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『ケロパック』発売!

平原綾香さんの新曲『ケロパック』が発売になった。

原曲はチャイコフスキー 「組曲 くるみ割り人形」の「トレパック」。たぶん「ロシアの踊り」というタイトルのほうがよく知られているだろうか。

アニメ映画「ケロロ軍曹」の主題歌ということで、そのキャラクターがジャケットにもプリントされ、またあーやの衣装もそれをイメージしたらしいものになっている。このアニメのことはよく知らなかったので、もちろんどのような映画なのかはわからないのだが、そこはやはりアニメ映画で(たぶん)子どもたちが観るものなんだろうということで、ある意味NHKとかのみんなの歌風になっているんだろうかと、漠然と想像していた。

全然違った。

CDには、カラオケを除くと、三曲が入っている。(1)ケロパック (2)チックコリアのspain (3)ケロパック remix

(1)は、雰囲気としては、NHKでやっていた「YOU」(超人気番組だったなぁ…)の音楽をやってたころの坂本龍一がポップスをアレンジするときのような。アレンジしているのは違う坂本さんなのだが。

(2)は、岡田先生のベースのみの伴奏で、スキャットのみの歌。うわさには聞いていたが、やっと聴くことができた。

(3)は、(1)のリミックスだけれども、まったく雰囲気は違っていて、ユーロなダンス系に。


以前から平原綾香というひとについて思っていることだけど、彼女はたぶん、とてつもない”音楽オタク”なんではないだろうか。それも筋金入りの。子供の頃、他の子たちがおもちゃで遊ぶように、音楽で遊んでいたんじゃないかという気がする。それは漠然とそう感じていたのが、「一番星」を聴いて確信に変わった。あの曲のアレンジは初めて彼女自身が手がけたと思ったが、ああいうアレンジが、昨日今日ちょっとパソコンで音楽作成はじめてみましたといって出てくるとは到底思われない。(もしそうならほんとに天才だ) いくら子どものときから楽器を習っていたといっても、アレンジという作業には、また別の頭がいる。

そういったことを今回も、また改めて感じることとなった。

今回の3曲は、それぞれに、今までの”平原綾香”というイメージからはある意味かけ離れたものとなっている。なっているのにも関わらず、全然違和感がない。それが逆に違和感というくらい(笑)違和感がない。

ある曲を歌うとき、歌い方はひとそれぞれ自由だとは言うが、そうは言っても、やっぱりいちばん正解に近いところはあって、おそらくそこそこに音楽に関わっているひとであれば、誰が見ても(聴いても)そのポイントは明らかで、しかも意外にその的は小さい。

しかしながら、いろいろな制約(そのいちばん大きな割合を占めるのは、技術的制約)のために、「正解じゃないのは分かっているけど、やむを得ず」ある程度で妥協していることがほとんど。

なのに、彼女は易々と(そうじゃないのかもしれないがそう見える)、その小さな的に矢を打ち込んでいるように見えるんだよな… それを可能にしているのが、たぶん演奏家としての感覚と作り手としての感覚が同居していることなんだと思う。作り手として曲を捉える自分が、演奏家としての自分にはっぱをかけたり、サジェスチョンを与えたりということが、おそらく彼女の中で起こっているんではないかと想像する。

だいたい、spain。あんな曲歌おうと思うか、ふつう。


そんなわけで、このシングルは、子ども向けのようなパッケージでありながら、いろいろな意味でマニアックな1枚となった。だってなぁ… spainであーやはボイスパーカッションを入れているんだけど、そのクレジットのところにノイマンとAKGの、マイクの型番まで入ってるんだもん(笑) これをマニアックといわずしてなんといおう(笑)


ツアーも発表になったし、いろいろ楽しみだな。しかし、ケロパックは次のアルバムに入るんだろうか。他の曲と並ぶとかなり異質になりそうだ。そのあたりも楽しみにしておこう。

『Sailing my life』

 平原綾香さんと藤澤ノリマサさんの「sailing my life」が発売された。いつものように、発売日前日に入手。
 とても素敵な仕上がりになった。
 まず、なんといってもベートーヴェンのメロディの良さは鉄板だ。この「悲愴 第二楽章」のメロディは。200年も前に書かれたメロディだというのになぜ、こんなにも洗練されていてモダンなのか。多くの人々が演奏してみたくなったり、自作に取り入れてみたくなるのもむべなるかな。一見、隙間だらけに見えるほど最小限の音数がここぞという位置に配置されているからか。モノトーンのようにシンプルで奥が深い。
 さて、今回の「sailing my life」、いくつかの点で、とてもユニークな音づくりだと感じた。

 イントロはちょっとADIEMUSというか、まさに海洋映画の主題曲という始まりかたなんだけど、歌がはじまると、その音は奥へ引っ込んで、原曲に近いテイストのピアノが代わりに前に出てきて、伴奏になる。その移り変わりかたが、通常の変奏というよりは、異なる曲をクロスフェードでつなぐようなイメージになっている。
 あーやがはじめに歌って、その後同フレーズを転調、藤澤ノリマサさんが歌うのだが、歌唱法の違いもあって、これがまた違う曲のように聴こえる。
 言ってみれば、ヒーリング系のイントロ、あーやのボーカル、藤澤さんのボーカルが三者それぞれ別の曲として並行している感じだ。
 で、そのまま最後まで行くと、バラバラなイメージの曲でしたねで終わっちゃうんだけど、後半のリズムが三連になるところで見事に統合される。
 主題歌を依頼されたときって、たぶん「どんなアプローチをしよう?」って結構悩むんだろうと推察するけど、今回これは、音楽で”もうひとつの映画”を作ろうとしたのかなぁ…

 そして、もう一曲の「AIR」。これはなんとバッハの「G線上のアリア」。
 なんとあなた、今回初めて知ったけど、アリアのことを「Air」というんですってよ。面白いなぁ。形式が"Air"であるとともに、詞の内容は"空気"にリンクしていて。
 これも、「悲愴」に負けず劣らずポップス系のひとにも多大な影響を与えていて、有名すぎる名曲。たぶんどんなに音楽を聴かないひとでも一回や二回は聴いたことあるんじゃないだろうか。
 一聴してまず感じるのはふたりのボーカルの定位が、あたかも実際に眼前で歌っているように中心から左右に離れていること。デュエット曲とはいえ、ふつうはだいたい、少なくともどっちかひとりだけが歌っているときは、歌を真ん中に定位すると思うんだけど、このCDでは両曲ともにそうはなっていない。
 なので、あたかも現実のステージが展開しているかのようなイメージ。とくに「AIR」のほうはアレンジともあいまって、オペラチックに聴こえる。
 原曲のメロディに、別のカウンターメロディを別の歌詞で歌って、ひとつの曲になっている。音色はヴァイオリンのあーやとヴィオラの藤澤さんという感じだ。間奏ではそれが弦楽に引き継がれていくよう。オケは、ピアノ五重奏状態。
 今まで聴いたデュエット曲の中で、いちばん品の良いデュエット曲のような気がする(笑)。

 最後に言葉についてひとつ。”終わりを恐れないで 苦しいときほど 信じることさ”と、今言ってもらえてうれしい。
 若いときは漠然と、30、40歳にもなったら悩みなんてなくなるんだろうなぁと、根拠もなく思っていたのだが、全然そんなことなかった。今も相変わらず、あっちへ右往、こっちへ左往、のたうちまわる毎日なのだった。そんなときはどうするかっていうと、結局のところ、こんなふうに届けて貰った、ふところに入れたカイロのような言葉をぎゅっと握って、また冷たい水に飛び込んでいくのですよ、人生っていうのは、ねえ?(笑)

自分音楽史 第七回 中学生の頃1

 子どもの頃、鉄道が大好きだったものだから、国鉄(現JR(笑))DISCOVER JAPANキャンペーンのテーマソングだった山口百恵さんの「いい日旅立ち」は、たいへんお気に入りで、少ないお小遣いをなんとかやりくりしてシングルレコード(笑)も購入した。比喩でなく、擦り切れて雑音が出てくるほど聴いたっけ。
 何年もたってから、その頃使っていた学校の音楽のノートを見つけてびっくりしたのだが、なんと、「いい日旅立ち」をリコーダーの多重奏に編曲しようとした形跡があった。楽譜の読み書きもできないのに(笑)
 もちろん表記法はデタラメで、歌詞の痕跡が無かったら、後で見てもなんのことやらわからなかったかもしれない。
 「いい日旅立ち」の何が好きだったかといって、そりゃもちろん歌もいいと思ってたけど、何より間奏をはじめとして、オーケストレーションの加わった編曲が大好きだったのだ。
 この曲をご存じの方はおわかりだろうが、構成がA・A’・B・A’’になっていて、ワンコーラスの中にほぼ同じメロディーが三回出てくる。その三回、微妙にハーモナイズが違っていて、特にサビあとでは、分数コードによって作られる半音下降進行のベース音が、非常にツボを直撃するのだ(笑)。
 もちろん、当時そんなふうに考えてたわけではないが、本能的な魅力を感じていたのはどうやら間違いない。
 同じ作者なのは偶然だが、「昴 すばる」という有名な曲がある。ああいう老成した曲を、中学生の分際で僕は大好きだったのだが、これも、曲そのものというより、間奏を含めた編曲がたいへん気に入っていた。
 この曲が発表されたころには、僕もギターなんぞを練習するようになっていて、編曲家というのが要は歌(だけではないけど)のバックの演奏を作るひとなんだと理解するようになっていた。
 それで、「服部克久先生の編曲はすごいなあ」なんて思っていたのだ。
 今でも、あの間奏は傑作だと思っているからな。大陸的なメロディーの後ろのカウンターメロディーがまた、実に天平な感じで、しかも大海原を感じさせるのだった。
 ちなみに、この曲がイメージソングに採用された映画「天平の甍」の原作(井上靖)を、僕は高校生のときに読んで、たいへんに感動して読書感想文にも書いた憶えがある。これは余談。
 編曲といえば、ちょっと忘れられない男が、中学の時の同級生にいたのだった。