小学校から大学一年まで暮らした家でトイレに入っている。
便器がなくなっていて穴だけになった状態の汲取り式便所。
ああ、いやだいやだ、と夢の中の俺は思う。
立ち上がって顔のあたりにある小さな窓から隣りの家の庭、そして縁側が見える。
そんなトイレの中で、検便の時はどうやってブツを取っていたんだろう、と考える。
思い出せない。
たしか小さなプラスチックの容器に入れて学校に持っていたように思うが、肝心の場面は思い出せない。
その家でトイレが汲取り式だったのは初めの数年だけで、もちろん便器がなかったことなんて
一度もなかったのに、なぜか夢の中のトイレは必ず汲取り式で、なぜか便器がなくなっている。
今はかなり背の高いマンション(の下のほう)に住んでいて、当たり前に水洗トイレを使っているが、
こんな建物は水洗トイレなんてものが発明されたからなんだろうなあ、と思う。
むかしからマンションなんてものが屹立していた外国ではその窓から糞尿をぶちまけていて
パリなんて臭くて臭くてとんでもなかった、ハイヒールはそのせいで発明されたものだ、
なんて話を聞いたことがあるが、日本ではどうだったんだろう。
「Always三丁目の夕日」を見ると東京タワーなんてものがひとつの象徴として出てくるぐらいだから、
その頃までには、一般には普及してなかったにせよ、水洗トイレの技術はとっくに開発されてたんだろう
とは思うけれど。
まあそのへんはどどうでもいいっちゃいい。
ともあれ、今、
こんなにばんばんでかいビルやマンションが建つ世の中は
水洗トイレなしにはありえなかったに違いないということだ。
くっさーい思いをしないで人生の最重要課題を処理できるというだけでなく、
現代の街そのものを作り上げたのは、きっと、いや絶対「水洗トイレの功績」に違いないのだ。
水洗トイレはすごい。えらい。えらいやっちゃ。
そういやあ、便所のことを「トイレ」と言うようになったのも
水洗トイレを使うようになってからのような気がする。