風神 あ~る・ベルンハルトJrの「夜更けのラプソディ」 -80ページ目

公開されたのは、射殺した警官に取付けられたカメラ映像ではなかった。
もはやアメリカには、世界の警察を名乗る資格はありません。

大東亜戦争において、もっとも残虐な行為を行ったのもアメリカでした。

この国はやはり、病んでいます。この警官たちは、人を撃ち殺したい衝動に駆られているとしか思えないのです。



アメリカでの銃による殺人事件は年間なんと1万件以上。世界最悪の銃犯罪国であることは明白です。

銃愛好家からなる市民団体、全米ライフル協会(NRA)が銃規制に反対する圧力団体なのは有名ですが、掲げているスローガンがこうです。

「銃が人を殺すのではない、人が人を殺すのだ」
1871年に設立され、会員は400万人にもなるといいます。

もうひとつ足かせになっているのがアメリカ合衆国憲法。

修正第2条
規律ある民兵団は、自由な国家の安全にとって必要であるから、国民が武器を保有し携行する権利は、侵してはならない。

民兵団とは50の州がかかえる州兵のことです。
アメリカは憲法で「銃を持つ権利」が守られており、この憲法が大きく銃規制を阻んでいるのです。

現在の州兵は合計45万人にもなるといわれます。日本の自衛隊が22万人であることを考えると相当な数です。これはもちろん、アメリカの正規の軍隊ではありません。

アメリカ大統領選、ヒラリー・クリントンさんは銃規制に前向きといわれています。
一方のトランプ氏は全米ライフル協会などを政治的背景としている共和党ですから、銃規制に反対の立場です。

オバマさんが手出しできなかったことに、ヒラリーさんが挑めるのかは分かりませんが、アメリカは銃を捨てるべきでしょう。

銃を持っていなくたって、持っていたと、ポリスが主張できる国であり、銃を持てる国だからこそ起こる悲劇に見えて仕方ないのです。


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安くて観光客に人気のようです。お蕎麦はヘルシーですしね。
不器用にお箸を使って、はふほふと妙な食べ方をしているのでしょうね。
麺をすするのは日本人だけの特徴ですからね。



さて、名代は何と読むか。僕は若いころ読めませんでした。
正解は「なだい」です。

評判が高いとか名前を知られていること、になります。

みょうだい、だと誰かの代理になるので違うのですね。

富士そばの一号店は渋谷にあります。109から東急本店通り(今はなんていうんだろう)に入って右側にあります。

5~6人も入ればいっぱいになるぐらい、ものすごく狭い店だけど、よく立ち寄ったものです。

富士そばはお店によって、メニューや味が違ったりします。
それはミスじゃなくて、裁量に任せているからなのですね。





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YouTubeを見ていてふと思い出したことがあります。

シューガーって女性グループを知っていますか。
「ウェディングベル」って曲を知っていますか。

かつての恋人が見知らぬ女性と結婚する式場で、その元恋人に心の中で悪態をつく歌詞はふと笑わせてくれるものがありました。

結婚式に呼ばれた。そして、自分に与えられた席は一番後ろ。
無神経な人なら、やりそうなことです。
いや、無神経じゃなくて狙ったのかな。

これです↓↓↓↓


僕は結婚式ではないけれど、ひどく耐えがたい状況に置かれたことがあります。

「○○さん、ついに結婚するんですか?」
唐突に聞かれた僕は、は? と首をかしげた。
「○○ちゃんが、結婚するって……」
「あ、え?」
僕の耳から、すべての音が消えた。

それでも僕は、かろうじて体勢を立て直そうとした。
「ああ……それ、俺じゃないよ」

これを寝耳に水といいます。僕はパニックに陥りました。

現役の彼女が、結婚するって、なに?

その彼女が、結婚式の二次会に、僕の勤める店を使ったのです。彼女と僕が出会ったのもその店です。店のスタッフ全員がそれを知っているのです。

だから、ついに結婚するんですかと訊かれたのです。

どんな顔をしていいのか、まるで顔色を失い、うまく表情さえ作れない僕は茫然自失です。
お店のスタッフも、きっと僕のことを見ていたと思います。

それでも店を抜け出してお祝いをに買きました。買ったものは、結果的に彼女が困るであろうものでした。

でも、僕が好きな香りでした。だから、狙ったわけではないのです。
それは香水。

案の定、彼女は、○○さん、これはもらえない、ごめんねと差し出しました。
ごめんねはそこではないと感じた僕は応じました。

「○○のために買ったものを、人に上げるなんて、そんな失礼なことはできない。不要ならそこのごみ箱に捨てなよ」

「そ……じゃあ、ありがとう」

ああ、今でもきついわ、この話。
人生いろいろ。


話は戻って、このシュガーのベースを弾いている毛利さん。向かって一番右端の人です。
1990年4月7日、29歳という若さで亡くなったんです。
確か、出産にまつわる何事かでお亡くなりになったのです。

僕、若いころに渋谷の飲食店で働いていて、えーと、さっきのいわくつきの飲食店の後です。
来店した毛利さんと話をしたことがあるんですよね。
さばさばとした感じのいい人でした。

でもなんていうか、僕は接客業を長くやってきたせいで、人と話をすることを苦もなくやっているように見せることは上手いです。けど、黙っている方が楽なタイプです。
それと同じ匂いを毛利さんに感じ取ったのです。

黒いケースに入れたベースを持っていましたけど、メンバーとは違う人たち4~5人で来店しました。
今思い出して、ちょっとしんみりしています。


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こうしょくじょうしょくりょ……。
ん?

こうしょくじょうしょくろ……。
ん?

こうそく、ぞうそくりょ……。
ん?

こう、そく、ぞう、しょくりょ?


アナウンサー泣かせの高速増殖炉もんじゅが廃炉にむけて検討されているらしい。
既に約1兆2000億円をつぎ込みながら稼働実績がほとんどない上に、ミスが相次いで停止中の「もんじゅ」

1985年に着工、95年8月に発電を開始したのだけれど、3カ月後には冷却材のナトリウム漏れ事故で停止した。
10年5月に再稼働するも、3カ月半後に燃料交換装置の落下事故が起きた。実質的な稼働・発電実績は1年に満たないという体たらく。



発電に使った燃料以上の燃料を生み出すという「夢の原子炉」実用化のために建設されたが、夢のまた夢。

原子力発電自体に僕は反対なのだけれど、技術的な面でいうと、一度離れてしまうと元には戻れないというのもまた現実にある。

零戦を始めとする、世界を驚かせる戦闘機を生み出し続けた日本も、一度それから離れてしまったがゆえに、もう飛行機が作れない国になっている。

余談だけれど、その零戦もやがて、対抗して作られた米軍の重戦闘機グラマンF6Fに撃墜されていった。

そのグラマンに対抗するべく作られた旧日本海軍、最後の重戦闘機が「紫電改」だった。



戦局打開の切り札として開発され、昭和20年(1945年)1月に実戦配備された。

米軍のF6F戦闘機やB29爆撃機等と死闘を繰り広げたが、実戦は終戦までの、わずか8か月間に過ぎなかった。
しかし、その戦闘能力はグラマンF6Fを圧倒した。

物資不足部品不足の中、それでも日本の技術は、世界一の戦闘機を作り上げたのだ。
戦局が長引くことがあったなら、僕たちに語り継がれたのは、零戦ではなく、この紫電改だったのではないだろうか。

もしも、日本が飛行機作りを続けられる環境にあったなら、現在のようにアメリカから馬鹿高い値段の戦闘機を買うこともなく、世界一快適で省エネの旅客機を生み出していただろう。

一度離れてしまえば、失われる。継続しなければ二度と元には戻れない。それが技術だ。

僕はいったい、何の話をしたかったのだろう……(苦笑)

こうそくぞうそく……。
誰か止めて。


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武蔵小金井だったろうか。
友人の部屋は駅からかなり遠かったと記憶している。

「泊まっていけばいいじゃん」
一緒に行った友人たちは、胡坐をかいたり、寝そべって肩ひじ突いたり、まったりと泊まる態勢だった。
そう、「貧乏学生が行く!」の頃だ。

けれど僕はやんわりと断った。
「帰る」

でも、結構長い距離を急いだのにもかかわらず、最終電車に間に合わなかったのだ。
普通の人ならどうだろう。
「電車行っちゃったよ」って戻るのではないだろうか。

僕はどうしたかというと、迷うことなく線路を頼りに部屋に向かって歩き始めたのだ。
冬だったと記憶している。それに下駄だった。そんなもので長距離歩いたら後頭部にかなりの衝撃が来ることを初めて知った。

部屋を目指したのはいいけど寂しい道だ。街路灯だけが唯一の灯りの暗い通りだ。人の気配なんてない。もちろんお店なんてものもない。まあ、あっても真夜中だからやってないけど。



僕は車の多そうな道を目指した。たぶん青梅街道とかかな。
その分遠回りに違いなかったけど、歩いた。時折行き交うヘッドライトが照らす道を黙々と歩いた。

街路灯とヘッドライトと夜空の星。それだけが世界と僕を繋いでいるような心もとない道のりだった。

徒歩で近いとはいいがたいけれど、僕にとってはものすごく贅沢な元禄寿司(回転寿司)を食べるために、西武新宿線沿いの僕の部屋から、新宿まで歩いたことがある。そう、電車賃なんてとんでもない。

僕の住むその駅まで、だれ一人歩いていないいくつもの町と闇夜の道を通り抜け、武蔵小金井駅から歩いたのだ。
うろうろしたから相当遠回りをしたはずだ。


今でも僕の記憶に残る一シーンがある。周りは木々。ゆるくカーブを描く上り坂で向うからヘッドライトが近づいてくる。
人が乗っている。それだけが僕の救いだった。

やがて見慣れた景色が僕を励ます。ほっとした気持ちを愛でつつ、ラストウォークに力を入れた。
部屋に帰り着いたときには外が明るくなってきていた。
着いた、着いた、着いたあ……。

ぺたりとへたり込み、やがてうつぶせに、そのうち大の字になった。
やっとたどり着いた。
僕は生還者の気分だった。

なぜそんなことをしたのか。

僕は人の家に泊まるのも、自分の部屋に人を泊めるのも嫌なタイプだからだ。

みんなで旅行に行こうよ!
うん、一人部屋ならOKだよ。
僕はこんなタイプだ。

部屋に泊めるのが面倒くさいとか、物に触られるのが嫌だとか、シャワーも使わずに布団に寝られるのは困るとか。
何か食べ物を出したりとか気を使わなくちゃならないとか。

そんなものとは全く関係ない。
他人が同じ部屋の中で寝ている状況が、僕には耐えられないのだ。

小さいころから、親戚の家に泊まるのも嫌だった。寝付けなくなるのだ。
どうにか許されるのは、おじいちゃんおばあちゃんの家だけ。要するに直系だ。

「泊めてよ」とか簡単に口にする人の気持ちが、僕にはわからない。
今はバツイチの独り者だからだあれだけど、許されるのは家族。
それから、彼女。
この二つしかない。

みなさんの暇な時でいいので、コメント欄に、「おK」「NG」「絶対嫌!」と入れてもらえると嬉しいです。
もちろん、家族、彼氏、彼女、以外の場合です。

僕は少数派だろうか、それとも意外に多数派だろうか。
それがとても気になるのです。


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まずは、これを聴きながら。
セイヤング/谷村新司・ばんばひろふみ


これ、オリジナル曲なんですね。
作詞/なかにし礼
作曲/鈴木邦彦
歌/スクールメイツ

となっています。

谷村新司とばんばひろふみのセイヤングは、ネットで見ると「天才・秀才・バカ」の思い出話が多いですね。このコーナーは聴取者の投稿で成り立っていました。

毎回期待して聞いていたけど、それほど笑った記憶がありません。
むしろ、何がおかしいんだろう? とか思ったかな。
まあ、素人さんの投稿だから無理もないけど。

僕は、「バンバンの超心理学コーナー」が好きでした。
内容なんて全く覚えていないんだけど、十代のころからこんなネタが好きだったんだなあ。

バンバンといえばこの曲ですね。
作詞作曲は、荒井由実の頃のユーミンです。
鳴かず飛ばずだったバンバンが最後にすがったのがユーミンだったのですね。

バンバン/いちご白書をもう一度



─Wikipediaより─

作詞・作曲はユーミンこと荒井由実(現・松任谷由実)。卒業を間近にして、過ぎ去った学生時代を思い出すという内容の曲である。
松任谷由実の談によれば、当時青山学院の学生と交際していた自身が、青山学院から渋谷駅へ2人で歩いた思い出をイメージして作ったと語っている。
歌詞に歌われている『いちご白書』とは、1970年に公開されたアメリカ映画で、1968年にコロンビア大学で実際に起こった学園紛争をもとに制作されたもの。

出す曲が売れず、行き詰っていた頃に荒井の曲を聞き、感銘を受けたばんばひろふみが最後の曲として荒井に書いてもらいたいと思い、荒井に会うためあらゆる伝を探し行き着いた所が松任谷正隆であった。そしてばんばと荒井が会い、荒井も当時あった学生運動を題材にする事がばんばと一致し、曲を書く事となった。

バンバンも谷村新司も団塊の世代のちょっと後なのかな?
「戦争を知らない子供たち」をうたったのはジローズだったかな。
この人たちが団塊の世代だろうか。
よく分かってないけど(汗)

僕が団塊の世代の意味を知ったのは、そんな昔のことではありません(恥)


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まずはこれを聴きながら読んでください。
一定以上の年齢の人にはとても懐かしい曲のはずです。

「ビタースィートサンバ」
タイトルを見ただけでピンと来た人はすごいです。

Herb Alpert & The Tijuana Brass - Bittersweet Samba


─Wikipediaより─

日本では、1967年にスタートしたラジオの深夜番組『オールナイトニッポン』シリーズ(『オールナイトニッポンR』も含む)(ニッポン放送をキーステーションにNRN系全国36局ネット)のテーマ曲として使われているため、ラジオリスナーには大変馴染み深い曲であり、一般にこの曲といえば『オールナイトニッポン』のイメージが強い(前述の様に、原曲は2分にも満たないが、番組用に編集されている。ただし、オールナイトニッポン関連のCDに収録されている曲は原曲である)。


そうです。オールナイト・ニッポンのテーマ曲ですね。
これを聴いてると、僕は十代の少年に戻りそうな不思議な気分になります。

そう、「貧乏学生が行く!」のころですね。

面白おかしくラジオを聴いたあの日、すがるようにラジオに耳を傾けたあの日、夢もあったけど、絶望も味わったあの頃。

絶望なんて軽々しく使うものではないでしょうけれど、生きるために、僕はラーメン屋の脇に納品されていたもやしを一袋盗みました。

美味しいから食べるとか、お腹が空いたから食べるとか、それを超越した状況に僕は生きていました。そうやって僕は、故郷から遠く離れた東京で生きてきました。

お詫びも込めて、いつか、「貧乏学生が行く!」に書きたいと思っています。
十代なんて、決して美しくはなかったことを思い出します。

ラジオの深夜放送が一時代を画したあの頃、夜はまだまだのイメージが強かったです。
その時々で思い浮かべるパーソナリティーは違うでしょうね。
分かる人だけわかってもらいたいブログでした。

「セイ! ヤング」のテーマ曲、憶えてますか?
今度はそれをアップしようかな。


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─Wikipediaより─
親日家として知られる。
1961年の初来日以降、何度も日本で演奏をおこなった。彼の演奏した曲の中には"Ugetsu(雨月)" On The Ginza(オン・ザ・ギンザ)"など、日本をテーマにしたものも存在する。
(中略)
初来日時、彼はファンから記念写真をせがまれ、「オレは黒人だぞ。一緒に写真に収まってもいいのか?」と答えたという。

また東京での公演がTBS系列でラジオ中継されると聞かされて、彼を始めジャズメッセンジャーズのメンバーは大いに奮起し、この初来日時の感激が親日家アート・ブレイキーを生んだと伝えられている。

帰国を前に、彼は「私は今まで世界を旅してきたが、日本ほど私の心に強い印象を残してくれた国はない。それは演奏を聴く態度は勿論、何よりも嬉しいのは、アフリカを除いて、世界中で日本だけが我々を人間として歓迎してくれたことだ。人間として!  ヒューマンビーイングとして!」とも述べている。

その後、亡くなる間際まで来日を繰り返し、特に夏のフェスティバルでは顔役的存在であった。



「人間として!  ヒューマンビーイングとして!」

意味は同じだから……あえて区別すれば、個性を持った個人として、さらには生物学的分類上のヒトとして、といった意味合いでしょうか。

アート・ブレイキーは、日本での歓迎ぶりに感動してしまったのですね。
人種差別の根強い国から見ると、僕たちはイエロー・モンキーですからね。黒人の方たちの苦労は計り知れません。

下に載せたMoanin’、かなり有名な曲なので皆さんも耳にしたことがあると思います。

元の形はmoan:うめく、うなる、嘆くなどという意味の動詞で、人種差別に苦しむ黒人たちの嘆きやうめきを象徴したものといわれています。

朝が来る度に俺はうめいている


アート・ブレイキー&ザ・ジャズメッセンジャーズ
/モーニン Moanin'

ほら、聴いたことがあるでしょ。
ドラムを叩いているのがアート・ブレイキーです。

またもや台風です。日本全国、何事もないことを祈ります。


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「謎肉」ってなに?
僕はそれを見たとき首をひねった。

調べてみると「謎肉」はネットなどで使われていた言葉らしい。
要するに、カップヌードルに入っている、あの四角い味付豚ミンチのことだったのですね。

カップヌードルビッグ
謎肉祭 肉盛りペッパーしょうゆ



カップヌードル誕生45周年の一環で発売されたビッグサイズの商品ですね。
9月12日発売で3日後の15日には販売休止になったいわくつきの商品です。

うん、そこそこ売れてます。トムヤンクン・ヌードルに迫るかもしれません。



謎肉10倍? 嘘でしょ?
通常のビックカップヌードルにどうだろう、5~6個入っているのだろうか。
それが50とか60個? ありえない。
ビックカップでも、入りきらないでしょ。

しかし、日清が嘘をついてまで売ろうとするわけがないしなあ……。

通常のカップヌードルビッグの月間販売数量の1.5倍を用意していたらしいのだけど、それを上回って売れたんですね。1か月分と見積もっていた在庫(出荷分)がわずか3日で底をついた。

販売再開は10月下旬あたりになりそうです。

ヤフオクや、Amazonで高値で売られているらしい。
馬鹿だね出品した人たち。
近々普通に流通する商品を誰が高値で買うんだ。

どうしようかなあ……明日あたり、休憩中に一個食べておこうかなあ……。


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僕もそうだけれど、これが案外勘違いしやすい。

消費期限なんて言葉はあまり使わない気がしませんか?
そう、すべてを賞味期限と口にしがちなのです。

劣化がさほど早くないものを賞味期限、劣化の早いものが消費期限と分けられているのに……。
その境目は5日のようです。

お弁当やおにぎり惣菜などは、当然消費期限。
でもでも、賞味期限って言いがちですね。

期限内に消費しましょう! それを越したら食べないで! が消費期限。
期限内は美味しく食べられます! が賞味期限ですね。



これが採用されてから20年ぐらい経ちます。
それまでは、製造年月日が記されていました。

僕たちは、その食品が食べることが可能かどうか、自分の目と鼻で確認したものです。
あ、いけそうだな、の奥から漂うちょっと怪しい匂いをかぎ分けたのです。
まるで、動物のように。

この期限のおかげで、廃棄がたくさん生まれてきました。世の中食べられない人も多いのにもったいない話です。
だから、それを改める動きが出てきました。

だって、ごみとして捨てるか、業者が引き取って家畜の飼料になるしかないからです。
業者さんから直接聞いたところによると、サラッサラの粉末になるそうです。

サラッサラです。ちっちゃい「ッ」を付けたから本当にサラッサラなんでしょう。

食べ物が毎日大量に捨てられてゆく。
チャーハンに入れられた豚も、ビーフカレーに入れられた牛も、ごみとして捨てられるために殺されたのです。

話はそれて行ってしまうけど、こんな世界は、そろそろ終わりにしなければいけません。
そう思いませんか?


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