終末の唄_055
♯11
///
おまえは、悲惨な戦禍の跡にいるのだ。
もうこの街は完全に壊滅していて、すでに死に絶えている。
ひび割れて大きく傾いたビルたちが、先を争うように、あちらこちらで音を立てて崩れ落ちている。
電気が絶たれ、光を失っている上に、道路はそんな瓦礫で塞がれているのだから、おまえはただ歩くだけでも骨が折れるはずだ。
かろうじて、火を噴いたあとの燃え残りが小さな灯火となって、暗闇の中に点々と、弱々しくくすぶっているのが見えることだろう。
辺りには腐乱臭が立ち込めていて、息をするのもつらくなる。
おまえがひときわ大きなビルの跡を通り過ぎて、崩れ落ちた陸橋の下をくぐり抜けると、その先に小さな小学校が見えるはずだ。
校舎の左半分は大破しているけれども、建物の中心に位置する時計塔から右側は、かろうじてもとのままのカタチで残っているのがわかるだろう。
けれどそれも、大きなひび割れが壁面の上を不気味にいくつも走っていて、いつ崩れ落ちてもおかしくはないとおまえは思う。
校舎に近づくと、一階のひとつの教室の窓がかすかに光っているのを、やがておまえは見つけることだろう。
その弱々しい光に吸い寄せられるように、おまえはその教室の窓に近づいていく。
そして、ほんとうはその中を覗きたくはないのに、おまえはそれを覗かないわけにはいかなくなるのだ。
おまえが覗いた教室の中には、もちろん、銀色に眩しく輝くオレ様がいる。
おまえはうんざりしながら、また〈銀色の男〉だ、とでも思うのだろう。
薄暗さに目が慣れてきたおまえは、その教室の中に大勢の生徒がいることに気づく。
小学生の低学年くらいの年格好で、なぜかみんな裸だ。
そしてみんな、震えながらすすり泣いている。
よく見ると、オレ様の左側には白い肌の生徒が、右側には黒い肌の生徒が集められていることに、おまえは気づく。
To be continued.
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おまえは、悲惨な戦禍の跡にいるのだ。
もうこの街は完全に壊滅していて、すでに死に絶えている。
ひび割れて大きく傾いたビルたちが、先を争うように、あちらこちらで音を立てて崩れ落ちている。
電気が絶たれ、光を失っている上に、道路はそんな瓦礫で塞がれているのだから、おまえはただ歩くだけでも骨が折れるはずだ。
かろうじて、火を噴いたあとの燃え残りが小さな灯火となって、暗闇の中に点々と、弱々しくくすぶっているのが見えることだろう。
辺りには腐乱臭が立ち込めていて、息をするのもつらくなる。
おまえがひときわ大きなビルの跡を通り過ぎて、崩れ落ちた陸橋の下をくぐり抜けると、その先に小さな小学校が見えるはずだ。
校舎の左半分は大破しているけれども、建物の中心に位置する時計塔から右側は、かろうじてもとのままのカタチで残っているのがわかるだろう。
けれどそれも、大きなひび割れが壁面の上を不気味にいくつも走っていて、いつ崩れ落ちてもおかしくはないとおまえは思う。
校舎に近づくと、一階のひとつの教室の窓がかすかに光っているのを、やがておまえは見つけることだろう。
その弱々しい光に吸い寄せられるように、おまえはその教室の窓に近づいていく。
そして、ほんとうはその中を覗きたくはないのに、おまえはそれを覗かないわけにはいかなくなるのだ。
おまえが覗いた教室の中には、もちろん、銀色に眩しく輝くオレ様がいる。
おまえはうんざりしながら、また〈銀色の男〉だ、とでも思うのだろう。
薄暗さに目が慣れてきたおまえは、その教室の中に大勢の生徒がいることに気づく。
小学生の低学年くらいの年格好で、なぜかみんな裸だ。
そしてみんな、震えながらすすり泣いている。
よく見ると、オレ様の左側には白い肌の生徒が、右側には黒い肌の生徒が集められていることに、おまえは気づく。
To be continued.
終末の唄_054
そんな日が何週間か続いたある日、当時のアタシの上司が突然家にきて、『おまえ、いつまでも何やってんだ!』って怒鳴って、アタシの首根っこひっつかんでさ、部屋からアタシのことをちからずくで引きずり出したんだ。
そして、アタシはそのまま無理矢理パトカーに乗せられて、ある殺人事件の現場に連れていかれたんだよ。
その日から、そのひとは毎日アタシのところにやってきて、同じようにアタシを無理矢理現場に連れだし続けたんだ。
そのおかげでアタシャ、徐々に、現場に復帰していったんだ。
現場で会う人々の悲しみ、怒り、苦しみ、恨み、そして喜び――。そんな諸々の人間の感情が、アタシのこころを少しずつ変えていったんだ。
アタシを立ち直らせることができたのは、やっぱり、現場だったんだなあ。
その上司は――もうとっくにくたばっちまったけどよう、それをしっていたんだよ。
あのとき、あのひとに、そうやって無理矢理ディソシエーションの状態から引きずり出してもらってなかったら、いま頃アタシャ、ここにはいなかったろうな」
「こんな立派なおやじさんにも、そんな立派な上司がいたんっスね」
「よせやい、アタシャちっとも立派なんかじゃあないよ」真栄田刑事が、言った。
「だけど、このことがきっかけで、アタシャ簡単に物事を信用しなくなったんだ。
真実というのは、簡単には見えないところにある。
それが、アタシの口癖になっちまった。
だから、今回の夢遊殺人事件にしても、ちょこっとでも自分のこころの隅に引っかかるところがある限り、アタシャ簡単には納得することができないのさ。
このこころの引っかかりに片をつけるまでは、アタシャアタシなりの結論を、保留しなければならないんだよ」
真栄田刑事は、吸い込んだタバコの煙をゆっくりと吐き出すと、ほとんど根元まで吸ったタバコをもみ消した。
「――そういうことなんっスね」と津川刑事が呟くように、言った。
「しかし、この世の中、どうしてこんなに事件や事故が溢れているんスかねえ?
ニュースで、『今日は何も事件のない、平和な日でした――』なんてこと、たったの一日だってありゃしないんだから」
「そうだな。
きっと神様は、”素うどん”がきらいなんだろう」
「え? ”素うどん”?」
「ああ。きつねとか、てんぷらとか、生たまごとか――何か、具がのってなきゃ、ただの素うどんじゃあ、寂しいんだろうよ」
「それって、たとえ、ですよね?」
「アタシャ、素うどん、大好きなんだけどねえ」
「素うどんと、具、ねえ」
「ところで、カズ、リョーコちゃんとはどうなんだ? うまくいってるのかい?」
「ええ、まあ」
突然話題がかわって、津川刑事はあわてる。
「できたら、年内にはいっしょになろうか、と――」
「へえー、そうかい? そりゃあいい。
リョーコちゃん、とってもいい娘だからな。お前さんにはもったいないくらいなんだからな? 大事にしろよ? あの娘逃がしたら、もうお前さんにはきっと、次はないんだぞ」
真栄田刑事が津川刑事の肩を叩いて、言った。
「はいはい、よくわかってますとも。
だいだいおやじさん、その『もうお前さんにはきっと、次はないんだぞ』っての、もう死ぬほど聞いてますよ? 勘弁してくださいよ、いい加減」
「ははは。そうだったかな?」
あと五百メートルで高速の出口だと案内が見えてきた。
真栄田刑事はカーステレオから流れてきた「失恋レストラン」に合わせて、また口ずさみだした。
この曲ならしっていると津川刑事は思いながら、真栄田刑事の歌を聴いていた。
大きな白い月は、いつの間にか少し痩せて、ふたりを乗せたクルマのバックミラーの中に浮かんでいた。
To be continued.
そして、アタシはそのまま無理矢理パトカーに乗せられて、ある殺人事件の現場に連れていかれたんだよ。
その日から、そのひとは毎日アタシのところにやってきて、同じようにアタシを無理矢理現場に連れだし続けたんだ。
そのおかげでアタシャ、徐々に、現場に復帰していったんだ。
現場で会う人々の悲しみ、怒り、苦しみ、恨み、そして喜び――。そんな諸々の人間の感情が、アタシのこころを少しずつ変えていったんだ。
アタシを立ち直らせることができたのは、やっぱり、現場だったんだなあ。
その上司は――もうとっくにくたばっちまったけどよう、それをしっていたんだよ。
あのとき、あのひとに、そうやって無理矢理ディソシエーションの状態から引きずり出してもらってなかったら、いま頃アタシャ、ここにはいなかったろうな」
「こんな立派なおやじさんにも、そんな立派な上司がいたんっスね」
「よせやい、アタシャちっとも立派なんかじゃあないよ」真栄田刑事が、言った。
「だけど、このことがきっかけで、アタシャ簡単に物事を信用しなくなったんだ。
真実というのは、簡単には見えないところにある。
それが、アタシの口癖になっちまった。
だから、今回の夢遊殺人事件にしても、ちょこっとでも自分のこころの隅に引っかかるところがある限り、アタシャ簡単には納得することができないのさ。
このこころの引っかかりに片をつけるまでは、アタシャアタシなりの結論を、保留しなければならないんだよ」
真栄田刑事は、吸い込んだタバコの煙をゆっくりと吐き出すと、ほとんど根元まで吸ったタバコをもみ消した。
「――そういうことなんっスね」と津川刑事が呟くように、言った。
「しかし、この世の中、どうしてこんなに事件や事故が溢れているんスかねえ?
ニュースで、『今日は何も事件のない、平和な日でした――』なんてこと、たったの一日だってありゃしないんだから」
「そうだな。
きっと神様は、”素うどん”がきらいなんだろう」
「え? ”素うどん”?」
「ああ。きつねとか、てんぷらとか、生たまごとか――何か、具がのってなきゃ、ただの素うどんじゃあ、寂しいんだろうよ」
「それって、たとえ、ですよね?」
「アタシャ、素うどん、大好きなんだけどねえ」
「素うどんと、具、ねえ」
「ところで、カズ、リョーコちゃんとはどうなんだ? うまくいってるのかい?」
「ええ、まあ」
突然話題がかわって、津川刑事はあわてる。
「できたら、年内にはいっしょになろうか、と――」
「へえー、そうかい? そりゃあいい。
リョーコちゃん、とってもいい娘だからな。お前さんにはもったいないくらいなんだからな? 大事にしろよ? あの娘逃がしたら、もうお前さんにはきっと、次はないんだぞ」
真栄田刑事が津川刑事の肩を叩いて、言った。
「はいはい、よくわかってますとも。
だいだいおやじさん、その『もうお前さんにはきっと、次はないんだぞ』っての、もう死ぬほど聞いてますよ? 勘弁してくださいよ、いい加減」
「ははは。そうだったかな?」
あと五百メートルで高速の出口だと案内が見えてきた。
真栄田刑事はカーステレオから流れてきた「失恋レストラン」に合わせて、また口ずさみだした。
この曲ならしっていると津川刑事は思いながら、真栄田刑事の歌を聴いていた。
大きな白い月は、いつの間にか少し痩せて、ふたりを乗せたクルマのバックミラーの中に浮かんでいた。
To be continued.
終末の唄_053
「悲しんだよ? アタシだって。もちろん。どうしようもなく、とことん。
でもよ、いつまでも、そうしているわけにもいかないだろう? だからアタシャ、その悲しみを仕事に打ち込むことで乗り越えようとしたんだ。
必死でがんばったよ。それこそ、寝る間も惜しんでさあ。青田の行方を追いながら、そのほかにもいろんな事件を片っ端から追いかけた。
ほら、鬼刑事とかって、よく言うだろう? まさに、それよ」
真栄田刑事は、そこでひと呼吸ついた。
「そして、早紀が事故にあって死んでからちょうど一年後、アタシの執念が実って、やっとこさ探し続けていた青田を見つけだし、ついに逮捕したんだ。
うれしかったねえ。ざまあみろ、だ。
するとヤツは、アタシに向かってこう言ったんだ。
『あんた、オレを逮捕できて、うれしいかい?』てな。
だからアタシャ、言ってやったんだ。ああ、もちろんさ。うれしくって、うれしくって、これで夜もぐっすり眠れるってもんよ、ってね。
そしたらヤツは、またこう言い返すんだ。
『オレもうれしいよ。あんたに親父(組長)を殺られちまったけど、そのときオレたちが受けたのと同じ悲しみを、一年前のあの日に、オレはあんたに返すことができたんだからな』ってね。
どういう意味だあ? 何だ、それは? って、咄嗟に訊き返したよ。
ヤツの胸ぐらをぎゅうぎゅう締め上げながら、何度も何度も、な。
わかってたよ? すぐに。ヤツが言ったことばの意味は。
だけど、そのときのアタシャ、それを認めたくはなかったんだ。
一年だぜ? アタシャ、ぼんくらにも、ヤツに嫁さんを殺されたことに、じつに一年も、まったく気づかずにいたんだからな」
津川刑事は左手にコーヒーの入ったコップを持ち、右手だけでハンドルを握り、何も言わずに運転を続けた。
前方に分岐点の大きな案内看板が見えてきた。
ふたりが乗ったクルマは、その分岐を左に入っていった。
「それからのアタシャ、完全に壊れてしまったんだ。
もう何も感じることができなくなっちまった。そんな状態のことを、〝ディソシエーション〟って、言うんだってな? そのとき無理矢理連れていかれた精神科の先生が、そう言ってたよ。
アタシャ仕事もせずに、家の中で、毎日毎日、ごろごろと寝ころんで天井ばかり見つめていた。
何も考えちゃいないんだよ? ただ、ぼーっとしてるだけさ。身体から気力というものが全部抜け落ちてしまって、どうにも動くことができなかったんだ。
To be continued.
でもよ、いつまでも、そうしているわけにもいかないだろう? だからアタシャ、その悲しみを仕事に打ち込むことで乗り越えようとしたんだ。
必死でがんばったよ。それこそ、寝る間も惜しんでさあ。青田の行方を追いながら、そのほかにもいろんな事件を片っ端から追いかけた。
ほら、鬼刑事とかって、よく言うだろう? まさに、それよ」
真栄田刑事は、そこでひと呼吸ついた。
「そして、早紀が事故にあって死んでからちょうど一年後、アタシの執念が実って、やっとこさ探し続けていた青田を見つけだし、ついに逮捕したんだ。
うれしかったねえ。ざまあみろ、だ。
するとヤツは、アタシに向かってこう言ったんだ。
『あんた、オレを逮捕できて、うれしいかい?』てな。
だからアタシャ、言ってやったんだ。ああ、もちろんさ。うれしくって、うれしくって、これで夜もぐっすり眠れるってもんよ、ってね。
そしたらヤツは、またこう言い返すんだ。
『オレもうれしいよ。あんたに親父(組長)を殺られちまったけど、そのときオレたちが受けたのと同じ悲しみを、一年前のあの日に、オレはあんたに返すことができたんだからな』ってね。
どういう意味だあ? 何だ、それは? って、咄嗟に訊き返したよ。
ヤツの胸ぐらをぎゅうぎゅう締め上げながら、何度も何度も、な。
わかってたよ? すぐに。ヤツが言ったことばの意味は。
だけど、そのときのアタシャ、それを認めたくはなかったんだ。
一年だぜ? アタシャ、ぼんくらにも、ヤツに嫁さんを殺されたことに、じつに一年も、まったく気づかずにいたんだからな」
津川刑事は左手にコーヒーの入ったコップを持ち、右手だけでハンドルを握り、何も言わずに運転を続けた。
前方に分岐点の大きな案内看板が見えてきた。
ふたりが乗ったクルマは、その分岐を左に入っていった。
「それからのアタシャ、完全に壊れてしまったんだ。
もう何も感じることができなくなっちまった。そんな状態のことを、〝ディソシエーション〟って、言うんだってな? そのとき無理矢理連れていかれた精神科の先生が、そう言ってたよ。
アタシャ仕事もせずに、家の中で、毎日毎日、ごろごろと寝ころんで天井ばかり見つめていた。
何も考えちゃいないんだよ? ただ、ぼーっとしてるだけさ。身体から気力というものが全部抜け落ちてしまって、どうにも動くことができなかったんだ。
To be continued.