脳の新陳代謝
すっかりサボっています。おかげで具合良くないです。怖ーい夢見るし(過去の最悪な人間関係がリアルに再現されてうなされて起きた)それを引きずってイライラハラハラが続くし焦るし 落ち着かないときが増えてるし体調も良くないし。でも ですねやはり、休み休みとは言え、いくらか瞑想の習慣は、細々とでも続けて経験してきていると、全くそれが無かった昔とは大違い。全然マシ。サクッと良い意味で諦めがつくのです。悪いもの出るけど、対処できる。たとえば「怖い夢は脳の新陳代謝。怖いことが裏で起こっているぞというお告げとか、これから起こるぞという予言などではなく、古い角質が剥がれるように、脳から記憶からあの嫌な事が剥がれて行く時にチラッと見えただけ、脳の新陳代謝に伴う、単なる現象。だから何でも無いし、むしろ『あれはもうおさらばだよ!』の合図なんだ。気にすんな!万歳なのだ!☆」っと思えるようになりました。昔はこうはいかなった。引きずって蒸し返して、せっかく剥がれて行ったものを、また蒸し返して自ら呼び戻すような事態を招いた。我ながらアホやったわ。いやアホってことはないか。あの時はそれが私だった。でもそれがあったから瞑想に出会って、瞑想を通じて素晴らしい人達にも出会えたのだから、いいんだ。しかし、よく考えると、坐禅瞑想はしばらくサボっていたけれど、マインドフルネスな事はしていたのですよ。それは、春から習い始めた「三味線」です!津軽ではなく、静かなやつ、短い「端唄(はうた)」というものです。江戸~明治時代の歌謡曲とでも言うか、ちょっと駄洒落だったりとか、江戸の粋を短い曲で弾き語りで謳うような曲です。チントンシャン、っと3本の弦を静かに1本ずつ、丁寧に響きを楽しみながら弾く時間が、たまらんのです。「ああ~三味線好きっ…♡」っと、 じんわり、ひっそり、静かに、感じる、時間。自分の心がこんなに鳴るんだと実に久しぶりに、しみじみと感じる。この時間。自分の気持ちと、愛しい弦の響きに、しっとりしっかり、耳を傾ける、静かな時間。何とも、マインドフル。♡耳、舌、鼻の奥、指先、手のひら、足の裏、皮膚あらゆる、感覚器官。それらは、私達の、内側と外側を、隔ててもいるけれど繋いでもいる、繋がりの窓。閉めとくのが良いのでも開けとくのが良いのでもない。自由に開け閉めできるのが、コントロールできるのが、良いのだと思います。ちょっと今、開けっ放しみたい。風通し良く気持ち良いけれどやはり開けっ放しだと良くない。埃っぽくなる、落ち着かない(←比喩ですよ)また良い香りのお線香焚いて瞑想しましょう