イオン高の原、のち。
近鉄は富雄駅の近く、とあるジャズバーにて。
画像は・・・
暗くてわかりにくい、ですね、飲み物は、この撮影往時はマイヤーズ、ロックで頂いていました。
初めて赴いたのですが、訪店すぐに、とても幸せな出来事が。
・・・!!
'90'sのライヴ映像、激、ゲキレアの。
4EX、アルジャロウさん等の、往時のライヴ映像。
ノッケから開演前、大変、大変貴重な映像を楽しませて頂けたのは幸甚、極まりでした。
と、そんな、当時の私を思い出させてくれた映像に、オマージュを込めて。
オーダしたドリンクを此処に羅列させてもらうと。
まず(とりあえず!?という云い方はアマシ、好きではありません´`)はバド。
→コロナ、勿論withライムで。
・・・ミーハですか・・・
まあ。
して、→画像のマイヤーズ、ロック。
→と、最後はモスコミュールでヨイザマシ、と締めました。
なんか、ライムツナガリですね^^;;
と、ゆっくり楽しませてもらったのですが。
お店に入る前に、個人的に、とても・・・
とても、トンデモナイコトになってたコトに気づき。
ちょっと、心中穏やかではなかったのです・・・
まあ、その分気負いなく楽しめ・・・
ました^^
また、伺わせていただければ、と思います。
皆さん、凛と。
綺麗な音色でした。
では、この辺で。
(了)
今日は高の原、におジャマしてました。
と、その駅前にはこれまた大きい、イオン高の原SCがあります。
この高の原、以前から気にはなっていたのですが。
京都と奈良の県境、キワキワにあり。
私的には奈良、のイメージ、京都と云われてもピン、と来ず。
して、そのイオン高の原SCには以前コミミに挟んだ…
その店内に"県境"の表示があるという。
さして、興味は無くも、ブログネタにはモッテコイ!!
と、探し。
暫し…
…
無い…!?
店内のフロアのタイルには幾つかある不自然なナナメの切れ目。
もしかして…
コレ!?


分かりやすいようにと、幾つか撮りましたが…
ダメですね´~`


特に、表示は無い様です。
表示しておけば、ちょっとした観光スポットにはなる様な気もするンですが´~`
して、私はその後…
(続)
岡山から、四国へ~ 紀(奇? ̄ー ̄)行再び。
先記事"ムーンライト紀行"より続き。
な、なぜ「なは・あかつき」等の写真が撮れたのか。
それは。
岡山駅まで行ったから。
夜更かし。
・・・!?
アホ、まあ廃止間近と噂に聞く、1度位は夜行を宿代わりも一興か、と。
そうして、岡山駅で2時間弱、サスガに寝る気にはなれず。
中には・・・
ベンチに寝袋で、1晩明かしておられる方もおられました。
まあ、一応。
その横の荷物の中に"杖"があったんで。
それでも。
・・・
ねえ´v`
と、私はアヤシゲにウロウロ、テキトに来る列車を撮影、始発を待ちわびていたワケなのです。
その"不眠"がのちに・・・
して、なぜに始発、しかも岡山か。
これに乗らないと、キッチリ乗り換えないと、松山での用に間に合わないので・・;;
漸く来ました。
と。
おお、JR西日本アー◎゙ンネットワーク内でも大々活躍の223系近郊電車、ここ岡山~四国でも活躍中。
席につくと、その慣れた!? イスの感触に、遠き地へ赴くと、得てしてカナリ不安になる私は安堵しきり。
zzz・・・
坂出で乗り換えないといけないのに、
いざ高松へ。
寝過ごしてしまいました。
!!!
ピンチ大。
どうしたものか、と迷う間もなく、ヤムナシにもう、問答無用にともかく西へ。
テッテコテッテコ、只管に西へ。
やがて車窓には暫し、美しい朝日、しかし楽しむ心のユトリもなし。
そうして、観音寺駅に辿り着き。
観音寺といえば・・・
時代娯楽劇ファン必訪の地、40分時間はありましたが。
海辺までは遠く、ダッシュでもダメでした。
諦め。
再訪を堅く誓い、観音寺駅をあとに。
画像は駅前の橋の欄干。
実物を見てみたい!早く。
いつか。
と。
次に乗った列車の終点、伊予西条。
新たに開設された四国の鉄道博物館、駅前なのか・・・
キレイ。
その反対側を見ると。
ここにもそこそこの機関区があったのか、レンガ倉庫や画像左奥には、どうやら給水塔らしき構造物が。
これだけでも、十二分に価値はあろうもの。
近くで見てみたい。
この、鉄道博物館、帰りに寄れるか。
結論!
からいいますと。
寄りました、よ^^
後記事にて。
ホームにはこんなものが。
水フェチ、の私にはたまらない逸品、こういうのん大好き、ですが・・・
飲料水、とあるのですが、特に、いただきませんでした^^;;
ハイキングのち、とかやったら至福の満足が得られるのでしょう・・・
そして、その後にホームに入り来た特急「いしづち」で、無事松山へ。
もともと、この特急に今治hから乗車する予定だったので、結果的に松山には間に合いました。
ところが。
ある疑問、先だってから感じていた「違和感」が。
現実のものに。
あまりにアッケ!?にとられ、思わず画像を撮り忘れました。
その"疑問"、それは。
その乗車した特急、私はテッキリディーゼル気動車が来るものやと、思っていたら。
来たのは電車特急、と、いうことは。
私がこの時、乗ってきた列車、この特急も含め全て電車。
と、、いうコトは。
多度津~松山=ムーンライト松山をDE10型ディーゼル機関車が牽引する区間は、全て"電化区間"、即ちDE10は、必要無いハズ・・・なんです。
なのに、なぜにわざわざDE10が牽引するのか。
EF65型電気機関車のままでイイのでは・・・!?!?
・・・。
ウムム、軸重制限!? 防護無線!?!?
でも、松山駅にはEF65おったもんな・・・
わからない、松山駅以西には、全ての列車がディーゼル車が充当されている、との事実から。
仮の、想定の話、かつて、ムーンライト松山号は松山以西まで運転されていて、その名残!?
または、最近まで多度津~松山間に非電化区間があって、、、その、名残・・・!?!?
そんな推察、どのミチホッタラカシ、ムーンライト松山が淘汰の日近し、淘汰近しと憂えざるを得ないもの。
その憂いを、杞憂に昇華してくれるような事実は、ないものか。
ともかく、その、ディーゼル機関車が充当される理由。
知りたい、本格調査します!
では"予告"、次記事は特急「いしづち」乗車体験記、から始めます^^
やはり経験したjことによる新たな発見、シミジミわかった事実、などを述べさせていただきます。
(続)
夜更けのムーンライト紀(奇?)行 松山~岡山。
今期最終、上り便ムーンライト松山号。
を牽引するDE10型ディーゼル機関車。
この機関車は・・・
E=5軸、なのですが。
その5軸、全てが動輪、なのですね・・・
巧妙に工夫された複雑な伝達機構、しっかり勉強したいのですが、なかなか"有効"な資料に出逢えず。
わかりやすい透視図とかが私的には助かるのですが。
そういうのんって、学研とかの子供向けの図鑑がいい資料載ってたりする・・・
DE10の透視図載ってたらなあ・・・
と。
ふと見上げ、"あ!"と思いつき。
駅跨線橋より。ムーンライト松山号を。
せやけど先記事から"哀愁"、哀愁って・・・
何が哀愁って、それは、何よりこの私!?!?
一体私は何やってンでしょうか´~`
でも。
機関車牽引の客車列車って、やっぱりドコとなく"侘びしい"、ですよね。
・・・
と。
この、運転台の下に点いている表示灯。
・・・何やったかな・・・
何かの・・・・、忘れた。
すみません、忘れました><
チナミに、このDE10、もともとは前進後退の多いヤードの入換に従事すべく設計されたため!? 運転台は前後を見やすくする為にヨコ向きに設置されています。
ゆえ、牽引などの仕事で一方向に向かって進み続ける場合。
察するに、相当、カナリおクビが甚く痛くなることでしょう・・・
多度津~松山、けっこう長いですよ・・;
と、それは私の先記事で少し述べた疑問に通ずるのですが、それは追って後の記事にて。
サイズは大きくなくとも(とはいっても近くで見るとやはり迫力あります)力は強く、DD51型ディーゼル機関車のツインエンジンの1ケをまんま積んでいる訳で、然るに放熱量も相当なもの、大きいラジエタ放出口。
と。
大"ワープ"。
もうすぐさよなら、ホントにさよなら。
そして、ムーンライト松山号はEF65型電気機関車に替わって、京都を目指し。
また、会えるのか。
いつも、カラダガギヴァギになるけど。
機会があれば、またよろしく。
では・・・
(続!!)
朝方ムーンライト。
・・・は、云わずもがな、サザンの名曲ですが・・・
朝イチ松山着のムーンライト松山号。
ま、一応撮影したのですが。
コンテナ立ち並ぶ松山駅の貨物ヤード。
に、このEF65型電気機関車が。
特に驚くことはない、四国内で貨物列車牽引に従事しているのですが。
しかし、この撮影その刹那、頭をよぎった"疑問"、それが後に大きい展開を迎えることになるとは・・・
!!
続く^^;
今回短いので、オマケネタを。
この日は用事後、松山を離れ、少しだ内子方面へ。
松山以西、でしょうか、非電化区間となるのでディーゼルカー、乗り込みました。
キハ32型の車内、誰もおらず。
テキトに乗り込んだのですが、この時期にテキトに閑散区間に乗るのは非常に危険、途中で引き返しましたが。
予讃線のレイアウト、2つルートがある事など、少し勉強し、松山へ引き返し。
車内より、扉・・・
と、いうよりは私、とってもな"「ジャバラ」フェチ"、それはもう、子供の頃から。
路線バスに乗る度、バスの前の扉のこの部分をガン見してました。
大好きですね、今も。
と、これは何? マッチ棒!?
恐らく、赤い部分を引っ張れば非常信号が上がる、かなんかそんなんやった様に思います。
勿論、乗務員専用、です。
運転台、主幹制御器が回転式です、これは比較的最近、80年代中盤製造の車両だったと思いますが。
D.C.の主幹制御器がこの回転式、は初めて見ました。
"昭和60年 新潟鉄工"、とあります。
こんなおカオ。
この編成の前の車両はフツウのキハ40系の、お顔。
引き返しに乗車した列車、コチラは1両編成。
と、その同じホームに。
反対側に向かう車両。
々ホームに方向の違う列車、さして珍しい構成でもないのでしょうが、ホーム数に余裕はあるろのに、この閑散線の"概念"たるや、もっと勉強しないといけません。
・・・と、ほんのちょっとしたD.C.搭乗記、でありました。
オマケ画像。
ちょっと、今回マチガエてアップロードしてしまったのですがそのまま載せておきます。
松山は"フジグラン"松山さんの駐車場へ上るループ。
こういうのん。
私、大好きですね~^-^
大、大好きですね~>v<
ト◎カ状態で。
と、明日はこの近くの、路面電車と伊予鉄道が交差する、"あの駅”を紹介します!
では。




























