愛と平和の弾薬庫 -43ページ目

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

NHK BS2でルー・リードが「Tell It To Your Heart」という歌を歌っていた。

ルー・リードはボブ・ディランと同じぐらい、ある意味ではボブ以上に、ああ英語がしっかりわかったらなあ、と思わせられる歌手だ。

「Tell It To Your Heart」を歌っているルー・リードもやっぱり、ああ英語がわかったらなあと思わせられてしまう、いつも通りのルー・リードだった.。
        lou reed
すばらしいルー・リード。


その番組で一番見入ってしまったのはボブ・ゲルドフだった。

ピアノ一台の演奏をバックに「I Don't Like Mondays」を歌っていた。

バンドにオーケストラを加えた形で発表されて大ヒットした歌だったのに、ピアノ一台でも同じぐらいの魅力的に歌いきったボブ・ゲルドフ。
        bob geldof
やはりただ者ではなかったのだ。


一番かわいかったのはエリック・クラプトンのうしろで弾きまくっていたジェフ・ベックだった。

永遠のギター小僧!

Charもこの称号はジェフにということで納得するんじゃないかな。
        jeff beck
中音域の弾きまくりに関してはすごいものがあった。


Pete Townshendもアコギ一本で2曲、歌った。

「Pinball Wizard」と「Won't Get Fooled Again」。

アコースティックなのにエレキギターとほとんど同じ弾き方で、きれいなカッティング。

        townshend
とげとげしい、生々しい貫禄が漂うPete Townshend、大好きだ。


最後に出てきたのはMorrisseyだった。

「We Hate It When Our Friends Become Successful」というとても長いタイトルのけっこう短い歌だったけれど、

当時なぜあれほどまでに支持されたか、しっかりわからせてくれる歌だった。

さわやかにしてシニカル。

潔いほど簡潔。

        morrissey
イギリス勢が集うコンサートの締めくくりにぴったりの素晴らしい歌だった。

晴れていても急に空が暗くなり、気まぐれにバラバラと雨。

そんな日が続いている。

布団が干せない。

その上、我が家のベッドはいわゆる「すのこベッド」というやつで、

布団を干せない日が続くと布団の下で湿り気をたっぷり帯びた板がギシギシと音を発し始める。

板も天日に晒したいのだが、いつ落ちてくるかわからぬバラバラ雨。

起きても寝ても雨にやられてるような、

「気まぐれ雨にからかわれる日々」という気分。


今日も、久しぶりに青空が広がってるってのについさっき、午後4時ごろ、バラバラバラバラ。

ウォーキングから帰ってきて、さて空の機嫌でも伺いながら布団を干すのだ、と思ったのを

ん?黒い雲?と思いとどまった俺なのだが、正解だった!と自らをほめるよりも、

もはやこうなると、正解も不正解もない。

とっとと晴れ上がった空を窓の外に見やりつつ部屋の中でクーラーの除湿をギンギン、

今、我が家の中は敷き布団と毛布とタオルケットとでかいスノコが二枚。

屈辱。

その朝、俺と伴侶は午前9時54分の電車で仙台駅に向かった。

休日だというのに、もしくは休日だからなのか、電車はけっこう混雑していて座れなかった。

後ろには、肩から大き目の四角いバックを提げた、運動部系と思しき高校生がふたり。

片方がしゃべり続け、片方が相槌を返し続けていた。

それにしてもよくも次から次へと言葉が出てくるものだ。

こういう友人を俺は持ったことがない。

どうしても、しゃべり続けているほうの高校生を奇異に感じてしまう。

しかし彼が語り続けている話の中味は特段バカ丸出しといった内容の話でもなく、

しゃべり続ける男、というものに奇異さを感じてしまう俺のほうが、世間的には否なおっさんということになるんだろう。

電車を仙台駅で降りると俺たちは駅の正面玄関に向かった。

そこから何らかの乗り物に乗るというのは初体験である。

待つこと7・8分、乗り物は来た。

ホテルの送迎バスである。


ホテルの送迎バスに乗って温泉へ向かう。


こんな俺、あり?

そんな観念が脳裏をよぎる。

うまい昼飯を食い、そして温泉の湯船に浸かる、そのためにホテルへ向かう送迎バスに、俺が乗る。

伴侶の夫としての俺という人間はまったくそれをいとわない。

しかし昭和34年6月19日にこの世に発生し、ハタチから一人暮らしを始め、

金はと言えば、最低限の衣食住を他にすればほとんどをロック関係と、少々を本関係へと注ぎ込み、

それ以外はな~んもいらないもんね、と決め込んでいた俺としてはどうしても、

なにやらふわふわとした落ち着かなさを感じてしまうのである。


こういうのを「ぜーたく」というのだなあ、と思う。


精神的に切実さをともなわない出費。

約一万円。

一日のんびりしてふたりで一万円(!)なのだから、まあお安いと言えばお安い。

お得!なのかもしれない。

が、どうしても残る違和感。

この体にフィットしない感じ。

ほとんどが伴侶の努力で成り立っている暮らしだから、思い出せば一片の嘘偽りなく

「楽しかったなッ!」「うまかったなッ!」「ちもぢえがったなッ!」と笑える。

がしかし、これでまた清志郎の「完全復活祭」のDVDは遠のいてしまったのだと

つい実感してしまう俺。

生きる姿勢が。

ラジオの話ってのはほとんど聞き流し状態なので、端緒を聞き逃しやすくて、どこの国でやり始めたことなのかは聞き逃してしまったのだけれど、ニュース番組は悪いことといいことの半々で構成しなさいと議会で決定した国があるんだって。

おお!やっとそこに気づいたか!そこだよ、そこ!

と思った。

なにしろ日本の、というか世界的に悪いニュースばかりが多くて、そっちに重大性みたいなのが感じられるからどうしてもそうなっちまうんだろうが、テレビのニュースは特にだと思うんだが、気が滅入るようなのばっかりで、そこに前のめりで突っ込んでいくようなキャスターばっかりで、とてもまともな神経じゃ見てらんないし、メシ時になんて「勘弁してよ」って感じ、の俺。

いくら重大で、知っておかなくちゃいけない度が高くても、そんなんばかりじゃねえ、人間滅入っちゃって、なんだかどうしようもなくなっちゃって、その上、そうかその手があったぜってな感じを無意識に受けちゃうような精神の弱い、もしくは弱っちゃってる人たちをテレビの前にどんどん発生させちゃって、悪いことばっか、いいことつったらスポーツニュースぐらいってなテレビのニュース番組は、実は、俺は、いえ、私は、百害あって一利なし!だと思っておりまして、妻ともそんな部分では意見の一致を見ておる今日この頃、いえ、ここ数年なのであります。

だって、百匹のサル、とか言うでしょう。というか、そんな話(事実?)もあるぐらいで、連鎖反応っつーのはやっぱりあると思うんですね。

ただでさえ、まともな就職先の少ない昨今、それはすなわちまともな人間生活を送れずにいて、いやいや生きてるような社会人を大量発生させているこの国です。そんなところに、こんな事もありましたぜ~おにいさんおねえさんおっさんおばちゃんね~どううですぅ、みたいな感じで流されるのはとにかく殺したの騙したのふんぞり返ってるのみたいなニュースばかり、これではやはり、なかなかうまくは回らないと思うのだけど、どうでしょう。

そこに無理にでも明るいニュースをぶっこむ!

あの政治家のやったことはとんでもないが、まあそこは新聞に任せるとして、もしくは適宜に選択視聴できる真昼間や真夜中の番組にお任せする。そしてホニャラカ町のコージ君がこんなことしちゃったぜ!の話題をぶっこむ!

いいことの連鎖を、

なんだこの馬鹿みたいにフヤケタ明るいニュースはあ!?みたいに受け取られつつも、

とにかく作り出す!

イエ~イ!乗ってるか~い!みたいなバカなリズムを刻むッ!

百匹の明るいサルを!

近所に猫がいる。

しっかりした体つきの、今が盛りといった風情の、白地にトラのハッピでも羽織ったような柄の猫だ。


我が家には4年8ヶ月前まで、小さくて黒くてしっぽの短い一人息子がいた。


晴れた日、ウォーキングに向かうと、その道すがら「トラはっぴ」に出会う。

こっちが姿を現すと、やつはじっと睨みかえしてくる。

猫として、当然といえば当然の体勢である。

そんな状態がずっと続いていた。


が、おととい、そのトラはっぴが俺が通りかかると、ゆっくり立ち上がり、こちらへ歩いてきた。

俺は立ち止まった。

トラはっぴはなんらこだわりを見せることなく、するするとこちらに近づいてくる。

俺はしゃがみこんだ。


飼い主の家の窓は、網戸の向こうで開いている。

奥さんに見咎めれないかと、そっちも気になったが、さらに気になるものが、胸の奥から湧き上がってきていた。


その頭を掻いてやるうちに、のどの下を掻いてやるうちに、

なにやら経験したことのない屈託が胸にわだかまりだしたのだ。


俺は立ち上がり、じゃあな、と背を向けた。

そんな自分の変わりように罪悪感のようなものを覚え、振り向くと、

トラはっぴは何事もなかったかのように、そこに佇んでいた。

最高の二日間であった。


おととい、6月28日は延長12回、高須のタイムリーで勝ち越し、

10回から田中将大から受け継いだ有銘がパーフェクトに締めて4-2!

(田中将大に七勝目がつかなかったのが残念ではあったが)


きのう、のんつぁん(野村克也さん)の誕生日はおんつぁん(山崎武司さん)の二打席連ちゃんHR、

そして続け!とばかりの大量20安打15得点で岩隈が12勝目!

(8,9回に出てきた青山&永井が1点づつ取られたのが情けないと言えば情けないが)


開幕三連戦でがっちりやられたソフトバンク相手にこの連勝は非常にチブンがよいのである。


すぐ返ってくると思っていたエフェクター君たちも無事やっとこさ帰還してきたし、さらにチブンがよいのだ。


いやあ、それにしても有銘の投げっぷりは見ていて物凄く気持ちいい。

おととしだったか、12回を183球、零点に抑えきった雄姿はいまだしっかりこの胸に刻み込まれている。

(相手がどこのチームだったかは忘れちゃったけど継投で、0-0の引き分け)


シーズンはちょうど半分。まだまだ残りは72試合。いけるね。

 しかしやめよう。父親がどうのこうのなんて、いい歳こいて言ってていいわけがない。自分です。すべての責任はこの努力知らずの自分にあります。思い返せばハタチやそこらの頃、ついに一人暮らしを余儀なくされた頃の私は、なんだか真夜中の季節にいたように思います。真夜中の日々から抜け出すためにはこれしかないのだ、と思いきわめ、ただ闇雲に毎夜毎夜ギターをかきむしっていたのであります。そして騒音雑音をつなぎにつないで、そこに何らかの価値を見出そうと、ただただかきむしり続けていました。

 しかし「かきむしり」はやはり「かきむしり」以上でも以下でもなく、やがて訪れる「別の日々」を迎えるまではギターはただ単に内に向うのみの幼い自我の捌け口でしかなかった。聞かせるための音楽の創造とは正反対方向へ向かうだけのどす黒いベクトルを形にすれば俺の黒い安物のテレキャスターになっただろうなあ。駅前、路地裏の質流れ専門店で買った、19,800円の、弦高5ミリのテレキャスター。5ミリはオーバーだね。それにディストーションばりばりかけての日々。

 6月14日、午前8時43分、客を降ろしトランクルームの開閉のため車から降りると足元に「ガガガガガッ」と小刻みな縦の振動。どこぞで工事かと周囲を見渡すが、そんな気配なし。そのうち振動が揺れに変わり、やっとこさ地震じゃ!と気づく。あれまあ、あれまあ揺れてるよ。かなりかもよ。と気がつくと目の前は全面カラス張りのビル。おりょりょやばやば。車に飛び込む。


 揺れる揺れる。横に、前後にしっかり揺らしてくれる。勝手に車が動き出したような錯覚にサイドブレーキを引くが、そんなもんとっくにしっかり引いてある。やや安心。

 これは単純に揺れなのだ。車が動いてしまったかのような錯覚を覚えるほどの揺れ、なのだ。ここでやっと、これは実際かなりの地震なのだ、と悟る。


 ここ数年来の忙しい一日。最後の客は、

 「山形まで、いいですか?」。

 真夜中の山形自動車道は怖い。壁の向こうは崖だとわかってるから。でも、

 「どーぞー!ありがとうございますぅ!」


 6月19日、ついに「しじゅうく」などという何やらあんまり嬉しくないような年令に到る。自分は「しじゅうく」になったのだ、などと思うと、はてさてあと何年生きられるのだろうか、なんてつまらないところに思考は転ぶが、らいふごーずおん、仕事じゃ仕事じゃ。今日も、揺れると儲かる、そんなしょーばいに向うのじゃ。と向ったら配車室のチンネンさん(名前を知らないのよね)に一枚の紙切れを渡され、

 「栗原まで、5時間ぐらいの貸切なんだけど」。

 なんとまさか会社から「しじゅうく」のお祝いをもらえるとは!

 そう。タクシー乗務員にとって「貸切」のひとことほど至福の言葉はないわけであって。しかも今や時の人、ならぬ時の街、「栗原市」。5時間で済むはずがないでしょうぞ、チンネン殿。ありがたく紙切れ――予約票を受け取る。


 朝っぱらからの高速走行はきつい。ただでも飛ばすのが苦手な「30にしてやっと免許を取った男」なのである。しかし飛ばす。仕事だから。先に行ってしまった車に追いつきたいのです、と言われてしまったから。タコグラフごまかせるのか知らん。

 ともあれ追いついた。そして山奥へ。待ち構える宮城県警。報道はここまでです。我が背にましますお客様は果たしてしっかり報道関係。追いついた別のタクシーに乗っていたお仲間らしき人とふたりでぼさぼさの時間が始まった。別のタクシーと歩を同じゅうしてやってきた学者さんたちの車のみずんずんと先へ入っていった。

 と逐一書いていくとキリがない。荒砥沢ダムに飛ぶ。学者さんたちがやがて戻ってきて再び動き出したと思ったらそこに連れて行かれたのだ。おお、噂に聞いたる荒砥沢ダム。こんな地震が来るまではそんな名前さえ聞いたこともなかったが、案外でかい。ダム湖はふるおぶうぉーたーで、静か。

 見渡せば、はい崩れちゃったんですの山容がそこかしこ。縦揺れの威力、まざまざ。今度は報道関係も学者のあとをついていった。静か。ひたすら静か。

 地図を見る。直線で6キロのところに、駒の湯温泉の温泉マークの記載。しかし我がしじゅうくの誕生日はひたすら静か。


 最初の警察に止められた地点で、やせて薄汚れてしまった白い犬(かの豆腐屋の彼女をちょっと小さくした感じ)が、ふんふんと寄って来た。かわいかったよ。


 結局、5時間なんてとんでもない。貸切は12時間に及んだのでした。いやしかし新聞記者は大変だ。ならなくてよかった。


 さて、そして今日、あらためて「また一人の遺体が発見されました」等のニュース。一昨日までとまったく違う感覚に襲われる。昨日すぐそばで見た静かな景色の陰でまだ、災害の傷跡は開いているのだという実感。一昨日までの自分がどれほど「他人事」に地震関連のニュースを見ていたかを思い知る。

「もう人と同じような、

大きな幹線道路を行くようなコースでは競争したってしょうがない、


だから何か、

自分だけの生き方をしなくちゃならないだろうと思ってたのよね。


何か特殊な生き方じゃなきゃいかんと思ってね。


それでスリになろうと思ったりね。


三ヶ月ぐらい一生懸命電車の中で一人で練習したりしてね。

財布のありかなんていうのは、

秋葉原神田あたりを中心にして行ったり来たりしてると

10人に4人ぐらいはわかるのね。


ところが手が出ないの。

睨みつけててね、人の財布を。


それでも手が出ないんだから、やっぱり才能がないと思ってね」


聞き手(高樹澪)「生活のためにスリになろうというのではなくて、何かの……」


「何か自分流の生き方をしないと生きようがないと思ってたのね」

 金はいいもんだとか、素晴しいとか、そんなことを言ってるからといって、別に俺はそれを、金を、手に入れたいだけ手に入れ、思う存分、好き勝手にそれを、金を使っているというわけじゃない。力がなくても、たいした知恵がなくても、すばしっこさや貫禄がなくてもある程度それを、金を手に入れておけば世の中のどうにか端っこぐらいには俺たちは存在できるのだ、こんな楽なシステムはないじゃないかと言いたいだけだ。

 そう。俺がいる場所は世の中のどっちかというと端っこのほう。いや、どっちかどころか、かなり端っこ、どん詰まりに近い。それでもすずめの涙程度の金は手に入れることができて、それでなんとか生きていけているというわけだ。

 満足はしていない。おおいに不満足だと言っていい。あれもこれも買えないし、あっちにもこっちにも自由には出没できないし、出入りできない。

 ラクダよりは楽だ、というだけのことだ。

 何ゆえ、そんなことになっているのか。何の才能もないからだ。特に、努力、継続に関する才能がない。三ヶ月で入れ替わるテレビの連続ドラマにうつつを抜かし、そして次から次へと忘れ去っていく。

 何ゆえ、そんな人間になっちまったのか。努力や継続ということと無縁の人間になっちまいやがったのか。

 なっちまったのではない。元々がそんなやつなのだ、俺は。俺ってやつは。俺とか偉そうに言っちゃってるやつは。親が悪い。DNAがいけない。

 かつて、俺には父親というものがあった。十才の時になくした。喪失した。しかし我が無才なる性質をかの御仁のせいにすることはできない。

 どうして? 十才と言えばかなりの部分、性格の素地が形成されている年令ではないですか? それまで一緒にいたんだから、男親としてもうチョーが付くぐらい影響力はあったのではないですか?

 と、そんなふうにおめえさんはおっしゃるかもしれない。うんうん。言ってくれていいよ。十才といえば現代の義務教育単位で鑑みれば小学校の四年生ですからね。四年生と言えばもう、野球だって、将棋だって、駒回しだって、割り算だって、のこぎりの使い方だって、形ぐらいは整えられようってもんだからね。充分にこなすにはまだまだ幼いには違いないが、格好ぐらいはちょいと決められようって、そんなお年頃だ。そんな段階に到るまでの素地作り、性質形成に父親はかなりの影響力を持っていて当然だ。こらこら、そんなふうじゃダメなんだ、とか、ほらほら、こんなふうになっていくのだ物事は、とか、あっはっはー、バカ野郎そんあもなあやめちっめ、そんな言葉なり、態度なりをもってインフルエンスを与えつつ、十才児の人格形成に、陽射しのように熱を、雨のように滋養を、風のようにゆるやかさや力強さを、地面のように落ち着きを、少なからず与えてしかるべきだ。

 ところが、かの御仁、そんなものはちいっとも我が性質に与えてはくれなんだ。

 何ゆえ?

 簡単です。

 そのような時間がまったくなかったからです。

 しょうがねえんだ。

 と、こないだまでの俺は実際、本気でそう思っていた。

 時間がなかったのだ、と。

 だから、彼は俺に何も与えられなかったのだ、と。

 本気でそう思っていた。当たり前だな、ってな感じで。