隠岐の島ウルトラマラソン2009 完走記2
村上春樹は、エッセイの中でサロマ100kmのあと、達成感とともにモチベーションが低下しその後しばらくブルーになったということを書いていたのだが・・・自分は、走る気力はあるとしても、この雨じゃな~。
無理して走らなくちゃ という気持ちは低下しているな。
目標にしていたものをいったん達成してしまうと、やはり次の目標が見つかるまではいまひとつ気分は盛り上がらないのだろうね。
とはいえ、さて、完走記であるが、今回は前半後半の2回くらいで終えたいと思う。
最初の完走記1はスタート前。大会翌日もいろいろあったので、それを加えて、あと3回ほどで完走記を終えたいと思う。(その他番外編は別として)
比較的スムーズに寝付けたので、2時半くらいに目が覚めた。ほぼ4時間30分くらいは熟睡できたろう。90分単位での睡眠がベターというのでよかった。
3時には妻もいっしょに起きて朝食につきあってもらった。
この朝食はしっかりごはんを食べないといけない。しっかりゴハンを口に押し込み、バナナを食べ、部屋にもどり買っておいたアンパンも食べた。
足首テーピング(これがあとで効果あり)をし、膝と腰にもテーピング。ニューハレテープは便利。
ボトムはC3fit。テーピングをした上に穿くので、足首からしっかりかぶせていかねばならずけっこう難儀した。
トップはオレンジのナイキスリーブレス。帽子にイエローレンズのサングラスをつけ、Ultimateのボトルポーチに、最低限必要と思われる補給食および薬、ウエットティシュ、携帯を詰め込んだ。
また今回も飽き防止でiPodは取り付けた。
この時点で外は雨模様。
ビニールポンチョをとりあえず用意して、そして時間を見ると・・・おっとっと。もうあと1時間しかない。けっこうあせる。
しかしスタートはホテルの真下だから、ギリギリまで大丈夫。
トイレにしっかり行き、用意万端整え、出発。
妻は、カメラなどを持ち、スタート後50分送れで応援バスに乗る。
スタート会場に下りると、すでにeddyさんらもいた。
それにブログでコメントをくださった、 にも声を掛けられた。
そう、ニコ3マークをつけていたのでわかったのだろう。
徐々に、明るくなる。それにあわせ雨もやむ。結局、雨の不安はあったので、腰にビニールポンチョを巻きつけて走ることにした。
最期に、eddyさんと写真をとり、握手をしてスタートラインに並ぶ。
スタート!
長い1日が始まってしまった。
とにかく最初は調子がよかった。
決して無理はしていなかった。キロ6分くらいで走っているだろうという感覚であったが、実際は5分台、それも5分台前半で走っていた。これが、やはりあとで脚にキタ。
しかし、レストステーションまでの前半は250m程度の大きな山越えがある。ここを乗り切ればなんとかなるのだが、そう思いつつかなり快調に走れていた。
おなかのほうは万全。
あっという間に、昨年、最初にいったトイレも通過し、疲れもなく20km程度まで走っていたのだが・・・しかし、このあたりから、日差しが・・・時折現れだして、いやな予感。
さらに、なぜか、今まで感じなかった右の足首に違和感が。
ヤバイ!・・・・でも、なんとかなるだろう。
そう思って走っていた。
25kmを過ぎたところで、中村漁港、サザエ村のエイドに到着する。
ここでは、妻が応援バスで先に到着して待っているはずだ。
まずは、給水をして、妻を捜した。
エイドが見えるようになって、腰に巻きつけていたビニールポンチョをほどいて準備した。
妻を発見。ビニールポンチョを渡して走り去った。
まだ、このときは、全然好調だったのだが・・・。
まだ、この時点ではほぼ6分前後で走れる状況。
しかし、ここから35km手前までが長い坂道が始まる。
この時間帯から、時折、熱い日差しを感じるようになった。曇り空ではあるが雲間から見える太陽。
この雲間が徐々に面積を拡大していたのだった。
しばらくするとのぼりが増えてきた。前を走っていたランナーが歩き出した。
しかし、自分は絶対に歩かず完走したいと思っていたので、なんとか、走り続けた。
(走り続けたとは言っても、ずるずるって走りでしたけど)
しかし、この無理がいけなかった。
約250m近くまで上り坂が続く。山道なので、先は見えにくい。
「あそこまで行けば、くだりかな?」と思うと、いやいや、カーブを曲がるとまだ上り坂が・・・。
どこまで行っても上り坂が・・・。
まだ、まだ、続くか?上り坂・・・。
なんだか、わからないが突然、アタマの中で「フカエリ」という名前が浮かぶ。そう、今読んでいる最中の村上春樹の「1Q84」に登場する女の子の名前だ。「フカエリ・・・?フカツエリ?フカダエリ?あれ?」みたいにわけのわからないことでアタマを使っている。足はとりあえず前に進んではいる。
坂道を上がっていくと、ときおり下りもある。しかし、これがイケない!
下るっちゅうことは、また上るっちゅうことで、そういうことがわかってくると、下りさえもつらく感じるが、でも、カラダは全然ラク。
そんなこんなで、なんとか、約250mの高さまで走って上ったが今度はかなり脚の疲れが出しまっていた。
脚が麻痺しだした。
ただ、あとはくだりだからなんとかなるだろうと思い、まだ走るようにはしていた。
もう少しで、レストステーションかな?とふと考えたがまだまだ。だって、まだ42kmも走っていない。
昨年42km地点は確か山の上だったような・・・ということは、もう一度山のぼりがあるのか・・・(ゲっ)
なんとか走り続け、42.195kmの地点に到着。
この時点で4時間20分!ってことは、この前ののんびり「かすみがうら」や、FUNRUN「NAHA」と変わらないじゃないか!やっぱり飛ばしすぎか!
そんなことを考えていたところで、eddyさんが肩を叩いてさわやかに通り過ぎた。
eddyさんは最初から前を走っていたと思っていたが、実は自分のほうが先であった。
ということは相当無理して飛ばしてしまったのだろう。
この時、ようやく前半の無理に気付きだした。
かなり反省。
でも仕方ない。なるようになるさ。
あとは、ほぼくだりを走り、ようやく五箇村のレストステーション近くに。
しかし、なかなか到着しない。
「こんなに、長かったかな~」といらいらしながら、先を行くeddyさんの姿を追う。
途中で左に入ればレストステーションだけど・・・まだ入らないなあ・・・まだなんだなあ・・・と。
ようやく人影が左に折れていくところを見て、もう少し。
まずはレストステーションで休みたい。もう、いっぱいいっぱいだ!というような感じで自分も曲がった。
そして、レストステーションの手前。ゲ、そうだ、ここはすごい急坂であった。(たぶん20%はあると思う)
ここまで一度も歩かず走りとおしたのだったが、とうとう、ここで歩いた。
そしてレストステーション到着。
荷物を受け取り、とにかく更衣室に。するとeddyさん発見。
まずは、自分はトイレに行く・・・お、この日はなんとここまでNoトイレ。一度も行ってなかった。
更衣室に戻る手前で妻に会う。前半飛ばしてしまったことを知っていて後半大丈夫かと聞かれるがしかたない。
更衣室でまずは、トップスだけでも着替えようとイスに座り準備したところ、イスがスベってしりもちをつく。
「イテ!」
まったく、こういうトラブルは必ずあるもんだ。
急いで着替え、ユンケルを飲み、補給食を入れ替えて荷物をまとめる。
そして、更衣室を出ると妻が待っていてくれた。
まずは、コーラ、そしておにぎり。(コーラとおにぎりをミックスでも食べちゃうんだからこの状況だと!)
そして、そうめんをいただき、アイシングを受ける。
その間、妻はボトルに氷を入れてきてくれる。
eddyさんもカオリさんとゆっくり食事をしているが、自分の今の状態は余裕もなく、また長く座ってしまったら立てないと思ってしまい、すぐ走り出すことにした。
しかし・・・
脚は異様に重かった。
進まない。
この49kmあたりからの10kmはホントに辛い10kmであった。
(後編につづく)
隠岐の島ウルトラマラソン2009 番外編1
最近、マラソンブームもあり、マナーについての問題も様々な場面で問題化している。
隠岐の島ウルトラマラソンでもしかり。
とは言え、実際のレース上での問題はあまり感じなかった。
それは、やはり地元の応援の素晴らしさであろう。
早朝5時から、沿道では応援を開始し、そこにイスをならべ、ご高齢のかたもとびきりの笑顔で応援をしてくれる。
さすが山の中ではそんなことはないだろうと思っても、軽自動車で追跡し、何度も応援してくれる人に出会う。
山の中で、氷水に浸したタオルをたくさん用意して、配ってくれる人がいる。さらに、それをちゃんと捨てる場所を指示してくれる。
橋を渡ると、大勢でイスを並べて、うちわで扇いでくれたり、氷をたっぷり入れたコップを渡そうとするし、グレープフルーツを食べやすいように切って準備してくれていたり、至れり尽くせりである。
スタッフだけでなく、反対車線を通る車からも応援の声が掛けられる。
こんな素晴らしい応援の中で、この島を汚すようなことができるだろうか?
ランナーはちゃんと応えてくれる。
紙コップはゴミ箱へ!こんなあたりまえのことは、あたりまえに行われる。
規模は決して大きくない大会だから、ゴミ箱もエイドから離れて3つくらいしか用意していない。
だから、ランナーは紙コップを握り、そして次のエイドステーションまで持って走るのだ。
そんなことは当たり前なのだ。
ツバを吐くようなシーンを見ただろうか?
応援には、笑顔で答えてしまう。そりゃそうだ。だって応援しているほうの笑顔は最高なのだ!
思わず、自分の昔の祖母を思い出し涙が自然と溢れ出してしまうのだ。
今回、とにかく自分は、100%近く、応援に応えた。
どんなに苦しくても、「あ・り・・・が・・・とう、ござい・・ま・・す・・」というような声にならない声で。
昨年立ち寄った私設エイドでは、「去年もここでご馳走になったのできました!」というと「そりゃ嬉しいわ!」といって、大盤振る舞いをしてくれる。
今回、マナーにおいては、隠岐の島の島民の皆さんは最高でした!
本当にすばらしい!
でも、ランナーも素晴らしかったですよ!
ただ、時々山道で苦しみながら歩いて登っているときに、声をかけたランナーのほとんどは、苦しいながらも笑顔で、「ほんま、しんどいですな~」とか、「もう暑くてかなわんな~」とか、「まだまだ、登るんかな~」というような会話をしたのだが、たったひとり・・声をかけたら、ジロっと睨まれて終わった。
残念。
いや、きっととってもキツかったんだろう。でも、睨まなくてもいいのにね・・・。
それと、一番残念なのは、前夜祭。
まだ、乾杯をする前から、お酒をあけ出す輩もいて、なんだか凄まじくて、会場を早めに出た。
ウルトラランナーって、すごいと思います。
でも、そんなことをあまりすごいって言わなくていいんじゃないでしょうか?
さりげなく100kmを走ってしまうほうが、かっこいいと思うのですが。
ホテルでもバスの中でも機内でも、なんとなくランナーがTPOを考えずにいることを見ているとちょっと淋しくなった。
この大会は、まさしく、地元の島民に支えられています。
こういう大会を絶対になくしてはならない。
そのためにも、ランナーはもっと謙虚に、そして、TPOをわきまえて行動してほしいものです。
隠岐の島ウルトラマラソン2009 完走記1
「何故、走り続けるのだろうか?」
「何が、100kmもの距離を走り続けさせるのだろうか?」
マラソンを本格的に始めてから、そういう疑問ってものは、何も感じないようになっていたのだが、今回の「隠岐の島ウルトラマラソン」では、そんなことを何度も考えてしまった。
自分にとっては、今年の「隠岐の島ウルトラマラソン」は、昨年の大会が終了した時点から、始まったように思う。
昨年の大会が決して満足できなかった、という理由ではない。
また、どうしても、この大会に参加しなくては、という純粋な気持ちだけで、一年間を過ごしたように思う。
したがって、この大会のために、練習を重ねてきたのかもしれない。
そして、今年2月に泉州国際マラソンが終わったときに、もう、完全に気持ちは変わっていた。
「もう、スピードを競うマラソンの練習は控え、距離に専念しよう」
そこから、約4ヶ月間、主に30km程度の距離を普段で走るようになった。
関東に戻ってきて、山もみつけトレイルも行った。三浦半島を利用した、アップダウンと海風の中での練習も行った。
ロング走の最大距離は結果、自宅~三崎口までの64kmだった。
今、振り返れば、もはや泉州が終わった瞬間から、この大会は始まっていたように思う。
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20日(土) 羽田より伊丹経由で隠岐の島に向かう。
少し早めに羽田に着き、昼食をとる。パスタの大盛り。前日は、ステーキをお昼に食べ、ここ2日ほどはご飯ものを中心にカーボローディングに徹する。
予定時刻に飛行機はとびたち、あっという間に伊丹に到着。伊丹では約30分間の乗り換え時間。
昨年同様、プロペラ機。
乗客は80%くらいがランナー関係のように思う。
まず、顔が日に焼けていて黒い。特に首筋。そして、時計はほとんどランナーウオッチ。
さらに、着ているものが、スエットだったりTシャツだったり、ランニングキャップをかぶっていたり、髪は短かったりと、まさにランナーとわかる姿。
自分は、特に遠征の場合はジャケットやチノパンに普通のシューズを履いたりしていくのだが、もう、すぐに走れるぞ、という格好で飛行機や新幹線に乗られる人も多いようだ。
同じベジーの仲間でも、あまりそういう人はいないので、ちょっと異様さを感じてしまう。
個人的には、やはりTPOをわきまえた格好が良いのでは・・・と思うが、みなさん身軽が好きなのでしょうかね。
1時間もかからず、飛行機は隠岐空港に到着。
荷物を受け取る間に、事前に連絡することにしていた、eddyさんにメールを打つ。ホテルに着いたら連絡をということで、荷物を受け取ってから受付会場に向かう。
空港ですでにバスは待っていてくれるので、それに乗り込み受付会場へ。
受付会場では、「2回目ですね。ありがとうございます」というコトバを掛けられ、ちょっとうれしくなる。
こういうちょっとしたコトバがとてもうれしいものなのだ。
その後、またバスに乗りホテルへ。
今回は、スタート位置の前にあるホテルをキープしておいたので、とてもベンリ。
ホテルでチェックインの際も、「おや、JTBさんで部屋を抑えられていたのですが、よく取れましたね」ということ。
そう、JTBの動きよりも早く部屋をキープしておいたのだ。
それから、荷物を置いて、eddyさんにメール。
eddyさんは、すでに車で待っていてくれたらしく、早速、車に乗り込み島内観光に!
まずは、翌日は知ることになるルートを行ってみる。
なんか、ワクワクしてくるが、eddyさんの連れのカオリさんも、うちの奥さんも、そんな気持ちはまったくわからない模様。これは仕方ない。所詮、ウルトラなんて「マゾ的」なスポーツですからね。
隠岐の島はとても恵まれた自然がいっぱい。
「乳房杉」という凄い大きな杉の木と、「白島」というきれいな景色の場所につれていってもらいました。
この「乳房杉」には、鳥居があり神社となっています。そしてその鳥居の近くに直径50cmくらいの穴があったのですが、そこに手を入れると、ひんやりと冷たい空気が・・・。まさに、もののけ姫!
そんなこんなで、2時間30分ほを島内観光をしてホテルに到着。(eddyさんありがとうございました!)
それから、前夜祭に出かけ、早めに帰宅。翌日に備える。
お天気では、どうも雨模様。
雨を覚悟した装備で寝ることにしました・・・。
(つづく)
隠岐の島ウルトラマラソン レポート 20090622 終了翌日
今年の「隠岐の島 ウルトラマラソン」も、昨日で終わった。
実に厳しいレースだった。
今までに、いろんな大会に参加してきたが、やはり「ウルトラマラソンは、何かが違う」と、考えさせられた。
初めて参加した大会は、横浜マラソンの10kmからであった。
それから、ハーフマラソンや、20km、30kmなどを経て、フルマラソンを経験した。
その経験はすべていかされており、経験を積むことで、長い距離を走れるようにもなり、また、記録も伸びた。
しかし、
ウルトラマラソンは、過去の経験は、決して万全ではないことがわかった。
それだけ、いろんな展開があるという「対応力、精神力」のスポーツであることが今回痛感したのであった。
まずは、自分の時計でのLAPを記録しておこう。
この記録については、次回コメントしたいと思う。
まずは、今回、隠岐の島についてから、すぐに観光案内をしてくれたり、いろいろいっしょに愉しませてくれた、eddyさん、カオルさんに深く感謝したい。
また、早朝から、沿道にイスを並べたり、わざわざ農作業を手をとめてまで応援してくれた隠岐の島のみなさん、本当にありがとうございました。
みなさんの、笑顔を応援がなければ、完走は難しかったと本当に思います。
それに、応援FAX。大阪のみなさん、相模原のみなさん、またFAXをお願いした多くの皆さん。
皆さんの応援FAXを忘れずにしっかり走りきりました。本当にありがとうございました。
そして、起床してから、約15時間以上も、自分のわがままにつきあってくれ、またエイドステーションなどでもしっかりサポートをしてくれ、そしていっしょにゴールしてくれた、妻に感謝したい。
記録更新は嬉しいが、今回なによりも、あの暑さの中を最期まで諦めずにゴールを目指して本当によかったと思っています。
詳細は、明日からじっくり書いていきたいと思います。
「隠岐の島」は、まだまだ、続きそうです。














