった)、ちょっとほっとしています。大ボス、やるじゃん!段々大ボスの優しい人柄や患者さんを心から思いやる気持ちが垣間見えて来て、レビュー中に感動することもしばしば。根は優しい人なんやな~。あと患者さんやその介入について議論したり、医者の知識をふむふむと横で聞かせてもらえたり、勉強になります。
ちなみに中堅の医者はずっとアイルランド人の女の子だったのですが、彼女は病棟に異動になり、新しくコロンビア人の子がやってきました。その下のジュニアドクターはバングラデシュ系オージー(3歳でAUに移住)、ここ2-3週間病棟に実習で来てた学生もバングラデシュ系オージー(3歳で同じくAUに移住)でした。この国の医療従事者の縮図のような、ザ・移民で成り立った医療チーム…。ちなみに看護師はオージーもボチボチいますが、半分は移民かな?
さて話は逸れましたが、今回は妊活についてちょっと赤裸々に(?!)書いてみたいと思います。
私と旦那は永住権を取得した2年ほど前から妊活しております。ずっとこのブログを読んでくださっている方ならご存知かと思いますが、2024年の10月に流産もありました。当時は激しく凹みましたが、流産は妊娠全体の15%、30歳以上だと20%でしかもその原因は受精卵の染色体異常が原因と知り(つまり自分たちの努力ではどうしようもない)、大分気持ちが楽になりました。その後も漢方や鍼、食生活の改善、減酒などと並行してトライするもうまく行きません。去年の初め~中頃くらいは家購入のストレスも相まって、やるせない気持ちと焦りがピークに!
異国に暮らす心の友の言葉でふと思ったのですが、「努力ではどうにもならないこと」って私の人生においてかなり限られていた気がします。私自身、努力で人生を切り拓いてきたと自負しているので(もちろん運の要素もめっちゃあったと思いますが…感謝しかありません)、自分の力ではどうにもならないことを受け入れるって、かなり難しいです。
ただ、最近ふと気づいたのが自分を苦しめていたのって「子どもがいる人生しか想像していなかった」、つまり子どもがいない人生を無意識に考えないようにしていた、子どもがいない人生を心のどこかで否定していたからなのかなと思いました。片山さつき財務大臣の過去のインタビューを見て「ああ、なるほど。こういうような発想の転換をすれば良いのか」ととても勇気づけられました。
片山大臣のウェブサイト(https://satsuki-katayama.com/history/)から一部抜粋:
20回ぐらい人工授精を試みましたが、超早期流産を繰り返し、これ以上は難しいだろうと三日三晩泣いて諦めました。どうしても子どもが欲しかった私はそこで一度死んだ位の挫折感で「これからの人生は日本中の子どもの将来のため、即ち国家国民のために生き、尽くそう」と思い定め直しました。当然、菅総理が掲げる不妊治療の保険適用支援拡大を推進しています。
という訳で子どもが出来なかった場合のプラン・目標を去年末くらいからぼんやり考え始め、私の中で固まりつつあります。いや、そもそもぼんやりと精神救急で働く中で目標になりつつあったことが、不妊治療がうまくいかなった場合のプランに繋がった、という言い方が正しいかも知れません。と、考え始めたら段々子どもがいない人生もワクワクしてきました(笑)
一先ずこのプランについては私と旦那の秘密にしておきたいと思いますが、いつかみなさんにお伝えできる日ができるかな?!できないかな?!
何はともあれ、発想の転換で妊活に向き合う気持ちが大分楽になったというお話でした。引き続きあまり思い詰めず、できることを淡々着々とやっていきたいと思います。
ちなみに4月に毎年参加しているカンファレンスがあり、今年もNPOからの予算で参加できることが決まりました
やったね!超楽しみ~![]()



















