愛と平和の弾薬庫 -39ページ目

愛と平和の弾薬庫

心に弾丸を。腹の底に地雷原を。
目には笑みを。
刺激より愛を。
平穏より平和を。
音源⇨ https://eggs.mu/artist/roughblue

 3回連続でタロのことを書いてるうちに錯覚が頭の中でどんどん広がっている。タロが今もここにいるみたい。息遣いを感じる。躍動を感じる。こういう状態がいいのかわるいのか、わからない。書きたいから書いてる、で果たしていいのか。わからないから書き続けるんだろう、と思うだけだ。

 というわけで今日も書き始めるんだが、ボロ屋での思い出でしっかり情景が思い出せることはもう書いてしまった。え、これっぽっち? そうなんです。これっぽっち。後はと言えば、

◎まだ三人(ふたりと1ニャン)で暮らしてた頃、XmasにGIG仲間を我が家に集結させてパーティをした時、無邪気になりすぎたスージー&バンシーズもどきのバンドのベーシスト(でリーダー)のM氏に、タロは投げられてしまった!でも全然大丈夫だった。

◎榴ヶ岡公園という桜の名所にカゴに入れて連れてったら、ガキどもに、ヒモでつながれてるのを珍しがられた。

◎とんでもなく晴れ渡った夏の日に、今度は近所の公園に連れてったら、あまりの日差しの強烈さに、なんせ真っ黒なもんだから日差しを100&集めてしまって、ゼーゼーゼーゼー、あやうく脱水症状を起こしそうになった。

 と、これぐらいなのだ。

 自分(イズミサワ)のことでは、しょーもないこと、かなりショーゲキだったこと、様々あったのに、そこにはタロの顔は出てこない。まったくといっていいぐらい。

 20代後半、俺もそれなりに自分のことで手一杯だったのだ。タロに微笑みかけるなんて余裕はまったくなし、だったのだろう。

 しょうがないやね。

 さて、次回はそろそろほんとに引っ越します。たぶん。



愛と平和の弾薬庫-taro3

                             へん!ほっとけ!

 水色トタンに覆われた家賃3万円の一軒家に住んでいたころ俺は、歩いて5分の印刷屋で写植を打っていた。

 今じゃ活字など、自宅でもパソコンでお手軽に調達できるようになった。が、20年前はそうはいかなかった。活字と言えば写植機で打ち出される(写し出される)写植文字しかなかったのだ――活版は明朝体とゴシック体ぐらいしかなかった。ワープロの文字なんて活字とは言えなかった。

 写真植字。黒いガラス板に透明な文字がずらっと並んでいて、そこに光をパシャッと当てて印画紙に写す。色彩なしの文字写真。大きさは2mm弱から2.5cmまで。書体数知れず――ゴナ、ナール、隷書、楷書、行書、大蘭、ファン蘭、OKL、新聞明朝……いやいや、なつかしくてつい、すみません。

 で、そんな写植のお仕事はとにかく残業残業の日々。夜遅くまでタロはひとり、留守番となった。

 と、ここまで書いて私は背筋に冷たいものを感じるのだ。

 実際に、今書いたようにすっかり昼間、家を空けっ放しにしていたら……。


 自宅から5分の印刷屋は、ただでさえ低い印刷関係業務者の平均賃金よりもさらに低い給料で私たちをこき使っていた。他んとこなら20はもらえる所を15ぐらい。それじゃあ昼メシなどとても外食できるもんじゃない。おまけに近所には弁当屋もコンビにもなかった。となると手弁当である。実際ほとんどの人は弁当持参だった。

 が、我が家は歩いて5分。当然の結果として、俺は昼ともなれば自宅へ。炊飯器を使うという習慣がなかった俺が何を食ってたかなんてすっかり忘れちまったけど。

 で、その日もいつものようにデザイナーのKと一緒に俺は我が家へ向かったというわけだった。

 そこでとんでもない光景が待ち受けていた。

 睨み合い。

 こちら側にどこぞのノラ猫のしっぽ&背中。

 そして向こう側には黒チビ。

 タロである。

 壁同様の水色トタンで作られた塀と縁側サッシのあいだ、50cmほどの庭とも言えないそのすき間で、白昼の睨み合いが決行されていたのだ。


 その瞬間のタロの目つきはいまだに忘れない。

 その目には自分と同種の生き物を見つめる認識はなったくなかった。

 「いったいナニなんだ、あんたは……?」――What are you?である。

 いきり立つ以前に、相手がナニなのかがわからない。

 怯えるにもその根拠がない。

 そんな目つき。混じりけなしのキョトン。


 今にして思えば、その「キョトン」がタロを救っていた。

 逃げたりしてたらもう二度とタロは家へ戻ってこれなかったろうから。

 俺はあわててダッシュし、タロを抱きかかえた。

 相手の猫がどっちにどう逃げたか、まったく記憶にない。


 窓も、もちろん玄関にも鍵はかかっていた。

 つまりはこういうことらしかった。

 その朝、俺が、どうら行きますかあ、と家を出る時に、タロは完全にこっちの目を盗んで外へ出た、と。

 昼食に戻るという習慣がもしなかったら……、考えたくもない。


 ただ、後日、これとはまったく逆、というか戻る習慣ゆえの事件も発生している。

 昼に戻って玄関を開けた瞬間、シャッ!とタロが飛び出してきたのだ。

 あ!と駆け出してもタロも一応は猫、とても追いつけるもんじゃない。玄関から右に飛び出し、あっという間に家の裏に回っていってしまった。

 が、ほんの2、3秒後、猛ダッシュで玄関の左のほうから現れた黒い物体。

 そう。家の周りを一周して戻ってきたのである。

 ホッ、としたのもつかの間、タロは俺とKの目の前ですばやく方向転換、隣りの家の軒下に。

 這いつくばっても入れない低い軒下。あちゃー、だ。

 がしかし、Kは知っていた。

 いつも腰にジャラジャラとカギ束をぶら下げていたK、カギ束を腰から外して軒下へ向かってジャラジャラ鳴らし始めた。

 暗闇の奥でその音に興味を示す緑の瞳。

 それが警戒しつつ実にゆっくり、こちらへ近づいてくる。

 そして充分に近づいた所で、むんず!

 捕獲されたタロはキョトン。

 これだから……。まったく憎めない。

 ちなみに、捕獲された黒チビの右目の上にはかすかに擦り傷が。

 2・3秒の我が家一周のあいだにつけたらしい。

 ベロベロベロベロ舐めたったさ。

 俺のツバが、ずっとタロの特効薬だった。



愛と平和の弾薬庫-外が

                          外界がいとしいタロなのだった

 玄関を入ってすぐの六畳間、縁側に面した八畳間、一畳半ほどの台所、トイレと言うよりは便所、かまどうま産地の風呂場、そして庭には踏切と東北本線。それがタロが生後2週間から一年少々を暮らした幼少の家だった。家賃3万円。

 前回、ここを出たという所まで書いたのだが、もうちょっとここでの話を。

 さてこの外壁を水色トタンで補修してあるボロ家、普通の家ならそこって桜や柿の木が立ってたりするとこだろってな距離に踏切がある、ということなのだが、ということは真夜中過ぎまでチンチンゴーゴーに悩まされるということで、タロが来る一年弱前に引っ越したばかりの頃は、いくら騒音(ステレオ&ギター)出し放題OKというメリットがあるとはいえ、やはり、テレビや会話はことごとく流れが途切れるわ、なかなか寝つけないわということになり、こりゃあやっぱり選択ミスだったかなあと思って当然なんだが、(文章長すぎだあ)、あら不思議、そんな記憶はこうやって昔のことをホジホジしてやっと、そうだ!最初はそうだったのだ!よなあ……と耳カスほどに確認できる程度だったりする。つまりうるさくて困ったあ!という記憶は耳カスほどなのだ。早い話が、人間の感覚って不思議、チンチンにもゴウゴウにも速攻慣らされてしまったのだ、ということ。

 ただひとつ言えるのは、思うに、それがとんでもないゴー音だったのがかえってラッキーだったんじゃないだろうかってこと。ほら、蚊の音はやんなっちゃうぐらい気になっちまうけど、ヘッドフォンでハードロック聞いてるといつの間にか眠くなったりするってあるでしょう。あれだと思う。チンチンとゴウゴウ、ワンセットの轟音に「包まれる」ことに、25才と20才の若夫婦はじき慣らされてしまったのだ。

 けれど、結局最後までこれに慣れることの出来ない頑固な男がいた。

 タロ。

 とにかく列車が怖い。踏切側に面した玄関でゆったりしていても、遠くから列車の音が聞こえてくるとあわてて部屋へ戻ってくる。大恐慌。大恐怖。

 25才のバカ男(ばかお)はそんなチビ野郎がちょっと面白かった。で、ある日、玄関でモゾモゾやってるタロをチンチン鳴り始めた時、肩に乗せてしまった。さあ、君が怖がっている電車の正体を見せてあげよう、である。

 踏切のチンチンに、肩の上でジリジリし始めるタロ。体を右へ左へ回し始めた。おお、やはり怖がってるなあ、と思った瞬間、ピタッと肩の上の動きが止まった。固まったのだ。そして列車が来た。


 ギャッ!!……(半濁音。ニャとギャの真ん中ぐらい)


 気がつくと、たたきの上でひくひくやってるタロ。前足を内側に曲げたまま。

 パニクったタロは、うわーーーーッ!と俺の肩からダイブしたのだった。

 「捻挫しちゃったじゃなーい!」、妻の怒号。

 この手でタロを傷めつけた最初でした。


                            ↓恨みの目線
愛と平和の弾薬庫-taro2

 まったく、笑い話じゃないよねえ。

 ゼツボウのゼの字も知らないバカ男だったのだ。

 このブログを読んでくれている方々ならおそらく知ってくれていると思うけれど、私は「タロのしっぽ」というサイトを作っている。しかしこれもタロの写真がデジカメ画像でアップされないことからもわかっちゃっていると思うけれど、タロは今もうすでにここにはいない。2003年10月に写真の中だけの存在となってしまった。享年17才。

 「タロのしっぽ」を作ってからも、もうここにいないニャンをメインにすえてサイトを見せていることにいろんな意味で「いいのだろうか」と思うことがあった。でもかの動物写真家、岩合光昭さんも自分ちの、すでに亡くなってしまった「海(かい)ちゃん」を写真集として出版しているぐらいだからまあいいんだろうと自らを納得させることにした。

 タロは当時「The Numbers」というジャムのコピーバンドでギター&ヴォーカルをやっていた七つ年下の目黒くんの家から生後2週間で、東北本線でひと駅、靴の空箱に入れられて妻に連れられてきた。

 俺は、猫ってのはどうなんだろう、と思っている25才の男だった。知り合いの家なんかに行ってその家に猫がいたりなんかすると、なんだかこっちの存在を脅かすような、何か妖力のようなものを秘めているように見えて、ちょっと相容れないものを感じていたのだ。もし動物を飼うんならどっちかっつーと犬だなあ俺は、と思っていた。猫はちょっと……だった。

 しかしある日仕事から帰ってきてそこにいた手のひらにすっぽり入ってしまうちっちゃな黒いシロモノを見たその瞬間、俺は変わってしまった。それは俺の中にあった何かをすーっとすべて吸い取ってしまったのだった。これは!可愛い……。

 しかし……生まれて2週間のニャンはやることなすことが強烈だった。そっちこっち飛び回って、溜まればそこらじゅうにたれるたれる。夫婦は両手に常に生傷をこしらえ、こたつふとんはたちまち臭くなってしまった。

 そんな体長20cm弱の可愛い怪獣に妻は容赦がなかった。叩く叩く。一度などはふすまの敷居の上でいきなりどたまを叩きつけ、タロが妻の右手と木の敷居にサンドイッチされたことなどあって、さすがにそれはないんじゃないかと俺はヒヤヒヤしたけれど、踏切が玄関を出て目の前にある家の若妻はそんなこんなを非情なまでにこなし、一ヶ月もたたないうちに一通りのしつけをタロに叩き込んでいったのだった。まさに、叩き込んで。

 トイレのしつけはしっかり叩き込んだけれど、やはり消えなかったのは生傷だった。このままでかくなったらいったい俺はどうなってしまうんだろう、とまじめに俺はそう思った。熊やライオンになるなんてことはないんだろうな。凶暴な野獣になっちまったら怖いぞ俺は。

 ちっちゃな猛獣に最低限のしつけを施した妻は猛獣が二才にもならないうちに我が家を出た。離婚です。早かった早かった。非はお互いにあった。俺のいまだに直らないビョーキ、幼さがこっちの非。そして妻も、ある部分ではいつつ年上の俺よりもずっと大人だったけれど、やはりずいぶんと幼かった。

 この離婚のせいでタロのちっちゃな頃の写真は一枚も残っていない。2年間に撮られた写真を、ある日俺がアルバムごと近所のゴミ捨て場のポリバケツに放り込んだのだ。

 線路脇の家に残ったひとりとひとニャンの暮らしが始まったが、それは長く続かなかった。小さな一軒家にノミが大量発生し始めたのだった。タロを連れて、俺は引越すことにした。



↓というわけで、これはそのずっとあとの写真。


愛と平和の弾薬庫-taro

 最近、スーパーマッドマンの「Howlin’ Wolf」という曲は実にかっこいいなあ、よく出来ている曲だなあ、と久しぶりに深く感心してみたり、小池栄子は美人なんだろうか、ブスなんだろうか、アンケートをとったらどっちに転がるんだろうか、と首を傾げてみたり、いろいろ忙しい俺なのだが、きのうの金曜の夜はすごく暇だった。で、タクシーがバカみたいに行列を作っていた。行灯行列大祭だ。あんどんぎょーれつたいさい。

 タクシーの頭の上についてる会社名を示したランプが行灯(あんどん)。その行列で行灯行列。そいつがバカみたいに延々続いてるから行灯行列大祭。

 バカみたいバカみたいって、バカって言う人がバカなんだよ!だから俺のほうがよっぽどバカみたいなのだが、まあそれは認める。でもちょいと言わせておくんなまし。だって、そんなに並んじゃったらいつあなたの番が来るのですか?って言うか、違うな。俺は行列が嫌いなのだ。ただ単に。

 どんなにうまいと評判の店だろうが、どんなに「ああこの店のあれを!あれを食してみたい!」と心が叫ぼうが、行列を見たとたんにわたくしのハートアンドマインドアークールダウンなのだ。とにかくギョーレツ嫌い。行列イコール、バカみたい!だって、行列って間抜け。ダメな感じ。従属的印象。

 というわけで一台、ぽつねんと停まり、俺は違うのだ、と自我のオーラ。でも結局だ~れも寄ってこない。乗ってもらえない俺。悲しくはない。自分で選んだ道なのだ。行灯行列よりも自我のオーラを選んだ我が道なのだ。でも給料日に恥ずかしくなる。恥ずかしさは予定通り。

 こんな私にどうか聞かないで欲しい。

 「どうすか?近頃、景気は?」

 わかるか!わかってたまるか!俺は我が道しかわからぬのだ!

 かつてはタクシーは景気のバロメーターだなんて言われていた。ずっと長い間言われていた。でももうわからない。悪いけどわかんねえ。だって崩壊してるんだもの。タクシー業界が。全面崩壊。

 さすが常に、景気の一歩先を行っているタクシー業界? いやいや、それどころじゃあないのさ。原因がしっかりあってガタガタと壊れてしまったのだ。だからもはや景気のバロメーターでもなんでもない。つながりは絶たれたのだぜよ。

 小泉純一郎がぶっ壊したのは自民党ではなく、ちょっとばかし的が外れてタクシー業界だった!のだな。

 


 ↓このサイトからSuper Madmanの「ハウリン・ウルフ」を聞こう!

 http://www.geocities.jp/tarounoshippo/madman_boogie.htm

今日は恵方巻きの日だとテレビのCMが言っていたので、ああそうなんだ、と思ったんだが、

あれ?違うだろ。豆まきの日じゃないか。

なんで豆まきするんだっけ。


というわけで、奥さんが「恵方巻き食いてえ!」って、「ゼッタイ食わせろ!」って。

世の中に「恵方巻き」が発生してからもう何年もたつのに、

去年までそんなものに興味さえ示さなかったのに、

モリヤだかヨークだかのCMだかで「2月3日は恵方巻きの日!」とか言ってるの聞いたら、突然、

「恵方巻き食いてえ!」って、「ゼッタイ食わせろ!」って。


で、買いに行きました。他の買い物とのかねあいもあって、モリヤでもヨークでもなく生協へ。

流行ってるの、恵方巻きのコーナー、つうか、普段は干からびたような寿司が並んでる和惣菜コーナー。

おばちゃんが四人、五人、並んで順番を待ってる。

そこにまっきっきのパーカーを着たサングラス姿の男としてはなかなか並びにくい。

でも奥さんが。。。。って。

久しぶりに恥ずかしいっていう感情を抱きました。

だって、他のおばちゃんたちが非常にあせったような雰囲気を体全体から発しながら、

つまりワゴンセールとかタイムサービスとかに群がってる雰囲気で並んじゃってる所に、

並ばなくちゃならないなんて。

まっきっきのパーカー着て。

サングラスかけて。

パティ・スミス鳴ってるウォークマンのイヤホン耳にかけて。

焦ったような表情、露骨に顔から発してるおばちゃんたちの列に。


恥ずかしさって突然。

 おとといからの雪の結晶大風雪台風はあのあと早めにやんでくれたようで、それほど大変な状態にはなっておらず、思ったような苦労は強いられずに済んだ。ラッキーチョキ。おまけに出社してマイ担当車を見ればすでにチェーン装着状態。夕べの出番者が外さないままにしておいてくれたのだった。朝一番の大仕事も回避できて、ダブルラッキーチョキチョキ


 しかし2年ぶり?3年ぶり?のチェーン走行は思った以上に身体にドスンときたようで、チェーンを外して午後走り始めたらすっげー肩が痛い。うぐぐ、ダメだ。で、駅へ。ああ、日曜でよかった。平日ならこんなに簡単に駅へは入れないのだ。駅のタクシープールに入れない車が500mははみだしてる状態になってるからね。日曜は半分近くの車が動いてないので俺でも楽に入れる。で、それからは終日、駅でリハビリ。おかげさまで夕方ごろには肩の痛みもとれ、読書三昧本


 で、一冊しっかり読んじまったのが、「所ジョージの 私ならこうします世直し改造計画~」。


 「人生をどうしたもんか」から「一円玉をどうしたもんか」などなどまで、

 世の中の100項目近い「どうしたもんか」に「私ならこうします」と返答、解説してる本なのだが、

 すっごいですねえ、所さん。あったまいい!の連続。


 たとえば、「最近の若者をどうしたもんか」となれば、

 「どんどんバカになって、早く滅びてしまえ!

 いわく、

 「勉強しないとバカになるだけだけど、勉強したらバカにもなれる」

 先生は自分の授業に積極的に関わってきた生徒だけを相手にしてりゃいい。

 そして先生は、

 「いくら勉強したっておめえぐらいにしかなれねえんだろ」

 などとわかったようなことを言いさらす生徒には、あくまで

 「しかし勉強すれば少なくとも私にはなれる!

 という言い分でいりゃあいい。

 とにかく人生の選択権は自分にあるんだ、ってえことを、それだけを教えりゃいいんだ、と。


 環境問題に対応して大量に売れている電気自動車(プリウスとかね)については、

 「電気はどっから出てんだ?原発でしょ。いいの?それで」


 その他にも、

 コギャルはそのまま汚いまま育て。

 ワイドショー芸能レポーターは同じ芸能界で暮らす人間をどうして守らないのか。

 電気のコンセントは子供の手の届かない所に設置すべし。

 政治は人生をある程度やりつくした、セージで稼ごうとしない人間にやらせろ。

 アメリカで余ってる空母は日本で買うべし。海に浮かべて宅地にしろ。


 そして最終章で出てきたのが、「不良をどうしたもんか」。

 いわく、

 「最近の不良って不良じゃないんですよね。お約束なんです」

 最後の最後に根源的なところでピタッときたって感じ。

 「体制のほうが不良を見て、『ひょっとしてオレたちのほうがバカ?』と思わせるぐらいじゃないと

 不良とは言えません」

 織田信長です。ジム・モリソンです。忌野清志郎です。

 「体制をバカにして、結果的に不良と言われるヤツになっていたというんじゃなくちゃ、

 不良とは言えません。

 自分から不良だなんて言っちゃったら、もうおしまいすぎてたまげちゃう」


 ほんとほんと。


 にゃー今日はちょっと派手目でやっちゃいましたグッド!。もうしません。ロケット

 町田康を仕事中に読むタクシー運転手、最近半年間に行った読書がすこんと真っ白になるのを感じる。

 いやいやいや奥田英朗や雫井修介もすばらしいんです。ガツンときたことは確かなんです。が、文学、好きなんだな、俺ってやっぱり、けっこう。東野圭吾にはでもやっぱり飽きたなあ。奥田さんや雫井くんとはずいぶん違う。なんて言うの?ほら、椅子に座ったまま推理する探偵?揺り椅子ミステリー?ああ、語彙が。そういうシャーロック・ホームズ系は苦手だ。

 町田康はずるい。わかる人にはきっとわかる文学的ルーツがあるくせに、ゼッタイそれを見せずに、ひけらかさずにバカを演じきる。ずるい。

 数年間、時代劇の再放送ばかり見て暮らした、とか言いつつきっと難しいことやってたのだ。こつこつと。じゃなけりゃ、こんなスコンとしたものが書けるわけがないのだ。しかもどんどん進化している。ずるい。


 タクシー運転手はきのう、久しぶりに仕事をした。ああ、これが俺の仕事だったんだよな、と思い出した。道ばたに立つ人が手を上げてたらその人を後部左側のドアを開けて乗ってもらい、乗せた距離によって、メーターに表示された料金をいただく。そんなことさえ仙台のタクシー運転手は忘れかけているのです。ある程度決まった場所に車を走らせて行って、そこで落ち合った同僚と立ち話をするのが仕事だと思い始めているのです。違います。それは仕事ではありません。と、きのうはそう言われたような気がします。(俺は立ち話はしないんですけどね、全体にそういうゆるい感じが仙台に蔓延しているのです)

 タクシーの話をし始めると、なんでこんなにつまらないんだろう。あ、やる気ねえからだ!やる気 to the People!! ビバ!カッパ!


 などとつまらない話をしている脇で、さっきからなにやら窓にシャラシャラと何かが当たる音が。風、強いよなあ。しかし、それにしても、このシャラシャラってのは……?

 まさか……と思い、曇った窓を手でなでてみたら、あら、真っ白。スコンと。いやむしろ、シャキーン!と。


愛と平和の弾薬庫-窓から2

愛と平和の弾薬庫-窓から1


 こりゃあ積もるぜ。風も冬の台風ってな風情でかなり。積もって、凍って、明日の仕事が……ああ、また何が仕事か忘れそうだ。路面を右へ左へケツを振りつつ走ること、それ自体は仕事ではないはずだ。


 ↑この写真から4時間経過↓



愛と平和の弾薬庫-madokara4

愛と平和の弾薬庫-madokara3

 しっかり積もり、まだまだやむ気配なし。明日はそうとうやられそうだ。今冬初のチェーン装着と相成ろう。腹が。頭が。う。





年賀状のお年玉抽選会がきのうあったそうで、サイトで当選番号をチェックしたが、

今年はいっちまいも当たらなかった。

こんなこと今まであったろうか。

毎年、最低でも切手シート一枚ぐらいはもらってたような気がする。

ああ、今年は手紙を出せません。

なんか、いのしし年生まれは丑年さんとは相性悪いんだよね。


奥さんが「ゼッタイ録ってね!」と叫んでいた「ハリーポッター 炎のゴブレット」ってのを見たんだけど、

思ったよりは楽しんで見られたんだけど、やっぱり否めない感があったのは、

「東映まんが祭りに付き添っていった親」の気分。

子供の頃、ゴジラだ!ガメラだ!と誰でもが盛り上がっているのだ!と確信していたのに

なぜかため息交じりの当時の我がママ。

そんな親の気持ちがちょっとわかったような気がするのでした。


ウチの奥さんはアニメがとても好きなのです。


あ、ばらしちゃった。


一月31日、風ズがひさしぶりにサテンドール2000でやるそうです。

俺は仕事ですが、行ける人はどんどうどん行ってやってください。

よろしくです。


今日、うどんにカレーをかけて食おうかなと思ったけど、

すんでのところでとどまりました。

白いセーターを着てたのです。


生醤油って、加熱処理してない醤油のことだったんだね。

で、醤油って味噌の上澄み液からできたんだってね。

身近なことで知らないことはまだまだあるのだ。

つい最近も、メジロと四十雀とムクドリを教えてもらいました。

ずっと前、北海道のギターリスト、Shibuyavilleに「これすげえよ」と教えてもらったサイトがあった。

なんとそのサイトでは、Lou Reedのライヴがまるまる一時間半、聴けたのであった。

それをこのたびMDにダビング。

MDにはまだまだ空きがあったので、他にどんなんがあるんかなあ、とサイトをいじってたら、あった。


http://www.npr.org/templates/story/story.php?storyId=99173117


ギャーーーーッ!!でしたよ、あ~た!わたしは!


スプリングスティーンのいっちゃん新しいのがまるまる聴けちゃうんでやんのやから!

ハアハアハア……!!

息が切れちゃいましたよ、それ見つけた瞬間。

録らねば録らねば録らねば!と。


あさましいねえ、貧乏人。


しかし、こういうふうにエア・チェックならぬ、サイト・チェックされちゃって、かまわんのだろうか。

データとしてCD-Rに取られなないんならOKって話?

いいなあ、そういう考え方。

どんどんうどん、やっていただこう。


LouとSpringsteenのほかにも、Tom Waitsのライブがありました。

それもけっこう最近の。

もちろん、そのほかにもいろいろいろいろ。

音楽好きの人は一度チェックするべし!