調える~きついことがあると呼吸が浅くなる
曹洞宗の和尚さんが言っておられました。「深呼吸、と言うと、皆大きく深く息を吸いますけど、吐くんです。吐く息を、丁寧に吐き切ります。からだの中の溜まったもの全部吐き切るつもりで、全部吐く。吐き切った後、ふっ、と力を抜くと、今度は自然にすぅーっと入ってきます。」そうだな、と実感している今。きついことがあると、呼吸が浅くなる。胸から腹にかけて、肋骨回り、肋膜、太陽神経叢。とにかく胸まわりの筋肉が固くなって、息を吸うための組織が動かなくなる。それに、まず、気付くことからだ。あ、自分、呼吸浅いぞ?気付いたら、敢えて、吐く。やってみると、なるほど、吐けない。がんばって意識してやらないと、いややっても、あら固いわぁ、っと、胸の動かなさ、息の吐きにくさに気付く。できなければ無理しなくて良い。でも、「あ、固まってるんだな、息できなくなってるんだな、それくらい、ストレス喰らっちゃってるんだな、私。」っとだけ、ただ、気付けば良い。操作はしなくていい。そうすると、意外に、胸の筋肉さんの気が済んで、固くなるのをやめたりしてくれる。それを最初から望んでするのではなく(それは操作だ)、ただ単純に、そうなのねぇー、っと、気付いてやる。わかってやる、まで踏み込まなくても良い、ただ、状態にきづいてやる。するとそれは、そのまんま、ふわっと手放すこととイコールみたいだ。今、経験しながら、これを書いています。つらいお試しがなされています。「悟ったっぽいかんじしてるけど、じゃあ、この問題にどう対処できるかな?」っと、神様みたいなものがあるとしたら、そいつからお試しをされているみたい。だんだんレベルアップするひとつクリアーすると、じゃあ次は、こういう時はどう反応しますか?っと、レベルアップさせるための、また問題がやってくる。和尚さんはこうも言った「感情や感想は、外部から入ってくるものではなく、こちらの反応です。刺激をわざわざ捕まえに行かないことです。」めっちゃ、やってしまっている。大切な愛する息子が離婚したことを昨日知り、デリケートなことなので、また仕事中の休憩時間にLINEで伝えてきたらしく(いつ、どう伝えようか、散々考え迷った挙げ句、明後日家族で会うことになっていたので、その前に片付けて整理しておきたかったら発表するのは今日しかない、と思ったのだろう。けれど電話だと伝達が早く急すぎて、ショックの処理にお互い困るだろう、と思って、LINEで伝えてきたのだろう。正解だった。)あまり詳しいことは聞かなかった。しかし、SNSというのは網目のように張り巡らされていて、私はつい、自分を落ち着けたくて、詳しいいきさつのヒントになることはないかと、息子や元嫁や友達のX、インスタ、Facebookを見て回ってしまった。まさに取りに行ってる。読んでどうしようってんだ?もう片付いていることだから、いきさつについては話したくない、っという息子を、信じてそのままにしておけばいいのに、いきさつは?理由は?どうかわいそうだったのか、どんな気持ちを持ったのか、そんなことを、私が知ってどうする?っと、冷静に考えればそうだけど、興味本位なの?なぜわざわざ心配したがる?かわいそうとか、大変だったのねとか、当事者たちの気持ちなんて、私が知って、どうする?でも知りたい。まさに、三毒だ。で、ほとんど手がかりはなかったのだけど、息子のnoteのアカウントを発見、ものすごく饒舌な、これが私の息子か?と思うほど、いつの間にと思うほど上手な文章で、ことの次第と共に、そんな息子を助けてくれた気の効いた素敵な大人がいたことを、子細に書いた先月の投稿を見つけてしまった。そこには、良くも悪しくも、心揺さぶられることがたくさん書いてあった。素晴らしい、人生の宝のような1コマだった。しかし、私の、元嫁許さん…殺してやる!っくらい憎む気持ちは、禅やマインドフルネスやメタ認知を知って体験していたおかげで、最小限で済んだし(最小限なだけで出たことは出た)、それよりも、たくさんの人の縁に恵まれて、私など思いも及ばないほどの広い世界を持ち、社会的に現実的にダメダメだと自分では言っているし、一般常識的にはそうなのかもしれないけれど、人間としては立派に、良い学びを忍耐しながら体験している、息子の豊かな生き様に、深い感謝と、お詫びと、深い愛を感じることができた。あとは。明日会うまでに、平然とした顔と心になっておけるように、どん、と構えて、親を心配させたくない、お祝いしてもらったのに申し訳ない、という気持ちの強い、優しいかわいい息子が、これからも自分らしく、この世界で伸び伸びと自由に幸せに生きていけるように、リラックスしていけるように、私自身を、調えておくことだ。(ちなみに、父親は非常に堅い人なので、慎重に発表しないと過敏な反応になりそうなので、まだ伝えていない。私は夫と息子の前で密かに板挟みなのが苦しいが、息子は一年半もの間、誰にも言えずに、もっと苦しい思いをしたのだ、と自分に言い聞かせ、かわいそうに…と今にもお悔やみを言いたくなってしまう心も抑えて、いや調えて、息に気付いて注意して、過ごしています。)