終末の唄_054
そんな日が何週間か続いたある日、当時のアタシの上司が突然家にきて、『おまえ、いつまでも何やってんだ!』って怒鳴って、アタシの首根っこひっつかんでさ、部屋からアタシのことをちからずくで引きずり出したんだ。
そして、アタシはそのまま無理矢理パトカーに乗せられて、ある殺人事件の現場に連れていかれたんだよ。
その日から、そのひとは毎日アタシのところにやってきて、同じようにアタシを無理矢理現場に連れだし続けたんだ。
そのおかげでアタシャ、徐々に、現場に復帰していったんだ。
現場で会う人々の悲しみ、怒り、苦しみ、恨み、そして喜び――。そんな諸々の人間の感情が、アタシのこころを少しずつ変えていったんだ。
アタシを立ち直らせることができたのは、やっぱり、現場だったんだなあ。
その上司は――もうとっくにくたばっちまったけどよう、それをしっていたんだよ。
あのとき、あのひとに、そうやって無理矢理ディソシエーションの状態から引きずり出してもらってなかったら、いま頃アタシャ、ここにはいなかったろうな」
「こんな立派なおやじさんにも、そんな立派な上司がいたんっスね」
「よせやい、アタシャちっとも立派なんかじゃあないよ」真栄田刑事が、言った。
「だけど、このことがきっかけで、アタシャ簡単に物事を信用しなくなったんだ。
真実というのは、簡単には見えないところにある。
それが、アタシの口癖になっちまった。
だから、今回の夢遊殺人事件にしても、ちょこっとでも自分のこころの隅に引っかかるところがある限り、アタシャ簡単には納得することができないのさ。
このこころの引っかかりに片をつけるまでは、アタシャアタシなりの結論を、保留しなければならないんだよ」
真栄田刑事は、吸い込んだタバコの煙をゆっくりと吐き出すと、ほとんど根元まで吸ったタバコをもみ消した。
「――そういうことなんっスね」と津川刑事が呟くように、言った。
「しかし、この世の中、どうしてこんなに事件や事故が溢れているんスかねえ?
ニュースで、『今日は何も事件のない、平和な日でした――』なんてこと、たったの一日だってありゃしないんだから」
「そうだな。
きっと神様は、”素うどん”がきらいなんだろう」
「え? ”素うどん”?」
「ああ。きつねとか、てんぷらとか、生たまごとか――何か、具がのってなきゃ、ただの素うどんじゃあ、寂しいんだろうよ」
「それって、たとえ、ですよね?」
「アタシャ、素うどん、大好きなんだけどねえ」
「素うどんと、具、ねえ」
「ところで、カズ、リョーコちゃんとはどうなんだ? うまくいってるのかい?」
「ええ、まあ」
突然話題がかわって、津川刑事はあわてる。
「できたら、年内にはいっしょになろうか、と――」
「へえー、そうかい? そりゃあいい。
リョーコちゃん、とってもいい娘だからな。お前さんにはもったいないくらいなんだからな? 大事にしろよ? あの娘逃がしたら、もうお前さんにはきっと、次はないんだぞ」
真栄田刑事が津川刑事の肩を叩いて、言った。
「はいはい、よくわかってますとも。
だいだいおやじさん、その『もうお前さんにはきっと、次はないんだぞ』っての、もう死ぬほど聞いてますよ? 勘弁してくださいよ、いい加減」
「ははは。そうだったかな?」
あと五百メートルで高速の出口だと案内が見えてきた。
真栄田刑事はカーステレオから流れてきた「失恋レストラン」に合わせて、また口ずさみだした。
この曲ならしっていると津川刑事は思いながら、真栄田刑事の歌を聴いていた。
大きな白い月は、いつの間にか少し痩せて、ふたりを乗せたクルマのバックミラーの中に浮かんでいた。
To be continued.
そして、アタシはそのまま無理矢理パトカーに乗せられて、ある殺人事件の現場に連れていかれたんだよ。
その日から、そのひとは毎日アタシのところにやってきて、同じようにアタシを無理矢理現場に連れだし続けたんだ。
そのおかげでアタシャ、徐々に、現場に復帰していったんだ。
現場で会う人々の悲しみ、怒り、苦しみ、恨み、そして喜び――。そんな諸々の人間の感情が、アタシのこころを少しずつ変えていったんだ。
アタシを立ち直らせることができたのは、やっぱり、現場だったんだなあ。
その上司は――もうとっくにくたばっちまったけどよう、それをしっていたんだよ。
あのとき、あのひとに、そうやって無理矢理ディソシエーションの状態から引きずり出してもらってなかったら、いま頃アタシャ、ここにはいなかったろうな」
「こんな立派なおやじさんにも、そんな立派な上司がいたんっスね」
「よせやい、アタシャちっとも立派なんかじゃあないよ」真栄田刑事が、言った。
「だけど、このことがきっかけで、アタシャ簡単に物事を信用しなくなったんだ。
真実というのは、簡単には見えないところにある。
それが、アタシの口癖になっちまった。
だから、今回の夢遊殺人事件にしても、ちょこっとでも自分のこころの隅に引っかかるところがある限り、アタシャ簡単には納得することができないのさ。
このこころの引っかかりに片をつけるまでは、アタシャアタシなりの結論を、保留しなければならないんだよ」
真栄田刑事は、吸い込んだタバコの煙をゆっくりと吐き出すと、ほとんど根元まで吸ったタバコをもみ消した。
「――そういうことなんっスね」と津川刑事が呟くように、言った。
「しかし、この世の中、どうしてこんなに事件や事故が溢れているんスかねえ?
ニュースで、『今日は何も事件のない、平和な日でした――』なんてこと、たったの一日だってありゃしないんだから」
「そうだな。
きっと神様は、”素うどん”がきらいなんだろう」
「え? ”素うどん”?」
「ああ。きつねとか、てんぷらとか、生たまごとか――何か、具がのってなきゃ、ただの素うどんじゃあ、寂しいんだろうよ」
「それって、たとえ、ですよね?」
「アタシャ、素うどん、大好きなんだけどねえ」
「素うどんと、具、ねえ」
「ところで、カズ、リョーコちゃんとはどうなんだ? うまくいってるのかい?」
「ええ、まあ」
突然話題がかわって、津川刑事はあわてる。
「できたら、年内にはいっしょになろうか、と――」
「へえー、そうかい? そりゃあいい。
リョーコちゃん、とってもいい娘だからな。お前さんにはもったいないくらいなんだからな? 大事にしろよ? あの娘逃がしたら、もうお前さんにはきっと、次はないんだぞ」
真栄田刑事が津川刑事の肩を叩いて、言った。
「はいはい、よくわかってますとも。
だいだいおやじさん、その『もうお前さんにはきっと、次はないんだぞ』っての、もう死ぬほど聞いてますよ? 勘弁してくださいよ、いい加減」
「ははは。そうだったかな?」
あと五百メートルで高速の出口だと案内が見えてきた。
真栄田刑事はカーステレオから流れてきた「失恋レストラン」に合わせて、また口ずさみだした。
この曲ならしっていると津川刑事は思いながら、真栄田刑事の歌を聴いていた。
大きな白い月は、いつの間にか少し痩せて、ふたりを乗せたクルマのバックミラーの中に浮かんでいた。
To be continued.