『my classics!』2
仕事中は、さすがに聴けないんだけど、頭の中で勝手に音が回ってしまっている。エンドレス。プレーヤーいらず(笑)。よほどインパクトが強かったんだろう。
さて。
カンパニュラの恋
ノクターン
あーや版ショパン ノクターン20番は、三つのパターンが存在することとなった。英語歌詞でピアノのシンプルなアレンジの「ノクターン」、日本語歌詞で、リズムが刻々と変わっていく「カンパニュラの恋」、カンパニュラの歌詞で、アレンジはノクターンの(ややこしい(笑))、「カンパニュラの恋」アルバム(PATH of INDEPENDENCE)バージョン。今回のアルバムでは、シングルカップリングの2パターンが収録された。
シングルで二曲を聴き比べた時には、同じメロディーがアレンジでこうも印象が変わるという好例だと思った。「ノクターン」は、転調はあるものの、通してひとつの印象を保ち続けている感じで、かたや「カンパニュラの恋」は、転調とともにバックのリズムが次々と変わっていくので、風景が移り変わっていくようなイメージ。ちょうど、一枚の絵と映画の関係のような気がしたな。
今の彼女の歌には、ある種凄味みたいなものが感じられると思うんだけど、それがはっきりと現れ始めたのが、この曲だったような気がする。赤坂ブリッツで聴いたときには、変な言い方だけど会場全体が”戦慄”していた。
あーやの特徴的な声の出し方は、声の出始めから音量のピークまでが緩やかで、それが心地よさとか浸透力にもなっているという気がするんだけど、この曲では、もっとずっとインパクトのある声が使われているのもその一因だと思う。楽器(シンセが好きなひとならお馴染み)で言うところのアタック(音の立ち上がり)という概念があるけど、通常の彼女の声はアタックが遅い。でもこの曲ではいきなりピークから出るような、アタックの速い声が聴ける。転調+この声のインパクトはすごく大きいよなぁ。
たぶん、この曲をはじめて聴いたのは、2007年暮れの、シンフォニックコンサートのアンコールでのことだったような記憶があるんだけど、そのときにはそういう印象はなかったように思う。それからの一年の間に、変わってきたのかもしれない。日々進化ということか。
ロミオとジュリエット
この曲、いったいどうやって歌にするつもりなのかと思っていたが、こうなるのかー!と。
三拍子のハードロックという珍しいレパートリーを聴かせてくれた。ライナーノーツにプログレとあったが、なるほどイエスみたいな。
昔、学生時代の先輩から聞いたんだったかな、ハードロックのボーカルは声を楽器のように使うんだって言ってた気がする。それとは意味が違うのかもしれないけど、「楽器のように声を使う」といえば、彼女の右に出るひとはなかなかいない。ふつうは、こんなに音程差のあるメロディーを”歌おう”とは思わないと思う。これをさらさらっと(きっと陰で努力しているんだろうけれど、それにしても)歌っちゃうんだから、困る。カラオケ泣かせだ(笑)。
またずいぶん長くなっちゃったな。また明日にしようかな。
『my classics!』1
平原綾香さんのNEW ALBUM『my classics!』が発売になったので、その感想を少しずつ、書いていこうと思う。
もしも万一、ここを御覧になっている方があって、このALBUMを購入される予定があって、先入観を持たずに聴きたいとお考えの場合は、どうぞこの先はお読みにならずにお願いします。それぞれの曲の構成や編成にも触れる部分があろうかと思いますので…
閉店時間に近い山野楽器でJCBホールのDVDとともに購入してきた、『my classics』。
部屋に帰ってから、朝やり残した洗い物など済ませ、コーヒーを入れてから、妙にそわそわした気持で、CDをプレーヤーにセットした。やはりレコーディングの状況を逐一、ブログで見ていたからだろうか、ちょっと特別な気分だ。まるで、コンサートの前のようなそわそわ感。
最初の一回は、何も見ずに、ただただ音だけを聴くことにした。
凄い…
いろいろ想像はしていたが、まるで違っている。
全体の印象をひとことで言うなら、「過激!」…としか言いようがない。心底びっくりした。
音は綺麗なのに、”過激”とはどういうことか。それは、いわゆるクラシックをフィーチャーしたポップス系の曲のセオリーを、ことごとく破っていることだ。
思い込みといえばそうなんだけれども、やはりクラシックテイストのポップスというのは、イージーリスニングの要素を念頭に浮かべてしまう。実際それを求めるひとも多いだろうと思うしな。
もちろん、それはそれで心地よいものも多いんだけど、この『my classics!』には、そういう意味でのイージーリスニング的要素は、まったくない。濃密でみっちりつまっていて、否応なく作品世界と向き合わされる。
さて、個々の曲について。いちどには無理だけど、ちょっとずつ感想を書いていこうかな。書かずにはいられない気持ち。
pavane ~亡き王女のためのパヴァーヌ
ejiさんのアレンジで実に美しいストリングが鳴っている。ピアノの音も、ペダルの音まで聞こえるライブな音で、生々しい。この曲で驚いたのは、ストリングスの音量がすごく大きいこと。ストリングスセクションをフィーチャーした曲はたくさんあるけれども、ここまで音量の大きいものを聴いた記憶がない。
いくら綺麗な音でも、ふつうは歌ものではそういうバランスは採用されない。あくまで歌が主役なのに、それが潜ってしまうからだ。(ちなみに、今回も収録されているシチリアーナでもストリングセクションが大きなウェイトを占めていて音量が大きいが、それでも、ここまでではない。通常はこのくらいのバランスが上限じゃないかな)
だけどこのpavaneを聴いてわかるとおり、これだけの音量でストリングスセクションが鳴っていても、あーやの声は潜るどころか、草の弦がするすると心臓に絡まるみたいに忍び込んで、いちばんの存在感を示している。
逆にいえば、歌がしっかりしていれば、ストリングスセクションの音もしっかり聴かせる音量まで上げられるってことになる。もちろん、左右への巧みな振り分けは前提だけれども、歌い手の声質と歌い方によって、オケに負けない音が出せるということなんだなぁ…
しかし、ストリングスがいい音だな。映画のサントラっぽい音色になってる。すごく美味しい飲み物を飲んでいるみたいだ。
この曲を聴いていて、陽炎がたっている道の風景が目に浮かんだ。詩ともあいまってだと思うんだけど。
さて、思ったより長くなっちゃったな。後は明日にしようっと。ミオ・アモーレとmoldauについてはシングルの発売で書いたから、次はカンパニュラの恋からにしようかな。
自分音楽史 第三回 小学校低学年2
ハーモニカを初めて買わされたんだけど、当然初めて触ったわけ。しかもよりどころになる(と、先生が思っている)楽譜も、初めて見たわけですよ。なーんにも出来ないの。何がなんだかわからない。たとえて言うなら、言葉が分からないまま外国の街に放り出されたようなもの。しかも、小学校一年生だよ…
あまりにもわからなくて、茫然としてたんでしょうね。先生に名指しで怒られて、「ちゃんとやりなさい」って言われて、「ひとりで吹いてみなさい」とか言われたりして。だけど何をどうしていいかわからないんだよ。今でいうところ逆切れで、「わかんないの!」って泣きだしたんだよね。
そしたら、それが親のところへ報告されて。
今みたいなモンスターペアレントというのはいなくてですね(笑)、先生からダメ出しがあると真っ先に我が子をひっぱたくという(笑)。
その後、母は僕を座布団に座らせて、ハーモニカの特訓ですよ。「ひとさまが出来ることをあんたが出 来ないのが情けない!」ということで。
間違えると、鉄の靴べらで膝をひっぱたかれるのよ。血が滲んできてね。そんな状況を経験して、なお音楽が好きな子どもがいるだろうか…
そいうわけで、小学校低学年の僕は、音楽が大っきらいだった。
でも、わからないもので、その地獄の特訓は成功してしまうのだった(笑)。しかも、思いもよらない効果をもたらすんだな。