非日常的日常ブログ -2ページ目

非日常的日常ブログ

日々過ごしていく中であった出来事や、なかった出来事、夢で見た出来事を淡々と綴ったり、綴らなかったりしていきます。

夜中にふと目が覚めて、寝付けなくなったので散歩に出てみることにしました。
普段はこんな時間に外に出ることはありませんが、その日だけはなぜか歩きたくなったのです。

広い車道に差し掛かると、一人の女性が車道を小走りで横断していました。
車が来ていないタイミングを見計らってのことのようでした。
彼女が無事に渡り終えたのを見届け、少し遅れて私も渡ることにしました。
わりと広い車道で4車線くらいはあったのではないでしょうか。
渡る途中、車の気配は感じませんでしたが、それがかえって不気味な静けさを漂わせていました。

なんとか渡り切ってガードレールを越え、歩道へと移動しました。
歩き始めると徐々に車の数が増えてきて、どうやら高速道路の出口付近にいることが分かりました。
さらに工事も行われていたようで、車の流れが途切れず若干戸惑ってしまいました。

行き先に悩んでいると、工事のおじさんが「裏山に行くんか?」と声をかけてくれて、左に進むようアドバイスをくれました。
教えてもらった通りに左の山道に入りました。
しばらく歩くと左側に何かが光っているのが目に入りました。

それは花に止まる蛍でした。
久々に見る蛍の光に思わず心が和み、スマホで写真を撮ろうとしたのですが、カメラアプリを立ち上げるのに手間取っているうちに蛍は光を消してしまいました。
まあ、自然の生き物とはそういうものですね。

少し落胆しつつも先に進むと、また新たに光る蛍が見えてきました。
私はその光を追って山道を進むことにしました。
次こそは写真に収めたい、そんな思いがありましたが、不思議と焦りはありませんでした。
夜のひんやりとした空気を楽しみながらリズムよく歩いていると、道端にベンチを見つけたので一息いれるために腰掛けました。

何気なく空を見上げると、そこには無数の星々が煌めいていました。
普段は街の光で霞んで見えない星々が、こんなにたくさん輝いていることに改めて気づかされました。
この星空の下で自然がもたらす静けさと冷たさを肌で感じながら、しばしの時を過ごしました。

すると、どこからか「蛍の光」のメロディーが聞こえてきました。
なんだか懐かしい気分になりながらメロディーに誘われるように音の方向へ歩いていくと、前方に池が見えてきました。

蛍らしき光がきらきらと瞬いています。



光の近くまで寄ってみました。

そこには池ではなく深い藍色の海が広がり、蛍のように見えた光もホタルイカが発するものでした。


さらに先ほどまで「蛍の光」のメロディーに聞こえていた音も、荒々しく打ち寄せる海鳴りの音だということが理解できました。
不思議なものでそのことに気付いた瞬間、急にそれまで全く意識しなかった潮の香りが私の鼻を掠めていきました。
潮の香りが記憶の奥深くに眠る何かを呼び覚ますようで、遠い日の思い出とともに今この瞬間がゆっくりと刻み込まれていくように感じられました。
薄暗い夜の中でこうした偶然や自然との出会いは、普段の日常では滅多に味わえない貴重な体験として心に焼き付きました。

私は海岸を後にし、帰路につきました。

この日の出来事は静かに私の心に溶け込んでいく…かどうかは知らない。

今はただ自然と記憶が交錯するひと時を淡々と記しておこう。

夜の帳が降りた海岸で、老人の背中が闇に溶けていくのを見た。波のざわめきに紛れるように、老人は沖へと泳ぎ出していった。



携帯が震える。老人からのメッセージだ。
「海の色の変わるところまで来ている」

父の運転する車は、夜の海岸線を必死に走った。叔父は助手席で沈黙を守り、後部座席では弟が不安げに膝を抱えている。車内には、言葉にできない緊張が満ちていた。

建物で急いで着替えを済ませ、弟と共に砂浜へ飛び出す。しかし、父と叔父の姿が見当たらない。一刻を争うはずなのに、なぜ?

その時、父の言葉が蘇った。「なるようにしかならない」

だが、それは諦めの言葉ではなかった。やがて遠くから叔父の声が響く。「見つけた!」

父と叔父が老人を両脇から支えながら、波打ち際をゆっくりと歩いてくる。老人の表情には、深い疲労と共に、どこか安らかな光が宿っていた。

「すまんな」と老人は私たちに向かって微笑んだ。「あそこまで行けば、きっと会えると思ったんだ」

誰もが察していた。老人は、三年前に亡くなった妻を追いかけていたのだと。

「海の色が変わるところで、おばあちゃんに会えましたか?」私は小さな声で尋ねた。


老人は首を横に振った。「いや、でも分かったんだ。まだ私の時じゃないってね」

翌朝、老人は普段通り、近所の子供たちに釣りを教えていた。その姿は、あの夜よりもずっと力強く見えた。

父の「なるようにしかならない」という言葉は、実は「だからこそ、今できることを精一杯やる」という意味だったのだと、私はようやく理解した。

海の色は、人の心のように日々変化する。けれど、その変化の先には必ず、新しい光が待っているのだと信じている。


権藤陶四郎(仮名)は、50代ながらも新たな学びへの情熱を胸に、とある大学の講義室へ初めて足を踏み入れた。
100分間という長い講義は、教授の厳しい口調と共に彼に学問の厳しさを突き付けた。
周囲を見渡すと、無邪気な眼差しの若い学生たちが整然と座っており、自身の年齢が際立つ瞬間に、陶四郎は一抹の不安を感じた。
しかし、万華鏡の制作というもう一つの夢と、未知への挑戦が彼の心を奮い立たせ、彼は静かに前を向く決意を固めた。

講義が終わり、教室から廊下へと足を踏み出すと、彼の目は無造作に並ぶ本棚の中の一冊の大型本―表紙に「超古代地図」と記されたその本―に止まった。

好奇心にかられた陶四郎は、そっと本を手に取りページをめくる。

そこには、オーストラリア周辺に点在する島々が描かれ、遠い昔の大陸ジーランディアの名残が浮かび上がっていた。
その瞬間、隣にいた若い学生に声をかけ、「これを見て、凄い発見だ」と手渡した。
学生は驚嘆の声とともにページをめくり、「すごいなー」と感嘆した。
その瞬間、陶四郎は年齢差を超えた知的な共鳴と、新たな学びの道に踏み出したことを強く実感する。
講義と万華鏡制作の二足の草鞋は、決して簡単ではないが、彼の心に確かな希望の灯をともした。

この出会いが転機となり、陶四郎は大学生活で新たな目標を見出した。
講義の合間も、彼は図書館に通い、古代大陸に関する文献を読み漁った。
また、万華鏡の設計図や制作にさらに磨きをかけ、古代の謎をテーマにした独創的な作品を次々と生み出していった。
大学で開催された展示会では、彼の作品は高い評価を受け、若い学生や教授陣からも称賛の言葉が寄せられた。
彼は、自らの能力と情熱を認め、学びと創作の融合がもたらす可能性に確かな自信を抱くようになった。

そして、ある日、陶四郎は学会で自身の研究成果を発表する機会に恵まれた。
壇上に立ち、古代地図の謎と万華鏡制作への情熱、そして年齢を超えた学びの意義について語ると、会場からは多くの質問と温かい拍手が送られた。
彼の発表は、受け手に新たな視座と希望を与え、陶四郎自身もまた、学び続けることの素晴らしさを再確認する瞬間となった。

権藤陶四郎の大学生活は、決して平坦な道ではなかった。
試練や苦労もあったが、そのすべてが彼にとっては貴重な出会いや発見となり、日々の挑戦は自身の成長へと繋がっていった。
講義初日の不安から始まった彼の物語は、今や若者たちとの交流と独自の創作活動によって輝きを増し、学び続ける情熱が彼の人生にかけがえのない彩りを添えるものとなった。

こうして、権藤陶四郎は、過ぎ去る時間を背に、自身の描く未来へと静かに、しかし確固たる歩みを続けていくのであった。

今日はね、近所の図書館まで本を探しに行ったんだよ。

マーティ・ピーターソンの「バリンを探せ」って本がどうしても必要でね。

この本には異性化バリンに関する最新の研究結果が書かれているんです。


ところが、いくら探しても見つからない。

若い司書さんに聞いてみたんだけど、結局見つからずじまい。

「申し訳ございません」って、丁寧に頭を下げてくれたんだけどね。


仕方なく、自分のスマホで図書館のサイトを調べてみたら、似たようなタイトルの本はあった。

だけどよく見たら、英語の原著だったみたいだ。

そりゃ見つからないわけだ。

日本語版は置いてないのかもしれない。


もっと事前に調べてくればよかったと反省。


今日の教訓:図書館に行く前に、ちゃんと蔵書確認しよう!





神社の境内だろうか。
見慣れない小さな建物の中に数人の参列者の男女と自分がいた。
なぜここにいるのかまるで覚えていない。
一部屋しかない簡素な建物は、言われてみれば確かに小さな神社のようだった。

ふと正面の庭に目をやると、信じられない光景が広がっていた。
雅やかな装束をまとった日本の神々が、ゆっくりとこちらへ近づいてくるではないか。
天之御中主、天照大御神、須佐之男命、大国主命、見覚えのある神々が勢揃いしている。
彼らは庭の中央に立つと、厳かな面持ちで祝詞を唱え始めた。


神聖な儀式を邪魔してはならない。
そう思った僕はそっと後ろの障子に手をかけ、静かに閉め切った。
外から見えないように念のためにもう一枚重ねる。
御神事だ。
邪魔は禁物だ。
正面に目を戻すと、参列者たちが正座をして祝詞に聞き入っている。
僕は彼らの列の一番右端にそっと加わった。

その瞬間だった。
正面にいた神々のうちの一柱がこちらを見た。
目が合った、と思った次の瞬間、その神は一瞬、ほんの少しだけ驚いたように見開いた目をした。

しかしすぐにその表情は崩れ、ニヤリとどこか愉快そうな笑みに変わった。


他の神々は祝詞に集中しているようで、その変化に気づいていない。
僕は神の意図が読めず、戸惑いを覚えた。

やがて祝詞が終わり、神々は静かに、来た時と同じように庭から去っていった。建物の中には祝詞の余韻のような静けさが残った。
「さあ、お昼にしましょうか」
誰かがそう言って、立ち上がった。
どうやらこれからみんなで食堂へ食事に行くらしい。

僕も立ち上がり、皆に続いて出口へ向かおうとした時、ふと頭に何か違和感を覚えた。
なんだろう、この妙な重さは。
無意識に頭に手をやると、そこには信じられない感触があった。
硬くて、丸みを帯びていて、そして……妙な突起がある。
まさか、と思いながらそれを少しずらして見て、僕は愕然とした。
それは紛れもなくち◯ち◯の形をした被り物だった。
鮮やかなピンク色で、つぶらな瞳のような飾りが二つ、先端には小さな鈴までついている。
なぜこんなものを自分が被っているのか、全く見当もつかない。

しかしその瞬間、さっき神様が見せた一瞬の驚きと、その後のニヤニヤ顔の意味が、雷に打たれたように理解できた。
御神事の最中、なんと不謹慎な姿を晒してしまったのか。
冷や汗が背中を伝う。


食堂へ行く前に、この恥ずかしい被り物を脱ぐべきだろうか。
しかし、もし誰かに見られたら……。
いや、もうすでに神様に見られているのだ。
今更隠したところで意味がないかもしれない。

ぐるぐると頭の中で葛藤が渦巻く。
食堂の入り口が、すぐそこに見えていた。
僕はち◯ち◯の被り物を頭に乗せたまま、重い足取りで一歩を踏み出した。

皆さん、こんばんは。今日も一日、お疲れ様です。

今日はですね、ちょっと不思議な体験をしたので、備忘録も兼ねてブログに書き残しておこうと思います。

事の発端は、気まぐれで訪れた阪神パークでの話。

休日ということもあって結構な賑わいを見せていました。
園内をぶらぶらと歩いていたんですが、ショートカットのような細い道を進んだんです。
するとそれが本通路に合流していて、もうすぐ出口という場所に出ました。

…で、ここからが今日の странность (ストラノスチ:ロシア語で「奇妙さ」)。

気が付くと、なんと片足しか靴を履いてなかったったんですよ。

「え、マジで?」って声に出してしまいましたよね。
周りの人も「ん?」みたいな顔をしてた気がします。
冷静に記憶を辿ってみると、阪神パークの中でどこかのタイミングで靴を脱いだような…全く覚えてないんですけどね!

とりあえず、このままではまずいので、最寄りの駅まで歩くことにしました。
アスファルトの感触が、なんとも言えない気持ちにさせてくれます。
しばらく歩いていると、ふと「さっきの場所から反対方向に行けば、一つ前の駅の方が近かったんじゃないか?」という考えが頭をよぎりました。
しかしもう結構な距離を歩いてしまったので、今更引き返すのも遠回りだろうと思いそのまま進むことに。

その時、ふとズボンのポケットに何やら小さな機械が入っていることに気が付きました。

取り出してみると、どうやら阪神パーク内で使っていた機械のようです。

返却するのをすっかり忘れていました。
一瞬、「阪神パークに電話して落とし物がないか聞いてみようか」とも思ったんですが、どうせこの機械は返しに行かないといけない。

だったら直接行った方が早いだろう、と結論付けました。



高架の広い道路の右側歩道を歩いていると、少し先に下へ降りる階段のようなものが見えました。
「あれを下りれば、駅の近くだな」と考え、迷わず階段へ。

しかしその階段がまた今どき珍しい。
なんと、プラスチック板でできているんです。
しかもかなり脆そう。
体重をかけすぎないように慎重に一段一段降りていきました。

階段を下りるとそこはちょっとしたコーナーになっていて、なんだかお店のような雰囲気でした。
失礼ながらあまり売れなさそうな物を売っていて、お店のオーナーらしき外国人のおじいさんが、若い女の子と楽しそうに話していました。

ふと反対側に目をやると、そこはもう駅の改札口だったんです。
前の人に続いて改札口を通った瞬間、「あっ!」と声が出そうになりました。
お金を払ってない!
改札口は開きっぱなしでそのまま入れてしまいそうでしたが、到着駅で困るのは目に見えています。
ここは潔く、もう一度改札口を出ることにしました。

改札口の機械は、直接お金を入れるタイプでした。
横の窓口から、駅員の男の人がこちらをじっと見ています。なんだか気まずい…。
目的地までの料金は720円。ポケットを探ると、220円はすぐに見つかったので投入しました。
さらにポケットをまさぐると、五百円玉の感触が。
これだ!と思って取り出して投入したんですが…。
その五百円玉がなんだか粉のようなものが付着しているのか、真っ白なんです!
「ん?なんだこれ?」と思ったのも束の間、もう機械に吸い込まれていきました。
後の祭りです。

すると、後ろに並んでいた大阪のおばちゃんが、「そら、あかんわ」と一言。
やっぱり受け付けないようです。
機械はエラー音を発しています。
慌ててポケットの中に綺麗な五百円玉がないか探しましたが、見つかりません。その間にも親切なおばちゃんが代わりに料金を投入してくれようとしています。
が、返却口からお金がジャラジャラと出てきました。
なんと、おばちゃんは五百円玉ではなく、小銭をいっぱい入れてくれたようです。
ありがたいけど、ちょっと予想外の展開。

その小銭の中からまず自分の出した220円を取り出し、それからおばちゃんが入れてくれた小銭の中から五百円分を抜き出して、無事に料金を支払うことができましだ。

おばちゃん、本当にありがとうございました!

なんとかホームに辿り着き電車を待っていると、乗る予定の電車がホームに入ってきました。
電車はピッタリ乗車位置の前に停車し私の目の前のドアが開きました。
知らなかったのですが、電車の入口が想像していたよりも少し高い位置にあるんですね。
一段、よじ登るような感じでした。
私はひと思いにジャンプして乗り込みました。
乗り込んだ勢いで反対向きになろうとしたら、よろけて転びそうになりました。
恥ずかしい……

…と、まあ、今日はこんな感じで、靴が片足だったり、白い五百円玉に遭遇したり、ちょっとした冒険のような一日でした。


この歳にもなると、なかなかこんな珍しい体験はしないものです。
これもまた、人生のスパイスってやつでしょうか。
それでは、今日はこの辺で。
皆さんも、くれぐれも靴を脱ぎっぱなしにはご注意ください(笑)。
おやすみなさい。
青空が広がる夏の日、私は仲のよい友人5人と共にハイキングに出かけた。
目的地は山の中腹にある古い展望施設。

私たちは笑い声を交わしながら進んでいくが、突然目の前に現れたのは砂の崖のような急な登り坂だった。


みんなはその坂を一気に駆け上がっていくが、私はといえば、スマホでルートを確認していたため、みんなに出遅れてしまった。

調べ終わって顔を上げると、他の人たちはもうかなり上の方にいた。

私は友人たちに追いつこうと、やや急ぎ足で坂を登り始めた。


砂が靴にまとわりつく。
一歩進むごとに半分滑り落ちる。
やっとの思いで顔を上げると、サキが少し遅れている。右肩を押さえ、顔をしかめながら登っているのが見えた。

その時、どこからか「もうだめ〜!」という間の抜けた声が。

見れば、坂の上の方から年配の女性が、頭を下にしてゆっくりと仰向けになって滑り落ちてきた。

後ろから小さな男の子が「ばあちゃん、待って〜」と追いかけてくる。
思わず笑いそうになったが、サキの様子が気になった。

「大丈夫?」
私は追いついて声をかけた。
サキは苦笑いしながら、「うん、よくあるの」と答えた。
右肩を軽くさすっている。
どうやらまた痛めたらしい。
彼女は昔から肩を脱臼しやすい体質だと、前に話していたっけ。

彼女と共に何とか坂を登りきると、みんなが待っている広場にたどり着いた。
しばらく休憩した後、私たちは広場に隣接する古い施設を見学することに。

興味深い展示物よりも彼女のことが気にかかる。


砂の感触と彼女の痛みが、今日の記憶として心に刻まれた。

肩を痛めながらも笑顔を絶やさない彼女の強さが、砂のようにザラザラと、でも確かに残った。

まるでこの坂を登りきった証のように。


施設の見学は思いのほか穏やかな時間だった。
ユキとミホはパンフレットを手に熱心に読み、アヤはチカと何か冗談を言い合って笑い声を響かせていた。
施設の中はひんやりとして、外の熱気を忘れさせてくれた。
古びた展示ケースの中には、この土地の歴史を物語る品々が並んでいる。
しかし、私の目はどうしても彼女を追ってしまう。

彼女は展示物を熱心に見ている。
時折、顔をしかめながら右肩をさする。
それでも隣にいる友人と楽しそうに話している姿は、痛みを微塵も感じさせない。

昼食時、広場に戻ってレジャーシートを広げ、それぞれが持ち寄ったお弁当を食べることにした。
彼女はおにぎりをつかむのも辛そうだったが、誰にも気づかれないようにゆっくりと手を動かしていた。

食事が終わり休憩していると、彼女が突然立ち上がった。
「ちょっと、あっちまで行ってくるね」
彼女が指したのは、広場の端にある小さな展望台だった。
少し離れた場所にあるため、他のメンバーは特に気に留めずに談笑を続けている。

私は彼女のことが気になり、少し遅れて展望台へと向かった。
展望台からは先ほど登った砂の坂と、その先に広がる景色が一望できた。
彼女は柵に寄りかかり、目を閉じて深呼吸をしている。
「きれいだね」
そう言って、彼女はゆっくりと目を開けた。
その目はどこか遠くを見つめているようだった。

「ねえ、知ってる? この場所には昔、海賊が隠した財宝が眠ってるって言い伝えがあるんだって」
彼女は、少しいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「財宝、か…」
「うん。でも本当の財宝はきっとこの景色の中に隠されているんだと思うんだ」
彼女はそう言って、再び目を閉じた。

その時、私はふと思った。
彼女の肩の痛みは過去の傷跡なのかもしれない。
それでも、彼女は前を向いて今を生きている。
そしてその強さこそが、彼女にとっての財宝なのだろう。

夕暮れ時、私たちはそれぞれの家路についた。
帰りの車の中で今日の出来事を振り返る。
砂の坂、滑り落ちてきた女性、そして彼女の笑顔。

あの日のハイキングはただのレクリエーションではなかった。
砂の感触と彼女の痛みが私の心に深く刻まれた。
肩を痛めながらも笑顔を絶やさない彼女の強さが、砂のようにザラザラと、でも確かに残った。

そして私は気づいた。
真の宝物は遠い場所に眠っているのではなく、日常の中に、そして人の心の中にこそ隠されているのだと。
まるであの坂を登りきった証のように。
彼女の肩の痛みはいつか癒えるだろう。
そしてその時、彼女はきっと今よりももっと輝いているだろう。
初夏の陽射しがビルのガラスに反射し、眩い輝きを放っていた。
僕たち四人はそのビルのエレベーターに乗り込んでいた。
目的地は7階にあるはずのプール。
だがその位置は曖昧で、検査が行われているかどうかも不確かだった。

エレベーターのドアが7階で開くと、一緒に乗っていたつよぴーが「プールは端の方にあった」と、自信満々に言いながら先頭を切ってスタスタと歩いていった。
彼の言葉を信じてついて行くと、小さなプールがある場所に着いた。
でも検査をするにはどう見てもスペースが足りないようだ。

途方に暮れてエレベーターに戻る。

エレベーターが1階に止まると、つよぴーがなぜか一人でさっさと降りてしまった。

彼が外に出るとドアは無情にも閉まったが、僕は慌てず”開”と書かれたボタンを押した。
彼は待ちかまえていたかのようにするりと乗り込んできた。
その瞬間、つよぴーの服装がどこかジョン・トラボルタのように見えたのは気のせいだろうか。

エレベーターの案内板には6階や8階にも小さなプールがあると書かれていたが、僕たちの探しているものとは違うようだった。
再び7階で降りてみると、さっきとは反対側に長い列ができていた。
プールの利用を待つ人々だ。

つよぴーが「チケット持ってる人はこっちや」と言って列を飛ばした前方に歩いていく。
前方に機械があって何人かの人が機械で認証してる。
順番が来て、つよぴーが手際よくカードを機械で認証する。
次は俺の番でまずカードを認証させて、その後お金(お札)をビニール製の吸引袋に差し込む。
が、うまくいかずにお札が詰まる。
まわりの人が助けてくれて一枚ずつ入れるとうまくいった。


流れるプールに入ると、つよぴーはもう先に行っていた。
すぐ目の前にミホさんともう一人の女性がいたので、軽く挨拶を交わす。
少し先に進むとつよぴーが待っていてくれた。
さっきミホさんに会ったと言うと「ああ、あの冷たい…」と返ってきた。
どうやら別の人を思い浮かべているようだった。

流れるプールを終え、建物の中へ。

大勢の人で賑わう場所を抜けると、そこは日が暮れ始めた野外空間だった。


所々にシャワーが設置されているが、尋常ではない勢いで水が噴き出している。

若者たちが「バチバチ祭りや!」と叫びながら駆けていく。

恐る恐るシャワーを浴びてみる。
確かに、これはバチバチだ。
そこかしこで、「バチバチ、バチバチ」と叫ぶ声が響き渡る。
奇妙な熱気に包まれながら、俺はただ水圧に耐えるのだった。
今日の検査は一体何だったのだろうか。


バチバチ祭りの狂騒が収まるのを待って、俺は震える体でシャワーから逃げ出した。
タオルで体を拭きながら、ふと、今回の検査の目的を思い出す。
確か健康診断の一環で、体組成の検査を受けるはずだった。
しかしここまでで、体組成どころか健康とは真逆の体験をしている気がする。

つよぴーはどこに行ったのか。
あたりを見回すと、野外スペースの隅でジョン・トラボルタ風の衣装を身につけたまま、子供たちと一緒になってシャワーの水しぶきを浴びている。
つよぴーは相変わらずの調子で、派手な格好について突っ込まれると、「今日は特別さ」と得意気に笑い飛ばしていた。

「つよぴー、そろそろ行かないと。」
声をかけると、つよぴーは満面の笑みでこちらを振り返った。
「最高やん!このバチバチ!」

どうやら、今日の健康診断はこのバチバチ祭りで終わりらしい。
諦めた俺はつよぴーに連れられ、もう一度シャワーの前に立った。
水圧に耐えながらふと思った。

これが現代社会の健康診断なのかもしれない。
ストレス社会で疲弊した心身を容赦ない水圧で叩き起こし、アドレナリンを分泌させることで一時的に活力を与える。
そしてバチバチと叫ぶことで日頃の鬱憤を晴らす。

そう考えるとこのバチバチ祭りもあながち的外れではないのかもしれない。
俺もつられて「バチバチ!」と叫んでみた。
心なしか体が軽くなった気がする。

結局、体組成の検査は受けられなかった。
しかしなぜか清々しい気持ちで、俺とつよぴーはバチバチ祭りの会場を後にした。

エレベーターで1階へ向かう途中、つよぴーが言った。

「なあ、また来ようぜ、バチバチ祭りに」

俺は、笑って頷いた。
そして、心の中で呟いた。

次こそは、体組成を測ってやる。

そして、バチバチ祭りにも参加してやる。

去年の夏の話。

夏の終わり、テリーと近所の誰もいない浜辺に行った。
二人で砂の上に寝そべって海からの風にあたる。
じっとりした空気が少しだけマシになる感じだ。

何気なく持ってた花火が急に燃え出した。
左前の方に白い光が走る。
テリーと二人で青い空に咲いたほんの小さな火花を見てた。
そしたら海の中にいた人たちが慌てて浜辺に上がってくる。
テリーは俺の横顔見て話しかけてくるから騒ぎには気付いてない。
「帰ろうか」
そう言ったら、テリーは黙って頷いた

浜辺を出て、土の道を歩き出す。
ブラジル人っぽい少年が何か探してるみたいに地面を見てる。
俺はテリーを置いて先に歩く。
後ろから聞こえる足音はあの少年とコロンボみたいな刑事の二人分だ



古びたアパートの一室。
テリーと見知らぬ二人と俺。

喉が渇いたから蛇口をひねると薄いピンク色の水が出てきた。



誰かが確認するために部屋を出て行った。
数分待つ。
水は徐々に透明になっていく。
まるでさっきまでの不可思議な出来事が少しずつ薄れていくみたいに。

水が透明になった頃、さっきの男が帰ってきた。
少し安心した顔をしてる。
「上の階の配管から染料が漏れてたみたいです」
説明を聞いて俺たちは納得した。
でもテリーの目が何か言いたげに揺れてる。
「あのさ」
テリーが言った。
「さっきの花火のこと、謝らなきゃいけないと思って」

その時、ドアをノックする音がした。
開けてみるとさっきの刑事と少年が立ってる。
刑事は皺だらけのコートの襟を正して、ゆっくりと口を開いた。
「すみません、ちょっと確認したいことが」
テリーの肩が小さく震えた。
「実は、海岸で不審な光が目撃されて。
この少年が証言してくれたんですが…」
「あの、それは」
俺が口を挟もうとした瞬間、テリーが一歩前に出た。
「私です。私が誤って花火を」
刑事は意外そうな顔をしたけど、すぐに穏やかな微笑みを浮かべた。
「正直に話してくれてありがとうございます。
実はその花火が原因で、上階の染料工房に小さな火災があったんです。
幸い大事には至りませんでしたが」
俺たちは唖然とした。
ピンク色の水の謎がこんな形で解けるなんて。

「損害については、私が責任を」
テリーが申し出ると、刑事は首を振った。
「工房の主人が事故を機に長年の配管の不備に気付けたと。
むしろ感謝したいそうです」

帰り際少年は満面の笑みを浮かべながら手を振ってくれた。



夜も更けた頃、テリーと俺は再び浜辺に立っていた。
「ね」
テリーが呟いた。
「人生ってピンク色の水みたいだよね。
最初は訳が分からないけど、時間が経てば自然と透明になっていく」

俺は黙って頷いた。
潮風が俺たちの髪を優しく撫でていった。