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自分音楽史 第四回 小学校中学年

 ハーモニカの特訓を受けて、たぶんそのときは「なんとか課題の曲を吹ける程度」になったんだろうと思う。だって、出来るまで許してくれないんだもん。おんなじところを何百回も吹かされるんだから。
 あのくらいの年頃の子どもだと、やっぱり叱られるのはこわいから、それは必死に練習したんだろうね。やがて半音のついた(二段になってるやつ)ハーモニカを渡されたりして、さらにわけがわからなくなったりしつつ、年月はすぎたわけだ。
 どれくらいの月日がたったのか、ある日、暇にまかせて…よっぽどすることが無かったんだろう、ハーモニカを手にとって、鼻歌みたいに何気なく吹いてみたんだな。たぶんアニメの主題歌とか好きな歌謡曲とかじゃないかな。そしたら、なんと歌と同じような感覚でメロディーが吹けるではないですか。
 相変わらず楽譜はちんぷんかんぷんだったし、そもそも学校の音楽以外で、楽譜なんて持っていないから、当然そういう曲の譜面はないわけ。
 僕の当時の認識を思い出してみると、”音楽”と自分がふだん歌っている歌は、まったく別のもので、”音楽”には楽譜の読み書きが必要で、楽譜がないと、楽器の演奏はできない。楽器の演奏は特殊な能力で、したがって自分にはできない、と、こんな感じだったはずだ。いや、こんな子どもらしくない単語を使って考えたわけじゃないだろうけど(笑)、まあそういう捉え方をしてたんだと思う。
 それが、思いもかけずするするとメロディーが吹けたものだから、ものすごくびっくりしたのだ。だいたい、そのときにハーモニカを口にあてたのも、「ほら、やっぱりできない」ということを確認するためであって、心から音楽を奏でたいと思ったからではないような気がする。
 試しに、他の歌も吹いてみたりしたわけだが、どれも最初多少つっかえたりはするものの、何度か繰り返すと、すぐに楽々と吹けるようになった。
 不思議だったのは、誰かに教わったわけでもないし、自分でも理由はわからないのに、つぎはどこの穴を吹けばいいかがわかることだった。なぜそこかって、そこだからとしか言いようがない、妙な感覚。
 つまりは、今にして思えば、母の地獄の特訓のせいで、いわゆる相対音感が鍛えられた結果なのだが、そんなことわからないから、「知らないうちにハーモニカが吹けるようになっていた」というのは子ども心に衝撃的だった。方法は力いっぱい間違ってたわけだが、母の”音楽教育”は、思わぬ形で一定の成果をあげたことになる。スパルタも、場合によっては効果的という一例だ。ただし、歪むけどね(笑)。
 現金なもので、吹けるようになったとわかると、こんなに楽しいものはないのだった。来る日も来る日もハーモニカを吹き続け、親にも呆れらるようになった。

『my classics!』6

Jupiter
 実は、僕がはじめて聴いたあーやの曲は、「Jupiter」ではありません。
 この曲が世に出るとき、音楽雑誌やサイトなんかでは、ちょっとした話題になっていたのを憶えている。クラシックの「ジュピター」に、歌詞を付けて歌うのだということも知っていた。そして、ホルストの「惑星」は自分のお気に入りの曲のひとつだった。でもね、もう完全に一分も疑わず、この、今度デビューする女の子が歌っているのは、モーツァルトの「ジュピター」に違いないとばかり、思い込んでいたのだった。
 なんでそんな勘違いが起こったかというと、ひとつは曲の知名度ということがある。
 今でこそ、ジュピターとくればホルストだけど、少なくともあーやがこの曲を世に送り出す前までは、こんなに知名度の高い曲ではなかったのだ、「惑星」は(あくまで世間一般で、という意味において)。
 今、「ええ!? そんなことないよ!」と思ったひとは、たぶん三種類しかいない。1.学生時代にブラスバンドをやっていた or 2.テクノ(あるいはシンセサイザー)おたくだった or 3.クラシックおたくだった…
 たぶん、クラシック好きなひとの間でさえ、「惑星って曲はもちろん知っているけど、ジュピターと聞いたら、最初に思い浮かぶのはモーツァルト」って感じだったはずだ。
 なんでそんなことがはっきり言えるのかというと、当時、実は一生懸命「ジュピター」という語を検索したから。それで出てくる検索結果は、当時は9:1以上の割合でモーツァルトだった。もちろん、モーツァルトのほうは曲全体の表題で、ホルストのほうはひとつの楽章のタイトルという違いもあるとは思うけど、それにしても、だ。
 まあ、そのことを抜きにしても、それまでにも「惑星」が好きなんだよね、という話をしても、「お!」という反応を返してくれるのは、前述の3つのカテゴリーに属する人々ばかりだったから、さもありなんと思っていた。
 なんでそんなことを調べたかといえば、これはもう恥の告白以外の何物でもないが、ずっと以前に、実はこの曲に歌詞を付けようとしたことがあったから(笑)。「平原綾香のJupiter」を知った今となっては、正直思い出しただけで赤面してしまうような出来のものだった。面目ない。
 ただまあ、それくらい思い入れがあった。子供のころからいわゆる表題音楽というのが大好きだった僕は、組曲という形式にたいへんに魅力を感じていた。今も好き。それで中学の音楽の時間に「惑星」を聴かせてもらってからというもの、どうにかこの曲のテイストを再現したいなどとも、思っていた。
 働き始めてからだけど、いっそのことこれに歌詞を付けてしまえと思った。大学時代の先輩が、イギリスでは木星に歌詞つけて歌ってるらしいぜと教えてくれたし、懐具合は苦しいながらも、シンセなど手に入れて、なんとか打ち込みも使える状況になってきたこともあり。この坂もまた実に…じゃなくて、この曲のあの部分というのは実に歌ってみたくなる旋律なのだった。
 でも、当時、ほかにこの曲に歌詞をつけて歌おうってひとはいるわけがないと、完全に勝手に思い込んでいた。
 さきにあげた知名度の件もさることながら、もうひとつはこの曲のあの部分(Andante Maestoso)が三拍子だということによる。三拍子だとちょっと、ポップスには馴染まないだろうなぁと思っていたのだ。四拍子化することがまったく頭をよぎらなかったわけではない。だけど、三拍子を四拍子にするということは、一小節につき一拍分長くなるということで、どうがんばっても間が抜けちゃうだろうなと思った。そこを超えて”聴かせられる”歌唱力が必要だと思った。そんな歌い手はそうそういるもんじゃないと思ったんだけど、いたとはなぁ… しかもデビューで。
 そんなこんなで、「ジュピターって曲がリリースされるらしい」という情報に接したとき、僕はネットでいろいろ検索してみたすえに「なぁんだ、やっぱモーツァルトだよ」と(間違った)結論をくだして、それっきりにしておいたのだった。
 だから、後々、あーやの「Jupiter」を聴いたときには、心底びっくりした。そして、以前に自分が作った歌詞(一部だけど)は完全に封印せねばと決意をあらたにした(笑)。
 ところで、あーやの「Jupiter」の冒頭、ブレス音の後、いきなり歌が始まるバックでは「ヴォーーーーー」というブアツイ、アナログシンセストリングスで幕をあける。オーバーハイムだろうか。もちろん、いまどきなので、 プラグインソフトだとは思うけど、こういう音が好きでたまらない層、というか年代の人々がいる。ええ、僕もそうですとも。中学、高校時代に、楽器屋さんの店先でよだれをたらさんばかりに高価なシンセを眺めていた世代だ(笑)。
 冒頭以降、実は他にもアナログシンセっぽい懐かしい音がちりばめられいて、「うぁ、懐かしいなぁ!」という感慨にもひたったりする。でも、わざとですよね、絶対。だって、僕たちの世代はやっぱり、星、宇宙=シンセなんだもん。何せ、往年の銘機にJUPITERってシリーズがあるくらいだから!(笑)
 と、いうわけで、『my classics!』の感想を、書き終えました!
 聴きごたえがあって、いろいろびっくりしたり、感激したり、楽しかったり… 息ながく、愛されるアルバムになるといいね。

『my classics!』5

シチリアーナ
 あの、シチュー(だったかな?)のコマーシャルで流れていた素朴な曲だと気がいついたのは、ずいぶんあとになってからだった。よく耳にするのに曲名を知らないってのがけっこうあって、世の中まだまだ知らないことだらけだなぁと思う。
 この曲は、もとはリュートの曲なんだよね。リュートってのはギターの原型になったと言われている弦楽器。ギターを弾く僕にとっては、恋人の曾お祖母さんみたいなものか? 違うか。
 いわゆる古楽器ってやつで、「朱音」のカップリングの「ふたたび」にも使われている。形を見れば「ああ、これか!」とわかるひとも多いんじゃないかな。絵画にもよく描かれているからね。
 僕も実物を間近にみたことはないけど、以前、何気なく放送大学を見ていたら、先生が実演されていて、とてもきれいな繊細だけと豊かな響きの楽器だった。
 その原曲が、あーや版ではピアノとストリングスでアレンジされている。

 ピアノ、ずいぶん音数が少ない。あえてぽつりぽつりと音が鳴るような弾き方になってて、それが寂しさをますます募らせるよね。

 なんだかね、悲しみが大きすぎて涙もでない主人公のかわりに、ピアノが、ぽたりぽたりと涙をこぼしているような気がするんだよなぁ… それで、ストリングスが感情のうねりみたいな… 感傷的にすぎるかもしれないけど。
 この曲で思い出すのは、やっぱり「そら」ツアーでの演出だなぁ。あれは、すごかった。幕に「Fin」の文字が浮かび上がっても、しばらくは客席が水をうったように静かで、だんだんざわざわざわってなって、それからすごい拍手が沸き起こったのを憶えてる。
 今回、この曲のあとに、ノクターンを挟んでだけど、「Jupiter」があって良かったなと思って。BEST版にも入っていて、そちらでは「スタートライン」が後ろにあって。

 やっぱりね、架空の物語とはいえ、このお母さん、かわいそうすぎて… 聴くたびに「このひと、これからどうしていくんだろうなぁ」と思っちゃうんだよなぁ。だから、せめて後ろにね、「Jupiter」とか「スタートライン」があって、すこしでも取り戻せるものがあるならと… お話なんだけどね。でも、じっさい色々あるから。世の中…
 そうそう、この「シチリアーナ」というタイトルも、色々な作曲家が書いていて、フォーレの「シチリアーナ」も、とても美しい。いつかあーやに歌ってほしいな。
 さて、Jupiterが長くなりそうだから、今日はこのくらいにしておこうっと。