愛と平和の弾薬庫 -59ページ目

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

 おとといの夜、伴侶がカーテンの脇から外の様子を確認していたので、きのうの朝、なんともはや完璧な雪景色!を見ても特に何という感慨もなかったが、やはり気分は少し沈んだ。ボロボロになるなあ。

 ほんの少し迷っただけで、チェーンを装着することに決定し、ガシャガシャガチャガチャと完成。しかして運行、ギッコンバッタンからすぐにギコバタギコバタ……腰にくる走行。しかし楽にブレーキを踏めるのが頼もしい。神経をすり減らさなくてすむし、クラッチの左足、アクセル加減の右足、やはりチェーンを巻いてしまったほうが疲れなくてすむ。腰には倍以上「くる」けれど。

 とにかく気分は安心という状態で街へ走り出ればやはりね、いつもの倍以上の渋滞。まあこんなもんだろうと思う間もなく無線が鳴る。いつもはなしのつぶての無線機、こんな日に限って鳴りやがる。沖野までどのくらいかかりそうですか?ときたもんだが、んなこたあ走ってみなけりゃわからない。30分ぐらいですかと訊かれりゃあまあそんなもんすかねと答えるしかない。実際、30分もありゃあ大丈夫だろう。

 などと高をくくってバイパスへ出たものの、ありゃりゃりゃ、さっぱり進まんのね。でもまあ30分もありゃあ……いや、ダメだ、とガードレールの切れ目から側道へ。案の定、パイパス本線はどこまで行っても止まったままの車両。ズルして正解。信号の手前でいちいち本線へ戻り、渡ると再び側道へ、を繰り返し、おお、優秀乗務員、30分と言わず20分で到着。これまで十数回はお乗せしているS氏、「ああ、運転手さんでよかった」とうれしい一言。混んでいるのはわかっているが急いでいる、そんな時に慣れた乗務員だとやはり安心らしい。気分よく発進。「チェーン巻いてるんでちょっとうるさいッすけど」

 そんな最初のお客、いつもなら20分で着くところが45分。ほとんどすべての行程が大渋滞だったのでチェーンのうるささなどまったく発生せず。下ろして100メートルも行かないうちに次のお客、「八本松まで」、これまたチェーンのまったく鳴らない走行で30分。

 一日中とにかく大渋滞。こんな日に楽なのは急ぐ必要のないこと。急げったって急げないからね。究極だったのは夕方5時頃の北目町通りから長命ヶ丘まで。行程中の9割がタラタラ走行。いやいやいろんなお話を聞かせてもらいました。高校の我が28年先輩だということだったが、「後輩です」とは言えなかったね。以前、「○高出身」だと言ったらまったく信じてもらえず、「何年卒だ?」などと訊かれたぐらいにして非常に不愉快な気分になったことがあったしね。まあ、たしかにあの高校を出てタクシー乗務員なんてやってるのは俺ぐらいなもんだろうが。

 深夜一時、もう疲れきって連坊の某ビルの前で残業帰りの客を待ってたんだがね、どうやらもう出てこないって感じ。まいったなあ、最後は一時間のロスで終わりかあ、とか思ってたら無線機から声、「チェーン巻いてる車ありましたら呼び出してください」。いつもならしゃしゃり出たりせんのだが、一時間のロスがいかんかった。「は~い、巻いてます」。「市役所の前、北向きで……」。

 チェーンを必要とする最後の客ははてさて八木山か、住吉台か、はたまた古川?カクタ?などとそこまで夢をふくらませてはおらんかったけれど、台原と言われた時はちょっとガックシ。だってわざわざ連坊から飛ばしてきたんですぜ。などと少々ブルーだったのも束の間……バタバタバタバタ!!!

 切れたんである。チェーンが。

 ははは、台原でよかった。

 伴侶が出かける直前に目を覚まし、朝メシ・洗濯をすませ、晩メシの下ごしらえまでやっちまい、ちらりとwebに目を通して、とっととウォーキングへ。おお、早い!

 歩きながら、Tsutayaへなんぞ行ってみよう、ひさしぶりにのんびり立ち読みでもしようと思う。web上のとある掲示板に触発されて渋谷陽一という人の存在を思い出させられ、「SIGHT」という雑誌の「怒りと闘いのジョン・レノン」なんてのをひっぱり出して読んだりした午前中、はてさて最新号はどんな特集なんだろう、と気になっていた。が、歩くうちに別のことも思い出した――この前つくったクリスマスCDいまいちだったなあ。目的をのんびり立ち読みからCDを借りるぞに変更。でも「SIGHT」もやはり気になる。ちらっと本のコーナーにも寄ってみよう。面白い特集だったら買っちゃったりなんかして……。

 Tsutayaへ着くとまだ「200円レンタル」のポスターが貼ってある。がしかし、そこはグッとこらえる。前借りた奴をまだ見ていない(ダビングしたまま)んだよ。今日はCD, CD。などと思いつつCDの棚に歩み寄ると貼り紙=「旧作5枚で1000円!」。う~む、1000円もReantal CDに使ったら伴侶に怒られそうだなあ。でも5枚借りて1000円なのに一枚420円で借りたらもっと怒られそうだなあ。そうだ、そうであるのだ。今日のところは1000円で5枚に決定!なのだ。でも五枚も、借りるのあるかなあ。

 まずはオムニバスの棚へ。う~ん、クリスマスCDというのはないものなんだね、としばらく「NOW!」とか「Happy!」とかタイトルを付けられて並べられているオムニバスCDコーナーを眺める。が、そのうち、遅まきながら気づく。この時期だ、クリスマス特集なんてコーナーがあるんじゃねえのか? あった。入ってきて素直に目を配ればすぐ気づくところに「Merry Christmas!」のコーナー。

 いろいろあるね。しかしなぜ、コーナーのトップにジョンが置かれているのか。まあそんなもんなのかな。

 すべてのクリスマスCDの曲目をチェックした結果、「Do They Know It's Christmas?」が入ってるやつを選ぶ。エラ・フィッツジェラルドの歌が入ってるやつは惜しくも時点、棚へ戻される。ああ、EaglesのXmas songも入れたかったんだよなあ。で、Eagles Best Collection。う~む、こんな基準で借りよう思うてたらなんもかんも借りなあかん。クリスマスはこれぐらいにしとこう。で、前々から借りたいなあと思っていたGeorge Harrisonの「All Things Must Pass」、Diana Rossのベスト("Ain't No Mountain High Enough"が聞きたい!)、あと一枚ってんで悩みに悩み、結局クラプトン、「Me & Mr. Johnson」。

 「SIGHT」がこれまた素晴らしい特集!「究極のロック100曲」!ああ、伴侶に怒られちゃうなあ。しかし今日の俺は止まらない。何故かは知らぬが止まらない!買い!しめて今日の無駄づかい1780円!ごめんなさい!!!


PS.Eagles Best Collection----「Ol' '55」や「Midnight Flyer」、「On The Border」等々、アルバム「オン・ザ・ボーダー」からなんと6曲も選ばれていた。素晴らしい。「SIGHT」は「究極の百曲」の他に、ジョンの死から25年的な特集もやっていた。

 12月8日、ジョン・レノンを愛する人たちがとあるinternet掲示板で、「愛と平和」というイメージとジョン・レノン自身との関係について熱く語り合っていた。どの人の意見も自分の考えを的確に表現していて、それぞれのジョン・レノンへの思いをストレートに感じさせてくれるものだった。人を熱く、どこまでも正直にさせずにはいられないジョン・レノンという人、すごいなあ、と思わされた。人の耳元をかすめ、ほんの少しの間だけ気分よくさせてくれる、もちろんそれも素敵な音楽には違いないけれど、それ以上の力をジョン・レノンの音楽は持ちえているということだ。人を正直にせずにはおられない音楽。

 でもその掲示板の論争を読んでいて、俺はどうしてもその中に入れなかった。そこにある「ムキさ加減」にとてもついていけなかったのだ。

 どうしてみんな、ジョンのことになるとああもムキになるんだろう。ムキになって自分の「ジョン・レノン観」を人に押し付けようとするんだろう。「ジョンはただの魅力的な人間だったんだ!愛と平和なんて口当たりのいい言葉で矮小化するな!」、そんなこたあ誰に言われなくたって、みんな知ってることだ。

 "In My Life"

 "The Ballad of John & Yoko"

 "Across The Universe"

 "Love"

 "Imagine"

 "MInd Games"

 "#9 Dream"

 "(just like) Starting Over"

 "Woman"

 "Watching The Wheels"-----etc.etc.....

 魅力的な人の作った、とてつもなく魅力的な曲の数々。

 心に染み入らせれば染み入らせるほどに豊かな気分にさせてくれる。

 ジョン・レノンは嘘だけは歌わなかった。

 偽善者扱いされようと、心から感じたことはそのまま歌った。

 体のど真ん中からこみ上げてくるものだけを歌った。

 体のど真ん中からこみ上げてくるものは、とにかくどれもこれも躊躇せずに歌った。

 …………

 結果、ジョン・レノンは「愛」と「平和」と「真実」の人になった。

 歌より夢中になれる対象(ショーン)が現れたら、歌を投げ出してしまったが、そのことさえも逆に彼の人物イメージに厚みを与える結果となった。

 そしてそのイメージ――特に「平和」と「真実」のイメージ――が、ある方面の人間たちを過敏にさせた。

 俺はどんな人の歌を聞く時でも「…………」の所まででいいのだ、といつも思っている。「…………」の所までを感じられたらいつも決まって感動してしまう。その感動は拍手以外の形で歌った本人には返したくない、返すべきじゃないと思っている。どこでも誰にも、できることなら語りたくない。それはあくまで俺の感慨に過ぎないんだから。もし同じ曲を誰かと一緒に聞いて、そのよさを共有できたら、ただひとこと、「いいねえ」とか「すごいねえ」とかとだけ言う。

 音楽を議論したくない。

 25年前の今日だったんだ、と思い出す。昼のワイドショーだったから、ほとんどこの時間だ。と思ったところで気づく。いや、明日だ。日本時間の12月8日、まだ彼は殺されていなかった。明日のほぼこの時間、俺は彼の死を知らされたのだ。25年前。だったら俺は21才。そうか、あの時、俺は21才だったのだ。

 バイト先の控え室の14インチ、厨房の人が何気なく付けていたテレビ、午後2時、ワイドショーのおやじが開口一番、深刻ぶった顔で「元ビートルズの……」まで言った瞬間、俺の頭の中はとんでもない言葉で埋め尽くされた。ポールと言ってくれ!リンゴと言ってくれ!ジョージと言ってくれ!ジョンとだけは言わないでくれ!

 しかし俺にはわかっていた。いかにも悲痛な面持ちのおやじが言い出しそうな事柄の当事者(被害者)の名前はジョン・レノン以外ではありえない。そんなことはわかっていたのだ。だから尚のこと必死で一瞬のうちに俺は唱えたのだ。「ポールと言ってくれ!」、と。

 暗殺だ。そう思った。アメリカ政府に亡き者にされたのだ。その思いは今なお変わっていない。マーク・チャップマンとかいう男の個人的な犯行だなんて、何度言われたって俺は信じない。アメリカ政府に洗脳された男が拳銃を持たされてダコタアパートに向けて放たれたのだ。根拠は何もない。でもこの「事実」は俺の中で一生変わらない。

 第一報として報じられたワイドショーの一こまを見終えると俺と金子さんはビラ配りに外へ出た。近所のマンションを回りながら、「これから俺はどうなっていくんだろう」と思っていた。海外で有名ミュージシャンが殺害されたからと言って、俺の人生がどう変わるものでもないだろうに。「俺の人生はどうなっちまうんだろう」。足元がフワフワしていた。

                      doublefantasy

前略

こんな所でなんですが、本年より我が家は家計貧窮により

年賀ハガキというものを購入しないことに決定いたしまして御座候。

きわめてアナログタイプである私ども、年賀状は大好きな物のひとつなので大変残念なのですが、

e-mailにての年賀挨拶とさせていただきたく、ここにご報告申し上げます。

                            草々

追伸 味噌汁を作りながらぺろっとなめる味噌ってグッとくるよね。

 天気予報では雪になると言う。そんな日の朝、いつも通りもぞもぞと起き、寒い寒いと両手をこするようなこともなく、つまりまったく寒さなど意識することなくPCの電源をいれてビタミンとウコンのサプリメントを野菜ジュースで飲み下し、タロの水を替えてやり、ジャックにヘッドフォンのプラグを差し込んでテレビをつけ、夕べ予約録画した「燃えよ!EAGLES」(土曜夜10時51分からの9分番組)で野村克也の記者会見の模様を見る。

 田尾解任の時はこのブログでも大騒ぎしたもんだったし、いまだに球団のやり方には憤りを感じるものの、気分は早くも来年のパ・リーグ開幕へ飛んでいる。弱い球団の勝ち方とやらを早くこの目で見たいのだ。

 野村監督時代、ヤクルトは憎らしいぐらい「勝つチーム」だった。その下地があっての現在の、気がつくといつの間にか首位に睨みを利かせている「しぶといヤクルト」なのだと思う。けれど当時の俺は巨人ファンでそんなチームを憎らしいとしか思えず、その野球がどんなものであるかなど、まったく興味がなかった。応援するチームの監督となった野村克也、その手腕を今度はじっくり見てみたい。と、そんな思いを朝から抱く。

 外へ出ると自転車置き場へは向かわず駐車場へ。夜には雪になると言うんだからとても自転車でなど出かけられない。

 夕方、多賀城まで行き、帰路、高砂のセブンイレブンで夕飯を食う。さて、無線でも鳴らないかと思いつつ45号線を戻るが、無音。花京院でやっとおばさん一人、大町まで。と、その途上、雨が降り出す。インターバルで充分かと思う間もなく本降りになり、ワイパー本稼動。「ありゃあ降ってきたねえ」とおばさん、890円、「あ、釣りはいいから!」。「あ、そうすかあ、ありがとうございます!」と駅へ。日曜は駅以外に行く所などないのだ。

 バンバラ降ってきたなあなどと思いつつ、しばらく色川武大の「怪しい来客簿」を読みふける。一章読む。目が疲れ、ふ~っと前に目をやるとすっかり濡れて滑らかに水が流れるフロントガラスの向こう側が、ん? 白い。外が、白い。目がかすんだかなとパチクリやるがやはり白だ。

 ついに来たか……。

 二時間もすると、びちゃびちゃの雪ながらも目の前を真っ白にふさいだ。

 パ・リーグ開幕なんて、まだまだなのだ。

 11月最終勤務。あと32,000円で会社設定のいわゆるノルマ達成(年末のボーナス発生)。別にそんなもん達成せずともよい、ボーナスなんてとっくにあきらめている、のだが、32,000円と言えば達成不可能な額じゃない。達成不可能じゃないということはつまり、意識したくなくてもついつい意識してしまうということである。

 「いいんだよう、水揚げ(売上げ)なんてどうだって」と普段の俺なら思う。しかし32,000円。

 「ちょっと頑張れば出来るかもしれんのだぞ」と欲の皮が俺の内面を無理くりくるみ込む。

 こんな場合は、欲の皮もやはり俺の一部なのだ、いや、欲の皮だってしっかり俺そのものなのだ、と開き直るに限る。余計なことを考えても、ただでさえ運転で神経をすり減らすこの仕事、ろくなことにはならないからだ。走り始める。

 月末で街は大渋滞である。そこへもってきて、通勤時間帯に強くなり始めた風のせいだろうか、街のど真ん中(青葉通り×二番丁交差点)の信号が故障したらしい。警官が大勢繰り出しての手旗信号交差点となっている。さらなる渋滞。車。車。車。車。そんな大重態な路上、朝一発目二発目と配車をもらったからよいようなものの、街は車の量とは関係なく、ただの「火曜日」でしかない。手を上げている人間も見かけないし、他のタクシーもほとんど空車ランプをつけたまま隊列を組んでいる。

 それでも走り続ける。ほとんど無為に走り続ける。走ってダメならあきらめもつく、の心境。配車でもらった客以外は4本「ゴミ(運ちゃんスラングで3桁=1,000円未満の客)」をつけただけで、昼を食らう。いつもの「いずみ」が定休日なので連坊の「あずま楼」で五目ラーメン。しょっぱ過ぎだ。始めからコショー入れて出すんじゃねえ。コショーは客が入れるものだ。やっぱりここは五目焼きそばだけの店だ。

 午後、普段なら昼メシあとの休憩をかねて駅に入る。しかし……やっぱりね……駅からあふれた空車の列が駅の前をはみ出して隣りのビルの前へ。さらに信号を飛び越しまた次のビル(AER)の前へ。しゃあねえな……、ゴーカートでコースでも回るように駅近辺の中心部を回り始める。

 2本ばかり「ゴミ」をつけたところで疲れる。食後の眠気も生じ始めている。広瀬通りで止まる。デパートなどの列に並ばず、一台待ち。いわゆる「勝手にタクシー乗り場」体勢。色川武大の「怪しい来客簿」を開く。が、ろくに読み進めない。ぽんぽんと客がついたのである。650円×7本。ははは、あと1本でゴミ十連発だぜ。しかし十連発ともなれば6,500円である。空港までの客をつけたに等しい。ワンメーターをゴミと言ってはいけないとはこのことだ。650円をはずしては我々の商売は成り立たないのである。650円様々。

 などと殊勝めいたことを思っていたら夕方五時、無線呼出しの声。忘れ物の問い合わせだ。

 「本日お昼ごろ、仙台駅から山形県庁までお乗りになった方の携帯電話を保管している車両、ありませんでしょうか……」

 仙台駅から山形市までといったら20,000円弱にはなる。しかもダラダラ駅に並んで……。

 笑っちまった。シコシコ6,500円稼いで「650円様々」と頬を緩ませていた自分が悲しくなったのだ。やる気が飛んだ。午後5時、卸町のセブンイレブンで夕めし。そばの広めの裏通りで体を伸ばしキッチン用タイマーをセットして20分きっかり横になる。

 笑っちまってとっととメシを食って横になったのがよかった。俺は俺の32,000円を目指すだけ、の気分がよみがえった。しかしまだ14,000円、あと18,000円。ほとんど無理か、の気分も色濃い。

 しかし諦めきれない自分を消せないのは自分が一番わかっている。あちこちあちこち、目に付いたところで一台待ちに停めまくる。こちゃこちゃこちゃこちゃとちっちゃいお客をつける。しょうがない。俺がどんな決意で今日を頑張っていようが世間様にとってはただの火曜日なのだ。金曜なら「泉中央(2,500円)」のところが「台原(1,200円)」どまりの火曜の夜。しゃあねえなあの気分で「ちょこっと乗せては持ち場へ帰る」を繰り返した。

 そんなLittle by little but Heavyな労働の中、市役所のそばを通りかかった。小さな店の前、反対車線側に、店の女将さんらしき和服のおばさんと恰幅のいい、いかにもどこぞの社長さんってな様子のおやじ、そしてそのおやじに肩を担がれた形のほっそりしたじいさんが立っていた。見つめた。恰幅おやじがあいていたほうの手を上げた。たまたま対向車がなかった。俺はUターンした。

 乗ってきたのは今にも崩れ落ちそうな細身のじいさんのほう一人だった。恰幅おやじが窓越しに声を上げてよこした。

 「この人、カクタまで行くから!」

 カクタ? 聞いたことあるような、ないような……。

 もしかして、まさか……かくだ(宮城県角田市)のことか?

 仙台市役所そばから角田市まで、13,370円。

 32,000円どころか、39,000円稼がせてもらいました。

 いやいや、眠らせないように話しかけ続けましたぜ。

 伴侶が休みで家にいる土日は、俺も、午前中のうちに掃除をすませて昼過ぎにはウォーキングに出かけ、そのついでに必要な買い物もすませ、時にはついでに一本200円でビデオなど借りてきたりして、午後は、ビデオを借りてきた時はそいつを、ビデオ屋方面へウォーキングへ行かなかった日には前の週に録っておいたテレビドラマなどを二時間ほど見て、気が向けばセブンイレブンあたりで買ってきた小さなケーキなどをおやつだおやつだなどと喜びながら食い、ああ気がつけばもう暗くなり始めちまったなあ、などと寂しく思いつつも結構有意義に過ごせたなあと口には出さねど満足したりするんだが、一人の休日はよくない。ほとんど何もせぬままに、ほうらもう午後一時。そろそろウォーキングにも行かなくちゃななどと思いつつパソコンの前でグダグダしていつのまにか午後四時ぐらいになったりする。ぜんぜんダメ。でもまだきょうは一時。かろうじて、一時。さて、とっとと出かけよう。たったたったと歩くのだ。歩き始めないことには何も始まらない俺なのだから。

 そしてビールを買って帰ってきた。シャワーで汗を流し、いつもどおりついでの歯磨きをすませ、頭を三点結わえのやがてひとまとめに結わえ、さて……ひさしぶりにマックに向かおう。向上心なんてものはこの図体のどこを探しても現れちゃこないけれど、前ぐらいは見て生きていたいもので。

 そこまで伴走してきたアレム(エチオピア)とバルシュナイテ(リトアニア)をして、とてもついていけたもんじゃない!とまで言わしめた35.7kmでのスパートは、誰よりも過酷な練習を試み続けてきた人間ゆえの鮮やかさ。

 まるで近所のコンビニにでも行ってきましたってな感じの、ゴール後のあっけらかんは、まだまだ走れる余力を残しているからこその、誰よりも多くの練習を積み重ねてきた人間ゆえの底力。

 自らの復活、その感動に打ち震えるでもなく、のびのび語りに語る優勝インタビューは、誰よりも分厚い練習を繰り返してきた人間ゆえの饒舌。

 つまり、高橋尚子ゆえの鮮やかさ。底力。饒舌――人間的な曇りのなさ。

 人間は、まっすぐ突き進めば神にさえなれる。

 それを体現して見せてくれているのがQちゃんなのだった。


                   tokyo_kokusai_051120_naoko1
                          Conglaturation!!