最近は全く"それらしい"クラブに遊びに行っていないのだが、振り返ってみれば、初めてダンスホールがあるクラブと呼ばれる場所に訪れたのは2014年の春頃だった。
只今、2020年の9月。
6年半も経つとおっさんになるよね(^◇^;)
mixiを通じて入店したショットBARがたまたまトランスとハードコア系のEDMのDJをする人がバーテンやってたお店で、
そこにたまたま隣に座ってた美容師のお兄さんからチャイナタウンに誘われたのが最初だった。
それからお店の人から話を聞いて回り、商店街の路上に貼られたポスターを探し歩き、ネットを漁り、入ったお店に置かれたフライヤーを回収してはジャンル不問で見知らぬフロアに突入する日々を過ごした。
毎月毎週冒険してる感じがあって、見知らぬサウンドと衝撃を浴びることができて、振り返ってみればDJを始める前のほうが楽しんでたな〜と、今は思うのである。
さて、広島のクラブ界隈にも移り変わりがある。
ディスコ全盛期、
ストリートミュージックのフロアの登場、
風営法取り締まり一斉検挙による休店閉店のラッシュ....
というのが俺が出入りする以前の一連の話となる。
2000年代当時を知っている方に話を聞けば、取り締まり前は流川町界隈全体が楽しかったと語る。
よく聞くのは、みんな"ワヤ"していた、と。
暴走族一斉検挙が行われる前の話で、喧嘩は日常茶飯事だったらしく、今のように泥酔した大学生が平気で通りをうろうろできる雰囲気ではなかったのではないだろうか。
俺が出入りし始めた時に毎週店を開けていて広いフロアがある店といえば、カフェジャマイカ、クリーム、バルコス、ジャズファイブになるだろうか。
当時クラブをかじっている知り合いに話を聞くと、ほとんどがチャイナタウンの名を挙げたが、以前はどうあれイベントがなければ週末でもシャッターが降りていたように記憶している。
ムゲン5610も毎週営業ではなかったように思うが、今もそうだけどヒップホップやレゲエのイベンターに人気があって、頻繁に音が出ていたように思う。
その頃の入場者数No.1でレギュラー営業していたのはクラブGだった。
小箱ではないがあまり広くないフロアスペースに、朝まで客がぎゅうぎゅう詰めに入っていて、広島のクラブでナンパするならここしかないと、良くも悪くも評判だった。
クラブGが流行っていたからか、世間的な流行だったのかはわからないが、俺が入ったフロアの7割はオールジャンルと称しつつも、ヒップホップ、R&B、レゲエが主力で、フロアに居るダンサーもヒップホップかブレイクのダンサーがほとんどだった。
おかげで、ハウス主体の俺はステップが踏みたいイベントに当初はなかなか巡り会えず、イベンターのSNSへ辿り着くのにかなり時間を要したのだった。
今思えば、恐れることなくお店の人にイベンターさんや他店舗を紹介してもらえばよかったな〜と少し後悔。
(実際、知り合い少ないからお店の人、特にDJさんは怖いイメージあったな。やたらガタイデカイ人多かったし)
2014年12月以降からの数年は広島のクラブ界隈にとってまさに転換期だった。
2014年12月6日
"レパード"のグランドオープンである。
マスコットキャラを広島の繁華街に歩かせ、多数のスタッフを使ってフライヤーを拡散し、街頭テレビ、そして地元FM局までも使って宣伝を行い、それまでクラブに来たことが無い客層の大量獲得に成功したのだった。
また多数の照明機器と鮮烈なデザインのインテリアを備えて登場したレパードは、それまでのアングラなイメージである広島の"古い"クラブのイメージを大きく変換することになったと、俺は思っている。
同時期、他店イベントフロアのイベンターとその客層の加齢が進むことに伴う客離れが加速しており、このタイミングでの企業力のある店舗の登場はこれらの店にとって、新規客となりうる若い客層を縁遠いものとさせる1つの要因になったように思われる。
それに続く翌年の2015年12月4日
"ハービー"のオープンだ。
(初日には俺も入店した。)
当初はレパードが2号店であるL2をオープンさせたことや、この1年で定着させた知名度と人気のあるDJがレパードに在籍していたこともあり、ハービーの巨大なフロアが埋まる日はなかなか訪れなかった。
しかし、確かな音質とフロアのビジュアライズ、定番曲のルーティンでありながらもアレンジを効かせ、振り付けを扇動するブースアクター。
そして広島にもようやく訪れた"イベサーダンス"の流行。
様々な要因が重なったことで次第に客足は増え、ゲストナイトでは入場者1000人超を達成。広島で最も集客できるクラブとなっているのは馴染みのある方はご存知のことだろう。
こうした変化が進む中で、2016年1月にハウス&テクノが主力だったカフェジャマイカが閉店。
2017年6月、創業50年のジャズファイブが閉店。
他にもこの界隈に関わった人達に馴染みのある複数の店が閉店を迎えていったのだった。
2018年以降、大手が流行のサウンドを主体として集客を行う傍らで、それまでコアなサウンドパーティーを行なってきた小〜中箱店でのイベントは先に述べたような理由でその数は減少した。
その過程で店舗毎にジャンルやイベンターのブロック化が進んだように思われる。
ざっくり小分けすると、
ヒップホップ全盛期の流れを主軸にしたグループ。
オールジャンルとしつつも懐古調なブラックミュージック等を主体にしたアコースティック系。
セレクターのマイクパフォーマンスとダンサーの活動が目立つレゲエ。
空き枠ができて暇してる週末フロアに新規参入した不定期単発、ライトなノリのニューパーティー。
ハードコアやレイヴ愛好家が集うマニアック系。
アニメやネット文化関連のオタクミーティング。
バックトゥバブルジェネレーションが集まるディスコフロア。
ターンテーブリストの集い。
こんなところだろうか。
ハウスミュージックの物件は相変わらず耳に入ることが少なかったし、テクノにおいてはマルチジャンルの中に多少混ざってることがあってもテクノ主体のイベントはとうとう聞くことはなかった。
2020年現在は9月。
新型コロナウイルスによる社会情勢のおかげで良い話はあまり聞かない。
(4月末まではクラブイベントに顔を出しており、飲み過ぎて躍り散らかし、いい歳して粗相をしたのは記憶に新しい。(過去記事あり。))
たまに通りを歩けば人は出入りしているようで、SNSを見てもイベントをやっている箱は結構あるようなのだが、中を覗いていないのでどうなっているのやら。
さて、うん......
ここまで書いてはみたがまとめる文章が思いつかないのでこの辺で。
最後にこの文章はお客として遊び歩いた俺の主観での記録であり、過去現在のイベントや店舗運営者のご意見は全く含まれていないことを念書する。
Ed