今年もNational Suicide Prevention Conferenceの時期がやってきました。かれこれ4年連続で行かせてもらってます。今年はregistration & Accommodation feeをSuicide Prevention Australiaの奨学金から、航空券代を所属しているNPOから出してもらいました。感謝・感謝です。そしてポスタープレゼンのabstractもアクセプトされたので、一応発表者という立場でもありました。ちなみに同僚のカウンセラーさん二人のabstractもアクセプトされたので、このカウンセラーさんたちと一緒に参加してきました。

 

ちなみに最初に行った2023年はキャンベラ、2024年はアデレード、去年はパース、今年はシドニーでした。正直2023年と2024年は周りに知り合いが少なく、(パースは地元なので知り合い多数でした!)かなり孤独感を感じながらの参加で、夜はホテルで寝れなかったりしんどかったです。今回はこの2名のカウンセラーさんたちとチャイナタウンやらジャズバーやらに行ったり(カウンセラーさんの旦那さんがジャズピアノ奏者で、たまたま友人のつてで演奏することになったバーに連れて行ってもらいました☆)とお楽しみ要素もあり、良い感じにリフレッシュできたので夜もよく眠れました(笑)やはり自殺について3日間通して聞いたり話したり考えたりするのは負荷が大きいので、こうやって切り替えの時間が持てたのは本当に有難いです。ホテルもDarling Harbourという素敵な立地で、朝の散歩が捗りましたニコニコ花

 

 

今回カンファレンスに参加するにあたり目標設定しまして(旦那と空港に向かう車の中で。笑)、これも満足のいくレベルで達成できました。今回達成できたことを生かしていけるように引き続き頑張っていきたいです。

 

 

ちなみにシドニー!これまでに行った他の都市と違って公共交通機関を使って&徒歩で観光しやすいのも満足度が高い一因でした。街の規模的には福岡くらいかな?と思ったら本当に人口が同じくらいでした( ´∀` )

 

ホテルから朝お散歩した時の景色。

 

 
同僚と行ったジャズバー。そもそも初ジャズバーで大興奮!ピアノを演奏していた同僚の旦那さんも超カッコよかった!
 

 
カンファレンスのgala dinner。これまでのカンファレンスの中でもシドニーは建物も食事もバンドもピカイチでした。さすがですね~。格の違いを見せつけられた気分です。こういうところでパースは田舎だと思い知らされます。
 

 
皆さんご存じbillsのリコッタパンケーキ。あまりネガティブなことは言いたくないが、bills横浜赤レンガ倉庫店で食べたリコッタパンケーキの感動には及ばず…あの時は美味しすぎてびっくりしたなぁ。やっぱ日本すげぇわ。それか今回の期待値が高すぎたか?ってかこれでパンケーキだけで$35以上って面玉飛び出たわ!!コーヒーは美味しかった!そもそもシドニーのコーヒーはパースよりも50セントほど安くて驚きました。
 

 
Australian Museumに行きました。ここで一番良かったのがFirst Nationsのセクション!あまり大きくはないのですが、ここだけで2時間くらいいました。そのくらい充実してた~。シドニーCBDがある地域はGadigalの国とのこと。Gadigalとはグラスツリーの人々という意味合いがあるそうです。海と川が混じりあう、資源豊かな地域で、Gadigalの人々が使っていた狩猟・漁業の道具や防具、飾りなどがあり、とても感動しました。またこの国が誕生した、口伝で語り継がれている物語をAboriginal Elderが語る姿が動画で放映されていて聞き入ってしまいました。日本には古事記がありますが、こういった国の誕生物語があるところは文化的に通じるものがあるなと感じます。
 

 
真ん中右のアートがお気に入りです。
 

 
 

 
博物館の近くにあったセントメアリー大聖堂です。
 

 
動物園に向かうフェリーから撮影した景色。クルーズに乗らずとも格安でシドニーハーバーの景色を満喫できました!
 

 
これはボタニカルガーデンから見た景色。こういうのんびりした雰囲気がオーストラリアっぽいなぁ~って感じですよね。
 

 

ちなみに今回シドニーフィッシュマーケットにも行きましたが、食事が全体的にがっかりすぎました…笑い泣き景色は良かったけど…。あと公共交通機関のアクセス悪すぎ…。

 

何はともあれ、初めてのシドニーを大満喫しました!さすがに満喫しすぎてパース帰還後ヘトヘトでしたが、カンファレンスは良いモチベーションになったし、金土曜のシドニー観光は良いリフレッシュになりました。また引き続き頑張りたいと思います!

誰得感はありますが(∩´∀`)∩、個人的&ソーシャルワーカーの視点でパースで生活する難しさについて、つらつらと語りたいと思います。

 

いまのオーストラリアは本当に生活するのが大変です。ただでさえコロナ以降の不動産価格と物価の上昇で生活が大変だったのに、拍車をかけるように今回のアメリカ&イスラエル・イラン戦争で更に物価と金利が上昇しています。

一番怖いのは所謂真面目に働いている、普通に生活してきた人でも上記の要因によりホームレスになり得るところです。看護師や消防士などの職種でも賃貸を借りる金銭的余裕がなく、車の中で寝ている人たちがいるとの報道もありました。パースの賃貸の中間値が週700ドル、つまりざっくり月30万円くらい払わないとまともな賃貸に住めません。

 

ちなみに私は昨年家を買いましたが、不動産アプリがご丁寧に定期的にこの家の現在の評価額を教えてくれます。それを見ていると価格はまだ一年経ってないのに、買った時点から40%上昇していると言ってきます。これがどの程度本当かは定かではありませんが、実際にいま住んでいるエリアで私たちが買えそうな予算内の家は現在ほぼ皆無です。昨年この家を買えて、本当にラッキーでした。ちなみに昨年頭金を払うために円をガシガシ送金したのですが、これも昨年の今時点は1AUDが90円台だったのに今や110円台ですので、家の購入タイミングが遅れていればとんでもなく目減りしていたかと思うと恐ろしいです。

 

政府も格安で住める住居を急ピッチで用意していますが、全然間に合っていません。そんなこともあり、街にはホームレスが急増しています。また治安の悪化も深刻です。刑務所は定員超過しているので、相当深刻な罪を犯さないと刑務所に収容されません。私も精神科にいるととんでもない数の(時に20以上)の罪状がある患者さんがやってきますが(しかも暴力で器物損壊、麻薬取引、警察への暴力・脅迫などかなり体感的には程度重めな罪状…)、正直こういった方が刑務所に収監されておらず、コミュニティで生活していることに衝撃を覚えます。

 

また精神の現場で働いていると、こういった生活苦による自殺未遂・希死念慮により病院に来る患者さんが本当に多いです。イスラエル人の精神科医ボスもこういった社会的な理由で精神面での危機的な状況に追い込まれる人が多いのはこの国の特徴だと言っていました。しかもこんな状況、いちソーシャルワーカーにできることは殆どありません。残念ながら私もホームレスの患者さんに対しては初回のアセスメントで「残念ながらできる限りの情報提供はできるけど退院までに住居を探すのはほぼ不可能です…ホームレスシェルターはどこもいっぱいで、受け入れストップしているところばかりなんです」と正直に伝えるしかありません。あとちなみにホームレスシェルターそのものも犯罪・ドラック使用の温床になっていたりします。そんなこともあり、殆どの患者さんは精神科医の介入後(つまり元気になったら)に道にお帰りいただくのです…。アルコール・ドラッグの問題も本当に深刻ですが、この話はまた次回。

 

新卒ソーシャルワーカーだった頃はこの現実を受け入れるのが本当に辛かったですね。いまももちろん辛い気持ちではありますが私ができることには限界があり、あとは政治家や政策立案者にこれらを変える責任があると割り切れるようになってきました。ソーシャルワーカーとして現実を上司を通じてこれらの人々にフィードバックし、advocateすることは非常に重要だと日々感じます。

一方で私自身も決して生活は楽とは言えません。月々の電気・水道・ガス・インターネット・保険、ローンの返済、ガソリン価格、日々の買い物etcどれもどんどん高くなっていって絶望的な気持ちになることもしばしばです。私が出会ってきた患者さんたちのように失職、離婚や健康問題など、何かしらのきっかけで同じような状況になってしまうことはあり得ると思います…社会保障制度は例えばアメリカよりかは充実している気がするのですが(少なくとも公立病院はメディケアがあれば無料)、だからと言って社会保障のサポートを受けながらの生活も決して楽ではなく、むしろかなり厳しいです。話を聞いていると欧米諸国はどこも似たような状況なのではないかと想像します。

 

しかしビクビク生活するのも精神衛生上良くないので、現実は現実として受け止めて前向きに生活していきたいところです。引き続きパースの自然や大らか(&適当?)な人たちに感謝しながら、ポジティブな気持ちでこのパースでの生活を送りたいと思います!ニコニコ花

海外在住者あるあるだと思いますが、母国に帰るのはホリデーではなく、家族や大切な友人に対するコミットメントです。今回も例に漏れずそうで、2週間で成田→富山→横浜→富山(で滞在中に金沢に日帰り)→下呂温泉(これはホリデーです笑)→名古屋→大阪→神戸→有馬温泉(これもホリデーです笑)→日暮里→成田…となんかもう書いて思い出しただけでも疲れました。。。チーン

 

横浜の実家にいる間も毎日どこかしらに行っていました。入院中の祖母への面会、お墓参り、親しい友人のお父さんが亡くなったのでお線香をあげにお家へ、大切な友人二人が結婚したのでそれぞれお祝いのランチとディナーへ、そして今回一番大きかったのは母が10年前に入院していた病院へ行ったことでした。10年ぶりに母が入院し自死した病院へ行くのは精神面で迫るものがありましたが、父の助けもあり、無事終えられてほっとしています。今回の訪問を受けてまた次の課題も見つかったので、自分のペースでやっていきたいと思います。ちなみにこの病院へ行く決断をするまでに担当のカウンセラーさんや所属する病院の精神科医の先生たちの助言に本当に助けられたので、感謝しかないです。また日本の病院のソーシャルワーカーさんが親身に相談に乗ってくれ、アドバイスしてくれたことにも本当に励まされました。何となく、日本でソーシャルワーカーするのも楽しいかも?!と、そのソーシャルワーカーさんとお話しして思いました。笑 やはり仕事環境は経営者の方針やスタッフへの信頼度に左右されますねー

 

ちなみに姪っ子ちゃんたちも人生の岐路に立ったり立たなかったりで…果たしておばさんのアドバイスが何か役に立つか分かりませんが、旦那と旦那の家族と一緒に姪っ子ちゃんと長々と話をしたり白熱した議論?!をしたりしました。高校生で悔いのない決断をするのってかなり難しいと思うのですが、簡単なほうではなく、敢えて困難なほうに行ってチャレンジしてほしいなというのが私の思いです。とか言っちゃって、高校生の頃はそこまで真剣に将来を考えていなかった私です…

 

あんまり詳しくは書けないのですが帰国後、職場環境がとんでもないことになっていてもうここ数週間は胃がキリキリでした…。とりあえず職場をとんでもなくしていた要因がなくなったので来週から平和に仕事できることを祈ります笑い泣き

 

ちなみに余談ですが、日本に帰る前にちょうど朝、通勤の電車の中でりくりゅうの演技をタイムリー見ていたら、もう泣きすぎてしまって、隣に座っていたおばちゃんがティッシュをくれました。笑 いやー、本当に感動した!そしてあのブルーノ監督を含めたファミリー感が本当に心がほっこりします。このところ嫌なことがあったり、殺伐とした気持ちでしたがりくりゅうのアスリートとしての努力やチームワークを見て本当に励まされました。引き続き頑張ります!

さて前回ポストしたイスラエル人ボス医者ですが、その後盛大に喧嘩しました笑い泣きまぁ私も彼も大人げがなかったなと今になって思う訳ですが、直属の上司にも今後に繋がる良いアドバイスが貰え、少しの冷戦期間を置いて今では信頼関係がそこそこ取り戻せた気がしています。イスラエル人医者の方も各方面から苦情を貰い(と自分で言っていた笑)、段々オーストラリアの文化的価値に合った?フラットなアプローチになってきて(最初はすっごく権威主義的だった)、ちょっとほっとしています。大ボス、やるじゃん!段々大ボスの優しい人柄や患者さんを心から思いやる気持ちが垣間見えて来て、レビュー中に感動することもしばしば。根は優しい人なんやな~。あと患者さんやその介入について議論したり、医者の知識をふむふむと横で聞かせてもらえたり、勉強になります。

 

ちなみに中堅の医者はずっとアイルランド人の女の子だったのですが、彼女は病棟に異動になり、新しくコロンビア人の子がやってきました。その下のジュニアドクターはバングラデシュ系オージー(3歳でAUに移住)、ここ2-3週間病棟に実習で来てた学生もバングラデシュ系オージー(3歳で同じくAUに移住)でした。この国の医療従事者の縮図のような、ザ・移民で成り立った医療チーム…。ちなみに看護師はオージーもボチボチいますが、半分は移民かな?

 

 

さて話は逸れましたが、今回は妊活についてちょっと赤裸々に(?!)書いてみたいと思います。

私と旦那は永住権を取得した2年ほど前から妊活しております。ずっとこのブログを読んでくださっている方ならご存知かと思いますが、2024年の10月に流産もありました。当時は激しく凹みましたが、流産は妊娠全体の15%、30歳以上だと20%でしかもその原因は受精卵の染色体異常が原因と知り(つまり自分たちの努力ではどうしようもない)、大分気持ちが楽になりました。その後も漢方や鍼、食生活の改善、減酒などと並行してトライするもうまく行きません。去年の初め~中頃くらいは家購入のストレスも相まって、やるせない気持ちと焦りがピークに!

 

異国に暮らす心の友の言葉でふと思ったのですが、「努力ではどうにもならないこと」って私の人生においてかなり限られていた気がします。私自身、努力で人生を切り拓いてきたと自負しているので(もちろん運の要素もめっちゃあったと思いますが…感謝しかありません)、自分の力ではどうにもならないことを受け入れるって、かなり難しいです。

 

ただ、最近ふと気づいたのが自分を苦しめていたのって「子どもがいる人生しか想像していなかった」、つまり子どもがいない人生を無意識に考えないようにしていた、子どもがいない人生を心のどこかで否定していたからなのかなと思いました。片山さつき財務大臣の過去のインタビューを見て「ああ、なるほど。こういうような発想の転換をすれば良いのか」ととても勇気づけられました。

片山大臣のウェブサイト(https://satsuki-katayama.com/history/)から一部抜粋:

20回ぐらい人工授精を試みましたが、超早期流産を繰り返し、これ以上は難しいだろうと三日三晩泣いて諦めました。どうしても子どもが欲しかった私はそこで一度死んだ位の挫折感で「これからの人生は日本中の子どもの将来のため、即ち国家国民のために生き、尽くそう」と思い定め直しました。当然、菅総理が掲げる不妊治療の保険適用支援拡大を推進しています。

 

という訳で子どもが出来なかった場合のプラン・目標を去年末くらいからぼんやり考え始め、私の中で固まりつつあります。いや、そもそもぼんやりと精神救急で働く中で目標になりつつあったことが、不妊治療がうまくいかなった場合のプランに繋がった、という言い方が正しいかも知れません。と、考え始めたら段々子どもがいない人生もワクワクしてきました(笑)お願い一先ずこのプランについては私と旦那の秘密にしておきたいと思いますが、いつかみなさんにお伝えできる日ができるかな?!できないかな?!ニヤニヤ何はともあれ、発想の転換で妊活に向き合う気持ちが大分楽になったというお話でした。引き続きあまり思い詰めず、できることを淡々着々とやっていきたいと思います。

 

 

ちなみに4月に毎年参加しているカンファレンスがあり、今年もNPOからの予算で参加できることが決まりましたクラッカーやったね!超楽しみ~音譜

さて、病棟の大ボス(医者、コンサルタントとこちらの病院では呼びます)が中華系マレーシア人から新しく移住してきたイスラエル人の先生になりました。

私、このマレーシア人の先生が大好きだったのでとても残念。。。ホロロ 恐らく文化的価値観が近かったので仕事もし易かったです。なんかもう事前の打ち合わせなしで一緒にレビューしても自然と良いレビューができちゃう、めちゃめちゃ波長が合う(と勝手におもってた)先生で、EDにいってしまったけどいつか帰って来てくれないかな~。(遠い目)また一緒に働きたい…でもある程度公立病院で経験も積んだようなので、ある日プライベートのクリニックとかに行ってしまいそう。泣ける笑い泣きむしろ自分の担当医になって欲しいわ…(笑)

 

さて新しいイスラエル人の先生、兎に角濃い性格です。( ´∀` )おじいさんの世代はドイツとベルギーの国境付近で暮らしていたそうなので、恐らくホロコーストをきっかけにイスラエルに移り住んできたのかな?と勝手に想像。イスラエルにはムスリムやカトリックもいますが(先生はイスラエルの多民族・多宗教を強調します)、この先生はユダヤ人です。偏見かも知れないけれど、ザ・東ヨーロッパ系のコミュニケーションスタイルって感じで表現がめっちゃ直接的です。結構患者さんの話を遮り、何でも遠慮なくハッキリ言い、患者さんもスタッフも人によってはめちゃめちゃビビってる…というかこのコミュニケーションスタイルが合う患者さん・合わない患者さんがはっきり分かれます。患者さんによっては先生と患者さん間のtherapeutic allianceが全く成立していないのが、私にとっては地味にストレスでした。(あとReg、ナース、同僚ソーシャルワーカーも立ち話してみると同様にストレスを抱えていたよう。。。)

 

ある日私がこの先生に自分の仕事について報告して、部屋を出る間際に「ありがとうございました~」と言って出て行こうとしたら、若干イライラしながら「待て待て、お前は自分が何でありがとうと言ったのかちゃんと言うたびに説明せねばならない」と言われました。なんかカッチーン。「じゃああんたは私が人と繋がるために、特に論理的な理由なしにたくさんありがとうとごめんなさいを言う文化的背景からきたことを理解しろ!」と言い返す私。(私も成長したな…)スッキリ~( ´∀` )そうしたら先生「え、そうなの?(*'▽')パァアァ」となんか嬉しそうでした。(笑)それからなんか良く分からないけど先生がありがとうやごめんを頻繁に使うようになってくれましたイヒあと先生、私が日本人だと知ってからなんか嬉しそうです。なんでだろうか?(笑)とりあえず日本人の職人気質というか、何でも突き詰める性格をリスペクトしていると言っていました。(すまん、たぶん私はその日本人像に当てはまらないわ…ニヤニヤ)

余談ですが、私も欧米生活が長くなり、こういったコメントをoffenceではなく、単純に文化が違うから相手が不思議あるいは疑問に思う、そしてそれに対して言語化して説明あるいは議論することで相手の疑問を払しょくせねばならないということを理解できるようになりました。日本というハイコンテクストのカルチャーから来ると詳細な説明を省きがちですが、多文化の中で生きるにはこの詳細な部分も含めてちゃんと説明しないと誤解されてしまう…というのが移住してから7年の学びです。まだまだ上手くできないので引き続き精進します(ΦωΦ)

 

ついに先日は先生の態度にビビりまくってまともに診察できない患者さんが出てきてしまったので、ついに先生に1:1で「あんたのその態度、正直誤解されますよ…。あと患者さんの話を遮るのは基本あかんで…(要約)」と勇気を出して直接伝えました。若干プライドを傷つけてしまった感がありますが、先生は先生で時間的制約があることや患者さんによっては長く話す時間を与えることが必ずしも効果的でないことが背景にあると説明を受けました。(これは確かにその通り!前のマレーシア人先生は時々時間取りすぎに感じました)また患者さんの期待値をマネージすることについても議論できたので、結果的に言って良かったです。先生にも「言ってくれてありがとう」と言って貰えて、ちょっと安心しました。まぁソーシャルワーカーは医者の評価が自分自身の直接的な評価に繋がる訳ではないので(私を評価するのは私のソーシャルワークチームリーダー)、ある意味こういうことが気楽に言えるかも知れません。もちろん、先生と私との関係性が出来上がっていて、信頼されているに違いない!という確証がある程度得られたので言えたのもあります。また先生自身のフィードバックに対してオープン(と私は捉えた)性格もありがたいです。

 

よくよく考えると人生で初めて直接会ったイスラエル人で、先生から聞くイスラエル&ユダヤ人話も興味深いです。イスラエル、凄く行ってみたくなり最近はイスラエルのYoutube旅動画を見ています照れ外務省が公表する危険レベルが下がったら是非行きたいな~。

さて、あっ!と言う間に2026年になりました。何だかあっけなく年越ししてしまってびっくりしてます。しかも気付いたら年越してもう5日もかかってるやん…

日本と違ってこちらにいるとお正月休みがないので、一気に現実に戻る感じです。日本のしっぽりとしたお正月が時々恋しくなります。

 

今年の目標を色々と考えていましたが、あまり意欲的な目標は思い浮かびませんでした。( ´∀` )アハ むしろしいたけ占いの「寄合所を作る」みたいな目標の方がしっくりきたり。(あ、そうです。牡羊座です…)

あとはいよいよfertility clinicに行き始めたので、旦那とも話し合いながら着実にできることをやっていきたいと思っています。

 

と、いう訳で2026年の目標

・家をより快適空間にしていく:引き続きDIYを頑張る。ゲストルームや倉庫を整備して、お父さん(や、友人たち)に泊まりに来てもらう。

 

・健康生活:ほぼ禁酒生活継続、バランスの取れた食事、適度な運動(そろそろちゃんとジムに通おうかねぇ…)、鍼治療の先生に教わった謎の気孔体操?を引き続き頑張る

 

・妊活はできることを着実に。PDCAサイクルを回す(ビジネスか?笑)

 

・病院の仕事でも少しずつリサーチの方向へ進む

 

まさかの仕事面がラストにくるというキョロキョロそういうタイミングですねー。毎年達成できるか微妙な、そこそこ意欲的な目標を掲げてましたが、今年は表記の仕方から見ても比較的簡単に達成できそうな目標になりましたね。病院面の仕事は気付いたらSWになってから2年ほどでシニアになり、なんかもう天井を打ってしまった気分(その先はチームリーダーになるので、今のところあまりなりたいと思わない真顔)なのでガシガシ進むというよりスローダウンして、日々の生活を大切にしたいという気持ちです照れ

 

ゆっくりやっていきましょう~やしの木

今年はメインで働いている病院でクリスマスパーティーが3件(SW部署・SWチーム・精神救急)、NPO、週末シフトをする病院、当日の友人たちとのクリスマスパーティー、ともうクリスマスパーティーラッシュ(計6件)で流石に疲れましたチーンクリスマスツリーまぁ職場のパーティーは日本の飲み会ほど強制されない訳ではありますが、オーストラリアでも職場の人間関係は大切、かつこういう場に顔を出しておいてあまり話したことがない人と交流を深めるのは仕事をスムーズに進めるうえで重要だったりします。という訳で誘われたクリスマスパーティーは全出席しました(笑)こんだけ誘われておいてお酒を飲まなかった自分、偉すぎやろ…誰も褒めてくれないので自画自賛しておきます。

 

今年も7年住んだ前の家のオーナーさん夫婦と毎年恒例パースCBDのクリスマストレイルに行ったり、マンジュラの更に南の方に一時滞在されていたのでお邪魔してクリスマスパーティーBBQをしたり(凄い量の食事だった…オーナーさん夫婦とそのご友人たちは私にとってパースの家族や親戚のようなものです照れ)相変わらずオーナーさん夫婦にはお世話になっています!この繋がりがないとたぶん旦那と二人でしっぽりクリスマスなので、こうやって大人数でワイワイさせてもらえてありがたい口笛


食事(一部)とプレゼントでいっぱいのテーブル!

オーナーさんが恒例のバーベキューしてくれました!40℃の灼熱の中、お疲れ様でした…。私は手前にあるサーモングラタンと、かぼちゃスープ、サラダを持参ニコニコ 


食べ過ぎたー!!食べ過ぎて翌日から太田胃散生活です…(笑)



クリスマス前の週末にCBDのクリスマストレイルに行きました。年々規模が大きくなっている気がします!




という訳で今年のクリスマスはこんな感じでした〜おねがい


いやー、今週は色々あって疲れました。NPOの仕事(自死遺族支援)で2か月連続で救急車を呼ぶことになるとは…あと昨日携わったケースがド級過ぎました。

 

もう2025年も2週間経たないうちに終わりという衝撃。。。今年も色々ありました。今年立てた目標から振り返ってみたいと思います。

 

2025年の目標

・家を買う!

→達成!頑張った!

 

・妊娠できそうな元気な心身を目指す(お酒の飲み過ぎに気を付ける&ストレスをうまくかわしたり?考えすぎない!&頑張り過ぎない!)

→お酒はほぼ禁酒しまして(旦那のビールやワインを一口貰うくらい…)パブではもっぱらlemon lime and bitters飲んでます。そのせいか体が絶好調です(笑)生理痛も大分緩和されて、以前は生理中は1日2日休まなければならなかったところ、最近は多少ふらふらしつつも出勤できています。漢方&鍼の先生に「調子どう?」と聞かれて前は「疲れてる…」と返事することが多かったですが、最近は「元気!」と返事することが増えました(笑)病棟から精神救急に異動になったことにより、ケースロードが半減(どころか1/4くらい?!)仕事の負荷も減りました。しかも前回いた病棟は内科だけでなく循環器科、呼吸器科、腎臓科、免疫科、感染症科、高齢者医療などなど医療分野のカバー範囲が多岐に渡り…すなわち常にこれらのそれぞれの分野の医者を電話やらteamsやらで追いかけて退院計画の確認やディスカッションをしなければならなかったので、それはそれは地獄でした。あと単純にremoteやregional areaから来る複雑な事情の患者さんも多く、帰りの交通手段の手配なども本当に苦労しました。もちろん現在の精神救急、ケースの内容は濃く、複雑で頭の切り替えやセルフケアが重要ですが、基本的に重篤な患者さんは病棟に移るのでdischarge planningやそれに伴うプレッシャーに四苦八苦することは少ないです。ということでストレスも激減しました。

 

・精神救急のシフトをボチボチーちゃんと習ったフレームワークを活用!精神病棟へtrasnferする機会を伺う

→まさかの精神救急に異動になりました、ラッキー!しかも昇格しました!ちなみにあの後シニアソーシャルワーカーの正社員になる試験に挑み、無事こちらも合格したので1-2年以内にシニアソーシャルワーカーとして正社員になれると思います。フレームワークはそのまま使うことはないのですが、精神科医と患者さんとの面談に同席する際に質問項目をソーシャルワーカーの視点だけでなく、精神分野の専門家からの視点からもカバーできるようになったと思います。ソーシャルワーカーのbiopsychosocial assessmentは精神分野との相関性が非常に高く、そもそもソーシャルワーカーが超重宝されるので有難いです。(medical modelが強い病棟に居た際は本当にゴミみたいな扱いでした…涙。)

 

・(もし余裕があれば)NPOの仕事で追加資金をfunding bodyに申請し、新しいプロジェクトを立ち上げる

→これは来年やる予定です!無事追加予算貰えますように!

 

 

 

という訳で、今年の目標は兼がね達成です。頑張りました。そして運が味方してくれました。特に家と仕事。

来週からカジュアルで近場の病院の仕事も始まるので、楽しみですがちょっと緊張!もしめでたく子どもができて通勤がしんどくなったらこちらへ転籍する足掛かりとして月1-2回のシフト、頑張ります~!2026年の目標はまた後ほど。

 

さて、また行ってきました。チェンマイ一人旅!4月に行ったのに、また(笑)

5泊7日の弾丸でしたが、いやぁ、良かった~!リフレッシュリフレッシュ。

 

チェンマイの良いところはローカル感と観光地感の程よいバランスだと思います。あとやっぱり仏教が日常に根付いている点とどことなく漂う昭和感…おばあちゃんが小さい頃の日本ってこんな感じだったのかな~?という感じ。ちりんちりんと風鈴の音が鳴っているところにどことなく風情を感じます。

 

今回は前回行けなかったところに行けました。

 

先ずは雲南ムスリムマーケット。中華系のムスリムの方々が金曜日の朝にマーケットを開催しています。食べ物の系統や文化が若干(というか結構?)違うのでお勧めです。カオフンというひよこ豆のスープベースの麺、とっても美味しかった!(ちなみに結構英語が通じなかったので、日本人のブログの写真を指差しながら「これこれ」と言って買いました。タイ語話せるようになりたい…)

 

 

 
 

 
 

 

 

あと納豆もあるんですよね~。味は日本の納豆とほぼ一緒、粘り気がなく、臭いも控えめでちょっと乾燥しているかな?といった印象。美味しかった!

 

 

 

 

またツアーでチェンマイから車で一時間半ほどの山岳民族の村にも行きました。ちなみに観光地として有名な首長族(カレン族)はレビューを読んでたら色々思うところがあったので、首長族とは違う、5つの山岳民族の村を訪問できるツアーに行きました。このツアーのガイドさんが本当に良かった!私と南アフリカからのご夫婦の質問の嵐(笑)も全てしっかりと答えてくれました。ガイドさん、村人たちとの関係もしっかりとあるように見えて(何なら犬たちにも好かれていた…(笑))それがなんかほっこりしました。ちなみにこの山岳民族、政府が保護して公営住宅や水道インフラを与え・整備したり、農作物の育て方を教えているみたいです。一番のビックリポイントは約80%がクリスチャンらしいこと!かつてインフラを整備してくれたそうです。確かに教会もあったし、集会所に十字架もありました。

ちなみにツアーはこちら https://www.tripadvisor.com.au/AttractionProductReview-g293917-d26719709-Chiang_Dao_Cave_5_Hill_Tribe_villages-Chiang_Mai.html

 

 

 
 
 
 
僧侶が夜通し修行する洞窟にも行きました。ここもとても良かったです。
 

 
 

 
 

 

めっちゃ歩いて帰りのバンでは爆睡でした。ちなみに余談ですがこのツアーで話していた南アフリカからのご夫婦、インド系南アフリカ人4世で、先祖は1860年代に砂糖きび産業の奴隷として連れてこられたそうです。旦那さんは小学校の校長(しかも南アフリカ初のインド系の校長だったらしい!アパルトヘイト中から先生やってただろうし、人種差別を身をもって感じた世代だろうな…)をした後にリタイア、奥さんは農林省で今も働いているそうです。そんな話をたくさん聞いて、色々と勉強になりました。

 

 

そしてチェンマイでは私が帰った2日後にラプンツェルで話題になったコムローイ祭り(ランタンフェスティバル)があったそうですが、私はつゆしらず、スルー(笑)ちなみに前回訪問した際も帰国数日後にソクラーン祭り(こちらは水かけフェスティバル)があったのでした。でもコムローイ祭りの直前で色々なところでその飾り付けがされていてそれがとっても良かった!

 

 
 

 
大好きカオソーイはほぼ毎日食べました!正直有名店よりそこら辺のおばちゃんがぱぱっと作ってくれるやつが好きです。朝市ではほぼ毎日同じところで同じカオソーイを食べてました(笑)この高菜みたいな漬物と玉ねぎが良いアクセントになってるんですよね~
 

 
タイでは猫も犬ものんびりしています
 

 

次回に続く!(かな?)

 

 

いやはや、もう2025年も2ヶ月ほどしかないではありませんか、びっくり!

 

精神救急の仕事はだいぶ板についてきました。いろんなドラマがありますが総じてチームは良く、特に専門医が社会心理的側面をとても重視してくれるのでソーシャルワーカーを凄く重宝してくれているのが嬉しいです。精神の分野だと社会的な側面(経済状況、ホームレス、FDV等々)の影響により精神状態が悪化する患者さんも多いので、こういった事情の患者さんに対してはソーシャルワーカーのサポートは必須です。しかし救急という場所柄、私にできることは患者さんのイニシャルアセスメントをして「この患者さんの社会的事情は複雑であり、解決には時間がかかる」と医者を説得(兼患者さんのadvocate)して病棟への入院を促すことなのです。この精神救急では医者が定期的に患者さんと面談をするのですが、私はこれに参加しては患者さんのdisposition planや退院計画のディスカッションに貢献(できてるかな?!)します。まだ日は浅いし知識不足を実感することもありますが、これらの計画に度々影響を及ぼせている実感があり、働いていて凄くやりがいがあります。

 

また来る患者さんの多くが自殺未遂か希死念慮で入院してきますが、コミュニティで培ったネットワークを生かして、コミュニティサポートのreferralをたくさんできているのは自分の強みを生かせている実感があります。また私自身の自死遺族としての経験やケアラーとしての経験を共有し、寄り添う…ことができているかな?まだまだここら辺は勉強ですね。精神の分野は例えば同じ提案をしても人によって刺さったり刺さらなかったり(ってかむしろ怒られたり?!)本当に奥が深く、一筋縄ではいかないので難しいですがそれもまた醍醐味かも知れません。

 

一方のNPOの仕事を通して自死遺族が経験したこの国の医療の制度的な欠陥(そりゃ愛する人が病院に助けを求めたのに結局自殺したら病院や医療従事者を責めたくなりますよね…ちなみに私も母が自死したのは入院中だったので気持ちは物凄く分かります)や、中途半端な仕事をする医療従事者(いや、もしかしたらその医療従事者も疲弊しているだけなのかも知れませんがね…ちなみに医療従事者の自殺率って非医療従事者に比べると高いんです。でもそうじゃない、完全な勘違い野郎ももちろんいます)に対するフラストレーションが物凄くて、心理面で揺さぶられることも多いです。

 

さすがに内科時代から5ヶ月ホリデーなしで走り続けて来たら大分疲労が溜まってきました…ジュニアドクターの皆さんも疲労困憊気味で(RegとRMOも真面目で働き者だし、人間的に素晴らしい人たちで嬉しい!)、弱音を吐くこともしばしば。おばちゃん気質(?!)な私、度々スーパーでポップコーンやチョコレートのパーティーパックを買ってはチーム(医者&看護師&同僚ソーシャルワーカー)の皆さんにお配りして気分を盛り上げてみます。みんなの喜んだ顔を見てほっこりする私。笑 こうやって組織のpsychological riskもマネージしていかないとね!

 

そんなこんなでさすがにホリデーにいかないとおかしくなりそうなので(そろそろ燃え尽きそうだなーというタイミングが分かってきた)、急遽また今月末から一人旅でタイに行くことにしました。4月に行ったのにね(笑)楽しみ~!

 

家は古いこともあり問題が多く、落ち込むこともしばしばです…。今度は屋根裏にネズミがたくさんいることが発覚し(ねずみがたくさん走ってるのが聞こえたゲッソリそして屋根裏に入ったらいた…)、ペストコントロールを呼びました。この間は外壁に続く水道管から水が流れ続けていたことが発覚。屋根は古いし、ネズミが入れるような隙間も多く、屋根裏の保温材もぐちゃぐちゃになってて、(というか保温材の中にネズミが隠れてる…鬱…)もうこりゃ屋根ほぼ総入れ替えかもしれません。ああ、こりゃ数万ドルかかるかもな…。でもちょっとずつ自分たちでできることは直してます。ってかむしろ旦那は色々直したり、家を使いやすくするのをめちゃ楽しんでて(何だか彼のためにでっかいおもちゃを買った気分…笑)それはそれで良かったのかも知れません。お金はまだまだかかりそうだけどねーチーンまた週末シフトするかなー!