愛と平和の弾薬庫 -44ページ目

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

 目が覚めて、ああそうか、と思ったのは、自分には何の才能もないってことだった。だからだ。だからこんな生活をうだうだ続けているのだ。かつて空を見上げるたびに見えていたものはただの綿菓子で、将来でも夢でもなかったのだ。そして今、頭の上にあるのは雲。入道雲だか、いわし雲だか、飛行機雲だか、なに雲だか知らんが、水蒸気のまとまりとしての雲。他人顔で流れてはちぎれ消えては現れる雲。あんなものがなぜ、昔は何か特別なものの象徴であるかのごとくこの目に映っていたのか、今では知る由もない。忘れちまったんだな。

 忘れるのだけは得意だ。傷つけ傷つけ傷つけ、たまに傷つき、ひたすら傷つけ続けてきてさえこうして今日の雲の下にのさばっていられるのは忘れっちまうからだ。きのう見たテレビの内容も、おととい食った夕飯も、先週であった人の顔も、感動も、驚愕も、大失態も、小さな成功も、すべて過去のものにして忘れっちまうからだ。

 楽だよなあ、忘れっちまうと。楽しみからはどんどん遠ざかっていくが、楽だ。

 楽だ楽だとは言うけれど、ラクダは大変だ。楽じゃない。俺はラクダにはなれない。誰だってそう思うはずだ。そうだ、お前はラクダにはなれない。ラクダに生まれなくって本当によかったな、お前。まったくだ。でもどうだ。君はラクダに生まれてその一生を立派に全うできると思うかな。だって大変だぜ。ラクダは。熱い砂から逃れられないってだけで、もう地獄の責め苦に等しいし。ああよかったよ、本当に、ラクダに生まれなくて。

 ラクダだけじゃない。野生の動物に生まれなくて、実にまったく本当によかったと思うぜ。だって俺には才能がないんだから。餌を確保したり、群をまとめたりなんて、そんなことを確実にこなせるわけがないんだから。真っ先に群から放り出されるね、こんな無才な奴は。放り出されたらどうなる? そこに待ってるのはただひとつ。死だ。おおこわ。野生の動物に生まれたりしなくて本当によかったね。おたがいさまおたがいさまなんてのんきに言ってられる人間に生まれて本当に助かったよ。金っていいよな、とにかうそれさえあればどうにか俺たち人間は生きてけるんだからな。ああよかった、人間には金があって。こんなもの考えた奴、やっぱりまともに生きてくための才能に乏しかったんだろうね。まったく都合のいいもんをハツメイしてくれたもんだ。


まずはフォークブームでテレビの歌謡曲番組とは一線を画す世界に足を踏み入れたものの

しかし洋楽で一番に買ったシングルレコードはテレビに出ていたパートリッジ・ファミリーの曲だった俺が

本格的にロック・ミュージックというものに踏み込んでいくその段階で、

最も影響を受けたのが黒澤久雄の「東芝ヒットパレード」だった。

ビートルズ解散後の4人、すなわち

ジョン・レノン 「マインド・ゲームス」「真夜中を突っ走れ」「夢の夢(#9Dream)」

ポールマッカートニー(&ウィングス)「マイ・ラブ」「愛しのヘレン」

リンゴ・スター 「想い出のフォトグラフ」「ユア・シックスティーン」

ジョージ・ハリスン 「ギヴ・ミー・ラヴ」「ダーク・ホース」「ディンドン」

スージー・クアトロ 「キャン・ザ・キャン」「48クラッシュ」「デイトナ・デモン」

クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(CCR)「グリーン・リバー」「ハロー・メリールー」

グランド・ファンク・レイルロード(GFR)「アメリカン・バンド」「シャイニン・オン」

T-レックス 「イージー・アクション」「チルドレン・オブ・ザ・レヴォリューション」

スティーリー・ダン 「リキの電話番号」「ブラック・フライデー」

スパークス 「恋の自己顕示」

ウォー 「シスコ・キッド」

スティーヴ・ミラー・バンド 「ジョーカー」「フライ・ライク・アン・イーグル」

スリー・ドッグ・ナイト 「シャンバラ」「ショウ・マスト・ゴー・オン」

エルトン・ジョン 「ダニエル」「土曜の夜は僕の生きがい」

コックニー・レベル 「悲しみのセバスチャン」

ヘレン・レディー 「デルタの夜明け」

アン・マレイ 「スノーバード」

シェール 「(すごく印象の強い曲があったんだが曲名を思い出せない!)」

ヨーコ・オノ 「女性上位万歳!」

そして

ラズベリーズ 「レッツ・プリテンド」「トゥナイト」

バッドフィンガー 「わが瞳のアップル(?……邦題、ちょっと違うような気も……)」

さらには

パイロット 「マジック」「ジャニュアリー」

ジョーディ 「君にすべてを」「朝日の当たる家」

エース 「ハウ・ロング」

ヘイウッズ 「悲しみのヒーロー」「ハートブレイク・キッド」

なんていう一発屋や二発屋なんてのもいた。

今考えると、いちレコード会社の所属アーティストだけでチャートを発表するなんてとんでもないが、

しかし東芝にはそれができたということなのかもしれない。

なんつったって元ビートルズの4人を擁してたからね。


(つづく)


(↑「○○○○○○」の曲名は当時リアル・タイムで聞けた曲です。飛ばしつつ読んでください)


西暦1959年に生まれた男子は小学校時代にビートルズの解散を迎え、

こぞって洋楽を聞くことになる中学生時代は、いわゆる「'70年代ロック」によって音楽的洗礼を受けることになる。


tubasawokudasi しかしまずは洋楽の前にフォークブームというのを

経験することになった。

その手始め、中学1年生のガキが大喜びしたのは――

 泉谷しげる「黒いカバン」 だった。


その内、耳に入ってきたのは――

 よしだたくろう 「旅の宿」

 古井戸 「さなえちゃん」

 RCサクセション 「僕の好きな先生」

 井上陽水 「傘がない」『氷の世界』

 赤い鳥 「翼をください」

 猫 「地下鉄に乗って」


結局いちばんわかりやすいのは泉谷しげるだった。「春夏秋冬」「眠れない夜」


kataomoi 「1」に書いた通り、最初に買った洋楽のシングルレコードは

パートリッジファミリー(featuring David Cassidy)「涙の片想い」

最初のLPはビートルズ「Yellow Submarine」だった。


パートリッジファミリーはテレビで「パートリッジファミリーショウ」とかいう番組をやっていた。

テレビから音楽を取り入れたのは、我々世代ではモンキーズとこのパートリッジファミリーぐらいなんじゃないだろうか。

ほとんどはもちろんラジオからだった。

テレビでは歌謡曲歌手しか見られなかったから。


mindgames ラジオから聞こえてくるものなら何でも聞いていた。

中学生時代は特に。


 エルトン・ジョン 「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」

 ジョン・レノン 「マインド・ゲームス」

 カーペンターズ 「トップ・オブ・ザ・ワールド」

 ベンチャーズ 「十番街の殺人」

 ミッシェル・ポルナレフ 「愛の休日」


すべてが同一線上のアリアで、楽しかったり、深く心に浸透して来さえすればまったくの差別なく聞けた。

が、そのうち、いろんな「ジャンル」があるのだと知らされた。


allbecaouseofyou 「東芝ヒットパレード」のDJ、黒澤久雄(黒澤明監督の息子)はそんな、

「ジャンル」などというものがあるなんて一言も言わなかった。

ただ

 T・レックス 「イージー・アクション」がいて、

 ポ-ル・マッカートニー&ウイングス 「マイ・ラヴ」がいて、

 ジョーディー 「君にすべてを」がいて、

 スージー・クアトロ 「キャン・ザ・キャン」がいて、

 ヘレン・レディー 「デルタの夜明け」がいて、

 ジョージ・ハリスン「ギヴ・ミー・ラヴ」が今週の一位ですぐらいのことしか言わなかった。



そしてそれでぜんぜんかまわなかった。

かまわなかったのだ。


(ⅠとⅡはMy Homepage「タロのしっぽ」内の「When The Music's Over 」にあります)


「黒いカバン」 (←クリックで聞けますぜ…Youtubeなのに、なぜか「聞けます」なのだ)


side_by_side_cats


むっくり「また来てんぞ」

くろ「また写真撮ってんな、勝手に。かあちゃんに言ったろか」

むっくり「いっつも、おんなじの着てんな」

くろ「真っ黄色な。で、ズボンが真っ青でな。背中にでっかく【T】って書いたろか」

むっくり「まんまツタヤってか。ツタヤの宣伝男ってか」

くろ「しっかし、うれしそーだな、ニタニタって。気色わり」

むっくり「好きなんよ、俺たちのことが」

くろ「まじ!?だったら付け届けのひとつもあろうってもんじゃねえのか」

むっくり「ダイエット缶はいらねえぞ。食えたもんじゃねえっつーの」

くろ「マジでな。なんのつもりであんなもん作ってんだ、人間は」

むっくり「あとあれな、オリゴ糖入りっつーの。健康志向っつーの。ふざけんなっつーの、まったく」

くろ「な」

むっくり「な」

くろ「あ、行きやがった」

むっくり「ニタニタしたまんまな」

くろ「友達のつもりなんだぜ」

むっくり「誰と」

くろ「俺たちと」

むっくり「刺身の一切れも持ってこいっつーの」

くろ「まぐろな」

むっくり「おれ、かつお」

くろ「あ、やっぱ、俺もかつお!」

むっくり「だよな」

くろ「だよな」

ストーンズをマーティン・スコセッシが撮ったそうだ。

「シャイン・ア・ライト」――2006年のライヴを撮ったものらしい。


スコセッシいわく、「ローリング・ストーンズは私の人生の一部」。


俺もたしかにストーンズは中学生の頃からずっと聞いてきた。

中学の時の同級生が大学の時、「ラブ・ユー・ライヴ」のストーンズを基本にしたストーンズのコピーバンドを組んでほぼ毎月ギグを行い、その頃、俺のストーンズ好きは決定的になった。「ラヴ・ユー・ライヴ」の頃だ。

けれどその後、「エモーショナル・レスキュー」、「ダーティー・ワーク」の頃、ストーンズは俺から離れていった。

何かピンと来なかった。自分が不協和音バンドに没頭していた時期だったというせいでもある。

「ダーティー・ワーク」のあと、ミックがソロに没頭し始め、一人で来日もし、キースもソロでツアーを行ったりしてストーンズは本格的に俺達から離れていった。

「スティール・ホィールス」でついにバンドとして復活した時、機は十分に熟していた。

待ちわびていた俺たちはみな、その後の東京ドームに結集した。

みんなが「ストーンズ大好き」「ストーンズが嫌いなわけがない」になった。

「ヴードゥー・ラウンジ」、「ブリッジス・トゥ・バビロン」、「ザ・ビガー・バン」が数年おきに、70年代の精力的さにはまったく及ばないものの、いわば「新しいコンスタントさ」で発表され続け、そのたびに俺たちは自分の中の「ストーンズ大好き」「ストーンズが嫌いなわけがない」を確認するかのようにCDショップに駆け入り、金が充分にポケットにある者はドームコンサートに駆けつけた。


自らもバンドを組んだり、ギターを弾いたりしている人たちは彼らの音楽的進歩に充分理解を示す。

「Steel Wheels」で使われているコード進行は新しいストーンズだと言い切り、充分に認められるべきだと言う。

バンドから離れてしまった俺のような人間は「Steel Wheels」より「Voodoo Lounge」、「Bridges To Babylon」より「The Bigger Bang」に進化を見たりしつつストーンズにしがみつく。

「Steel Wheels」の凄さに気づける人たちに一種の劣等感を抱きつつも、自分たちもまた「ストーンズ大好き」「ストーンズが嫌いなわけがない」族の一員であることで、なぜか安心できるのだ。


ここに決定的な違いが生じる。

「ローリング・ストーンズは人生の一部」と言い切れる人と、ちょっとそこまでは言い切れないなあ、という人。

ビートルズならそこに、それほどの違いは現れないんじゃないかと思う。


やっぱり、転がり続けなくちゃいけないんだな。


Live With Me.

世の中にはつまらないものが一杯ある。

J-WAVE(仙台ではラジオ3)というFMラジオでやっている「Jam The World」というのもそのひとつだ。

社会問題を大真面目にしっかり取り上げ、視聴者の意見もしっかり聞き、放送している番組だ。

大真面目にしっかり取り上げているのなら、視聴者の意見もちゃんと聞き入れているのなら、

それは素晴しい番組じゃないか。

それのどこがいけないのか。

いけないどころか、つまらないと一蹴してしまうほうがよっぽど「いけない」じゃないか。

しかしやっぱり「いけない」。

十人十色、人それぞれ、って絶対あるでしょ。

しかし毎日毎日、パーソナリティーは早口で固く次々締めくくっていく。

「……すべきだと思います」「どうにかならないものでしょうか」「このままではいけません」

冗談など通じない雰囲気。

俺の大嫌いな雰囲気。

ああ、そうか、ただ単に俺がそんな雰囲気が嫌いなだけか。

そっかそっか、聞かなきゃいいだけか。

でも聞いちゃった。

Date FM(FM仙台)も東北放送もくだらない番組しかやってなかったから。

で、やっぱりつまらなかった。

いや、つまらないどころじゃない。

おいおいおい!なんなんだこいつは!である。

腹が立った。


番組の中の「15ミニッツ」というコーナー。

お題目は【スピリチュアルブーム、反対派の立場から】

ゲストとして呼ばれ一席ぶったのは……

           ↓
物理学者、早稲田大学名誉教授の大槻義彦さん

(本人公式サイト http://ohtsuki-yoshihiko.cocolog-nifty.com/


テレビ朝日方面でUFOや宇宙人など口にするのもバカバカしいと公言してはばからない、あの人である。

彼の論旨はこうだった。


○オーラだの、前世だの、見えもしないものを信じられるわけがない。


○そんなものをテレビで垂れ流し、スピリチュアル・ブームなどを形成し、

 世に霊感商法を発生させているのは罪悪だ。


○粉砕せねばならない。(そのために本を出版する)


滅茶苦茶だ、と俺は思う。


俺の近辺にはオーラが見えてしまう人がいる。

人の前世がわかってしまう人がいる。

そういう人たちが――なんと偶然に!――知り合い、集まってお互いの「意識」を上げるために、

(上げていくと喜びが得られる、というよりも、上げていかないと本人たちが苦しいから、

生きていくのがいくらか楽になるから、だと言う)

事務所さえ構えて日々研鑽に励んでいるのを知っている。

そういう、商売などとはまったくかけ離れた所で自らを鍛えようとしている人間たちがいることさえ、

大槻氏は認識していない。まったく知らない。

そんな口ぶりだった。

とにかく、「見えるわけないでしょう」「見えないのに信じられるわけがないでしょう」の一点張りなのだ。

お話にならない。

そんな人が本を出す。(「“江原今様イタコ”の批判本」との本人弁)

江原啓之氏や美輪明宏氏をを詐欺師扱いし、金儲けをしたいだけの霊感商法のやからと一緒くたにして

語るような人間が。

UFOぐらいに留めておけばいいものを。


すべてを一色に染め上げないと気がすまない人。

怖い。

そんな人に、時間的都合もあるのだろうが、反論もはさまずにひたすらしゃべらす「Jam The World」。

江原氏や美輪氏が同じ土俵に乗ってもおそらくは永遠の平行線、対談さえありえないとは思われるが、もし、対話がなされるようなことがあったらしっかり言ってやってほしい。

あなたはしっかり人を傷つけているのですよ、と。

あたたかい。


私的タワー  青い空に高い雲。

↑個人的テレビ塔。


ひなたぼっこ  親子は仲良く日向ぼっこ。


hakuto  白鳥はのびのび。


むく  ムクはうとうと。


kuroneko  ニャンはうとうとしつつも警戒。


bowwowow  コン太はコンコン!じゃなくてワンワン!


tuta  木はぐるぐる。


???????  貼紙はべたべた。

掘削  河川はどんどん掘削。


セカイはそれぞれにアタタカサを満喫中。


あせった。

いや別にあせることはないのだ、俺には何の関わりもないのだ、と自分に言い聞かせるのだが、消滅の現実を目の前にして、俺は何かあせらずにはいられなかった。



abscent


なくなっていたのだ。黒い車も。

一台目の白いオデッセイが姿を消したのはここに置かれたままの状態になってからちょうど一年、ということで納得できる部分があった。それで役所が「一年たったなあ」とか言いつつ、じゃあ動かしていいべえとなったのだと。

しかし黒い車のほうはまだ半年ほどである。

こんな立て続けにきれいに無くなると、何か我が身に降りかかってくるのではないかと突如不安になる。

……あの野郎が余計なことインターネットにのせたから、けっ、動かさなくちゃならなくなったんだ。あの野郎がインターネットにのせたりしたりさえしなければ、ちっ!いっそのこともうめんどくせぇ、あの野郎……と陰湿にねちっこく迫りくる影を俺は感じずにはいられない。

しかしまあ、川辺がさっぱりしたのは何よりだ。とってもさっぱりした。眺めもよくなった。めでたしめでたし。そう思うに留めておくのがやっぱり妥当だ。絶対、妥当なのだ。

と言うことで、今日は寒い。


konnta1  よって、寝ている。


がしかし、


konn2  起きる。


こっちも、


poti1  寝てるが、


俺がシャッターを切ると、


poti2  起きちゃう。


暗躍する何かをかすかに感じつつ、寝た子を起こして回る俺なのだった。

 伴侶は翌日の天気予報をチェックしないとどうにも気がすまない人である。俺は朝起きて目の前に広がっている光景にはどうせあらがえないのだから天気予報など見てもしょうがない、と思う人である。明日の最低気温が何度かなんていうことよりも、その期に及んでどう対処するかが問題なんだし。

 しかしタクシー乗務員なんてものをやっていると、ふと妻の天気予報好きに感謝してしまう時がある。客に訊かれるからだ。あしたはどうなんだろうねえ。

 私は奥さんのおかげで一週間の週間天気予報を見ている。即座に、あしたはバッチリみたいですよ、と言えたりする。しかし基本的にはやはり当日、場面場面でいかに順応していくか以上に必要なものはない。予備知識などあってもなくても関係ない。だから、朝起きても、さて行くかとなるまでは外の様子は見ない。

 昨日は最高だった。さて、となってカーテンを引いたら……真っ白だったのだ。ボクが出かける頃に起き上がるママはいつもそうするように布団を押し上げながらまず訊いてきた。外、どう?

 真っ白、と我輩は見たままを言ったよ。またぁ……と女房は相手にしねえ。だがあえて、マジマジ!などと強調したりはしねえ。見ればわかるんだしな。そしてもう一面の、大きいほうのカーテンを引く。かかあは、えーっ!マジぃ!?マジ叫ぶ。


 その期に及んでどう対処するか、なんて言うけど、僕ちゃんの場合、対処する気になれない、という選択肢もあるんだ。カチンカチンに道路がスケートリンク化している時の選択シ。的確な選択シ。卸商団地の道幅がゆったりした裏道でさてゴロン! でもこんな日は即座に無線が鳴るんだな。遠見塚二丁目お願いします。ほ~い。目的地もないままにスケートリンクを走るのがいやなだけなのね。仕事があるんならスケートリンクも我慢できちゃう。ほらス~イスイ。

 ほらね。天気予報なんてあってもなくてもおんなじ……なのは、オラがイマイチ怠けモンだからか?


▼あけて今日はい~天気。

sky and


▼「天壌無窮――石井亨(元仙台市長)


rock and

 最近また、録画できるテレビの録画機能が低下している。さてこうなると、見たいものはとっとと見てHDを一度初期化しないと、肝心の時、「録画できませんでした」なんてことになってしまう。金曜日には伴侶も非常に楽しみにしている「Death Note The Last Name」の録画を控えており、それが録画できなかったりした日には大事件である。初期化初期化、とっとと初期化だ。というわけで、爆笑問題の小難しいテレビ「ニッポンの教養」と、待ってましたの忌野清志郎の「SONGS」(どちらもNHK)を見て、ついでに清志郎の姿をパソコンのデスクトップ用に写真に撮り、アル・パチーノの「リチャードを探して」に未練を覚えつつも、えいやっ!と初期化してしまう。これでほぼ「デス・ノート the Last Name」は大丈夫であろう。大丈夫であってくれ。清志郎の足が90度上がった写真をパソコンのトップ画面にアップさせて、さて今日もウォーキングという名の散歩へ。

 天気はいいが、風が強い。その風が冷たい。先が思いやられるなあ、とか思いつつ土手沿いに上がってみると、今日はさっそく「あれ?」である。車が一台なくなっている。先日mixiのほうに写真をアップした2台並んで放置してあった車のうち古くて白いほうがなくなっているのである。

放置車両  一台残された黒い車。


 まさか、俺がmixiに載せたからなくなったわけではあるまいが、なんだか気になる。これから数日でこの黒いほうまでなくなったら、きっともっと気になる。が、きっとそんなことにはなるまい。あの白いほうはちょうど一年放置されていたので役所がどうにかして処分したのだろう、と考えるのが妥当だ。

 2・3分行くといつものポチが待っている。


ポチ余裕  今日も余裕をかましている。


 最近は俺に見て欲しいのか、いろいろ庭に運び込んでいることが多い。こないだはおかあさんもしくはおねえさんの靴。今日はなんだか見るも無残なヌイグルミと木の枝である。デジカメ持参で来はじめた頃にはなぜだかよく俺に向って吠えていたものだが、最近はまったく身じろぎもしない。ある種の疑いが晴れたのかもしれない。

 今日は晩ごはんのおかずを何か買わねばならず、ポチの所から3・4分歩いて土手を下りる。団地を横切って市道に出るとちょっと懐かしいものが佇んでいる。

高砂銭湯 昭和の形跡を目にすると思わず撮らずにはいられない。


 四時過ぎにここを通ったことがないから、暖簾を見たことはないけれど、まあ自販機が置いてあるぐらいだから潰れたりはしていないんだろう。今の銭湯はジェットバスとかいろいろな風呂があるところが多いが、ここにはきっとそんなしゃれたものはないんだろうなあ。

 買い物を済ませ、また土手沿いに上っていく。するとポチがなにやらあわただしい。庭を駆けていって、玄関のほうへ。


散歩だぞ  おとうさん、散歩の時間ですよ、って感じ。


 おとうさん、今日は風が冷たいですぜ。

 いつだったか、生協の袋を風にバタバタ言わせながら歩いたらカモメがわさわさと飛んできたことがあったので、今日も同じように音を立てて歩いていったが、今日は誰も寄って来てくれない。寄って来てくれないどころか、白鳥があっち岸に寄って行く。ああ、なるほど。


おばさん犬白鳥  犬連れのおばさんに寄って行く白鳥軍団。


 しかしおばさんの手には袋ひとつない。ひやかしだ。白鳥空振りの図。

 さて、そろそろ我が家の役になることを始めないと。まずは米を研ぎます。