<勝目梓、
河野典正、
井上靖>
1078「獣たちの熱い眠り」
勝目梓
長編 南里征典:解説 徳間文庫
プロテニスの花形プレーヤー三村浩司は
一夜の情事のために抜きがたい陥穽にはまり込んだ。
三千万円を脅迫され、選手資格は停止された。
栄光の世界から泥濘の地獄へ――
眼には眼を、歯には歯を、
プロの恐喝組織を相手に復讐鬼と化した三村の
凄絶な死闘が展開する。
長崎から東京へ、
ギブ・アップするわけにはいかない男の
”存在理由” を賭けて戦う一匹狼を描破する
勝目梓の長篇出世作!
<ウラスジ>
一時期、隆盛を誇った
”ハード・ロマン”
なる小説のジャンル。
バイオレンスとエロスで味付けされた、
サスペンス・アクション、とでもいうべきものか。
おもに西村寿行作品に冠せられた称号でしょうが、
他にも
この勝目梓の一連の作品、
門田泰明の<黒豹シリーズ>、
なんかが入ってくるのかな。
ちなみに、
<1984年版・徳間文庫・解説目録>
には、『推理』『SF』とともに『ハードロマン』
のジャンルが設けられていて、
そこに登場するのは、
西村寿行、大藪春彦、勝目梓、志茂田景樹、
という顔ぶれになっています。
まあ、エロスとバイオレンスって言うと、
元祖は大藪だろうからな……。
海外だと前回やったスピレインとチェイス。
志茂田景樹さんはちょっと違うと思うけど。
とにかく、紹介文をチラと覗いただけでも、
”涯しない凌辱の日々”
”美貌の女たちを足下にかしずかせる”
”魔手に陥ちた”
と、
女主人公さえ容赦しない性描写を窺わせるものが
多数存在していました。
閑話休題。
<ハードロマン>にありがちな、
”荒唐無稽” という要素はこの作品には無縁のようです。
主人公の三村を陥れるプロの脅迫屋軍団は、
戦争中の部隊仲間で形成されたもので、
いきおい、
かなりドメスティックな活動範囲にとどまっています。
各章のタイトルがこれ。
嵌まる
手繰る
傷める
捕る
焼く
砕かれる
待つ
なんとなく想像がつく展開が待っているような。
この作品、三浦友和さんで映画化されたっけ。
かなり際どいSEX描写もあって、
当時騒がれていました。
そして、この後の『台風クラブ』で
完全に<アイドル俳優>からの脱却に成功したと、
私は思っています。
あんな怠惰な教師役がハマるとは……。
<余談>
1970年代半ばから出て来た<ハードロマン>は、
やがて、
伝奇的要素とESP(超能力)要素が加味され、
荒唐無稽さをアウターにもインナーにも拡げてゆき――
1980年半ばの、
夢枕獏<魔獣狩り>
菊地秀行<魔界行>
へと繋がっていったように思えます。
週プレで、
”漫画のような小説”
って感じで特集されてました。
栗本薫<魔界水滸伝>や笠井潔<ヴァンパイヤー・ウォーズ>
も載ってたっけ。
いささか揶揄っぽい取り上げられ方ではありましたが、
今の<ライト・ノベル>の礎となったような感じからすると、
”漫画のような小説” って
ある種 ”誉め言葉” であるとも言えるでしょう。
このお二方、
<ノベルズ>にとどまらず、
キマイラ・シリーズ(夢枕)
吸血鬼ハンター・シリーズ(菊地)
<いずれもソノラマ文庫>
と、
ジュブナイル展開もされていたので、
先輩にあたる<ハードロマン>作家たちよりも
かなり息が長く続いています。
私、いまだに獏さんの<陰陽師・シリーズ>は
文庫で出るとすぐに買っています。
1079「殺意という名の家畜」
日本推理作家協会賞受賞作
河野典正
長編 星新一:解説 角川文庫
その娘から電話がかかって来たのは深夜だった。
しきりに私に会いたがっていた。
翌々日、相談したいと思って来ました……と、
私の家の郵便受けに、
鉛筆で走り書きした薄汚れた紙片を残して、
とつぜん失踪した。
星村美智、
一度だけだが、私は彼女と寝たことがある。
自堕落な生活にふけり、
睡眠薬を齧っては、朦朧となって、
いつまでも笑いころげているような娘だった。
何人かの男の影が浮かび上がってきた。
いつしか私は、
失踪した彼女の跡をたどりはじめていた。
退廃ムードにひたる現代の青春群像と
いとましい<暴行事件>を描いた、
正統ハードボイルドの傑作
=第17回日本推理作家協会賞受賞作。
<ウラスジ>
久々の河野典正。
そちらでも書いていた、
<正統派ハードボイルド> の代表作です。
そして、
<正統派>にも<非正統派>にも通じる、
”女を探せ(捜せ)”
がストーリーの骨格になっています。
あとは謎を構成する、
過去の出来事と現在の恐喝――。
押さえどころはしっかりしている。
で、
ここで星新一さんの解説が生きてきます。
――星村という妙な姓の女性が出て来るし、
わが家から遠からぬ品川あたりに
事件が及んだりしている点にまず興味を持ったが、
たちまち引き込まれた。
文章がいいのである。
<何か言葉自身が勝手に逃げて行くような口調……>
<人間の顔で、最も醜悪なものは、
告白することになれていない男が
告白を始めた時の表情かもしれない>
そのほか、みずみずしい感性が、
各所で読む者をひきつけるのだ。
それ以前の推理小説界では、
トリックに熱中するあまり、
文章のほうがおざなりになっている作品が
まかり通っていたのである。
まさに画期的なことといっていい。
<星新一:解説より>
この文章から入る(構築する)ってやり方、
ロス・マクドナルドがチャンドラーに対して
同じ様なことを言ってたような。
フィリップ・マーロウにために用意された
文章(文体)みたいなこと。
<余談>
日本における ”正統ハードボイルド” の作家は、
この後、生島治郎さんで完成され、
後々の原尞さんへと引き継がれていったと思います。
”私が殺した少女を追いつめる”
1080「 氷 壁 」
井上靖
長編 福田宏年/佐伯彰一:解説
新潮文庫
奧穂高の難所に挑んだ小坂乙彦は、
切れる筈のないザイルが切れて墜死する。
小坂と同行し、
遭難の真因をつきとめようとする魚津恭太は、
自殺説も含め数々の臆測と戦いながら、
小坂の恋人であった美貌の人妻
八代美那子への思慕を胸に、
死の単独行を開始する……。
完璧な構成のもとに
雄大な自然と都会の雑踏を照応させつつ、
恋愛と男同士の友情を
ドラマチックに展開させた長編小説。
<ウラスジ>
途中で出て来る、
全編カタカナの詩――。
インパクト大です。
魚津はまたこんな風に、
小坂と話していた。
――小坂、お前は好きだったな、デュブラの詩が。
酔っぱらうと、いつでもデュブラの
”モシカアル日” を朗読したな。
モシカアル日、
モシカアル日、私ガ山デ死ンダラ、
古イ山友達ノオ前ニダ、
コノ遺書ヲ残スノハ――
フランスの登山家、ロジェ・デュブラの詩で、
山を登る人たちの間ではポピュラーなものだそうです。
私はメロディ付きで覚えていました。
歌に合わせて詩も少し違ってました。
原曲の仏民謡を西前四郎がアレンジ、
訳詞は深田久弥、
お両人とも山の一人者。
♫ 雪よ岩よ われらが宿り ♫ (雪山賛歌)
♫ 娘さん よく聞けよ 山男にゃ惚れるなよ ♫ (山男の歌)
この二つの歌とともに、平地人にも馴染みがあるものです。
<余談>1
運動オンチからくる憧れなのか、
”辛いもの” みたさからなのか、
山や登山に関する本もちょっとは目にしています。
まずはマストアイテム。
最近、文庫を出すようになった<山と渓谷社>。
その名も<ヤマケイ文庫>。
<余談>2
山岳小説というと、
殆んど専門家レベルで新田次郎さんを思い出してしまいます。
その新田さんが<山岳推理小説集>と銘打たれた
『チンネの裁き・消えたシュプール』(新潮文庫)<未読>
を上梓なさっています。
しかし、プロのミステリー作家で、
山岳推理って言うと、森村誠一さんかなあ……。
『密閉山脈』、『日本アルプス殺人事件』、
ぐらいしか読んでないけど。
団地を舞台に
登山技術を用いたトリックの作品があったっけ。
あとは太田蘭三さん。
『脱獄山脈』、『誘拐山脈』と角川文庫から
立て続けに出てた。
その後も山を舞台にしたミステリーを書き続けた、
文字通りの ”山岳推理小説” の第一人者。
<余談>3
登山における想像力を掻き立ててくれたはいいが、
「怖い」「寒い」「痛い」
を感じさせるきっかけを作ってしまった作品がこれ。
クラック、ビヴァーク、ピトン、トラヴァース、チムニー……。
読むだけで充分。
これで1080冊。









