むかしのはなし -7ページ目

胆大小心録 その151

百五十一

「鵙の草ぐき春されば」と詠んだのは、
この鳥が餌を求めて、草をくぐって歩くのを、「見えずとも」と言ったのだ。
くきと言い、くくりと言うのは、延約の語例である。


鵙(モズ)の話です。
万葉集に
「春さればもずの草ぐき見えねども吾は見やらむ君があたりを」
という歌があり、それに関する話です。

延約とは、延言・約言の事で、
一言を二言に延ばす事を延言、
二言を一言に約する事を約言というそうです。
草に潜る事を草ぐきといい、元は草くぐり(くくり)と言ったそうです。
そのくくりの「くり」を約して「き」になったという事だそうです。
よくわかりませんね。

胆大小心録 その150

百五十

男子の歯黒染め、粉紅つけ、額をつくるのは見た目が良くない。
後鳥羽院が男色を好み、若公達に装わせ、
やがて白い歯は非常に見苦しいとさえ言ったという。
男らしさが無くなり、朝廷が衰える原因の一つになった。

中国で黒歯国と言われているものを、日本の事とするのは、
染めなくても黒色である事が
(黒歯国と呼ばれる)理由であるというのを考慮しない説だ。
お歯黒にてと断らない事から、黒歯国では自然に黒い歯になるのだ。


お歯黒や白粉は公家と聞いてすぐにイメージできますね。
実際には後鳥羽上皇ではなく、鳥羽上皇か白河上皇の事らしいですが、
その頃から習慣が続いたそうです。

黒歯国は日本の東方、もしくは東南にあるとされていた国で、
歯が黒い人々が暮らしているそうです。
お歯黒だという記載が無い事から
日本では無いとする秋成の説はちょっと雑にも見えますが、
山海経や淮南子、魏志倭人伝などに記述が見られ、
その頃の日本にはお歯黒の習慣など無いでしょうから、
確かに日本だというのは間違っていそうです。

胆大小心録 その149

百四十九

菊は山路に咲いているが、それは日本に昔からあるものだ。
(仁明天皇が)承和期に、異種が渡来したのを、愛したという話をもって、
この時代に最初に菊が渡来したと言うのは不勉強な事だ。

山路の種(野菊)の香りも美しさも際立つのは、秋こそが第一だと思う。
きくと字音のままに読むのは、桓武天皇の御製(類聚国史)から始まった。
新撰字鏡にある、からよもぎという名はとても良い。
白と黄の菊を良いものとするのは、誰でも同じだろう。


菊の話です。
江戸時代に大ブームになった事で有名な菊ですが、
日本古来の菊は、いわゆる野菊と呼ばれるもので、
観賞用に栽培されている現在の菊は、
平安時代に中国から伝来したものだそうです。

類聚国史というのは、
日本の正史である六国史を再編集したものだそうです。
その中に桓武天皇が菊の歌を詠む話が出てきます。

新撰字鏡は平安時代の漢和辞典ですが、
からよもぎという名は新撰字鏡には出てこないそうです。
ほぼ同時期の和名類聚抄の方に記載があるそうなので、
秋成の記憶違いだと思われます。