しばりやトーマスの斜陽産業・続 -49ページ目

新解釈映画、どうする信長!?『THE LEGEND & BUTTERFLY』

 東映70周年記念大作『THE LEGEND&BUTTERFLY』アマプラで配信開始になったので観た。木村拓哉が織田信長、綾瀬はるかがその妻、濃姫を演じる歴史ドラマだ。

 東映の創立70周年を飾るにふさわしい大作時代劇になるはずだったが、冒頭から観客の淡い期待は裏切られる。信長の元に対立する斎藤道三の娘、濃姫が政略結婚のために輿入れをするが、不躾な態度の信長に濃姫は食って掛かる。新婚初夜にドッタンバッタンと激しい音が聞こえるので側近はざわめくが、床では濃姫が信長にまたがって関節を決めていた

 男勝りで武芸に秀でている濃姫は狩りでも旦那を上回り、それが面白くない信長は鹿を仕留めようと無理をして崖下に落ちかけたところをまたしても濃姫に救われる。

「このことは誰にもいうなよ!」

 と、ひたすら情けなくヘナチョコな信長であった。この時点でこの映画は大作時代劇とかいうのではなく、新解釈による信長像の作品なんだってことがわかった。

 古沢良太による新解釈・信長記ってわけね。こういう新解釈映画は本当にロクでもない。さらに大規模な合戦シーンはひとつもない。信長の映画というから桶狭間の戦いとか長篠の戦いとかをみんな観たいと思うやん?それらは大体セリフないしは前後のやり取りだけが描かれておしまい。そこにも古沢の新解釈が入り込む。桶狭間では2万5千の大軍を率いた今川義元の軍勢が迫っているという報に恐れをなした信長の武将らが戦闘を渋っていると、濃姫が「雨に乗じて今川を攻め落とせ」と信長のケツを叩くのであった!雨が降る根拠を尋ねると侍女が雨の予報に詳しいから・・・ってそんな新解釈いらないよ!

 別に新解釈がダメとは言わないけど、これって信長が起こした戦の大部分は濃姫がケツを叩いたおかげやん!それでいいのか信長!どうする信長!

 

 合戦シーンが一つもなかったのはなぜ?合戦シーンを詳細にやろうとすると当然人馬を大量に用意せねばならず、その予算が組めなかったのだろう。この映画、制作費20億円と言われてるのに、いったいどこに消えた20億!?宣伝か?

 カンヌ映画祭で上映された北野武の新作『首』は本能寺の変に至るまでの信長ら武将の生きざまを独自の視点で描いたとされる歴史モノだが予告編では合戦シーンが描かれていて、こちらの製作費は15億円という。

 20億円もかけて上映時間2時間48分もある『THE LEGEND&BUTTERFLY』になんで合戦シーンがないんじゃい。重要な戦を描かず、信長と濃姫がいがみあったり、いちゃついたりするところだけは一生懸命描写している。最初の戦の場面が貧民街で信長と濃姫が乞食を惨殺するっていうね。そんなところやらずに桶狭間の戦いを描け!

 

 古沢のチンケな新解釈もここに極まれり、というのが安土城で徳川家康(斎藤工)を接待するところで、前後して濃姫と離縁した信長は虚しさを感じるようになり、軍議の場で武将らが欠伸をするほど気の抜けた状態になっているのを問題視した家臣の明智光秀(宮沢氷魚)は家臣の緊張を高めるために一芝居を打とうと進言。饗応の場でわざと光秀が無礼を働き、信長が光秀を蹴りたぐることに。しかし手を緩めたことで家康に狂言芝居を見抜かれてしまう。上手くできずにすまなんだと気を使ったことで光秀は「信長公はもはや魔王にあらず。ただの人だ」と裏切りを決意する・・・っていう解釈は数多ある光秀の裏切りの解釈の中でも最もトンチキ。まったく盛り上がらない。

 

 クライマックスは当然のように本能寺の変になるわけだが、炎の中で最期を決意した信長だが、畳の下に隠し通路があるのを見つけ、それを辿って脱出。病に伏せる濃姫の元に駆け付け、二人で南蛮にわたって平和に暮らそうとする。嵐の去った船の上で二人はタイタニックごっこをするのであった。

 

 と、思ってたらそれはすべて死ぬ前に信長が見た幻だった・・・ってそれ『未来世紀ブラジル』じゃねーか!信長が自刃する場面も迫力がない。東映映画なんだからそこは勢いよく首がすっ飛んで炎の中に木村拓哉の首が浮かんで「おかーさーん!」って『恐怖奇形人間』みたいに叫べよ!

 東宝創立50周年映画の『幻の湖』と一緒で、創立何十周年映画というやつは信用してはいけない。濃姫なのになんでバタフライなの?っていうと文献で帰蝶もしくは胡蝶という呼び名があるので、それに準じたってことらしいです。この映画、蝶になる前の蛹以下ですやん。レジェンドには、程遠かった。

 

 

 

 

 

 

蜘蛛男から車へ

 USJのアトラクション、『アメージング・アドベンチャー・オブ・スパイダーマン・ザ・ライド』が来年1月で稼働を終了すると発表。休止中だった『ターミネーター 2:3-D』『バックドラフト』も終了。

 

 

 この3つのライドはUSJオープン時から稼働していた人気ライドだが、来年でオープン20周年となるUSJが「進化」を目指してアトラクションの入れ替えを図るのだろう。

 スパイダーマンに変わる新ライドとして期待されているのが『ワイルド・スピード』だ。

 

 

 カリフォルニアのユニバーサル・スタジオ・ハリウッドとユニバーサル・スタジオ・フロリダには『ワイルド・スピード』のライド『Fast & Furious – Supercharged』がすでに稼働している。USJにもいつ登場するかと言われていて、2018年にUSJが商標登録を承認されている。おそらく3つのライドを撤去した跡地に登場するのではないかと。

 ユニバーサルにとって最大のコンテンツが『ワイルド・スピード』なのでUSJにライドを誕生させることで日本でもさらに息の長い人気を獲得できるだろう。

 スパイダーマンよこれまでUSJの親愛なる隣人でいてくれてありがとう。君のことは忘れないよ!

 

 

 

 

 

 

 

劇場で小宇宙を感じたことはあるか?『聖闘士星矢 The Beginning』

 車田正美の人気漫画をハリウッドで実写化した『聖闘士星矢 The Beginning』は製作が発表された時点で様々な意見が聞かれた。この手の「日本の漫画をハリウッドで実写化」して成功した作品があまり見受けられないからだ。

『聖闘士星矢』は80年代のジャンプの看板漫画で、86年にスタートしたテレビアニメ版も大反響を呼び、「鎧モノ」というジャンルを生み出した、その後の日本のアニメーション作品に多大な影響を与えた作品だ。

『聖闘士星矢』が独特だったのは戦闘描写だ。聖闘士は体内に秘められた小宇宙(コスモ)というエネルギーを爆発させ、破壊力に還る。必殺技の名前を叫ぶとともに技を繰り出せばどういう原理か一切わからないが、相手を吹き飛ばし叩きのめす。車田の最初のヒット作『リングにかけろ』の中盤以降にこのスタイルは確率され、スポ根漫画の常識を覆してしまった。

 そういった破天荒なノリは漫画、アニメなら許されるが実写では果たしてどうだろうか?聖闘士星矢 The Beginning』は実写にすると大変難しいテーマに挑んだ作品だ。

 

 アンダーグラウンドな賭け格闘技場で戦う男、星矢(新田真剣佑)は賭けファイトを取り仕切っているカシオス(ニック・スタール)にいびられながらも幼い頃に誘拐された姉の行方を追い求めている。ある日のファイトで自らの内に秘められた謎の力を発揮したために星矢は追われることになる。そんな彼の前に現れた男、アルマン・キド(ショーン・ビーン)は星矢の内に秘められた力は小宇宙(コスモ)というもので、お前は戦いの女神、アテナを守る神話の戦士、聖闘士としてアルマンの娘シエナ(マディソン・アイズマン)を守らなくてはならない、シエナはアテナの生まれ変わりとしてこの世界に降臨した・・・といったことを矢継ぎ早に語る。

 

 この序盤の展開はあまりにも唐突すぎて観客を凄い勢いで置いてけぼりにしていく。当の星矢ですら「何言ってんだ?」「頭おかしいんじゃねえのか?」と突っ込んでる。それ観客のセリフだよ!

 この映画は壮大すぎる原作の初期の部分を再編している、つまり原作とは話が違うので、主人公である星矢に突っ込み役をさせることでなんとか観客をつなぎとめようとしている。その試みは大分上手くいっている。

 

 アルマン・キドとその妻ヴァンダー・グラード(ファムケ・ヤンセン)はアテナの生まれ変わりであるシエナを黄金聖闘士から授かったが、アテナの強大すぎる小宇宙によってヴァンダーは手を失う。アテナの力が世界に破滅をもたらすと感じた彼女はアテナを葬り去ろうとする。だがアルマンはアテナの力こそがやがて訪れる聖戦から世界の破滅を救う力になると信じ、妻の元を去り、シエナを連れて隠れ家に潜み、アテナを守る聖闘士たちを集めようとする・・・というのがこの映画の大筋だ。

 

 2時間という上映時間に収めるために物語を作り直して、登場人物の多くを削っているわけだが、「離れ離れになった姉を探すために聖闘士になり、やがて聖戦に巻き込まれていく」という原作の設定は押さえているためそんなに違和感がないのはよくできているところだ。

 星矢が師匠となるマリン(ケイトリン・ハトソン)の元に行き、凄まじい修行を受け、ペガサスの聖闘士になるが、聖衣に拒絶された上、シエナさえも奪われてしまい、失意に陥るも聖闘士としての使命に目覚め、聖衣に認められ戦いに赴く・・・という展開はハリウッド脚本の王道をなぞらえている。

 こうしてみると『聖闘士星矢 The Beginning』は原作、アニメとも違う物語にしながらも大事な部分はしっかり押さえており、2時間の映画に収めるべく、オリジナリティを発揮した部分もそれなりに納得できる作品になっている。特にオリジナルの部分で秀逸だと思ったのはマーク・ダカスコスが演じるアルマンの執事、マイロックだ。彼は原作における辰巳のポジションだ。辰巳といえばアテナである沙織お嬢様の金魚のフンぐらいのイメージしかなかったのに、『聖闘士星矢 The Beginning』ではアルマンとシエナのためにピストルと警棒を駆使したガン=カタみたいなアクションを披露してしまう!ダカスコスはやはり日本の漫画実写化『クライングフリーマン』や、ゲームの実写化『ダブルドラゴン』でもインパクト大のアクションを見せつけていて、彼の存在が『聖闘士星矢 The Beginning』の価値をひとつ上げている。これは監督が辰巳の大ファン(!)で、彼に見せ場を作ろうとしてこんなにカッコイイキャラにされてしまったのだ。いやはや、聖闘士星矢という作品の見方にはいろんなものがあるのだなあと思い知らされた。

 クライマックスで星矢と対峙する聖闘士のネロ(ディエゴ・ティノコ。原作におけるフェニックス一輝)がアルマンの隠れ家を見つけ出すために幻魔拳っぽいのを使ったりするなど、ちょくちょく原作愛に溢れるシーンも見られるのも、よい。

 そして何より星矢を演じる新田真剣佑がバッキバキに鍛え上げた筋肉を駆使してド派手なマーシャルアーツ系アクションをガッツリ披露しているのが素晴らしい。その辺のイケメン俳優とは一味違う存在感を見せつけており、今後の活躍にも期待が持てる。

 

 とはいえ、『聖闘士星矢 The Beginning』が批判を受けるのはわかる。原作の売りは魅力的な美少年キャラたちだから、聖闘士が三人だけなのは少なすぎるし、聖衣がアルフォートから出てくるっていうのもなんだし、やっぱり聖衣のデザインがもう少しどうにかならなかったものか、とかクライマックスにアニメの主題歌『ペガサス幻想』のインストのイントロだけが流れるってのもな~MAKE-UPの歌入りで流してくれよ!

 

 そして興行的に苦戦しすぎているという件についてだが、原作もアニメの30年近く前のものだから、僕ら老害世代しか知らないよね、この漫画。Z世代は聖闘士星矢がなんなのかまったくわからないのだから、突然実写化を300館も拡大公開するのは無理があったんじゃないか。東映からすれば同じ30年前の漫画『SLAM DANK』の再アニメ化が爆発的なヒットをしているから、『聖闘士星矢』もいける!と思ったかもしれないけど、前者は誰でも知ってるスポーツがテーマなのに比べて、聖闘士星矢は後追い作品が今はほとんどないんだからさあ・・・誰も知らないものは「これが聖闘士星矢だ!」っていう説明をしておかないと。日本人は説明が必要なものは見ないんだから。

 総じて、完璧とまではいわないが惜しい作品ではあったと思う。それにこれ、Beginningなんで!続きあるんでしょ!次回は青銅聖闘士の仲間や、黄金聖闘士やらが出て来てくれるの、信じてますよ!

 

歌入りで流せ

 

原作はまだ続いているんですよ

 

ダカスコスの新作

呪いから逃げろ!『ハロウィン THE END』

 伝説が壮絶に終わる―。1978年の第一作から45年の時を経て、ついに『ハロウィン』シリーズが完結する。監督ジョン・カーペンターとプロデューサー、デブラ・ヒルによって創造された不気味なマスクを被った殺人鬼マイケル・マイヤーズの物語は「最も稼いだインディペンデント映画」として今も記録されている。あまりにもヒットしすぎたことで同一の監督による続編、別の監督、スタッフによる続編、外伝、スピンオフ、リメイクとシリーズは果てしなく拡大し、怪人ブギーマンの恐怖は拡散された。

 そして2018年、『ハロウィンⅢ』(1988)以来、ジョン・カーペンターが制作に関わった‟正当な続編『ハロウィン』が公開される。この作品は旧作のファン、現在のファン双方から絶賛され、これまでのシリーズがたどってきたようにシリーズ化。2021年の『ハロウィン KILLS』を経てこの『ハロウィン THE END』で新三部作および『ハロウィン』シリーズは本当に完結する。本当に完結するのか?

 

 2019年のイリノイ州ハドンフィールド(2018年『ハロウィン』の一年後)でハロウィンの夜、ごく普通の青年、コーリー・カニンガム(ローハン・キャンベル)は知り合いのアレン夫妻宅でジェレミーという少年の子守りを任される。ジェレミーは子供のくせにテレビで『遊星からの物体X』(カーペンター作品!)を見ているという、ませたガキで(ここはカーペンターの一作目『ハロウィン』で子供がTVの『遊星よりの物体X』を見ている、というシーンのオマージュ)、手を焼いたコーリー相手にかくれんぼのイタズラを仕掛け、部屋に閉じ込めてしまう。逆上したコーリーは閉じた扉を蹴破る。衝撃でジェレミーは吹っ飛び、吹き抜けの階段から転落死。

 四年後(2018年の『ハロウィン』から、リアルタイムにこの新三部作は進行する)、裁判では事故死と判決されコーリーは無罪となったが「子供殺しのサイコパス野郎」と蔑む町の人々を避けるように暮らしていた。不良少年らに嚙みつかれていた彼に手を差し伸べたのは同じようにハドンフィールドの住民から白眼視されていたローリー(ジェイミー・リー・カーティス)とその孫娘アリソン(アンディ・マティチャック)だった。四年前に再び病院を脱走したマイケル・マイヤーズとの争いで娘夫婦を失ったローリーは残りの人生を回顧録を書くことで過ごしていた。

 ハロウィンの夜、アリソンはパーティーにコーリーを誘う。数年ぶりにはっちゃけるコーリーだが、会場にいたジェレミーの母親から罵声を浴びせられる。その場を飛び出したコーリーは不良少年らに痛めつけられ、橋の下に放り出された。下水道路に逃げ込んだコーリーはそこに隠れ住んでいたマイケルに命を狙われるが、マイケルの瞳の奥に潜む底知れぬ闇に魅入られたコーリーは命からがら逃れる。

 以降、コーリーの性格は一変し、マイケルが乗り移ったかのような凶行を重ねる。マイケルの狂気がコーリーに継承されたのだと悟ったローリーは自身の過去を葬り去るべく、マイケル、コーリーと対峙する。

 

『ハロウィン』シリーズのマイケル・マイヤーズは人間技とは思えない殺人を繰り返し、伝説の怪物‟ブギーマン”として扱われる。死んだと思われたマイケルが実は死んでおらず、何度もハドンフィールドの町を恐怖に陥れる。シリーズではマイケルは人間ではなく怪物なのでは?というイメージで扱われてきた。前二作『ハロウィン』『ハロウィン KILLS』でもそうだったが、『ハロウィン THE END』では「マイケルは怪物ではなく人間だった」という扱いになった。ハドンフィールドの人間はマイケルの凶行を恐れるがあまり、怪物のように思ってしまったことが彼に余計な力を与えていたのでは?という解釈になっている。

 

 主人公ローリーはまさにマイケルを怪物にしていた人間で、トラウマに捕らわれるがあまり、「奴は必ず帰ってくる」と思い込み、町を離れず60過ぎてもバッキバキに肉体を鍛え上げ、娘に「マイケルは必ず帰ってくる!」と言い続け距離を置かれる(そりゃそうだ)。自宅を要塞化し迎え撃つがマイケルを倒すことは叶わず、それが却って被害を拡大する。孫のアリソンも祖母を心配するがあまり、町に留まり看護師をしているが、セクハラ上司のおかげで出世が閉ざされるという最低の職場。コーリーも町を出てしまえばよかったのに慣れ親しんだ地元から離れられない。ハロウィンがくれば「マイケルが来るぞ!」とふざけあう住民たちもマイケルの犠牲者というか、信奉者のようだ。

 

 ハドンフィールドの人間はみんなマイケルという呪いに捕らわれている。新三部作にレギュラー出演しているホーキンス保安官(ウィル・パットン)はマイケルとの争いで同僚を誤射して死なせたという過去があるが、隠居して日本に行くつもりで「一緒に桜を観に行かないか」とローリーを誘う。彼はマイケルの呪いから逃れようとしている。ローリーはその誘いを振り切ってマイケルとの決着をつけに行く。呪いから逃れるには、戦いを終わらせるしかない

 ローリー役のジェイミー・リー・カーティスは『ハロウィン』でヒロインを演じて以降『ザ・フォッグ』『プロムナイト』といった同じような役ばかりやって「スクリーミング・クイーン」の名を欲しいままにした。『ハロウィンH20』『ハロウィン レザレクション』とシリーズにも出続け、本当にマイケルの呪いから逃れられない人だった。

 新三部作の監督デヴィッド・ゴードン・グリーンは本当にシリーズを終わらせたマイケルは怪物ではなく、人間だったという解釈は賛否の別れるところだが、無限に拡大していたシリーズを再構築して、一考の余地なく完結させた(45年かけたことをたった4年で!)ことは称賛に価するだろう。

 けれど、監督は「『ハロウィン』という物語は別の誰かによって続くかもしれない」と含みを持たせている。続くかもしれないね。マイケルの呪いから逃れられない人によって。

 

 

原点

 

新三部作の一本目

 

前作

マリオと思ったら聖闘士星矢

 先日、何度目かの『シン・仮面ライダー』を観に行ったら、本編前に『シン・エヴァンゲリオン劇場版』Blu-ray&DVD収録特典映像『EVANGELION:3.0(-46h)劇場版』が上映されてました。これはGWの特別企画なんですが、観客の何人かが上映中に何度も出入りしだした。ひょっとして上映されるの知らなかったのかな?

 シネコンではうっかり違うスクリーンに入ってしまうことあるので、うっかりもあるかもしれない。だが、映画館側が違う映画をかけてしまったら?

 

 

 GW中のシネコンで現在大ヒット中の『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を観に行った客が見たものは『聖闘士星矢 The Beginning』だった・・・

 TOHOシネマズ仙台で起きたこの一件。シネコンでは同じスクリーンで時間帯によって違う作品をかけることがあるので、劇場側のヒューマンエラーですね。

 

《マリオの映画を見に行ったのに、放映されたのは聖闘士星矢だった。バイオレンスなシーンにビックリした子どもたちが泣きわめいて、会場はカオス(笑)》

↑実際に上映間違えに遭遇した観客のツイート

 

「子供が泣き喚いた」は誇張しすぎな気もするけど。海外では『マダガスカル3』と間違えて『パラノーマル・アクティビティ4』がかかったり、『ピーターラビット』の上映時に『へレディタリー/継承』の予告編が流れて子供大パニック(笑)。それぐらい作風が違いすぎるのスクリーンにかけられたらトラウマにもなるだろうけど、マリオから聖闘士星矢はそんなにショックでもないでしょ。

 

 

 

 

 それはともかくとして、週刊女性PRIMEのこの記事の書き方にはひとつ言わせてもらいたい。間違えて上映された『聖闘士星矢 The Beginning』が爆死していることは別に関係ねーだろ(怒)。

 これ幸いとばかりにバッシング記事を書くんじゃねえよ!週刊女性PRIMEの記者は自分の内に宇宙を感じたことがあるのか!?

 

 ちなみに『聖闘士星矢The Beginnning』が盛り上がってないのは、世間的に聖闘士星矢ブームが全く起きてないのにやっちゃったせいでしょ!僕ら老害世代は『リングにかけろ』から車田正美の話ができるけど、Z世代は聖闘士星矢がなんなのかまったくわかってないんだから、説明が必要な作品を何も言わずにかけてもそりゃ、ヒットしねーよ!マリオが受けてるのはどの世代の人もマリオを知ってるからでしょ。これを300館以上の拡大公開した東映はどうかしてるよ。

 

 

まだ新作が続いてるんだけどね

 

 

 

実写のやつ