涼風文庫堂の「文庫おでっせい」355 | ryofudo777のブログ(文庫おでっせい)

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私が50年間に読んだ文庫(本)たち。
時々、音楽・映画。

<クロフツ、

スピレイン>

 

1076「フレンチ警部最大の事件」

フリーマン・ウィルス・クロフツ
長編   田中西二郎:訳  創元推理文庫
 
 
 
宝石商の支配人が殺害され、
三万三千ポンドのダイヤモンドが金庫から消えた。
 
金庫の鍵は二つしかなく、
一つは銀行が保管し、
一つは社長が肌身はなさず持ち歩いているものなので、
合鍵をつくることは不可能なはずであった。
 
しかも支店の社員が一人、
同時に行方不明になっている。
 
ヤードから派遣されたフレンチ警部にとって、
最大の事件となった本件は、
冒頭から疑わしい状況証拠だらけで、
しかもそれがどれ一つとして決め手にならぬという、
無駄骨折りの連続だった。
 
だが、ようやく曙光を得たフレンチは、
猛然とその手がかりへくいさがっていった!
 
                        <ウラスジ>
 
 
ジョゼフ・フレンチ初登場。
 
最初の事件が最大の事件とはこれいかに。
 
名探偵ではない名探偵。
 
なんかいろいろ矛盾をはらんでいるというか、
二律背反のオンパレードですね。
 
とりあえず、
私にとってのフレンチ警部との出会いはこちら。
 
 
まあ、
快刀乱麻で事件を解決する名探偵ではなくて
(じつはそんな名探偵は存在しない)、
コツコツ足で稼いだ事実を積み重ねて
アリバイ崩しを含めた真相に近づくと言う、
典型的な努力型 ”名” 探偵(刑事)です。
 
日本で言えば鮎川哲也さんの
<鬼貫警部>ってところでしょうか。
 
鬼貫警部のデビュー作、
『黒いトランク』はクロフツの『樽』と
<フレンチ警部もの>に対するオマージュとも言われてたっけ。
 
でこの後すぐに松本清張の『点と線』が出て、
刑事が主役の ”社会派推理” へと、
なしくずしに進んでゆく――
……ってな感じに受け止めています。
 
唯一<探偵談>っぽいところは、
奧さんのエミリーの存在でしょうか。
 
この作品でも
第13章 フレンチ夫人の見解
というページを与えられ、
しっかりと存在感を示しています。
 
本格推理ものに顔を出してアドバイスをする
奥方や家族というものは、
ある種、”安楽椅子探偵” みたいなもんですからね。
 
 
 
(フレンチ警部の)その特徴とは、
一言で言えば、いわゆる
”名探偵(Master Mind)”
ではないという特徴である。
 
フレンチは温厚な紳士で、勤勉な警察官で、
その探偵としての美点は飽くまで忠実に事件を追い、
エネルギッシュに捜査に努力する点にある。
 
残念ながら彼はシャーロック・ホームズはもちろん、
すべての読者が記憶するに値する限りの
名探偵のもつ天才的推理力をもたない。
 
<中略>
 
そして現在流行しているハードボイルドものの探偵が、
みな頭よりも腕っ節やずうずうしさに頼っていることを考えても、
クロフツの先駆者的位置は明らかである。
 
(この一文は、クロフツに対するいささか贔屓の引き倒しと、
ハードボイルドに対するかなりの認識のずれがあるようです)
 
(が、次に登場する作品に紐づけて掲載させていただきました)
 
<中略>
 
本格小説をかりに ”謎をとく” 小説だと定義すれば、
クロフツのフレンチものはその範疇には入らない。
それは ”謎がとける” 小説なのである。
 
<中略>
 
事実、この一歩一歩、真実に近づくという息づまる興味は
名探偵の登場する推理小説では味わえない魅力である。
 
              <田中西二郎:あとがきより>
 
 
これ、
クロフツの作品に再三出て来る、
”倒叙もの” 
の醍醐味。
 
 
 
ところで。
田中西二郎、という名はやっぱり
私にとっては『白鯨』の名訳――。
 
まかりいでたのは
イシュメールと申す風来坊だ」
 
 
さて、
ミステリーも多数翻訳されている田中西二郎さんですが、
バリバリの専門家の中島河太郎さんの見解なんかと
微妙に違ってるように思えるところが新鮮でした。
 
 
”謎がとける小説” っていい表現だなあ……。
 
だけど、
地道にコツコツの平凡警察探偵ものと、
暴力と行動の<ハードボイルド・亜種>を
近似値風に並べるとは……。
 
 
 
 
 
 

1077「大いなる殺人」

ミッキー・スピレイン
長編   清水俊二:訳  早川文庫
 
 
雨は低くたれこめた空から激しく落ちていた。
 
夜更け、ある酒場に全身ずぶ濡れの男が、
赤ん坊を抱えて入ってきた。
 
男は震える手で酒をあおり始めたが、
ふいに赤ん坊をその場に残すと、
また降りしきる雨の中に出ていった。
 
酒場に居合わせたマイク・ハマーも男に続いて出た。
 
街の灯が男のシルエットを映した瞬間、
銃声が響き男は倒れた。
 
マイクの胸をよぎる熱い怒り――
 
残された赤ん坊を預かるかたわら、
マイクは事件の糸をたぐり始めた。
 
意外な情報や事件は、
男とその周囲の人間の過去を暴いていったが、
果してマイクが辿り着いた真相とは!
 
                        <ウラスジ>
 
はい。
マイク・ハマーもこれで三作目。
 
 
 
映像や聞きかじりレベルの
『ハードボイルド』のステレオ・タイプを構築したものの、
いわゆる、
<ハメット、チャンドラー、ロス・マクドナルド>の
”御三家” とは同列に語られることのないスピレイン。
 
まあ、この作品も前の作品とたがわず、
最後、犯人に銃をぶっ放して終わりますが。
 
でも、
翻訳が『長いお別れ』の清水俊二さんなんだ……。
 
 
<余談>
スピレインというと、
被害者役で<刑事コロンボ>に出ていたのを思い出します。
 
その時ちょっと調べてみたら、
何本か役者として映画にも出ているとのこと。
しかも、本人役とマイク・ハマー役で。
 
劇作家が自作やそれ以外に登場するのは、
ノエル・カワードとかいるけど、
バリバリの小説家で役者として映画出演したのは、
『名探偵登場』のカポーティーぐらいしか知らない。
 
日本だと三島由紀夫かな。
 
あとはもともと役者志望だった筒井さんとか。
 
 
<余談> 日本編
 
ああ。
毎年正月にやってた<文士劇>で、
柴錬が ”眠狂四郎” を演じてたっけ。
 
客席からの「円月殺法!」という掛け声に、
「今見せてやるから、ちょっと待ってろ」
と呼応してた。
 
文士劇、
いつの間にかテレビで見られなくなった。
 
もう終わっちゃったのかなあ……。
 
 
<余談> 海外編
 
”ハリウッドには魔物が棲んでいる”
 
しかし、40年代から50年代にかけて、
そこそこの小説家が脚本家として
名を連ねていますね。
 
 
<ウィリアム・フォークナー>
 
『脱出』 監督:ハワード・ホークス
おなじロストジェネレーションのヘミングウェイの原作。
 
『三つ数えろ』 監督:ハワード・ホークス
次に登場するチャンドラーの『大いなる眠り』が原作。
 
 
<レイモンド・チャンドラー>
 
『深夜の告白』 監督:ビリー・ワイルダー
『郵便配達は二度ベルを鳴らす』でお馴染み、
ジェームズ・M・ケインの『殺人保険』が原作。
 
『見知らぬ乗客』 監督:アルフレッド・ヒッチコック
『太陽がいっぱい』でお馴染み、パトリシア・ハイスミスの原作。
 
 
あと、有名どころでは、
フィッツジェラルド。
ハリウッドで酒びたりになっていたようだが、
クレジットのある映画作品は殆どないらしい。