Halloween!Commando☆2021 -2ページ目




その店はいつも日が落ちきる頃にならないとクローズのプレートが外されないから、とても不思議だった。
バーとか飲食店ですらない、多分小さな雑貨店で。
店の中に入ったことがないから定かではないけれど遠目からみたウィンドウには小さなテディベアとティセットがひっそりと置かれていたから。
渋いグリーンのクマと、暗い赤の陶器、クリスマスカラーだな、なんてぼんやりと思っていた。


その日はなんだかいつもよりずっと帰りが遅くなってしまって、その店に明々と灯がともっていたのがふいに目に飛び込んだ。
そろそろ秋も深まって、ちらちらと色付きはじめた街路樹の葉がいちまいにまいと舞い散る舗道、寒さがふいに身に染みて矢も楯もたまらずその店のドアを押していた。

途端にからんと鳴るカウベル
一歩店に踏み込めばそこは色が溢れていて圧倒される。
淡いレモンイエローのラグ、シックな黒のスツール、海の色をしたきらきら光るアクセサリーや綺麗な藤色のガラスの壜
雑多な物が置かれたその奥には暗い木の色のカウンターと背の高い椅子がいくつか並んでいる。


香しい香りの元はどうやらそのカウンターの奥から
燻した豆の挽きたての香り


「こんばんわ、いらっしゃい」


声は落ち着きのある男の人のもので、ようやくそこに人がいたことに気づいた。

その色は金色
とろりと溶けるはちみつみたいな金色の目が優しい笑みを浮かべていて、誘われるようにふらふらとカウンターに近づいていく。

正直、後から思い出そうとしてもその顔は愚か若いか年寄かすら思い出せなかった。
ただその瞳だけをおぼえていて。


美味しいコーヒーをご馳走になって、たわいない話をして
最後にひとつだけ買い物をしてその店を出た。

なんでこんなものを選んだのか、あんなに色々なものが溢れている店の中でと、家に着いてから荷物を開いてみて思った。
もっと欲しいものもあったようにも思えるのに。
でもこれが欲しかったのだ、あのときの自分は。

夕日の色、明るい南の果実、燃えるような紅葉、その全てを集めたようなオレンジ
小さいけれどしっかり存在を主張しているオレンジ色のカボチャは陶製、ランタンにするのだろう中は空洞で。
ああ、ハロウィンが近いのだったと思い出した。


次はもう少し役に立ちそうなものを買いたい
それからちゃんと店のひとの顔もみてみたいものだと、そのカボチャのオレンジを眺めては思った。







BY Blue







 そんなに親しいわけでもなかったのにいつの間にか私はその部屋に遊びに行く約束をしていたの

ぼそりとつぶやいて彼女は小さく身を竦ませるようにひとつ身震いしてうつむいた。






小さな町の片隅、瀟洒なマンションを見上げた時は何も気づかなかった。
部屋は何階だったか、そんなことも覚えていない。
ただ通された場所は、とてつもなく広かった。


入る前には普通のマンションだったはずなのに、中はまるで大名屋敷か、大地主のお屋敷みたいなただただ広い日本間が広がっている。
目に入るのは畳ばかり、薄ら暗い四方はよくわからないけれど板張りの建具で仕切られているようにも感じる。
ただ何もない空虚な空間、彼女が案内してくれるのはそんな部屋ばかりだった。


「ずいぶん広いおうちなのね」


怯えた気持ちに気づかれないようにそういうと
ただ彼女は笑って


「ひとりきりでは持て余してしまうの」


そんなふうに呟いた。


ご主人は単身赴任中で、週末に帰ることもあれば帰らないこともあるらしい。


それは淋しいわね、なんて話を軽く合わせるくらいしか出来なかった。
その薄暗い果てない部屋が恐ろしくて。


彼女はやはりうす暗いダイニングの大きな食卓でお茶を進めてくれたけれど、怖いと思い始めたらそれはどうにもならなくて帰りたくてたまらなくて。
偶々かかったご主人からの電話を潮時に、そそくくさと席を立った。
次の週末、帰ったご主人と海外旅行にいくらしくて、

大きなトランクけだがその淋しい片隅に目立つものだったわ
逃げるように外に出て、一つ通りを渡り切ったところで、振り返ったら

やっぱりそこはありふれたマンションの建物だったから、やっぱりあの部屋はどうしたっておかしい。
この目が狂っていたので、なければあんな広さはありえないし


 それにね、


また一言言葉を切るとなかなか続きは聞こえてこない。



 それにね
窓の外が…

窓の外が、海みたいに波が打ちよせてたの
そこは海辺の町でもなかったのに。


 それから彼女はまた長いこと黙り込んでしまったので、もう話は終わったのか、と思ったけれど。
席を立つ様子はなかったので、じっとその白い顔をみつめていた。

少しやつれただろうかと考えながら。


まるで時間が止まったように物音ひとつないままだ。















…暗い部屋も、波の打ち寄せる窓も怖かったけれど


でも一番怖かったのは、彼女の古い、抽斗のたくさんついた物入れみたいな戸棚だったわ


そこだけぎっしりと煌びやかな色の洪水

ランチョンマットかなにかだと思うけれど、布が目いっぱいつめこまれていてね

極彩色を閉じ込めたみたいだった。







ぽつぽつとそう語り終え、彼女は夢から覚めたみたいに
ようやくいつもみたいに笑う。


ごめんなさい、もう夕食の支度をしなくっちゃ


それから時間は動き始め、日常が戻った。













BY Blue




Halloween!Commando☆



知らない土地から、一通のカードが届いた。


もう数十年も会っていない父からの、このカードのホテルへの招待状であるらしい。


なにをいまさら。



元気か

10月中に ここに来てほしい

おれの最初で最後の頼み事だ

待っている




相変わらず勝手極まりない男だ。


それにしてもここはどこなんだろうか?


ホテル ぺイレネ




カードから

あまい金木犀の香りがした。





by Purple



もう一息でまとわりつくような季節におさらばできそうな
朝には冷たい空気が肌を包むけれど、じりじりと真昼の太陽はまだまだ凶暴でゆるみはじめた身体を弄るという矛盾を抱えた季節の変わり目。


そんな一日に生まれたそのひともやはり大きな矛盾を抱えているように見える。
いつだって明るく屈託ない言葉で語るくせに、ひとりきりにどんな孤独を抱えているのか、底を見通せない眼をしてる時があることに気づいてしまった。
でもそれは疎ましいとか、怖いとかそんなものでは勿論なくて、そのひとに対する興味をもっともっと大きなものにしていくばかりだった。


出会ってから、もう何年が過ぎただろうか。


そんなことさえ忘れてしまうほど長く傍に在るのに、冗談めかして騒ぎ立てるばかりで毎日を過ごしてばかり。

もっと聞きたいこと、とか
もっと知って欲しいと思うこととか


日々がどんなに足早に過ぎてしまうのか、近頃ようやく気づきはじめたから。

今年こそは、きみに話したいことが
聞いてほしいことがあるんだ。


大切なきみの生まれた
このきれいな月の夜に


きみが生まれてきてくれたことに感謝を。



それから、もちろんきみの言葉で、きみのことをもっと聞かせてくれたら、って

いつだって偽りのないきみの言葉で。











BY Blue



Halloween!Commando☆-花を仰ぐ


今年のさくらは開花が早かったから

いつもよりも 散るのが早い。


目覚めと同時に

こんなにもたくさんの花びらに囲まれているなんて なんという幸運だろう。


さくらの花は咲きはじめより 散る風情がすき。




by.Purple


月がもう空高く昇っている。
この時期にしてはめずらしく、薄い雲にぼんやりと彩られたその光はいつもにも増して真珠のような色を投げる。

まるで真珠貝のなか、できかけの真珠みたいに少し縁がかけた曖昧な月。
暗い空に浮かぶ大きな真珠貝はひとには手にいれることのできない宝石で、みつめていたってどうにもならないというのに。その美しさに目を逸らすことさえできずじっと佇む。
けれど、手にいれられないことを嘆くそんな気持ちには不思議とならなくて、なんだか踊り出したいとすら彼は思うのだった。


さあ、もうそろそろ行かなくては。
黒い闇のようなマント、きらりと光るヒスイみたいな石がはまった仮面とか、赤いドレスとか、そんな様々な色や形の洪水のなかで悲鳴をあげながら楽しげな笑い声を響かせきっと仲間たちは彼がやって来るのを待ちかねている。


美しい真珠はひっそりと彼の心の中だけに隠して、つかの間の馬鹿騒ぎに興じる。

朝まで騒いで悪霊をやり過ごしたら、もうフルムーンの夜がすぐそこまで迫っているから
その夜はきっとずっと探していたものに会えるのだろうと思えた。

おかしな仮装のマスクなんて、どこかに忘れて。












BY Blue







Halloween!Commando☆



境内に差し掛かったとたん、えもいわれぬ清涼な香気が鼻をとらえた。

一切甘さのない、凄烈な高貴。

男は見た。

薄闇の中、菊人形たちが繚乱の菊花とともに、淡い光源に浮かび上がっていた。

さまざまな菊の花々を衣にまとい、人形たちは芝居を続ける。

その身は、開きかけの蕾で満ちている。

またある日、男は宵闇の中、人気のなくなったその人形小屋で、

おそらく菊師であったのだろう数人のおとこたちが酒を酌み交わしているのを見た。

闇は深く、揺れる蝋燭の灯は影をまとい、人形たちの表情も変化する。

なかから一人、機嫌よく歩み出てくるものがあった。

男は知らず足を止め、そのおとこの様子をながめた。

役者さながらの美形である。血色の好い頬が、白い肌に映える。

拝殿横に供えられている酒をかかえて、また小屋の中に戻って行った。

菊花は、胸を刺すほど匂い立っている。




大風が吹き、豪雨があり、少しばかり季節が深まった。

夜半、男がそこを通りかかったとき、人形小屋はすでに無かった。

嵐で吹き飛んだ菊花の痕跡と、変色し枯れ落ちた花の残骸が片隅に寄せ集められていた。その腐臭が鼻につく。

こころもとない外灯をたよりに歩いていると、何かが足に当たった。

男は見た。

それは菊人形の残骸。生花の衣をまとっていた命無き人形の頭。

見下ろして、目を見張った。

その頭は、泥に汚れた木偶人形なのだがその顔は。

酒を抱えていた、あのおとこのものであった。



花の命を共有していたのか。あの夢幻の美しさよ。

無残にも地に返ることもなく打ち捨てられたか、忘れ去られたか。

男は、頭を拾い上げた。

手拭いで泥をふき取り、灯にかざして目を細めた。

そして。

頭を。

道具袋に収めると歩き出した。


男の口の端が、ゆっくりと楽しそうに上がった。








by.Purple








それがどんなに美しいか、きっと誰にですぐにもわかるはずだ。
見えるわけではないのに、きらきらと内側から漏れ出しひとを引きつけて止まないやさしい光のようだ。

それは他人に告げたら或いは馬鹿みたいに恋に落ちただけだと決め付けられるだけかもしれない。



けれどそれは違う、とまた、彼女は心の内で呟く。



独り占めしたいわけでもない、ずっと一緒にいたいというわけでもない。
ただ、みているだけで幸せになる。
あたたかい思いに胸が詰まりそうになって、どうにもじれったい。



大きな声で叫んで、その存在の価値を知らないひとにふれまわりたい。

冷たい哀しみの欠片も、底に蟠るゆううつも、もしかしたら抱えているのかも知れないけれど、それを相手に悟らせることはけしてない。




あたたかい光だけで構成された、その色はオレンジ。
夕陽の色でなく、朝焼けの色でもない。



色づく熟れた果実か、熱帯の花の色。



きっとみんなそんなものを想像するに違いない。
ただ目にしたものを幸福にする
オレンジ。









BY Blue






夏はいつまでも居座り続けて、少しも涼しくならなかった10月。


なのにどうしたことか、一夜あけたら冷気にがっちりと絡め取られたようなひんやりとした朝。
それはもう秋という爽やかな季節ですらなくて、初冬という言葉すら浮かぶ。
秋になったら、とアレコレ先送りしてきた片付け無くてはならない事象を今度は冬だから寒いからと言ってまた先延ばしにしてしまいたくなる。
それほど寒いのは苦手だった。




けれど、日が昇りゆるゆると気温が上がればそれは秋の爽やかさを纏いはじめるから、機嫌を直してようやくずっと気にかかっていた旅立ちの支度を始めてみる。


傍を離れ何年経つだろうか、ずっと会いたいと思っていた相手の元へと、秋になったら会いに行こうと夏が始まりじりじりとした気温にうんざりしながら考えた。

ようやくその思いつきを実行に移せる。


小さな旅行鞄を引っ張り出し、僅かばかりの着替えと財布と。
携帯電話のメモリーなんて細い細い糸を手繰って、旅立とうと決める。


最後に出したばかりのお気に入りの外套を掴んで立ち上がったその時

インターホンのけたたましい音に呼び止められる。


なにか買い物でもしていただろうか、と、きっと宅配業者だろうと思いながらドアをあけたら
さっきまで思い描いていた会いたいその相手が佇んでいる。


にっこりと記憶に残ったままの笑顔を浮かべて。









BY Blue