泳ぐ写真家龍之介 -60ページ目

おめでとう「ビニールハウスヒーロー」

競泳をやっている人だったら、
「ビニールハウスヒーロー」は誰だか、知っていると思います。
そう、本日、北京オリンピック競泳男子200mバタフライで
銅メダルに輝いた松田丈志選手のことです。

松田選手の故郷、宮崎では、冬でも、そんなに寒くないので、
彼の泳いでいた中学校では、
プールの周りに農作物のハウス栽培みたいに、
ビニールのテントを張り巡らしてビニールハウスを造り、
室内プールのように保温していたそうです。
そこから彼は、一流スイマーへと育ちました。

都会のスイマーは、室内温水プールがあるので年中泳げますが、
田舎の、スイマーは、恵まれていません。
そのハンデをものともせず、銅メダルをゲットした
松田選手に心から拍手したいと思います。

私が子供の頃は、温水プールも、ビニールハウスさえなく、
3月頃から、屋外プールで、泳いでいました。
水温は15度くらいだったと思います。
泳いでいると、背中から湯気が立つんですよ~。
だからかもしれませんが、未だに風邪ひきません。



「バナナとゴリラ」

本日も朝から暑い一日でした。
今日は何もなかったので朝からオリンピック三昧。
BSと地デジを交互に見ながら、
熱戦を見ていました。

食事するのも面倒くさいので、
朝から、口にしたのは、水とバナナとオレンジだけ。
夕方は走ってから、その後も水とバナナとオレンジだけ。
けど、
この暑い中、結構なペースで走っても平気だし、
頭すっきりだし、
最近稀に見る体調の良さです。

やはり、こんなに暑いときには、
食事のときに、
内臓に負担をかけないで栄養価の高いフルーツが一番なのか?
とも考えてしまいました。
そういえば、ゴリラはバナナとかフルーツしか食べません。
それなのにあの体。
腕力は人間の数倍はあるでしょう。

人間もゴリラも基本的に霊長類なので、体の構造は同じです。
だとすると、バナナだけでパワフルに生きていけるかも。

人間は、動物とは違って、「考える」というやっかいな「行動」が可能になったせいで、
食事が味気ないとか、栄養が足りないとか、美食したい、とか、
様々な欲求ができてきたのだと思います。

1週間、断食したことがありますが、
復食後、食べ物にこだわらなくなり。
おにぎり一個食べただけで、一日平気だったりしました。

一度テレビで、若い独身の女の子が
さつまいもだけで生活している姿がでてきました。
彼女は、それで満足だし、すこぶる健康だと、幸せそうでした。

「考える」という作業を排して、
「感じる」とうことだけで生きようと思ったら、
バナナだけ食べていたらよいのではないのだろうか?
と、バナナを見ながら「考え」ました。




「記憶の話」

まず、北島選手おめでとうございます。
もう、その勝負強さは分かっていたので、
金は疑っていませんでした。
で、
コメントはありません。

で、本日は、走る以外は読書してました。
そこで、
「記憶の話」ですが、
セルフイメージ研究の第一人者
マックスウェル・モルツ博士の本の中に面白い行がありました。
それは、
カナダの脳外科医が開頭手術をしているときの話ですが、
その手術は、局部麻酔のため、患者には、はっきりと意識があったそうです。
ところが、手術中、その外科医は、
患者の脳のある部分を誤って手術器具で触れてしまったそうです。

そうしたら、その患者が今までに、
全く記憶の片隅にも意識していなかった過去のできごとが、
次から次へと出てきたそうです。
「出てきた」というのは、relivedと記述してあります。
これは、ちょっと的確な日本語にできないのですが、
「再生された」というのが一番近いと思います。
ニュアンス的には、CDが再生された。という感じでしょうか。
これは、
「思い出したと」いうのとは違います。

「思い出す」というのは、過去に、かすかに記憶していたり、
頭の片隅にあるものですが、

これは、機械的にすべて記録されていたものが、
スイッチを押したら出てきた。
という意味に近いと思います。

この事実を受けて、
博士は、人間は過去に経験した事をすべて
脳の中に、記録していると結論づけています。

また、有史上のすべての人間の記憶は、共通の潜在意識として存在して、
人々が自分の過去の記憶にアクセスできるように、
その膨大な財産にアクセスできるとしています。
具体的な例として、エジソンや、作曲家のシューベルトの証言を
引用しています。
彼らは、その共通の意識の中から、
発明やメロディの啓示を受けたと証言しているそうです。
これは、フロイトも指摘していることです。
また、
ジョセフ・マーフィーも、その著作物で、同様なことを述べています。

デジャブや、前世の記憶をはっきりと意識したという人は、
私を含め、周りに大勢います。
この話を聞くと、それは大いに納得できる話です。
前世とは、自分の前世ではなく、共通の潜在意識なのかも知れません。

自然界の神秘より、ブラックホールより、もっと興味をそそられるのは
人間の記憶や意識の世界です。