普段はこんな時間に外に出ることはありませんが、その日だけはなぜか歩きたくなったのです。
広い車道に差し掛かると、一人の女性が車道を小走りで横断していました。
車が来ていないタイミングを見計らってのことのようでした。
彼女が無事に渡り終えたのを見届け、少し遅れて私も渡ることにしました。
わりと広い車道で4車線くらいはあったのではないでしょうか。
渡る途中、車の気配は感じませんでしたが、それがかえって不気味な静けさを漂わせていました。
なんとか渡り切ってガードレールを越え、歩道へと移動しました。
歩き始めると徐々に車の数が増えてきて、どうやら高速道路の出口付近にいることが分かりました。
さらに工事も行われていたようで、車の流れが途切れず若干戸惑ってしまいました。
行き先に悩んでいると、工事のおじさんが「裏山に行くんか?」と声をかけてくれて、左に進むようアドバイスをくれました。
教えてもらった通りに左の山道に入りました。
しばらく歩くと左側に何かが光っているのが目に入りました。
それは花に止まる蛍でした。
久々に見る蛍の光に思わず心が和み、スマホで写真を撮ろうとしたのですが、カメラアプリを立ち上げるのに手間取っているうちに蛍は光を消してしまいました。
まあ、自然の生き物とはそういうものですね。
少し落胆しつつも先に進むと、また新たに光る蛍が見えてきました。
私はその光を追って山道を進むことにしました。
次こそは写真に収めたい、そんな思いがありましたが、不思議と焦りはありませんでした。
夜のひんやりとした空気を楽しみながらリズムよく歩いていると、道端にベンチを見つけたので一息いれるために腰掛けました。
何気なく空を見上げると、そこには無数の星々が煌めいていました。
普段は街の光で霞んで見えない星々が、こんなにたくさん輝いていることに改めて気づかされました。
この星空の下で自然がもたらす静けさと冷たさを肌で感じながら、しばしの時を過ごしました。
すると、どこからか「蛍の光」のメロディーが聞こえてきました。
なんだか懐かしい気分になりながらメロディーに誘われるように音の方向へ歩いていくと、前方に池が見えてきました。
蛍らしき光がきらきらと瞬いています。
そこには池ではなく深い藍色の海が広がり、蛍のように見えた光もホタルイカが発するものでした。
さらに先ほどまで「蛍の光」のメロディーに聞こえていた音も、荒々しく打ち寄せる海鳴りの音だということが理解できました。
不思議なものでそのことに気付いた瞬間、急にそれまで全く意識しなかった潮の香りが私の鼻を掠めていきました。
潮の香りが記憶の奥深くに眠る何かを呼び覚ますようで、遠い日の思い出とともに今この瞬間がゆっくりと刻み込まれていくように感じられました。
薄暗い夜の中でこうした偶然や自然との出会いは、普段の日常では滅多に味わえない貴重な体験として心に焼き付きました。
私は海岸を後にし、帰路につきました。
この日の出来事は静かに私の心に溶け込んでいく…かどうかは知らない。
今はただ自然と記憶が交錯するひと時を淡々と記しておこう。










