たまにはまいじょぶについて | 愛と平和の弾薬庫

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

 11月最終勤務。あと32,000円で会社設定のいわゆるノルマ達成(年末のボーナス発生)。別にそんなもん達成せずともよい、ボーナスなんてとっくにあきらめている、のだが、32,000円と言えば達成不可能な額じゃない。達成不可能じゃないということはつまり、意識したくなくてもついつい意識してしまうということである。

 「いいんだよう、水揚げ(売上げ)なんてどうだって」と普段の俺なら思う。しかし32,000円。

 「ちょっと頑張れば出来るかもしれんのだぞ」と欲の皮が俺の内面を無理くりくるみ込む。

 こんな場合は、欲の皮もやはり俺の一部なのだ、いや、欲の皮だってしっかり俺そのものなのだ、と開き直るに限る。余計なことを考えても、ただでさえ運転で神経をすり減らすこの仕事、ろくなことにはならないからだ。走り始める。

 月末で街は大渋滞である。そこへもってきて、通勤時間帯に強くなり始めた風のせいだろうか、街のど真ん中(青葉通り×二番丁交差点)の信号が故障したらしい。警官が大勢繰り出しての手旗信号交差点となっている。さらなる渋滞。車。車。車。車。そんな大重態な路上、朝一発目二発目と配車をもらったからよいようなものの、街は車の量とは関係なく、ただの「火曜日」でしかない。手を上げている人間も見かけないし、他のタクシーもほとんど空車ランプをつけたまま隊列を組んでいる。

 それでも走り続ける。ほとんど無為に走り続ける。走ってダメならあきらめもつく、の心境。配車でもらった客以外は4本「ゴミ(運ちゃんスラングで3桁=1,000円未満の客)」をつけただけで、昼を食らう。いつもの「いずみ」が定休日なので連坊の「あずま楼」で五目ラーメン。しょっぱ過ぎだ。始めからコショー入れて出すんじゃねえ。コショーは客が入れるものだ。やっぱりここは五目焼きそばだけの店だ。

 午後、普段なら昼メシあとの休憩をかねて駅に入る。しかし……やっぱりね……駅からあふれた空車の列が駅の前をはみ出して隣りのビルの前へ。さらに信号を飛び越しまた次のビル(AER)の前へ。しゃあねえな……、ゴーカートでコースでも回るように駅近辺の中心部を回り始める。

 2本ばかり「ゴミ」をつけたところで疲れる。食後の眠気も生じ始めている。広瀬通りで止まる。デパートなどの列に並ばず、一台待ち。いわゆる「勝手にタクシー乗り場」体勢。色川武大の「怪しい来客簿」を開く。が、ろくに読み進めない。ぽんぽんと客がついたのである。650円×7本。ははは、あと1本でゴミ十連発だぜ。しかし十連発ともなれば6,500円である。空港までの客をつけたに等しい。ワンメーターをゴミと言ってはいけないとはこのことだ。650円をはずしては我々の商売は成り立たないのである。650円様々。

 などと殊勝めいたことを思っていたら夕方五時、無線呼出しの声。忘れ物の問い合わせだ。

 「本日お昼ごろ、仙台駅から山形県庁までお乗りになった方の携帯電話を保管している車両、ありませんでしょうか……」

 仙台駅から山形市までといったら20,000円弱にはなる。しかもダラダラ駅に並んで……。

 笑っちまった。シコシコ6,500円稼いで「650円様々」と頬を緩ませていた自分が悲しくなったのだ。やる気が飛んだ。午後5時、卸町のセブンイレブンで夕めし。そばの広めの裏通りで体を伸ばしキッチン用タイマーをセットして20分きっかり横になる。

 笑っちまってとっととメシを食って横になったのがよかった。俺は俺の32,000円を目指すだけ、の気分がよみがえった。しかしまだ14,000円、あと18,000円。ほとんど無理か、の気分も色濃い。

 しかし諦めきれない自分を消せないのは自分が一番わかっている。あちこちあちこち、目に付いたところで一台待ちに停めまくる。こちゃこちゃこちゃこちゃとちっちゃいお客をつける。しょうがない。俺がどんな決意で今日を頑張っていようが世間様にとってはただの火曜日なのだ。金曜なら「泉中央(2,500円)」のところが「台原(1,200円)」どまりの火曜の夜。しゃあねえなあの気分で「ちょこっと乗せては持ち場へ帰る」を繰り返した。

 そんなLittle by little but Heavyな労働の中、市役所のそばを通りかかった。小さな店の前、反対車線側に、店の女将さんらしき和服のおばさんと恰幅のいい、いかにもどこぞの社長さんってな様子のおやじ、そしてそのおやじに肩を担がれた形のほっそりしたじいさんが立っていた。見つめた。恰幅おやじがあいていたほうの手を上げた。たまたま対向車がなかった。俺はUターンした。

 乗ってきたのは今にも崩れ落ちそうな細身のじいさんのほう一人だった。恰幅おやじが窓越しに声を上げてよこした。

 「この人、カクタまで行くから!」

 カクタ? 聞いたことあるような、ないような……。

 もしかして、まさか……かくだ(宮城県角田市)のことか?

 仙台市役所そばから角田市まで、13,370円。

 32,000円どころか、39,000円稼がせてもらいました。

 いやいや、眠らせないように話しかけ続けましたぜ。