<エラリー・クイーン>
1073「フランス白粉の謎」
エラリー・クイーン
長編 井上勇:訳 中島河太郎:解説
創元推理文庫
ニューヨーク五番街、
流行のメッカにそびえる大百貨店 ”フレンチス”
の展示室のなかから転がり出た女の死体――
くちびるは半分しか紅が塗られていず、
当人の持ち物でないスカーフと口紅棒を持っていた。
その謎の口紅棒には、
奇怪な白い粉がつめられている。
社長のアパートの机の上に並べられた
奇妙な取りあわせの五冊の書物は、
慧眼なクイーンに、
意外なヘロイン密売団の存在を示唆する。
クイーンがフェア・プレイをモットーとして、
読者に挑戦した国名シリーズの第二冊目、
彼の名を不朽にした出世作。
<ウラスジ>
国名シリーズの方向性と、
論理的解明を主眼とした、
クイーン初期の代表作(らしい)。
<読者への挑戦状>は、
いささか教訓めいていて、
私なんかは自分のことを言われてるような
気さえしました。
曰く、
……推理小説の愛好家の間には、
盲目的直覚の力をかりて、
犯人を≪当て≫ようと努力する傾向が大いにある。
ある程度までは、それは避け得ないことであるのは、
私も認めるが、論理と常識との適用はさらに主要な要件であり、
より大きな愉悦の根源である。
<中口上と挑戦>
とは言うものの、
カバーの折り返しに書かれた
クイーン父子を含む17人の登場人物――。
ひと目で、『こいつが怪しい』ってのが、
まんま当たっちゃたもんだから、
どうしたものか。
論理などが入り込む余地のない、
<傾向と対策>による犯人あて。
ドタ勘とはちょっと違うが、
偏見まみれではあります。
これ以上言うと、犯人が分かっちゃうので、
やめておきますが。
<余談 1>
36章の
≪時は来た……≫
はルイス・キャロル『鏡の国のアリス』
の挿入歌(?)の一部。
原題は『せいうち、大工の二人連れ』 (岡田忠軒・訳)
「時は来た」とせいうちはいった。
たくさんのことを話すときが。
せいうち、は英語でWalrus(ウォルラス)。
当然、ビートルズ・ファンの目にとまり、
『アイ・アム・ザ・ウォルラス』との関連性を
つつき出した次第。
キャロルもジョンもナンセンス好きだったしね。
しかし、
そのことをエラリー・クイーンのミステリーで
知ることになろうとは。
これだから、読書はおろそかに出来ない。
<余談 2>
クイーンの提唱した『推理小説批判法』は
まだ生きてるんでしょうか。
解説で中島河太郎さんが説明しておられるように、
古典作品の鑑定法になっているようではありますが。
【10の要素】
1.プロット
2.サスペンス
3.意外な解決
4.解決の分析
5.文体
6.性格描写
7.舞台
8.殺人方法
9.手がかり
10.フェアプレイ
おのおのを10パーセント満点とする。
その合計が――
50%未満は普通の出来、60%はやや佳作、
70%は佳作、80%は秀逸、85%は傑作、
90%およびそれ以上は古典として最上に位すべきもの。
例として、
「グリーン家殺人事件」 ヴァン・ダイン 79%
「矢の家」 メースン 74%
「モルグ街の殺人事件」 ポオ 96%
「アクロイド殺害事件」 クリスチィ 79%
「トレント最後の事件」 ベントリー 72%
う~ん。
根付かなさそう……。
1074「スペイン岬の謎」
エラリー・クイーン
長編 井上勇:訳 中島河太郎:解説
創元推理文庫
スペイン岬と呼ばれる花崗岩塊の突端にある
別荘の海辺で発見されたジゴロの裸の死体。
事件の発生当時に、
スペイン岬の所有者ゴッドフリー家には、
いずれも一癖ありげな客が招待されていたうえに、
さらに三人の未知の人物が加わっていたらしい。
その理由はなにか?
そして殺人犯は、
なぜ被害者を裸にする必要があったのか?
クイーンをはじめとする捜査陣を悩ませた最大の問題は、
この点にかかっていた!
常軌を逸していて、
不明解な謎だらけの事件と、
作者が自賛する言葉どおりの難事件は、
エラリーの精緻をきわめた推理の前に
朝の霜のように解けてゆく。
<ウラスジ>
<ウラスジ>をもうちょっと詳しくいうと、
こうなります。
殺人犯人Xが
名もゆかしいキッド船長なる人物を手先に雇って、
ある女たらしを誘拐して殺させようとしたが、
船長があいにく別人を連れ出してしまう。
その計画の齟齬に気づいた犯人はすぐたち直って、
目的の人物の抹殺に成功したわけだが、
そのさい被害者を裸にしなければならなかった
理由がどこにあるか、
クイーンをはじめ捜査にたずさわるものの
腑に落ちない重要な一点となる。
<中島河太郎:解説より>
裸で殺されるって、
グリーンの『くたばれ健康法!』を思い浮かべちゃう。
あれは別に ”裸” ってわけじゃなかったけど。
<余談>
ここにきて、
クイーンの<国名シリーズ>の文庫カバーが
真鍋博画伯の手によるものと初めて気が付きました。
新潮文庫の星新一さんの作品でお馴染みだったんですが、
繊細で幾何学的、そして<SF>ってイメージを持っていたので、
ちょっと驚きました。
で
これってスペイン含めたイベリア半島を、
牛の頭(顔)に見立てたイラストですよね。
本物の地図をかなりデフォルメしているようですが、
中に記されている町の位置はほぼほぼ合っているようです。
マドリード、バルセロナを筆頭に、
ビルバオ(バスク純血主義)、
サン・セバスチャン(レアル・ソシエダ)、
サラゴサ(アギーレが監督してた)、
ヴァジャドリー(城選手がいた)、
ヴァレンシア(バルサ・キラーのピオホことC・ロペス)、
マジョルカ(大久保選手がいた)、
マラガ(ダリオ・シルヴァとデリー・バルデス)、
セヴィージャ(セヴィージャとベティスの醜いダービー)、
コルーニャ(デポルティボ。セルタとガリシア・ダービー)、
ヴィーゴ(セルタ。デポルティボとガリシア・ダービー)
私が熱心に観ていた頃の
リーガ・エスパニョーラ。
考えてみれば、
ヨーロッパの都市はサッカーで、
アメリカの都市は大リーグで、
それぞれ覚える事になりました。
1075「ニッポン樫鳥の謎」
エラリー・クイーン
長編 井上勇:訳 中島河太郎:解説
創元推理文庫
ニューヨークの中心
マンハッタンの一隅に
閑雅な詩趣を誇る日本庭園。
そこに棲む一羽のカシドリが、
東京帝国大学教授の娘である
女流作家の死にまつわる謎を
いかにしてついばむか?
ノーベル賞受賞の癌研究学者と
エラリー・クイーンの頭脳比べは、
どちらに凱歌があがるか?
事件の背景が日本にある点でも、
国名シリーズの他の諸編とはちがって
日本の読者の興趣をかきたてるだろう。
華麗から重厚への転換期にあたって、
クイーンがありったけの日本の知識を披露する。
<ウラスジ>
『樫鳥』とは、”カケス” のこと。
カケスと言えば、”カケスのサミー” 。
『山ねずみロッキーチャック』に出てた、
お騒がせ屋。
『ニュースだよ、ニュースだよ』
……北米のカケスは青いらしい……。
<カルピスまんが劇場>
私が欠かさず観ていたのは、
『ムーミン』でも『アルプスの少女ハイジ』でもなく、
『山ねずみロッキーチャック』でした。
<閑話休題>
さて、この『ニッポン樫鳥の謎』、
ホントに<国名シリーズ>に入れていいのか?
という疑問はかねてからありました。
原題は、
”THE DOOR BETWEEN” (間の扉)。
この辺の事情については、
”ミステリーの生き字引”
だった中島河太郎さんの言をお借りします。
エラリー・クイーンが国名を冠したシリーズを
次々に発表していた当時、
わが国の愛好家の間で、
「日本」を冠した作品ができたらと待望されていた。
それが実現したらしいという情報はあったが、
日支事変の発生した昭和十二年ごろでは
もう原書の入手も困難で確かめられないままに終わった。
一方バーナビー・ロス名義で
ドルリー・レーンの四部作を書いてはいたが、
クイーン名義ではずっと国名を続けていたのに、
第九作の「スペイン岬の謎」の次にはがらりと題を変えて、
「中途の家」(Halfway House)を執筆した。
ところが翌年すなわち一九三七年に刊行された本書は、
初め「コスモポリタン」誌上に掲げられたときには、
「日本扇の謎」
(The Japanese Fan
Mystery)
と題されており、
従来の作品の系列を追うていることになる。
しかしこれまでの挑戦状挿入の形式は、
前作の「中途の家」で終わっていて、
かえって本書では省かれている。
そして単行本として出版されたときには原題の
The Door Between
に改められてしまった。
戦局の進展に伴う対日感情の問題がからんでいると思われる。
ことに従来の作品は国名こそ冠してあっても、
必ずしも各国の情緒を盛るまでに
至っていないうらみがあった。
ところが本書では舞台こそアメリカであるが、
日本趣味がふんだんに現われて、
たしかに「ニッポン」と銘うつにもっともふさわしく、
この作品集の最終を飾るのにきわめて適切であった。
<中略>
……茶の湯、フジヤマ、日本提灯、屏風、掛け物、キモノ、
などが次々に現われ、
日本風の靴、日本の靴下まで背景に使われる。
<中島河太郎:解説より>
戦時中で色んな思惑があったでしょうが、
こと『日本』に関してざっくり言うと――
ベネディクト『菊と刀』以下、
クライトン『ライジング・サン』以上。
故・児玉清さんはファンだったみたいだけど、
マイクル・クライトンって、
日本に対して含みを持っているって言うか、
ぶっちゃけ ”日本嫌い” だよね。
その集大成が『ライジング・サン』だと思うんだけど、
『失われた黄金都市』(コンゴ)
でもチラッとそれっぽく書いてたので、
”筋金入り” だとお見受けしました。
それでも面白いから読んじゃうんだけど……。
<閑話休題>
この作品に挑戦状は似合わない気がします。
乱歩の『赤い部屋』に通じる、
殺意を秘めたミスリード、とだけ言っておきます。
これでも勘のいい人は分かっちゃうかも。
総括にはまだ早いけど……。
(まだ三作残ってる)
とりあえず、
今までの<国名シリーズ>を紹介して
お開きにしたいと思います。







