愛と平和の弾薬庫 -45ページ目

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

デジタルカメラ氏がやってきてから一ヶ月が経った。

ウォーキングと仕事には99%御同行いただき、どんどん働いてもらった。

はたして、これまで目に付いていたものはほぼ撮り尽くした。もうネタ切れ、早くも。

きのうはついに一枚も撮らなかったぐらいで。

なので最初で最後になるだろうなあ、「自画自賛ベスト5!

ぜひ、写真クリックで巨大化してみて欲しいのだ!


まずは【第五位】!
poti  

「遠吠えの日々」

ミクシィ方面ではすっかりおじなじみになっちゃいました。ポチ!

吠えてます吠えてます、意味もなく。


【第四位】!

大丈夫?

「だいじょうぶか?とーちゃん……」

吹雪だろうが何だろうが、わんこの散歩はとーちゃんの義務なのだった。


【第三位】!

Smile

「むふふふ……」

またもポチ!

なにやらすごく満足げなのでした。


【第二位】!

Two couples

「あいだ失礼しま~す」

白鳥ズ&鴨ズ、ずいぶん撮りましたが、

こんなさりげなさが、なんかいいですね。


堂々の【第一位】!

ねえねえ

「散歩はまだですか、おかーさん……」

自分的に、やっと撮れた!ものだったもので。

早くもスランプにはまりつつあるデジカメ氏ですが、これからもよろしく。


 一番古い便所の記憶は幼稚園あたりに住んでた家の便所。


 二階建ての大家の家の一階の、台所もついたまったく独立した形の、つまりは二階建ての家のその部分だけアパートになっているような部屋に俺とおふくろは住んでいて、玄関を出たすぐ隣りに便所はあった。工事現場にあるような、簡易トイレをちょっと立派にしたような便所だった。

 よその家がどんなふうにできてるかなんて知らなかったから、家の内部に便所がないのを「やだなあ……」とか思ったことはなかったけれど、それ以前にとにかく、いったん外に出てから便所に行くのはいやだった。

 俺はとにかく寝小便小僧で、小学校高学年まで布団の中でやらかしていたんだけど、この「外に行かねばならない」というところに深い原因があったのかもしれない。


 妹が生まれると、その間借りに近い部屋から出て、そこから歩いて2・3分の一軒家に借家した。その家の便所がよく夢に出てくる便所だ。便器の高さの所と立ち上がった所に小さな窓がある便所。立ち上がったところの窓から隣りの、おばさんが一人暮らししてる家の小さな庭が見えてた。


 居間から便所に通じる5m弱の廊下の床はギシギシ言って、ちょっと傾いていた。風呂にはよく便所こおろぎやナメクジが出てきていて、台所の勝手口のそばにはもぐらの穴が開いてた。小さな庭には渋柿の木といちじくの木。渋柿は秋になると濡れ縁に干されて、皮の硬い干し柿を冬によく食った。いちじくの木にはやっぱりここにもナメクジ。いまだにナメクジには身の毛がよだつ。嫌いと言うより、怖い。絶対目にしたくないもののひとつ。塩をかける手が震えてた。なのにウルトラQのソフトビニール人形を買ってくれると言われた時、何故か即座にナメゴンを選んだ俺。人間、わからない。


 今でこそ、玄関を入るとすぐ、居間のすぐ向かいにトイレ、なんて家があったりするけれど、あの頃は考えられなかった。家の一番奥に便所はあった。


 便所がトイレに、すなわち水洗化されたのはたしか小学校4年あたりだった。ものすごくうれしかった。ほんとにウチが「水洗トイレ」になるの!?すごい!やった!ってな感じ。


 話は変わるが、盛岡のおふくろの知り合いの家に泊まりに行った時、そこの便所がすごかった。

 その家もかなり古い二階建ての家だったんだけど、便所は外にあってうんこをしようとして驚いたものだ。便器がなかったのだ。木枠に穴。落ちる!と思った。結局、目的を果たせなかったような気がする。


 あと、某印刷所(仙台から電車で30分東へ)の便所。

 仙台はとっくに完全水洗化された時代に、その会社のトイレが汲み取り式だった。うんこがすぐそばまで盛り上がっていて今にも肛門に突き刺さってきそう。こんなに臭かったのか!と記憶を新たにさせられた。早々に辞めた一因にこの便所問題も含まれてたかもしれない。


現代の、ほとんど全国的に水洗化された日本に住む青少年ならびに子供たちには、こういう記憶は残らないんだなあと思うとなんだか不思議な気分。けっこう長く生きてきたんだなあ。


高砂の塔  近所の公園のモニュメント。

なんだかお尻に刺さりそう、なんて思うのは、もはや古い人間なのだ。

小学校から大学一年まで暮らした家でトイレに入っている。

便器がなくなっていて穴だけになった状態の汲取り式便所。

ああ、いやだいやだ、と夢の中の俺は思う。

立ち上がって顔のあたりにある小さな窓から隣りの家の庭、そして縁側が見える。

そんなトイレの中で、検便の時はどうやってブツを取っていたんだろう、と考える。

思い出せない。

たしか小さなプラスチックの容器に入れて学校に持っていたように思うが、肝心の場面は思い出せない。

その家でトイレが汲取り式だったのは初めの数年だけで、もちろん便器がなかったことなんて

一度もなかったのに、なぜか夢の中のトイレは必ず汲取り式で、なぜか便器がなくなっている。


今はかなり背の高いマンション(の下のほう)に住んでいて、当たり前に水洗トイレを使っているが、

こんな建物は水洗トイレなんてものが発明されたからなんだろうなあ、と思う。

むかしからマンションなんてものが屹立していた外国ではその窓から糞尿をぶちまけていて

パリなんて臭くて臭くてとんでもなかった、ハイヒールはそのせいで発明されたものだ、

なんて話を聞いたことがあるが、日本ではどうだったんだろう。

「Always三丁目の夕日」を見ると東京タワーなんてものがひとつの象徴として出てくるぐらいだから、

その頃までには、一般には普及してなかったにせよ、水洗トイレの技術はとっくに開発されてたんだろう

とは思うけれど。


まあそのへんはどどうでもいいっちゃいい。

ともあれ、今、

こんなにばんばんでかいビルやマンションが建つ世の中は

水洗トイレなしにはありえなかったに違いないということだ。

くっさーい思いをしないで人生の最重要課題を処理できるというだけでなく、

現代の街そのものを作り上げたのは、きっと、いや絶対「水洗トイレの功績」に違いないのだ。

水洗トイレはすごい。えらい。えらいやっちゃ。


そういやあ、便所のことを「トイレ」と言うようになったのも

水洗トイレを使うようになってからのような気がする。

昨日、成人の日の朝、なんだかかったるい。

ひさしぶりに駅に入った。


仙台駅  雪が降ってきたね。


parco  駅のすぐ隣りに建設中なのは、仙台初進出のParco。

三日月堂  三日月堂。


子供の頃、よくイチゴショートなどをいただいたケーキ屋。
曲がる時の目印としてよく出てくる。


うらみち  母校の裏道。


この高校を卒業してTaxi乗務員をやってるのはきっと俺だけだな。


k,m  崖の上の旅館。


瑞鳳殿(伊達家の廟所)のすぐ脇、林の奥にあって普段は視界に入ってこない。

某所に停車してたら、あれ?……あれはもしかして……と発見。

全貌を見たのは初めて。


わんこ  某豆腐屋の看板犬(?)。


ふだんはこの細い路地の奥で寝てるのですげえ汚いんだが、

夕方になると、散歩まだかなあ……と首を長くして店のほうを覗き込む、その姿が、その瞳が、

なんともいとおしいのだ、これが。



デジカメを買って二週間、とにかくいろんなものを撮ったなあ。

うれしいのは、目の前にあるものならほとんど何でも撮れちまうこと。

例えばテレビ。


昭和33年定禅寺通り  昭和33年の仙台・定禅寺通り。


この年、復興の祈りをこめてケヤキを植えたらしい。
「三丁目の夕日」以上に車が少ない仙台市!

今は、


tere  12月12日~31日、光のページェント。


S33年に植樹を担当した市の職員がイベントの発起人に入っているとか。


愛情  カメラ入れ。


1月2日、デジカメを買ってすぐに伴侶が作ってくれた。

ミニチュア  いつもテレビの前に群がってるミニチュアの野郎ども。


こんな小さなものも綺麗に撮れるのがうれしい。

田子から泉ヶ岳  泉ヶ岳。


海までほぼ五キロのわが町から街を飛び越えてそびえる山。

こんな風景がしっかり撮れるのもやっぱりうれしい。

高砂の忠良  「亞古」ちゃん。


県立美術館はもちろん、定禅寺通りやら森林公園やらいたるところに彫刻が置かれている佐藤忠良氏。

いつも見てた我が家のすぐそばの作品がそんな有名な人の作品だったとは。

カメラ持ってブラブラしなかったら、まったく知らないままだったね。


はてさて今日はどんなものに目が行くのだろう。

テレビでやってた「バブルでGO!!!」、見ました。

すごくよかった。

どこがどうよかったのか、後日200字以内で書きます。



tonneu  ドラム型のタイムマシンを使うとこんな時空のトンネルを通る。



ウォーキングお買い物コース、○○町商店街(?)をトム君ち方向へ。

向こうからおばチャリが来るなぁ。とか思いつつすたすた歩き。

再びそっちに目をやれば、あら?

おばちゃんたかさ1メートルのブロック塀に左腹をもたれて動かない。黙って通り過ぎれぬ感じ。

「大丈夫ですか?」

返事なし。無礼者。

近くに公衆電話を探すが、もっといいものめっけ。薬屋さん。入る。

「あの、そこで動けなくなってる人が……」

電話の子機を持って薬屋さん外へ。

かけながらおばちゃんの喉元に手を当てたり、何だかんだ、電話の向こうに状況を説明。

と、たまたま通りかかった車からどうしましたかの若い声。降りてくる。

この人もやけに慣れた雰囲気、おばちゃんにいろいろ話しかける。

おばちゃん、「携帯かけてて……」と苦しそうに白状。

うん、そうだと思った。携帯開いてたもんね。それ知ってるの俺だけ。だけど俺もういらない?

がしかし一応第一関係者。

ここで離れてあとから「あいつは何だったんだ?」とか「姿を消すとは怪しい」などと言われては心外。留まる。

ほどなく救急車到着。マジでもう用なし。じゃあね。ほんとにもういいよね。じゃ、行くよ。

現場写真↓


GENNBA


genba


……だから携帯は嫌いなんだ。

今年の泳ぎ初めはほぼ20日ぶりとなってしまってギスギスゴキゴキの極み。

ご紹介します。Here’s 今泉温水プール!
imaizumi_pool

おっきく入れると、ああ、こうなっちまうのか。

じゃあ、もういっぱつ。


izumigatake

仙台の街(中心部)ごしに泉ヶ岳を望んでみました。

街からはまったく見えない山がここまで離れると見える。

この感じは、なぜかいつも新鮮。


ほぼ中心にウルトラマン級にでかい観音さんが白く見えます。

その隣りのでかいビルが、いつもテレビで仙台っつーと出てくるSS30というビル。

ガメラ2ではかなりフィーチャーされてました。

山の右肩下あたりに見えるのが今の所仙台で一番でかいAERというビル。

一階に丸善が入ってます。

今日はデジカメ忘れなかったぞ、ウォーキング。

(写真をクリックすると巨大化します。……知らなかった)


poti  まずはきょうのポチ。すっかり遠吠えづいている。

tajitaji  餌やりおばさんに集まってくる方々。

kamos  ちっこいカモくん&カモちゃんたち。

kurotya  なぜかびびるミニチュアダックス氏。

miti  もうすぐ4時。


楽しいデジカメ生活。

どんどん更新できちまうなあ。

今日、ウォーキングにデジカメを持っていくのを忘れた。

そんな時に限ってシャッターチャンスの連続なのだ。

ポチは家の中の高い犬をからかってるし、

にゃんたれは川の鴨を狙ってるし……。

というわけで今日は室内撮影ネタで。


John Lennon Super Live 2007!


kiyo1  我らがボス!いま~のきよしろー!!

kiyo5  ドラムス、新井田耕三!


kiyo4  “おかぁさぁ~~ん!......”

kiyo3  “It’s been a hard day’s night......!” 

kiyo2  完全復活!!


John Lennonがいないから毎年開かれるライヴ。

何度目かの出場の奥田民生は目線がいつもカンペ(カンモニ?)。

清志郎が「Mother」をやってくれて初めて「Johnへのトリビュート!」という感覚を実感できた。

でも、最後にキャーーーと大歓声でYokoが迎えられるのは、どうしても複雑な思いで見つめてしまう。


いつか、ニューヨークでやって欲しい。

初売りで14,500円のデジカメがあるというので、お、これは安いぞ安いぞ、と伴侶に静かに突撃、

2008年正月二日、ついに我が家にもデジタルカメラなるものがやってまいりました。

もうこうなるとどこへ行くにも持って行きたい、何を見ても撮ってしまいたい。


swan  正月2日の、ちょっと遠い白鳥。

nikijinnja  初詣!近所の二木神社じゃ!


pochi  うわさの男、デジタルカシャ音に敏感に反応!


pochi2  やおら向かってくる。このあと、やたら吠える。

eloden  箱根の復路。

shikuramen  接写!12月初めにいただいたシクラメン。

kamome  整列!


hyoushiki  老化。

nyan  ンニャニャ!


nanakitagawa  海へ。


ekimae  初出勤、仙台駅前から。


izumi  お昼。

ichou  樹齢?年の銀杏 in 東北大。

eda  欅さんたちの腕と指。


sendai_night  さて、とっとと帰るぞ。


今年もよろひく!