むかしのはなし -8ページ目

胆大小心録 その148

百四十八

ナデシコは夏花とのみ和歌に詠むのは正しいとは言えない。
夏より咲いて秋冬の初めまで咲き続けるものもある。
後撰和歌集に、十月にナデシコを折って隣へ送ったという歌がある。

また更級日記にある、
唐土(もろこし)が原に行くと、
夏にはヤマトナデシコがたくさん咲いていると聞いて、
「もろこしが原に、大和なでしこはいとおかし」と言いながら行ってみると、
冬の初めなのになお咲き残っている花があったという部分は、面白い。


ナデシコの話です。
ナデシコは常夏とも呼ばれ、秋の七草の一つでもある事から、
夏から秋にかけて咲く花であるとされています。
しかし中には初冬まで咲き続けるものもあるという話です。

更級日記は菅原孝標女の作品で、
源氏物語や枕草子に並ぶ女流文学として有名ですね。
その中に、唐土が原にナデシコを見に行くエピソードが出てくるそうです。
ちなみに唐土が原とは、
神奈川県の藤沢から小田原の辺りと考察されているそうです。

胆大小心録 その147

百四十七

カキツバタは菖蒲の同類で、水草の一品種である。
そもそも人がカキツバタと呼ぶ物は、
水に咲く花であるので、花あやめと呼ぶのだ。

カキツバタとは垣津花の意味だ。
垣津幡と万葉集に見えるのは、波と多と同じ読みで、
ハタ薄・花すすきと同じ類の読みである。

 かきつばた衣にすりつけもののふのきそふ狩する夏は来にけり
 (カキツバタを摺り付けた衣を着た武士たちが薬草狩りをする夏が来る)
とは、まさに五月五日の歌である。遅咲きの花は秋ごろに咲くものもある。

 弟咲に浅黄が咲いたかきつばた
と冗談を言った事もある。
菖蒲は水中で無くても咲くといって(カキツバタと)区別するのは、おかしい。
石菖蒲は、石について繁る。
元は同じ物の性質の違いからこういう相違が出来るのだ。
創造主の為した事なのに何処をもって定めるのか。

(現在カキツバタと呼ばれる花で)試しに染めてみたが、
染め色が赤くて面白くなく、
衣に刷ると(万葉集で)詠まれる水草は、
カキツバタ・アヤメ・ショウブの中の、
よく染め付く種類の事だろう。未だ試みてはいない。


杜若(カキツバタ)の話です。
ここからしばらくは花や生き物の話が続くようです。

弟咲(おとざき)は盛りを過ぎてから花が咲く事だそうで、
遅咲きと同じ意味と考えてよさそうです。
良い加減にすませる事を浅黄にやるという言い方をするそうで、
カキツバタの中央にある浅黄色にかけたという事らしいです。

胆大小心録 その146

百四十六

花や鳥の時々の生態にも、式を定めて、これらを枠に入れる。
入れるといっても、これらが自然に、
時を知って囀り、時を待って開花するだけの事だ。
梅は冬の間から開花の準備をし、
二月の水の鏡に老を嘆いて枯れていくのだ。
鶯は山を出て、慣れていない鳴き方をし、
垣や庭を飛び渡って、立春に至って、鳴き方が滑らかになって、
宛転低昂する、これを流鶯と呼んで愛でるのが(鶯の)盛りの頃である。
 山里に住みつきしより鶯は夏かけて鳴くとりとしりにき
 (田舎に住み始めて、鶯が夏に鳴く鳥だと知った)
と、子供っぽく詠んだのを、
とても新しいと言って人が短冊などに書いてくれと頼んでくる。
無頓着な人の詠む歌には、
(鶯の鳴くのは)春を限りとして、五月に鳴かなくなるとするが、
秋に及んでも近所の林では鳴いている。
歌の対象をよく知って分類しない歌は、
天地を動かす事は置いておいて、鬼神も耳をふさいで帰ってしまう。

田舎の田仕事の歌、臼挽きの歌には、かえって人情を感じられる。
 思ひ思ふて出る事は出たが舟の乗場で親恋し
 鮎のすし桶なき輪がきれてことしやいはれよと覚悟した
 (思い切って駆け落ちしたが、舟乗り場で親が恋しくなった。
 鮎の鮨桶の泣き輪が切れた為、今年は自分の恋が話題になるだろうと覚悟した)
(柿本)人丸や(山辺)赤人もこれは超えられないだろう。

播磨の網干の(禅僧)盤珪は、これを聞いて、いっその事と、
臼挽き歌を数章作って、民に歌わせたそうだ。その中に、
 悪をきらふを善じやとおしやる嫌ふ心が悪じやもの
(悪を嫌う事を善というのだと言い嫌悪する、その心こそを悪というのだ)
とはありがたい心だ。これに倣って和歌も活きた芸道であって欲しいものだ。


前半は季語に関する話です。
梅や鶯の話は第81条にも出てきましたね。

天地を動かす云々の部分は、
古今和歌集の序文に、
歌には天地を動かし、鬼神をも感動させるといった趣旨の言葉があるそうで、
それを踏まえての言葉だそうです。

後半は田舎で田での労働や、臼を挽く時に歌う歌が、
変に技巧を凝らした歌よりも心に響く事があるという内容です。

播磨国(兵庫県)の網干に住む僧侶が、
これを教義に取り入れたという事でしょうか。