きのう録ったビデオを朝っぱらからじっくり。
なりたくてもなれない自分をそこに見て、みんな感動するんだなあ、とか思う。
ストイックな一途さ。そして、暖かさ。
「存在感」なんてものは案外、そのへんに理由があるのかもしれない。
けっこうシンプルだったりして。
「単騎、千里を走る。」、見に行けるかなあ。
きのう録ったビデオを朝っぱらからじっくり。
なりたくてもなれない自分をそこに見て、みんな感動するんだなあ、とか思う。
ストイックな一途さ。そして、暖かさ。
「存在感」なんてものは案外、そのへんに理由があるのかもしれない。
けっこうシンプルだったりして。
「単騎、千里を走る。」、見に行けるかなあ。
卑猥なトラックバックが頻繁に入るようになりいちいち削除するのが大変になってきたので、
トラックバックは受け付けないことにしました。
なお、これまでいただいたTBは大事に保管しております。
最近ひどく思い知らされたのは自分の思考力のなさである。いやはや特に「問題意識」というものが何より欠如していてビールなど飲んでいてもそれにどのくらい税金がかかっているかなど考えたこともない。ビールが好きなくせに金がないからと簡単に普段は第三のビールなんてもんを飲んでそれでよしとしていてどうにも節操がない。なのになぜか心の奥底に不確かな自信を固く立脚させていて選挙なんて行くまいなどとしっかり決定していたりする。こんなわけのわからんことを書いているのもまったく根拠がなくわけがわからん。こんなことをずらずら書いて何が言いたいのかというと、まあ何と言うか、ごめんなさい。窓を全開にして空気を入れ替えながらパンツ一丁で掃除機がけをします。風呂もその格好で洗います。米とぎも。
風が強いので歩くのがしんどいかと思ったら冬空は意外にも暖かく我が歩行を許してくれた。
「拙者の本棚&CD棚」更新――(番外編・映画館で見た映画)「ALWAYS 三丁目の夕日」
昼メシにしようと、午前11時、河原町へ向かっているところへ無線が鳴り、舟丁・急患センターから南中山まで=4,010円。今度こそ昼メシだと河原町へ戻る途中で片平から荒井まで=2,250円。12時40分、やっともやしラーメンを腹におさめて駅へ入ったら七北田=2,890円。とっとと駅へ戻ろうってんでトンボ帰りをうったら市名坂でお客様、一番町まで=2,490円。
この時点でほぼ形はついた。あとは余裕で駅の人。最終の客もつけようと思って11過ぎても駅へ。いつもなら11時過ぎたら駅へは入らないんだが、今日は余裕の人、「回ってこなくてもいいかんね。時間つぶし時間つぶし」。案の定、最終の新幹線から降りてきた客は10台以上前で切れる。0時10分、「いいけんね、いいけんね、時間つぶし時間つぶし」と潰れた十字屋の前へ。……そこへ無線。
真夜中のビジネスホテル。飲んだ客が出てくる場所ではない。はて……。
出てきたのは50代と思しきご夫婦。旦那さん、ダッポリした巨体に真っ赤なコート。赤熊?
「○○ホテルの並びにバス停あるでしょう?そのあたりに……」
ご夫婦のどちらだろう、口臭がはなはだしい。それとも俺自身の臭いだろうか。なぜかとにかく臭い、などと思っていたらご主人が何やらブツブツ。話しかけられたのかと思ったが、よく聞こえない時は無視するべしと決めている俺。しばらくしたら同じ声色が、「よんじゅう……」。角を曲がったところでまた、「ここもよんじゅう……」。
ご指定のバス停のあたりに到着。「あとホテルに戻りますから、ちょっと待っててもらえますか?」。否やもなし。
ご夫婦、ふたりして車を降りると、奥さんは我が視界の前方、バス停のあたりから車道上を見ているのか、向こう側のビルを見ているのか、やけにしっかりした目つきで空を睨む。旦那さんは車の後方に回り、ファインダーを空に向け、路上に向け、写真を撮っている。しかしフラッシュをビカビカ光らせながら撮っているその姿、どう見てもプロのカメラマンではない。
十数枚も撮ったろうか、15分ほどで車に戻ってくる。
「そのへんでUターンして反対側を50キロで走ってもらえますか?」
意図が読めない。が、とりあえず、Uターン、「どのあたりの車線、走りましょうか」。「真ん中を」。
少し走り、再びUターンすると旦那さんが聞いてくる。
「あのタクシーはあそこで何してるの?」
旦那さんが言ったのは客待ちしているタクシーたちのことだった。客待ち行為を説明し、
「いつもならもっと並んでるんですけど、今日は日曜だから少ないですね」
「12月は車、多かったんですか?」
話が切り替わっている。路上の車の量のことらしい。
「ええ、12月はギリギリまですごい多かったですね」
「このぐらいの時間でも?」
「ええ、一時ぐらいまでは、けっこう、多かったですね」
「このぐらい(50キロ)だったら急に止まれますか?」
また話は切り替わっている。
「まあ、このぐらいだったら、ええ、止まれますけど、でもその時その時の道路状況で違ってきますけど……」
「止まることはできますよね」
きめつけた口調。
「ええ、まあ、止まれます」
よんじゅう、よんじゅうの呟きは交通標識の数字のことだったらしい。写真は「現場」の同時刻の路上の様子を撮っていたのだ。どなたが事故に?の質問を俺は喉の奥にどうにかこうにか飲み込んだ。
大型量販店の魚売り場に並んでいる水っぽい刺身よりはやっぱり馴染みの魚屋の魚の風味が充満した刺身が食べたいなあという感覚で、俺は発泡酒よりもやはりビールを好む。発泡酒は俺にとってはS○I○Uや○協の刺身と同レベルの代物でしかない。ただ、我が家の家計が貧窮し「ラガーが飲みたい!」とばかりも言ってられなくなってきた。しかし飲むとなればガンガン遠慮なく飲みたい。ということで味などどうでもよく、ただ喉を通りさえすればよいという季節にSuper Blueを選択したのだ。それが家計の中で安定した存在となり、すっかり定着してしまった。しかしやはり、ガンガン飲む季節を過ぎるとどうしても正真正銘のビール!が飲みたくなる。ましてやお正月、一発奮発したいもんだね、ってんで久しぶりにラガーをいただきやした。そういう話だ。我が家の家計の事情のお話。
話の主旨はともかく、しかしうまいもんは好きだ。ラーメン屋などに入って食ったもんがまずかったりした日には金返せとは言わないが、「さっきまでの空腹を返せ!さてどんなおいしいものをいただきましょうかねとほくそ笑んでいたあの幸福な瞬間を返せ!」と言いたくなる。そんなこと言うほうがよっぽど理不尽なんだろうが。
キャビアもトリュフも食ったことがない。食いたいとも思わない。経験からくる想像力が働く範囲で、うまいもんを食っていたい。うまいおでんとか、うまいラーメンとか、うまいホッケ焼きとか、そういうこと。
という俺がむかしよく思っていたことがあって、それはそれは不遜な思いだったんだけれど、「バカに生まれたかった。そしたらなんぼ生きていくことが楽なんだろう」。ただひたすら社会的地位や金に向かって走れたら……。
望みは叶った。いやいや、社会的地位も金もないけれど、バカにはなれた。特に何かにこだわった生活信条を持つでもなく、ただ生きている。やっぱり楽。楽チン過ぎて怖いぐらい。そんな俺に残ったのが、できればうまいもん食っていたいなあという欲求だった。
比べるのもはばかられるけれど、今の俺と正反対にいるのがビートたけしという人だ。たぶん食うもんにも着るもんにも俺の数十倍の金がかかっているビートたけし、しかしあの服飾センスのなさ、そしてモノを食う時のうまくなさそうな顔、つまり味音痴。
今の俺ととても近いのは「おいしんぼバンザイ」とか、「途中下車の旅」とかに出てくる、半引退状態の役者さんたちなのね。ちょっといいもん食っては、目をつぶって「くぅーーッ!」とか言ってるのだ。終わってる。
要は、まずいものが出てきても文句言わずに食わなくてはいけない、そういう人間の切なる欲求――食うんならうまいものを!そんなものがラガーを求めるのだ。
う~ん、今日の文章はひどいぞ。
2005年12月某日、胸の奥にカサカサうごめくものを感じながらも俺は言った。
「年末年始用にラガー買ってもいいかな?」
妻が否などと言うはずもなかった。なぜこんな一言を言うために俺はいちいち胸の奥をカサカサ言わせてるんだろうと自らの小心に苛立った。
カサカサの原因はわかっていた。値段の差だ。2005年春あたりから買い始めたSuper Blueが一箱約2300円、それまで飲んでいたキリンラガービールが一箱約4200円。ほとんど倍なのだ。
「まともに稼いでから言うことだ」
言われるはずもない言葉、それが俺の胸の奥に重なっている。晩秋の舗道の落ち葉のように幾層にも重なりカサカサカサカサ、気がつくと音を鳴らしている。
この落ち葉の深さこそが俺と妻との距離なのだろう。無理して掃き清めようとも思わない。掃き清めないほうがいいのだ、とも思う。
大晦日の夜十時、湯がかれたそばの椀のそばにはキリンラガービールがあった。本当は麦酒の味がない、いわゆる発泡酒のほうが好みの妻と半分ずつ小さなグラスに注いだ。
大食いの気分でない時は小さなコップに注いで飲むのが好きだ。むかしラーメン屋に行くと必ずといっていいほど出てきた、ビール会社のマークやロゴの入ったコップ、あれなら尚いい。
5月後半に平泉方面へ「火怨&炎立つツアー」を決行した。その時旅館で飲んだビール以来のビールは舌に立った。発泡酒では得られない感覚だ。少なくとも俺にはそう感じる。立った感覚がやがて舌全体へゆったり豊かににじんでいく。
熱い季節に一気に飲み干すのは発泡酒でかまわない。でも好きなのはやっぱりビールだ。
このブログに日記を移したのがたしか今年の春。それからたくさんのコメントやらトラックバックやらをもらって何となく世の中とつながっているような気分。他のサイトで知り合った方ともいろいろ突っ込んだ話などさせてもらっていとおかし。そんな一年ももう終しまい。今年の更新もたぶん今日が最後になるかと思われ、どうもお世話様でした。
とは言いつつも一週間後ぐらいにはまた現れるのです。一週間更新しなかったことなどざらなのでこんなふうにご挨拶することなど必要ないのかも知れぬ。いやしかしいわゆるけじめだ。一年間、なんやかんやどうでもいいようなことばかり書いてまいりましたがそのたびのコメントありがとさんでありました。来年もよろしく!よいお年を!
さあて僕はこれからサッシを洗います。もちろん窓も拭きます。気合が乗ってきたら風呂も掃除します。風呂場の換気扇にも挑戦します。洗面所の換気扇も。トイレの換気扇はこないだ伴侶がやってくれました。みなさん、換気扇は台所だけじゃないですよう。さあ、レッツ・チャレンジ・ザ・家じゅうの換気扇!
仕事中に見かけた車に↑こんなつづり。
「何語なんだろう??????」と一瞬悩んだ末に、はたと気づき、おいおいおい、いくらなんでも……。
さてこれはいったい何語で、どんな意味でしょう。
ヒント:書かれていたのは車体の右側面でした。
う~ん、やっぱこれはないと思うなあ。
4時半に寝たっつーに9時に目が覚め、これは足元が冷えるからに違いない、とタオルケットを一枚引っぱり出して足の部分にかけ再び布団の中へ。しかし情けない~ぃぜ、仕事中にラジオから何度も流れてくる「青春アミーゴ」が頭の中を駆け巡り、じもぅとぉじゃぁ負ぁけ知ぃらぁずぅ、二度寝に没入できない。なんてこった。それもこれもこの曲が実に久しぶりに歌謡曲というものを聞かされた気分にさせてくれる曲だからなのだが、これほどまでに歌謡曲なのはどんな歌を聞いて以来だろうなどと考えさせられ、美空ひばりかなあ、そうかもしれないなあ、なんてついついどうでもいい世界をぼんやり浮遊してるうちに、ああ、眠れない。頭のはしっこあたりに、疲れが小さな痛点となって残っているのに、そんなもの抱えたまま起きたくないのに。このまま起きればロクでもない一日になることは目に見えているのだ。この手の痛点はウォーキングをしても消えないのだ。一日すっきりしない。そんな焦りをはらんだ空間に漂って一時間半、グダグダグダグダ……しゃあない、と起きたのは今日やることは決まっているし、そう大したことでもないし、眠かきしながらそれだけに没頭しようと決めたからである。今日やらねばならぬこと。クリスマスCDの作り直し。ね、大したことじゃないでしょ、ぜんぜん。こんなことさえ、俺にとっては「やらねばならぬこと」なのです。だって、あしたは我が家のクリスマスだから。で、没頭。じっくり二時間、どうにか完成。こないだも書き記したけれどまたもや掲載。意味もなく。
[2005クリスマスCD決定版!]
1. Seven O'Clock News/Silent Night-----Simon & Garfunkel
「7時のニュース~聖しこの夜」 サイモンとガーファンクル
サイモンとガーファンクルはさりげなくも美しい調べであるにもかかわらず、我が若き日の記憶に鋭く突き刺さった人たち。「早く家に帰りたい/Homeward Bound」が一番好きだ。
2. Happy Xmas (War Is Over)-----John & Yoko
「ハッピー・クリスマス~戦争は終わった」 ジョンとヨーコ
始めにこそこそっと入っている二人のささやきを「ハッピークリスマス、ヨーコ」「ハッピークリスマス、ジョン」と訳しているバカ訳を見たことがある。自分で自分にハッピークリスマス言ってどうするの?なのだ。正しくは、誰でも知ってることだろうけど、それぞれの別れた子供たち、キョーコ、ジュリアンにささやきかけているのだ。
3. My God Is Real-----Mahalia Jackson
「マイ・ゴッド・イズ・リアル」 マヘリア・ジャクソン
今年図書館で得た最大の収穫がこの人だった。アレサ・フランクリンの姉御的存在だってんだからスゴイに決まってる。
4. All I Want For Christmas Is You-----Mariah Carey
「恋人たちのクリスマス」 マライア・キャリー
恥ずかしいなあ、この曲が入ったクリスマスアルバムが発表された時、なんだかすごく嬉しかったのです。素晴らしい!素晴らしい!マライアにしか出来ない企画だ!と、そんなふうに歓喜しまくったのです。マライア・キャリーの最大の仕事ですな。
5. Merry Christmas (I Don't Want to Fight Tonight)-----Ramones
「メリークリスマス~今夜は戦いたくない)」 ラモーンズ
ラモーンズがクリスマスソング!?と驚いたりしたんだが、サブタイトルを見て納得。全世界の出来事と恋人との休戦をダブらせて歌うところが彼らのポップさなのでしょう。
6. 2000 Miles-------Pretenders
「2000マイル」 プリテンダーズ
クリッシー姉御もクリスマスソングを歌っていたのだ。ラモーンズもそうだけど、おめでたいばかりじゃないのがRockのクリスマスソングだね。
7. Winter Wonderland-----Anne Murray
「ウインター・ワンダーランド」 アン・マレー
美しい。ポップシンガーの鏡のようななめらかな声。我が洋楽人生のきわめて初期、「スノウバード」なんて曲もヒットさせてたっけ。
8. Santa Claus Is Coming To Town-----Mariah Carey
「サンタが町にやってくる」 マライア・キャリー
この人のプロデューサーはうまいねえ。音が時代遅れにならないようにしっかり考えてたんだねえ。
9. Christmas Is The Time To Say "I Love You"-----Billy Squire
「クリスマスはアイ・ラブ・ユー」 ビリー・スクワイア
ハードロックの人じゃなかったっけねえ、この人。
10. Merry Christmas, Baby-----Otis Redding
「メリー・クリスマス・ベイビー」 オーティス・レディング
Shoに借りたオーティスのベストに入ってた。
11. Come on Children, Let's Sing-----Mahalia Jackson
「カモン・チルドレン、レッツ・シング」 マヘリア・ジャクソン
子らよ、来たりて歌え!
12. Please Come Home for Christmas-----The Eagles
「プリーズ・カム・ホーム・フォー・クリスマス」 イーグルス
この一曲のためだけに二枚組みのアルバムを借りたら、あんがい他にも「これがベストに!?」ってな曲が入ってて得した気分に。
13. The Christmas Song-----Nat King Cole
「クリスマス・ソング」 ナット・キング・コール
一応、という選曲、なのだが、やっぱり決まるね。ナタリー・コールの「ミスター・メロディー」なんてのも聴きたくなってくる。
14. Joy To The World-----Mariah Carey
「喜びの世界」 マライア・キャリー
スリー・ドッグ・ナイトで有名な「喜びの世界」とゴスペルの「Joy To The World」がドッキング。
15. Thank God It's Christmas-----Queen
「サンク・ゴッド・イッツ・クリスマス」 クイーン
伴侶がね、クイーン、大好きなんです。I Was Born To Love Youが特に。
16. White Christmas-----Otis Redding
「ホワイト・クリスマス」 オーティス・レディング
あのホワイトクリスマスがなんともはやどっぷりのオーティス節に!
17. Do They Know It's Christmas?-----Band Aid
「ドゥ・ゼイ・ノウ・イッツ・クリスマス」 バンドエイド
懐かしきボブ・ゲルドフ!偉いボブ・ゲルドフ!Mr.Boomtowon Rats!
18. Bridge Over Troubled Water------Simon & Garfunkel
ここから三曲は年末の雰囲気です。
19. Bad Liver and a Broken Heart-----Tom Waits
「いかれた肝臓とぶっ壊れたハート」 トム・ウェイツ
前奏の「As Time Goes By」から滑らかにTomの世界へ。浸れるのだ。
20. Let It Be-----The Beatles
「レット・イット・ビー」 ビートルズ
ポールの曲なんだけどね、伴侶が年の瀬に聞きたくなる曲なので。
21. ワンダフル・クリスマス-----三宅伸治プロジェクト
素晴らしい歌詞です。素敵な歌です。
22. Christmas (Baby Please Come Home)----------Mariah Carey
「クリスマス~ベイビー・プリーズ・カム・ホーム」 マライア・キャリー
最後にもう一発!メリークリスマス!
23. (Just Like) Starting Over----------John Lennon
「スターティング・オーヴァー」 ジョン・レノン
可愛く終わる我がクリスマスCDなのだ。